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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月17日(月)

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102.同乗

※20151206 改行位置修正

 昼食時に天幕を張らない時だけ、銀の馬車も他の馬車と同じ側で休憩するようになった。おかげで警備はやりやすくなっているはずだ。

 隊列を崩さず、馬車の周辺で護衛たちは弁当を食べている。万が一襲われてもいいように全員武装済みだ。銀の馬車の周辺も騎馬兵と傭兵がある程度の距離を開けてぐるりと周りをかこっている。スタート前に銀の馬車に近づくなとドラジェが厳命していたせいである。

 ルーは仕方なく近づいて、扉をノックする。相変わらず窓はきっちりカーテンやら何やらで隙間なく塞いであるのが見て取れる。


「ドラジェさん、ルーです。お呼びと伺いましたが」


 何やら物音がする。何をやっているのかは分からないが、少し間があいて、ほんの少しだけ扉が開いた。その隙間から枯れ木のようなドラジェの顔が覗く。


「あの、なにか御用でしょうか?」


 もしかしたらお茶が欲しかったのだろうか、とルーは首を傾げた。弁当があるときは簡易かまどを作らないので湯が沸かせない。


「お湯がないのでお茶は入れられませんが」


 しかしドラジェは口を開かない。後ろや周りにちらちらと目をやりながら、たまにルーの方を見る。


「お前、口は堅いほうか?」

「え? ああ、もちろん。仕事上の守秘義務はきっちり守るのは当たり前ですから」

「ふむ……二日後に大きな町に止まる。それまで、お前に重要な任務を与えよう。武器は持っておらんな?」

「あ、いえ。ナイフを身につけております」


 ルーは腰のベルトに挟んだ小さめのナイフを取り出した。料理でもよく使うものだ。


「では、それを馬車に置いて戻って来い。今すぐにだ」


 口調が厳しい。ルーは急いで馬車に戻ると身につけた物を確認して荷物に戻した。身の危険がないとも限らないので、万が一のための薬入れをベルトの隠しにしのばせる。

 馬車に戻るとドラジェはすでに外に出ていた。


「あの、ドラジェさん?」


 ルーを見るとすぐにドラジェは馬車の入り口を半分開けた。幾重にも垂れ下がった布のせいで中を伺うことはできない。


「武器はもう持ってないな? では入れ」

「えっ! あの、いいんですか?」


 ルーはうろたえた。一体何が起こったのだろう。ここには誰にも見られたくない貴人が乗っているはずなのに。


 ――それとも、ボクの正体がバレた?


 そんなはずはないのに、背筋が凍る。


「早く入れ」


 もう一度ドラジェを振り向こうとした途端、背中をぐいと押されて、ルーは馬車につんのめるようにして転がり込んだ。


「いたっ!」


 布に隠れて見えなかったが、段があったらしい。そこで足を取られて向こうずねを思い切り打った。ルーは涙で視界が滲む中、体を丸めて膝に手をやった。痛い。こんなことなら膝上まであるブーツにしておけばよかった。


「きゃっ! なんですのっ!」


 至近距離で女性の高い声が聞こえる。

 顔を上げると――女性が座席に座っていた。恐怖で縮み上がって隅の方に体が逃げている。

 滲む涙をこすってルーは彼女の顔を見上げた。白い顔、真っ赤な唇。襟ぐりの大きく開いたブラウスとおそらく乗馬用のものだろう、上等な革のズボン。髪の毛は結わずにウェーブの掛かった状態で後ろに流している。ルーの不躾な視線に気がついたのだろう、絹の手袋をつけた手で扇子を半分開け、顔を隠した。


「だ、誰ですのっ」

「あ、えっと、便利屋のルーといいます。ドラジェさんにここに入るように言われたんですが……」

「ああ、そうなのね。……てっきりむさ苦しい男ばかりだと思ってましたわ」

「はあ……」


 ルー=ピコ自体、社交界にも王侯貴族の生活にも縁がない。ゆえに彼女の顔を見てもどこの誰かまではわからない。今回はキーファとザジのおかげで正体が割れてるわけだが、まさかそう話しかけるわけにも行かない。


「えっと、ドラジェさんの奥様か、お嬢様ですか?」

「違うわよっ! なんであんな人のっ」

「すみません」


 たかが地方の商業ギルドを握っている程度の商家が、豪商か貴族が使うような上等な品を身につけた女性の家族であるはずがない。

 チラチラと入ってきた扉の方を伺う。ドラジェが外にいるかどうかは分からないが、できれば脱出したかった。


「あの、それでわたしは何をすればよいのでしょう? ドラジェさんに呼ばれただけで、用を言いつかってないのですが」


 痛みもだいぶ引いてきて、声も出るようになってきたところでルーは切り出した。


「何も聞いてないの?」

「はい。呼ばれて、いきなり中に入らされただけで」

「……あの人の顔見るの、飽きたのよ」


 いきなり女性はぶすっとむくれた表情をして、扇子を閉じた。

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