【逃亡編】12.朝
※20151206 改行位置修正
サーヤとの一夜を明かして彼女を見送った後、リュウは頭を振って寝台を降りた。
眠気がないといえば嘘になるが、寝台はそのまま寝られる状態ではなかったから仕方がない。瓶に貯められていた水をたらいに取ると、体を清めた後シーツを剥がして漬けておく。昨日脱ぎ散らかした自分とサーヤの服も水に漬けた。一寝入りしてから洗う予定だ。
それから戸棚から予備のシーツを取り出すと手際よくベッドメイクをして、その中に潜り込んだ。
サーヤの匂いは消えてしまったが、ともかく寝られる態勢にはなった。ほんのり香りの残っていた枕を抱いて、リュウは眠りについた。
次に目が覚めたのは昼前だろうか。
誰かが部屋に入ってきた気配で目が覚めた。猿猴として森にいた時に比べると感度は悪くなっているが、プライベートエリアに入ってくる他人の気配はだいたい気がつく。
目を開けると、開け放たれた窓から日に透ける金髪が見える。
「お目覚めかい?」
「ヴェラか。……今何時頃だ?」
むくりと体を起こすと、ヴェラが窓の前に立ってるのが分かった。ベッドを出ようとして、事後のままで素っ裸だったのに気がついて元のように下半身だけ潜り込ませる。
「昼を回ったところだ。……夕べはお楽しみだったみたいだねえ」
夕べ、と言われてリュウは言葉を詰まらせた。
朝まで堪能した彼女の姿態が蘇ってきて耳まで熱くなるのを自覚する。慌てて顔を両手で覆うと、途端にヴェラはくっくと笑い出した。
「いや、ごめん。からかうつもりじゃなかったんだけどさ。若い奴らには刺激になったみたいでさ。この家と隣の薬屋の周りは薬草園用に畑にしてあるけど、さすがにあんだけ声がでかいとねえ……」
「わ、わかった。……自重する」
本当は一ヶ月ぐらい毎日抱き潰したい。夜を待っている間でさえ本当は抱きたくてたまらないのに、精神力がもつだろうか。
「ま、せめて窓閉めてやってくれや。昨日は丸見えだったからな」
「まっ……」
今度こそ頭のてっぺんまで真っ赤になったに違いない。こんなこと、サーヤには話せない。というか知られたら終わりだ。
――あんな――可愛いサーヤを他の男の目に晒してしまったなんて……窓が開いているのにも気が付かないほどがっついてたのか、俺は。
両手で顔を覆う。ああ、もう穴があったら入りたい。毛布をひっかぶってベッドに倒れ込むと、ヴェラは笑った。
「ああ、他の奴らには見られてないと思うよ。ヴォルフが閉めに来たはずだから」
「ヴォルフが?」
家の周りに人が近づいたことすら気が付かなかった。どれだけ溺れていたのだろう、とリュウは深くため息をついた。
「ま、そのうち魔術師に防音魔法でもかけてもらうんだね。時々やってくるから、今度来るって連絡がきたら知らせるよ」
「あ、ああ」
顔を出せない状態のまま、リュウは答える。
「まだ庵のほうは片付け中だったっけ? それほど急ぎじゃないけどいくつか薬の依頼が来てるから、準備が終わったら教えてくれ」
「分かった。……ピコに頼んだっていう患者については?」
「ああ、それも準備が終わったら連れて行く。あたしらの家は広場の上にある黄色い旗の上がった家だ。ここからだとちょうど広場の反対側だな。とりあえずはすぐ薬ができるように荷開けを優先しといてくれ」
「了解した。ところで、畑と言っていたな」
ちらりと顔を出して視線をやると、ヴェラは口角を上げた。
「ああ、家の周りは畑にできるようにすでに畝上げが済んでいる。苗や種が必要なら買い付けてくるから知らせてくれ。手伝いが要るなら広場で遊んでる子供たちを使ってくれ。薬師に興味を持ってる子もいてね。もしかしたらここにも覗きに来るかもしれない。その時は相手してやってくれると助かる。もちろん、粗相をしたらきっちり叱ってくれ」
「そうか……分かった。薬草は乾燥したものしか持って来られなかったから、苗が手に入るなら一通り買ってきて貰えると助かる」
荷物の中には採取した種もある。温室はないから時期を見ながら蒔かないといけないが、蒔いて今すぐ使えるようになるわけじゃない。一通り植えておけば、必要になった時に困らなくて済むだろう。
「それと、ヴェラ。……ピコから事情を聞いているかどうか知らないが、俺は事情があって一月しないうちに森に戻らなければならない。ここにずっといられるわけじゃないことは理解していてくれ」
「ああ、聞いているよ」
ヴェラは窓から離れてベッドに寄ってきて腰掛けた。
「子どもたちに薬草の見分け方と育て方、乾燥の仕方を仕込んで置いてくれると助かる。森に帰ったあとはピコ経由で薬の注文するから、その時に運ばせるからさ」
「助かる」
「森から出られるようになったらさ、第二の我が家とでも思ってくれればいいよ。あたしたちはあんたたちを歓迎してるから」
じゃね、とヴェラは片手を上げて出ていった。
リュウはベッドから降りると、ようやく着替えに袖を通したのだった。




