11.ピコという妖精
だだ甘ですみません(大汗)
トラントンまで着けばラトリーと合流して冒険に戻れます。
※20151206 改行位置修正
ピコの持ってきたお肉は実に美味だった。バーベキューの要領で野菜やなんかと串刺しにして焼くだけの簡単な食事だったけど、今まで食べたのとはぜんぜん違うお肉の味。
何の肉だろう。トリムーンでは鶏が一番多く出回ってるけどそれとは違う食感。ちなみに牛や豚などもあるらしいんだけれど、お偉いさんたちの食卓に登るのが精一杯なのだとか。
まあ、むしろこうやって冒険したりしてると、自前で捕まえた獣を捌いて食べるほうが多いんだけどね。
それにしても、今まで食べたものとは違う味。現実でも食べたことがないと思う。
何の肉? と聞いてはみたが、ナイショと教えてくれない。
「明日の朝にはトラントンの村まで抜けられる」
焼く前の肉の串を持ったまま、リュウはぽつりとそう言った。
「そっか、じゃあ次に日が昇ったらお別れだね」
ピコの何気ない一言であたしは動きを止めた。
「ピコ、おまえはどこまで付き合うつもりだ?」
「ボク? ボクはねえ、トラントンまでついていこうかと思ったんだけど」
「方向音痴のおまえがか? ちゃんと村まで行けるのか?」
「あー、ひどいなあ。森抜けたら目の前に村見えてるし、間違えっこないよ」
「そうか……じゃあ、ピコ、森を抜けたらあとはよろしく頼む」
「らじゃー。サーヤもそれでいーい?」
「えっ? あっ、はい。よろしくお願いします」
そっか、もう明日で終わるんだ。リュウと一緒にいることに慣れたところなのにな。なんだか寂しい。片腕が不自由なのには慣れないけど。
「リュウは来ないの?」
「俺は森から出られない」
「えっ」
あたしは顔を上げた。
「掟なんだって。森の番人が森から出ると森が枯れるとか魔物が暴れだすとかいろいろ伝承があるんだ、この辺りは」
そんなの、聞いたことない。……まあ、あたしが育ったのは猿猴自体が魔物として語り継がれてきた地域だからかもしれないけど。
「でも、村の人を見つけた時とかは、村まで送り届けるって」
「まあ、そうなんだが……」
「たいていは合図を送って村人に迎えに来てもらうんだよね。それか、通りがかった村人に伝言を頼むとか」
「ああ。今回は村人と遭遇しなかったからな」
「というわけでぇ、ボクが村まで送るってわけ。ところで、サーヤはトラントンまで何しにいくの?」
あたしは先日リュウにもした説明を繰り返した。
「ああ、なんだ。トリエンテまで行くの? じゃあトリエンテまで一緒に行こうか」
「ピコ?」
肉を焼いていたリュウは怪訝な顔をして顔を上げた。
「言ったでしょ、ボクも用事があるって」
「でも……」
あたしは言葉を飲み込んだ。朝トラントンに着いたとしても乗合馬車に乗れるのはタイミング的に夜になってから。あまり大きくない村だとしたら、多少の嘘はバレる可能性が高いし、そうなるとちゃんと理由を説明しなきゃならなくなる。
「少しは遠慮しろ、ピコ。彼女は仕事で来てるんだ。おまえがわがまま言って邪魔をするつもりか?」
「そーゆーわけじゃないよ。わかった、諦めるよ」
両手を上げてピコは降参の意を表した。
「でも、これっきりってわけじゃないよね? せっかく知り合えたんだしぃ。普段はどこに住んでるの? 拠点にしてる村は?」
「拠点にしてる村はないかな。行った先々で依頼を受けて、その依頼を受けてまた移動するって感じなの。今の依頼がトリエンテへの荷物運びだから、その先はトリエンテに行かないとわからないわ」
「そっか。じゃあこの辺りを通ることもあるかも知れないんだね。楽しみだなぁ」
目を輝かせながらピコは笑う。
「まあ、次回は落っこちないようにしてもらえると助かるけどな」
苦笑しながらリュウ。今回は予定外だもの。風邪引いて熱出して寝込んでたから、起きるタイミングが計れなかったっていうか……。
「落っこちる? どういうこと?」
「ああ、彼女は飛べるんだそうだ」
「えーっ? ……種族的には普通の人間だよねぇ。魔法も使ってないし、そういうアイテムも身につけてない。どうして飛べるの?」
ピコの目には疑惑の色が浮かんでいる。そりゃそうだ、こっちの世界の理にかなってないもの。怪しまれても仕方がない。
「それに、飛べるんならなんで森の中歩いてるの?」
「それは怪我したからだろ。ほら、余計なこと言ってないでとっとと食え。冷めるぞ、欠食妖精」
「うわちっ、いきなり串投げないでくれるぅ? 刺さるところだったよー」
受け取った焼きたての肉の串をはふはふ言いながら食べてる。あたしも手元の野菜を平らげた。
「食ったらとっとと寝ろ」
リュウは串を焼き終えるとかまどの火を落としてテーブルに戻ってきた。
それにしてもリュウってピコがいる時といない時じゃ口調がぜんぜん違うのね。ピコと喋ってるのが多分、素のリュウなんだろうな。
二人のやりとりを聞きながら、美味い肉に舌鼓を打つ。考えてみればこうやって誰かと食卓を囲むのって久しぶりだ。今の稼業を始めてからは町を点々としてるからあまり友人はいない。護衛の仕事なんかの時は護衛仲間と一緒に食べることもたまにあったけど、親しく会話をしながらってことはほとんどない。特にあたしは夜警が主だし、生活時間がずれてるのよね。
まあ、夜しか来られないから仕方がないんだけど。ほんと、リュウが同じ夜型パターンの人で助かったわ。
色々しゃべっている内に空が白んできて、リュウはベッドを整えてくれた。いつものようにあたしにベッドを譲り、二人は長椅子で寝るという。
「えー、最後の夜ならサーヤと一緒に寝たい」
と部屋に侵入してきたピコはリュウがぐるぐるまきにして外に放り出したらしい。
「ありがとう、リュウ」
ベッドに座ってあたしはあらためてリュウを見上げ、微笑んだ。
「いや……仕事だから」
そう言いながら、リュウは視線を外した。ちくっと胸が痛む。
「あの、リュウ……」
言いかけて、続く言葉を飲み込んだ。
――手紙を送ってもいいかな。どうやったらリュウに手紙が届く?
でも、その答えはよく知っている。あたしが請け負ってる仕事だもの。そうよね、馬鹿な質問だわ。
「何?」
声をかけたあと沈黙したあたしを訝しんでか、リュウは首を傾げる。あたしは首を横に振った。
「ううん、いいの。ごめんなさい――ありがとう」
「良い夢を」
リュウはそれだけ言って出て行く。あたしはベッドに潜り込んだ。この夢のかけらでも現実のあたしに届きますように……。




