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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
12月28日(火)

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12.トラントンへ

※20151206 改行位置修正

 今日は居室内の雰囲気が微妙だ。

 昨日の件がすでに社内に回ってるようね。男どもの笑いがうざったい。新人くんの同期の女の子たちからの視線がざくざく刺さる。

 まあ、社内で新人くんの相談事を引き受けたから皆知ってるし、喫茶店に行く話もした。それだけなら普通に先輩後輩のお悩み相談室で終わるわけだし、噂のネタにもなんない。

 誰かいたのかもしれないわね。

 あーやだやだ。今日もとっとと仕事終わらせて気晴らしにお気に入りの居酒屋行こう。


「あの、木村さん」


 振り向くと、昨日と同じように新人くん――奥野くんだっけ――が立ってた。視界の向こう側でちらちらこっちを見てる子を確認する。


「なに?」

「これ、お願いします」


 封筒と名前の一覧。@三千円と書かれている。

 そういえば……今日って何日だったっけ。火曜日だから……二十八日ね。明日が仕事上がりで定時で終了。終わったら居室内で打ち上げするって、この間課長が言ってたっけ。

 こういうイベントの係ってその年に入った新人に割り当てられるのよね。


「ああ、わかったわ」


 お財布からお札を三枚取り出して渡す。名前にチェックを入れて、はい終了。


「お疲れ様」


 くるりと椅子を戻してキーボードに向かう。


「あの」

「はい?」


 何かまだ文句があるっての? あたしは睨み上げる。


「昨日は相談に乗っていただきありがとうございました。おかげさまで何とかなりました」


 あたしはぽかんと口を開けた。なんで爽やかに笑えるんだろう。昨日あたし、振ったよね?


「え、あ、ああ。あの話ね。よかったわね」


 なに変な返しをしてるんだろう。あれもネタだったんじゃないの?


「それと僕……あきらめ悪いんです」

「……は?」


 じゃあ、と爽やかに去っていく。うわー。こっちを見てる子が睨んでる。

 勘弁してよね……。





 森の端に出られたのは日が昇る前、まだ空が暗い時間だった。

 背負子から下ろされて、あたしは辺りを見回した。

 いきなりぷっつりと森が途切れて、少し遠くに街と街を囲む壁が見える。


「ようやく見えたねえ、トラントンの村だよ」


 ピコも腰の紐を外してもらってふよふよ浮いてる。


「ここからなら道を間違えることもないだろう。気をつけて行け」

「うん、リュウ、ありがとね。あ、そうだ。これ」


 何やらピコは小さな袋を取り出してリュウに渡している。


「確かに受け取った」

「ピコ、それは何?」

「ああ、これは森の外まで送ってもらったお礼とー、昨日のバーベキューのお礼だよ」


 もしかして、森の番人に助けられた場合は何らかのお礼をするのが常識なのかしら。なら、あたしも何かお礼しなきゃ。


「あたしも……」


 カバンを探って小銭入れを取り出す。が、リュウは手で押しとどめた。


「え?」

「気にしないで。それに森の中ではお金をもらっても使えない」

「でも……」


 命を助けてもらったお礼はちゃんとしておきたい。ピコの方を見ると、彼はウィンクをしてよこした。


「ボクが支払ったのは薬。助けた村人とかからも預かること、あるんだよねー」

「薬は大事だからな」


 そっか。あたしの腕の治療にも薬を使ってくれてた。今更気がついたけど、あたしも傷薬なら持ってるんだよね。


「じゃあ、これ……あたしに使ってくれた薬とは比べ物にならない安物だけど、他の人に使ってあげてくれる?」


 手元にあった傷薬をそっくり差し出す。リュウはうなずき、薬を取り上げた。


「ありがとう。サーヤもお元気で」


 リュウは手を差し伸べてきた。あたしはその大きな手を握り返した。温かい手。


「……ちょっと屈んでくれる?」

「え? はい……!」


 リュウが顔を寄せてきたところで、あたしは彼の頬にキスをした。

 ガバっとのけぞるリュウに、あたしは手を振って走りだした。笑顔で。


「サーヤぁ~、待ってよう~」


 後ろからピコの声が聞こえる。

 だいぶ走ったところでいきなり目の前にピコが出現した。


「きゃっ」

「ぐはっ……だから、待ってって、言ったのにぃ……」


 勢い余ってピコに激突しちゃった。ピコ、地面に伸びてる……ぶつかったのって、どこだろ、お腹?


「ご、ごめん。大丈夫?」

「だいじょう……ぶ」


 お腹を抑えながら起き上がったところを見ると、やっぱりお腹に頭突きストライクしたみたい。顔歪めてるけど、Vサインとか、元気ねえ。


「ひどいよ、サーヤ。一緒にトラントンまで行くって言ったのにぃ」

「ごめんごめん」


 パンパンと砂をはたき落とすと、ピコは再びふよふよと浮き上がった。


「で、ボクにはしてくれないのー?」

「な、何をっ」


 ピコのお世話になった覚えはないわよ。ベッドに潜り込もうとしたり覗こうとしたりしたのは覚えてるけど。


「だってー、お別れのキスでしょ? ボクにもーっ」

「……トラントンで別れる時にねっ」


 まったく、なんでこうおマセなんだろう。って、妖精族は長命だから、この姿でも十分オトナの可能性あるのよねぇ。侮れないわ。


「やたっ、約束だからねー」

「はいはい。じゃあ行くわよ」


 町の方へ歩きながら、あたしは空の様子を観察していた。だいぶ空が白んできている。町まではあと一時間ぐらいかかる……それまでに日が昇らないことを、あの子が目覚めないことを祈る。

 それにラトリー。もう空からは視認可能な状態になってるし、近くにいるなら出てきてもいいはずなんだけど。


「ところでピコ、浮揚は魔法なんでしょ? 街に入る前に止めとかないでいいの?」

「んー、大丈夫。町に入ったらサイズ戻るから」

「戻る?」

「まあ、見てのお楽しみ。あ、門はあるけど常時開放されてるから手形とかいらないからね」

「ふぅん……ここには教会ないのよね?」

「そう、トリエンテまで行くのが普通だね~。サーヤが教会に行くのは、その傷の治癒のため?」

「ええ」


 骨折に傷薬はあまり効かないのよね。


「ふぅん……そのくらいなら、ボク治せるけど?」

「えっ! ほんと?」

「うっふっふー、どう思う?」

「……嘘なの?」

「さ~ぁ? どっちでしょう」


 そうよね、もしできるなら昨日の段階で話してくれてるだろうし、リュウが知らないはずはないよね。


「もう、からかわないでよね。とっとと行くわよ」


 あたしは足を早めた。とにかくあの子が起きるまでに町に入っちゃおう。

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