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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月17日(月)

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104.復帰初日

久しぶりに彩子の話です。

一歩前進?

※20151206 改行位置修正

 ……空気が重い。


 自分のPCに向かいながら、あたしは眉根を寄せた。

 入院前まで参加していたプロジェクトチームと同じテーブルにあたしの席はあるんだけど、周りはそれこそ三徹目の目の下が真っ黒な顔をしている。

 とりあえずプロジェクトチームのリーダーとメンバーには頭を下げて回ったが、反応は三割程度だった。そんな挨拶すら出来ないほど余裕がないらしい。というか、あたしの方も余裕がない。

 死んだ魚のような目で上目遣いにじろりと睨まれるのは流石に堪える。あたしが入院してなきゃ、こんな修羅場にはならなかったはずだもの。

 故に。

 あたしはひたすら自分を空気だと言い聞かせながら仕事をする。

 仕事、と言っても直前のプロジェクトからは外され、新しいプロジェクトへの割り振りはまだされていない。今日は今年初出勤で、しかも二週間分の溜まりに溜まったメールと回覧されてきた書類の山をこなさなければならない。

 スパムも含めて数百、へたしたら千通を超すメールを振り分け、必要なものには返事を送り、新年の挨拶や入院に関するメールについては丁寧に謝罪や感謝の言葉を添える。

 それだけでも午前中どころか午後三時までかかってしまった。お昼? もちろんコンビニで買ってきたおにぎりをかじりながらメールの振り分けを続けたわよ。そうでもしないと今日中に終わらないんじゃないかと思えたもの。

 それが終わったら山になった書類を読む。ほとんどがすでにあたし以外の人には回覧済みで、あたしが読み終えたらファイリングを待つだけのものばかりだ。雑誌は後回しにして、日付の古いものから順に目を通していく。

 こんなの、グループウェア導入してやればいいのに、といつも思う。人数が少ない部署ならメールで添付すればいいのに。でも、送っただけだと読まない人、いっぱいいるんだろうなあ。

 書類のほとんどが大したものではなかった。重要なものは全部メールで個人宛に送付されてるし、お知らせ系ばっかりかな。ああ、提出締め切りが過ぎてるものもあったけど、これはもうどうしようもない。

 雑誌は読めといわんばかりに付箋が貼ってある。そこだけでも読めということなんだろう。開いてみれば社長のインタビュー記事だったり、取引のあるお客さんだったり、グループウェアの新機能だったり、新製品の情報だったり。これもまあ、時間がある時に読めばいいよね的なものばかり。

 ざっと目を通して終わらせておいた。チェックが終わった書類は部署内の回覧済み箱に積んでおく。そのうち庶務の女の子が回収してファイリングしてくれるだろう。

 座りっぱなしでガチガチだった肩を伸ばして時計を見るともう定時回っていた。三徹のプロジェクトメンバーたちはなんとか切り抜けたらしくて、結構早々に帰っていったみたい。あらかた帰宅済みになっていた。それも気が付かないくらい、書類の整理やらメールチェックやらに集中してたのか。


「病み上がり初日から飛ばすなよ、木村」


 背後から高広さんに声をかけられる。振り向くと、PCの前にかじりついたプロジェクトチーフは、目の下を真っ黒にしながらこっちを見ていた。珍しく今日はきっちりスーツ着て髪の毛もなでつけてある。いつもはボサボサ頭にTシャツとGパンなのに。


「いえ、飛ばしてるわけじゃ」

「そうでなくとも無理するからなぁ、おまえ」

「……集中しすぎて周りが見えないだけです。それにしても、すごいですねそのクマ」

「ああ。さすがに眠い」


 背もたれに体を預けて、椅子をリクライニングさせたチーフは目を擦り上げた。


「すみません、本当にご迷惑をお掛けしました」


 今日何度目だろう、頭を下げる。いや、自然に頭が下がる。文句言われなかったもんね、チーフにだけは。


「いや、それはもういいから。やることないならとっとと帰って寝ろ。おまえ、頑張りすぎなんじゃねえの?」


 チームの若手メンバーがもう全員帰ったからだろう、高広さんの口調がだんだんぞんざいになる。

 そういえば入社した年に散々言われたっけなあ、この口調で。ぼろぼろ泣きながらも食いついてったのを覚えてる。悔しかったんだよね。女だからってことで言われてるわけじゃないのはわかってたから、見返してやるって踏ん張って。


