【逃亡編】17.天涯孤独
だだあま警報おいときます〜
早朝から何度も目が覚める。
何が原因かは分からない。起きる度に寝返りを打ち、体位を入れ替える。
夕食のあともリュウは庵に籠もりきりで、何度目かに目が覚めた時には隣に眠っていた。
そういえば夢の中で彩子に会った。
リュウの言っていたとおり、きちんと会話も出来て夢の内容も覚えている。
彩子はあたしだから喋っている時の反応がだいたい読める。それを見越して喋っているような感覚もあった。
眠れば必ず会えるわけではないようで、彼女との夢の他にもなんだかとりとめのない夢を見ていたように思う。
寝て起きて、夢を見る。
それはこちらの世界の住人になったのだということを再確認する瞬間でもある。
体を起こそうとして横を向くと、リュウの目が開いた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや……こんな時間にどうした?」
「目が覚めただけだから」
リュウの手が伸びてきて、あたしはリュウの胸の中に抱き込まれた。
体が熱いし動かせば痛い。
思わず声を上げるとリュウはあたしの髪を梳いた。
「すまん。……辛いよな。こんなに熱い」
あたしは首を僅かに横に振る。リュウが試練を受けていた時だって、ずっと高熱にうなされてたのを知ってる。動かない体で熱を放出させようといろいろしてたのも知ってる。
今度はあたしの番だってだけだから。
遅くまで庵にいたからか、リュウの手足は冷えていて、熱のあるあたしにとっては気持ちのいい冷たさだ。足を絡め、背中に回された手の冷たさに目を閉じる。
「そういえば……現実のあたしに会ったよ。夢の中で」
「そうか」
「自分とおしゃべりするのって……変な感じ……」
また眠気が襲ってきた。今日はこの繰り返しだ。
リュウの腕に体を預けて、あっけなくあたしは眠りにおちた。
次に目が覚めたのは日が昇ったあとで、リュウの姿はもうなかった。
あのあと一度も目覚めなかったのは、リュウが一緒に寝てくれたおかげかもしれない。夢も見ずにぐっすり寝てたらしく、起き抜けの気分はとてもよかった。熱と体の痛みさえなければ、起き上がって料理を作ろうと思える程度には気分がよい。
体を起こすとりーん、と鈴が鳴って、あたしは音の出処を探した。
ベッドから降りようとしたところで、リュウが戻ってきた。
「おはよう、リュウ」
「おはよう。もう起き上がって大丈夫なのか?」
「ええ、今日は気分が良くて」
リュウの手が額に伸びる。途端に顔を曇らせてベッドに押し戻そうとする。
「まだ駄目だ。熱が下がるまではベッドから出るのは禁止」
「リュウ、それは過保護すぎるわよ。それにおトイレにだって行けないじゃない」
無理やり寝かしつけられそうになるのを起き上がろうと抵抗してみる。だが、本調子でもない状態でリュウに勝てるわけもなく、あっさりと両手をベッドに押し付けられて抗議を続けようとした口を塞がれた。
「トイレも一人で行くな。足腰が立たなくなってるの、忘れてるだろう?」
「あ、あれはあたしのせいじゃないじゃないっ」
一昨日のことを思い出して顔を赤らめる。トイレに行こうとしてベッドから降りたところで膝が砕けて見事に転んだのだ。
それもこれも、リュウが無茶するのがわるいのよっ。
「昨日のは俺のせいじゃないだろ?」
にやにやしながらリュウはあたしを見下ろす。
それは事実だから言い返せなくて唇を尖らせると、笑いながらリュウはキスをくれた。
それから、ベッドサイドのテーブルからベルを引き寄せた。
「ベッドから動きたい時はそのベルを使え。……まあ、サーヤがベッドから出ようとしたら鈴が鳴るから俺も気がつくけど」
「鈴? ……あっ」
あの音。
森の中でピコと合流するのに使った、監禁されてた時になくしちゃったあの鈴の音だ。
リュウは嬉しそうにうなずくとあたしの髪の毛をすくい上げた。今日は先の方でゆるく束ねてあるのだが、そのリボンにあの小さな鈴が通されていた。
「サーヤがどこにいても分かるように、つけておいた。前のものよりは音も小さいしサイズも小さいけど、俺には聞こえるから」
耳元に持ってきて振ると、澄んだ音が部屋に広がっていくのがわかる。
「ありがと」
そう答えたあとで、これって猫に鈴つけたのと同じよね? と気がついた。
意図して外しちゃえば気がつかないよね? これ。
でもまあ、自分で髪を結うのもできないくらいには辛い状態だ。
試練が始まってから、リュウは本当になにくれとなくあたしの世話をしてくれる。
体を拭いたり着替えさせてくれたり、食事も、腕を上げるのさえ辛くて、見かねて食べさせてくれた。髪の毛も毎日梳っては綺麗に結わえてくれる。
ベルが置いてあるとはいっても、仕事中のリュウをわざわざ呼びつけたくはないから、何とか自分でやろうとするだろうし、鈴は実のところ一番効率がいいのかもしれない。
でも今は起き上がりたい。
「リュウ……あの」
「駄目だ。食事作るから、できるまで寝てろ」
額にキスを落としてリュウは立ち上がるとキッチンに行ってしまった。
ため息をつくとあたしはキッチンの方を向いた。この調子では本当に、試練が終わるまでベッドから出してもらえないかもしれない。
辛い時はおとなしくベッドで寝てるわよ。ちょっと気分よかったから体を伸ばしたかっただけなのに。
「もう……過保護なんだから」
唇を尖らせてキッチンを見守る。
でも、これってすごく幸せなことだ。
現実の彩子から離れてこの世界に産み落とされたあたしやリュウは身寄りがない。
熱を出そうと腹を壊そうと、看病してくれる家族という存在はそもそもない。
召喚者は皆、この世界では孤独なんだ。
だからこそ、導き手であり召喚手である者が側にいたりするのだろう。
あたしにとってはラトリーがそうだった。
ラトリーが全てだったといっても過言じゃないと思う。
それくらい、ラトリーに始まり、ラトリーに終わる生活をしてた。
ラトリーがいない人生なんて、考えられないくらい。
だからこそ、森に落っこちて、ラトリーが側にいないことに不安というよりは恐怖を抱いていた。
天涯孤独のまま終わるのかと思ってたもんね。
旅烏の身の上だし、ラトリーはなぜか定住の方針を取らなかった。人との接触は少なくて、リピーターのお客さんはいたけど、そういう意味合いでの人間関係はリュウに出会うまで全く築けていない。
だから、あたしに家族ができるなんて思ってなかった。
「おまたせ。……サーヤ?」
リュウの声に目を開けると、ベッドサイドには湯気の立つ器が置かれていて、いい匂いが流れてきた。
手を借りて起き上がると、リュウは横に座って体を支えてくれる。
「ありがと」
家族。
そうだ、リュウは家族になるんだ。あたしはもう天涯孤独じゃない。
そう思った途端、胸の奥が暖かくなった。
横に座るリュウに抱きついて、腕に力を込める。
「サーヤ? どうかした?」
あたしの顔を覗き込むリュウに、微笑みを返した。
元気になったらこの湧き上がる思いを何度でも伝えよう。「愛している」と何度でも。




