【逃亡編】10.隠れ里の正体
※20151206 改行位置修正
ヴェラが先導して村に入ると、松明を持った村人たちが待ちかねたように通りに飛び出してきた。
「お頭!」
「ヴェラ様、おかえりなさい!」
「ヴォルフ様、よくお戻りで!」
そんな声があちこちから聞こえる。迎える人々の顔もとても晴れやかで嬉しそう。
この二人は本当にこの村の人に愛されているんだ。
「ヴェラ様、こちらは?」
「ああ、広場で話すよ。みんないるんだろう?」
「もちろんで!」
子供がちらほら混じっている。こんな時間なのに起きているなんて、よほど慕われてるんだろうな。彼らも口々にヴェラ様おかえり、と叫んでいる。
ヴェラは彼らに危なくないようにスピードを落とし、ゆっくり馬を歩かせる。松明を持った人たちとほぼ同じスピードであたしも馬車を進めた。
「へえ、女の人が手綱握ってるよ」
「ヴェラ様みたいだな!」
などと子どもたちが覗き込んでは口々に叫ぶものだから、だんだん恥ずかしくなってきた。
少し進んだところで視界が開けた。両側に立っていた家の並びが切れ、丸く開けた場所の真ん中に大きな焚き火がある。
ぐるりと焚き火をまわり、ヴェラは馬から降りた。その後ろをついてまわり、あたしも馬車を止める。後ろを歩いていたヴォルフが馬車を追い抜いてヴェラの横に馬を揃え、降りた。
荷台のリュウを手伝って降りると、ヴェラとヴォルフが近くまで来ていた。
炎の明かりに照らされて、ヴェラを迎えた村人たちの顔が皆微笑んでいるのが見える。
「皆の者、こんな遅い時間に集まってくれてありがとう。子どもたちは寝る時間だろう? 明日起きれなかったらお仕置きだぞ」
親たちの笑い声、子どもたちの抵抗する声。
こんな温かい声を聞いたのは久しぶりだ。基本的にラトリーと二人で移動を繰り返してきたせいか、どこかの街に長く居続けたことがなかった。友と呼べる者もなく、その地の人との交流もほとんどない。
だから、多分現実の彩子が子供だった頃以来だろう。
「彼女、慕われているんだな」
「ええ、そうみたい」
リュウの言葉にうなずく。この村にいる人は皆訳ありだと言っていた。だから彼女に全幅の信頼を置いているのかもしれない。
「で、お頭。今回のお宝は? そいつらは?」
向こうの方から声が飛び、こちらに一斉に視線が向くのを感じる。
笑顔を消し、まるで値踏みをするかのような視線でこちらを伺う村人たち。
ぞくっと背筋が寒くなって一歩後ずさる。
ヴェラの方を向くと、彼女はすぐ横にやってきて、あたしの肩に手を置いてぐいと引いた。隣のリュウの肩をぐいとヴォルフが押しているのが見える。
「ヴェラさん? あの……」
客人として紹介されるんじゃないの? お宝?
「この二人が今回の戦利品だ。金より価値のあるお宝だ、後ろの馬車もろとも丁重に扱えよ」
ぎょっとして顔を上げる。ヴェラは口角を上げ、目を釣り上げていた。
「ようこそお客人。山賊の里へ」
篝火の周りで村人たちが騒いでいる。飲んで食べて歌って、まるで祭りだ。
あたしとリュウはあのあとヴェラとヴォルフによって取り押さえられ、縄を打たれて馬車のそばに繋がれている。馬はすでにくびきから外され、厩に連れて行かれたらしい。戦利品として。
「ごめんなさい……」
体がつらいのだろう、地面に体を転がしたままのリュウに、何度目かの謝罪を口にする。彼女を簡単に信用したあたしが馬鹿だった。ピコのことも知ってて、彼からあたしたちのことを頼まれたとも言ってたから、そのまま信用してしまった。
その結果がこれだ。
泣くに泣けない。
何度目かのため息をつく。
「サーヤ、もういい」
体をねじってなんとか顔をこちらに向けようとしながら、リュウが言ってくれる。
「どちらにせよ、あと一日でビリオラには着けなかっただろう。そうしたら、食料も水もなく、行き倒れていたかもしれない。……こうなったのも俺のせいだ。謝るのは俺の方だ」
きっとリュウには見えてないだろうけど、首を振る。
「それに、薬師を必要としているというのは本当なんだろう。俺たちを戦利品と言いながら、馬車の中の道具には一切手を付けていない。普通なら馬車の中を家探しするものだろう?」
「そういえば……」
馬を離した以外、馬車に触れた者はいない。馬車に積んである荷物は繊細な品が多く、荒く扱われたら壊れてしまう。壊れてしまったらそうそう手に入るものでないものばかりだ。
ようやく体をねじったリュウは、あたしの近くまで寄ってきてあたしのほうに顔を向けた。
「体、痛くない? 熱は?」
「熱はもうない。体は……あと少しだろう。あと二〜三日の辛抱だ。そうすれば前と同じように動ける」
「そう、よかった」
目を閉じてホッと息を吐く。と、リュウがあたしの膝に頭を載せてきた。
「リュウ?」
「……少し疲れた。眠っていいか?」
「うん」
朝はまだ来ない。空はまだ闇に塗りつぶされ、月の輝きも衰えを知らない。
きっと祭りが終わるのは日が開けてからだろう。山賊の里だとヴェラは言っていた。略奪して戻ってくるたびにこうやって村の皆で祝うのだろうか。
「食べるか?」
不意に目の前に差し出されたのは串に刺さった肉の塊だった。よく焼けていい匂いが漂っている。
顔を上げるとヴェラの顔があった。
多分思っていることが顔に出てたのだろう。ヴェラは笑顔を消して眉を八の字にした。
「説明しなかったのは悪かったよ。でも、あんたたちに話したのは嘘じゃない。ここが山賊の里と呼ばれてるのも事実だ」
「……あたしたちは戦利品なの?」
途端にヴェラは悪戯っ子のようににやっと笑い、ウィンクしてよこした。
「金より大切な戦利品だね。あいつらが騒ぐ口実だよ。……まあ、興がのって縄を打ったのはやり過ぎだったよ。すまない」
ヴェラは手にした串の肉をあたしの口に押し込むと、短剣を取り出して後ろ手で拘束された縄を切ってくれた。リュウのも。
リュウは少し身じろぎしたものの、そのまま寝入っている。
「あんたたちの部屋を準備中だ。少し待ってくれ。薬師殿の作業場はあるんだが、あの荷物、全部入れたらあんたたちの寝るところがなくなるって気がついてね。もう少し待ってくれ」
「うん、分かった。……ヴェラ、あなたを信用していいのよね?」
しかしヴェラは意味ありげに微笑んだ。
「信用するかしないかは自分で判断することだ。あたしたちはなんにも隠しやしない。ま、里自体は隠れ里だけどさ」
それだけ言うとヴェラは立ち去った。その背を見ながら、リュウの髪を手で梳く。
お肉は塩を少し振ってあって美味しかった。