「そうでもないですよ。それに十分休ませてもらいましたし」

「だから、そういうのが調子がいいって言うんだよ。まだ何回か通院すんだろ? 無理してまた倒れられたら困る」


 がしがしと頭を掻きながら、高広さんはそれだけいうと椅子を戻してPCに向き直った。


「すみません」

「ほれ、とっとと帰れ。ああ、それから今週一杯はリハビリな。詳細は明日までにまとめとくけど、書類書き頼むわ。で、定時であがること」


 ちらりと顔を上げた高広さんはにやっと笑った。内心げーっと舌を出す。書類書きなんて一番面倒な仕事じゃないか。早くプログラム書かせて欲しいのに。


「……わかりました。じゃあお先に失礼します」

「おっつかれー」


 荷物をまとめ、PCの電源を落とすと居室を出ていく。そういえば、新人くん、今日は顔を合わせなかったな。ちらっと彼の席の方を見たけど、空っぽだった。

 彼の顔を思い出して少しだけほっとしてる自分がいることに気づく。そりゃそうよね。あんな――告白の答え、待ってるなんて言われて気にならないはずがない。

 とにかく今日は帰ろう。この間母さんが持ってきた食材もあるし、痛む前に食べ切らないと。なんで鍋の材料とか買ってあったんだろう。一泊して一緒に食べるつもりだったのかな。一人鍋とか寂しすぎてやってらんないっての。

 ああ、そういえば恵美にも会ってない。やっぱり忙しいのかな。それともあたしが集中しすぎてた? 一日一度は顔を見てた気がするんだけど。

 仕方ない。

 こんなに間が空くと社内の動きも雰囲気もわからなくなるし、すごく居心地が悪い。今まで出来てたはずのことがすごく敷居が高く感じられる。例えばちょっとしたことを他の子に頼むことですら……。

 会社から出てエレベーターホールに向かってる時だった。


「先輩」


 後ろから声をかけられて、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。うん、油断してた。

 声はもちろん聞き覚えがあった。でも、振り向くのが怖かった。

 ゆっくり振り向くと、Yシャツにスラックス姿の新人……奥野くんが立っていた。


「奥野くん……?」


 彼も三徹目なのだろう、目の下が真っ黒な上、目が赤い。いつも整えてた髪の毛もぼっさぼさで、Yシャツもスラックスもよれよれだ。ネクタイもしていない。


「先輩……高広チーフが好きなんですか?」

「……は?」


 あたしは驚いて目を見開いた。どこでどう勘違いしたらそういう話になるんだろう。もしかしてさっきの帰り際のやり取り、聞いてたんだろうか。まあ、他の社員もいたし、聞かれて困るような話はしてないけど。それに、前に話、したよね? チーフには彼女がいるって。

 奥野くんは睨むようにあたしに目を据えたまま、歩み寄ってくる。一体何なのよ。ちょっと怖いよ、今日の奥野くん。


「あの、奥野くん?」


 刺激しないようにゆっくり後ずさると壁に突き当たった。まずい。逃げられない。


「ちょっと、どうしたのよ」

「僕……はっ」


 両手首を掴まれた。振りほどこうとしてもびくともしない。そのまま壁に押し付けられる。


「奥野く……んっ!」


 顔を上げた途端、口を塞がれた。目の前に彼の顔があった。目を閉じた奥野くんのまつげが揺れている。恥ずかしくなって目を閉じた。だめだ、立っていられない。くらくらする。

 息が出来なくて、一度離れた時に息を吐く。


「はっ……」


 そんな声が自分の喉から漏れるのが聞こえて、ぱっと顔に血が昇るのが分かる。長い口づけのあと、解放されたあたしはもう自力では立てなかった。そのままへたり込みそうになるのを、奥野くんが抱きとめてなんとか立ってる感じだ。


「あなたが誰を好きでも、諦めたくない。……好きです、先輩」


 ああ、もうだめだ。答えを出すのが怖かった。彼に会うのが怖かった。もしかしたら今日一日、無意識で彼を避けていたのかもしれない。

 でも、もう……答えは出てる。

 目を閉じるとぽつりと涙がこぼれた。


「ひどいよ……奥野くん」

「詰っていいよ。詰られるだけのこと、したとわかってるから」


 耳元で囁いてくる。いつもの敬語じゃない、彼の口調が心地よい。


「あたしまだ、返事してないのに……」

「待てない。俺、こんなに堪え性ないなんて自分でも思ってなかった。でも、高広チーフと喋ってるの見てて、すごく嫉妬した。一秒だって待てなかった」


 耳元に小さくキスをされる。ゾクッと体の芯が震えた。


「あたしの話、聞いてくれる?」


 声が震える。まるで小娘みたいだ、と自分でも思う。

 奥野くんが少し身を離してあたしの顔を覗き込んできた。


「うん、いくらでも聞く。だから――」


 言葉は要らなかった。互いに顔を寄せ、目を伏せる。唇が重なると、あたしは彼の首を掻き抱いた。

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