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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月19日(水)

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114.戦いのあと

 キーファは届いたばかりの紙片を指先で弄びながら、休憩中の部隊を見下ろした。

 イーリンも今日は同じ場所から部隊を監視している。


「なあ、これってどういう意味だ?」

「さてな。あの方に何か考えがあるのだろう。明日の宿は大きな街だからな」

「そりゃ知ってるけど、マジか……?」

「おそらくな」


 赤い髪をおさげに結い直しながら、イーリンは答える。


「お前も見ただろう? 今朝のあの方の姿を」

「あ、ああ」


 キーファはイーリンから視線を逸らした。そうでなくとも四六時中一緒にいるのだ。

 監視役と監視される側だとはわかっているが、時折見せつけられる女のボディに欲が動かないわけじゃない。

 その上、あの方――もといピコの変化した姿であるルーの艶姿を見たばかりだ。

 意識するなと言われても滑らかな肢体を想像してしまう。

 昨夜のあの騒ぎには手を出す必要はなかったし、騒動が収まったあとはそのあと連行されていった男たちの監視も兼ねて、クレアの館を外から監視していた。


 ――俺だって男なんだ。女と四六時中一緒で欲求不満にならない筈がない。


「明日は比較的早い時間に宿につくはずだ。そのあと、あの方が身代わりとなるのか、ご夫人と共に出かけるのかによって警護態勢が変わる」

「あ、ああ。身代わりの場合はお前が夫人の案内役兼護衛、二人で出かける場合はお前は案内役兼護衛、俺は影から見守る」

「そのとおりだ。くれぐれもあの方から目を離すな」

「あの夫人はお前が守るってか?」

「ああ。あのご夫人の護衛につくのは女性以外はダメだとあの方からの指示でもある。わたしはメイド姿で彼女をエスコートする予定だ」

「ふぅん……まあ、いいや。それにしてもさぁ、あいつ、俺らのこと忘れすぎじゃねえ?」


 結い上がった髪を確認して、イーリンは顔を上げる。


「忘れてはおられぬ。ただ隙がないだけだ。とりわけあのご夫人の側に侍られてからは、片時も夫人があの方を離さん。町中では使いも文も受け取れんだけだ。今日は野営になる。つなぎもとれよう」

「連絡はよこすくせになぁ」


 キーファは指先の紙片を捻る。ぽんと音がして、紙片は緑色の光を放って砕け散った。


「そういえば、護衛隊の者達の動静はどうだった?」


 イーリンの言葉に視線を戻す。


「ああ、表向きは静かなもんだ。騒ぐ体力も搾り取られたからだろうけどな。ただ、やっぱり銀の馬車にルーを取られたって感じてるのは多いみたいだな。ドラジェに文句つけてるやつもいた」

「では、女であれば誰でも良い、というわけではなくなっているのだな?」

「あ、ああ。らしいな」


 イーリンはふぅと長く息を吐いた。


「今日で七日目か。あと半分……持ってくれればよいが」

「え? 何がだ?」

「王都までの道のりだ。まだ半分しか来ていない。護衛隊の一員として働くはずが、ご夫人の話し相手になっては、色々と不都合があるだろう。それに、ザジ殿だけでなく五人の護衛に守られる始末。あの方自身が歯がゆく思っているのが見て取れるのでな」

「それなんだけどよ……あいつ、本当に強いのか?」


 キーファの言葉にイーリンが冷たい視線を向けた。


「当然だ。わたしが認めた主だからな。今は様々な制約があって思うように動けないだけだ。お前もあの方に一撃で倒されていたではないか」

「俺が……?」


 キーファは目を見開いた。


「覚えていないだろう。あの方があの薬をお前に使ったからな」

「薬か……」


 眼下の部隊に視線を向ける。

 あの女に投薬していたのは覚えている。記憶が飛ぶような薬だとは言われなかった。ただ抵抗する気力を削ぐ薬だと聞いていた。


「残念だな」

「そのうち機会もあろう」

「……機会、ね。まぁいいや」


 キーファは体を伸ばすと顎の下で両手を組んだ。


「あんたとの一戦で勝てたら、あいつとも戦ってみたいな」

「お前は戦うことしか頭にないのだな」


 くすりとイーリンが笑う。キーファはそれに答えず鼻で笑った。


「生まれついての闇の一族だからな。戦うか奪うしか能がない」

「そう卑下することもあるまい。だが、そうだな……わたしとの一戦が終わったあとどうしたいか、そろそろ考えておけ」

「何?」


 それ以上は口を開かず、イーリンは監視ポイントに戻っていった。


「なんだよそりゃ」


 赤毛のおさげを見送ったあと、キーファはつぶやく。

 赤の女王との試合は死合だ。どちらかが死ぬまで決着はつかない。

 なのに、その彼女がその後を考えておけという。


 ――俺に負けるつもりなのか? それとも勝つ自信がないのか。


 いや、違う、と自分の勘が言う。今のイーリンに勝てるとは思えない。だからこそ、それがわかっていても戦いたいと願ったのだ。

 赤の女王とって死ぬなら本望だ。

 そのためにこんな面倒くさい仕事を請け負ったのだ。


 ――いまさら気が変わったとか言うなよ?


 仄暗い光を宿した目をもう見えなくなった赤毛の背中に向けて、キーファは眉根を寄せた。

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