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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月18日(火)

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122/154

109.カフェでキス

はい、だだあま警報置いときます。

※20151206 改行位置修正

 ビル一階の喫茶店は以前行ったところとは違って、シアトル型のカフェだ。基本的にはセルフサービスで、今日はあまり空席がなくて結局外に向いて座るカウンター席を陣取った。できるだけ目立たない端っこをと思っていたのだが、そうそう都合よく席が空くわけもなく、結局エレベーターが見える場所に座る羽目になった。ガラス一枚隔てているとはいえ、すりガラスでもなんでもないので丸見えだ。

 実のところ、落ち着かない。

 奥野くん――じゃなかった、とおるが両手にカップを持って戻って来た。年下に奢らせるのは趣味じゃないんだけど、奢ると言って聞かなかった。


「おまたせ、先輩」

「ありがと」


 大きなマグカップのカフェラテを受け取り、両手で包み込んで少し冷たくなった指先を温める。フロア内はちゃんと空調が効いてて寒いわけではないけれど、なんとなく、ね。

 亨はスツールを少し寄せると肩が触れるほどの距離に座った。今までなら近いよ! と押し戻すところだけれど、今のあたしには触れてないはずなのにほんのり暖かくなる右側がとても嬉しく感じてしまう。

 首を傾けて微笑むと、亨は照れながらも笑顔を返してくれる。


「なんか……まだ夢見てるみたいです」


 その顔のまま、亨はそっと耳打ちしてきた。吐息がくすぐったい。


「じゃあ、ここにいるあたしは幻ね」


 そっと右手をテーブルに置き、左手だけでカップを傾ける。


「夢じゃないと教えてくれますか?」


 右手に彼の左手が重なる。指を絡めるように上から握りしめられた。今までだってこんな経験はいくらもしてきた。でも、これほど気持ちが乱されることがなかったのは、やはりあたしが本気じゃなかったからなのかもしれない。


「何考えてるんです?」


 少し拗ねるような口調に視線を上げると亨はやはり眉を寄せて少し怒った顔をしているように見えた。


「なんでもない」


 首を振ると口角を上げ、微笑んでみせた。そうでなくとも心臓がうるさい。いつもなら余裕の顔ができるのに、今のあたしはこれでさえイッパイイッパイなのだから。


「先輩……キスしていいですか」

「えっ! ここで? ダメっ」


 びっくりして声を上げてしまう。亨の機嫌が目に見えて悪くなるのがわかったけど、さすがにこんな場所では狼狽えるわよ。昨日は――エレベーターホールだしその時には誰もいなかったんだもの、それとは違う。

 うろたえて視線をあちこち彷徨わせていたら、ちょうど開いたエレベーターから降りてきた人に気がついて、あわてて俯いた。会社の子たちだ。


「じゃあ……できるとこに行こ?」


 耳の側で囁かれ、耳朶が食まれて、びくっと体が反応してしまう。エレベーターの前で何人かが足を止めているのが視界に入る。ガラス一枚隔ててるおかげで声は直接聞こえてこないけど、多分会社の子。


「亨……人が見てる」


 小さな声で言うのが精一杯だ。が彼の左手があたしの右手から離れ、左脇に回されてぐいと引き寄せられた。


「構わない。先輩はもう勤務時間外でしょ? 俺は休みだし、ここは社内じゃないし」

「でも……」

「それ以上言うならここでキスするよ?」


 このタイミングで顔をあげたら本当にキスされそうだ。じっと手元に視線を落としたまま彼女たちが行ってしまうのを待っていると、不意に頬に柔らかい感触。

 きゃあ、と声があがるのが今回ははっきり聞こえた。

 うろたえて睨むように亨を見上げると、やっぱり嬉しそうな彼に唇も啄まれた。


「っ、だめって」

「うん、じゃあ行こ」


 亨はあたしの腰から手を離して立ち上がった。背中に回っていたぬくもりが消えたことにがっかりしている自分に気がついて、また顔に血が昇ってくる。

 彼があたしの鞄に手をかけたところで我に帰って、飲みかけだったカフェオレを飲み干して慌てて立ち上がる。

 視界の隅っこに会社の子たちが入ったけど、そちらを見ることもできず、そそくさと席を立った。





 ビルを出て先を歩くとすぐに亨に追いつかれた。


「なんで先に行くんですか、先輩」

「だって……あんなとこで」


 ぐいと左腕を引っ張られる。絡められた腕にちょっと顔を赤くしながら、でも歩調は崩さない。


「先輩、待ってってば。方向違う」

「……今日は帰る」


 そう言った途端、体を引っ張られて腕の中に閉じ込められた。彼の顔が近い。


「きゃっ」


 そのまま、歩行者の邪魔にならないあたりに引っ張り込まれる。


「ごめん、先輩。怒らないで」

「だって……何でよ」


 恥ずかしかったのに、やめてくれなかった。あれ、亨の同期の子たちだ。昼間、喧嘩を売られて買ったのは確かだけど、亨まで反感持たれてしまう。


「……同期の子たちに見せつけたくなって」

「え……?」


 あたしを閉じ込める亨の腕に力が入ったのが分かる。


「なんでもない。……俺、先輩とならどこでだって誰に見られてたって構わない。恥ずかしくない」

「それは……」


 あたしが昼間、彼女に言った言葉を思い出す。うん、確かに同じようなことを言った。


「先輩は違うの?」

「……違わない」


 そうだ、自分で言ったくせに、されたら怒るなんて自己矛盾してる。

 でもね。軽いキスでさえあたしの心は乱れてしまう。その先を強請ってしまいそうになる。そんな自分が嫌になる。こんなあたし、亨に見せられない。知られたくない。


「ごめんなさい。でも、あたし……」

「うん……本当は俺も後悔した。先輩、すっげぇかわいくて、止まらなくなりそうで」


 あたしの首筋に顔を埋め、耳元でため息混じりに喋る亨。どれだけあたしの心を乱せば気が済むのだろう。


「……あたしも」


 ぴくりと亨の体が反応したのがわかる。恐る恐る顔を上げると、視線が絡んだ途端に亨は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「先輩……無意識っすか。それ。そんな顔でそんなこと言われたら俺……」


 ぐいと顔を胸に押し付けられて、亨の顔が見えなくなる。


「……帰したくなくなる」


 ぞくっとするほど艶っぽい声でそんな言葉を耳から流し込まれて、耐えられるはずがない。

 彼の背中に腕を回して、顔が見えないように隠して、「だめ」とかすれ声で押し出す。


「ダメ? じゃあ、この腕はなに?」


 くすっと耳元で笑われる。この行動自体が答えになっているなんて思わなかった。


「だって……」

「だって?」

「……離れたくない」


 唇が塞がれる。深い口づけのあと、息が上がってるあたしに、亨は小悪魔的な笑みを浮かべてみせた。


「今のは先輩が悪い。……責任取って、ね?」


 ああ、あたしが迂闊だったんだ。年下だと思って油断した。

 かわいいわんこだと思ったら、やっぱり狼でした。

うん、彼らについてはスピンオフで書きたいですね。

多分R18になると思いますが(汗

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