【逃亡編】9.隠れ里へ
※20151206 改行位置修正
ヴェラに前を走ってもらい、あたしは馬車を走らせた。後ろにはヴォルフが馬を走らせてる。
ヴェラの話だと、ビリオラは半日走れば着くところまでには来てたらしい。でも、ヴェラの村へ行く道は少し戻らなきゃならないそうで、昨日来た道を逆走している。
一刻ほど走っただろうか、とある場所でヴェラは馬を止めた。
何の変哲もない街道の途中。左右はずっと低木が並んでいて、印のようなものもないし道標もない。
「ここ? 何もありませんよね?」
そう言うとヴェラはにやっと笑った。
「そう。あたしの村は入れる者にしか道を開かないんだ。だから変な輩は紛れ込まない」
なるほど、目くらましかなにかがかけられているんだろう。
そこを無事通り抜けるには何らかの条件が必要、というやつだ。
リュウが横にいればいろいろ質問攻めにしたいところだけど、リュウは後ろで眠ってもらっている。
「じゃあ、入るよ。大丈夫、あたしについて来な」
どう見ても木にぶつかるしかないコースに、ヴェラは馬を乗り入れた。木にかぶってヴェラの姿が見える。
躊躇してるのが分かるのだろう。後ろのヴォルフが蹄を鳴らしている。
待ってる場合じゃない。ヴェラを信じなきゃ。それに薬を待ってる人がいるんだから。
ぎゅっと目をつむったまま、あたしは馬車を乗り入れた。
……少しの衝撃も来なかった。
するりと抜けたあたしは目を見張った。月明かりの下、木々にダブって見えていたヴェラの姿がはっきり見え、ちゃんと整備された道が見えたのだ。
「これ……」
それほど広くない道幅ではあるけれど、所々に待避所が作ってある。前から他の馬車が来たらそこですれ違うんだろう。
「そ、隠れ里への道さ」
ヴェラは自慢げに言う。うん、ちょっとびっくりした。それより。
「隠れ里?」
「ああ、悪意ある者を寄せ付けないように、場所も行き方も秘してるから隠れ里っていうんだ。まあ、来てみれば分かるよ。皆、いろいろ事情を抱えててね。逃げてきた子ばかりなんだ」
なんとなく事情が分かった。たとえばDVから逃げてきた奥さんとか、誰かから狙われてる子とか、そんな感じなんだろう。
「あのドラジェに睨まれた子なんか、何度さらわれかけたか。結局坊やが助けて、うちに預けてったんだ」
う……それってばっちり当てはまりますけど、あたし。というか、ピコってやっぱり何者だろう。
「さ、行くよ。もう里にはあたしらが来たことは伝わってる」
あたしは素直にうなずいた。
それから一刻以上走っただろうか。もっと走っただろうか。
深々と更ける夜の中を、あたしたちは走っていた。
道はできているとはいえ、山道でぐねぐねしているからあまりスピードは出せない。馬だけならあっという間なんだろうけど、馬車で無理やりスピードを上げると、馬車そのものが壊れてしまいそうだ。
馬車が壊れて、積んでいる荷物が壊れてしまったら……せっかく村に着いても意味がないことになってしまう。
そうでなくとも、リュウがきっちり箱詰めした道具たちは壊れやすいというのに。
途中、待避所があるところで休憩させてもらった。荷台に移動すると、リュウはまだ怠そうにしてはいたものの、熱の方はもうほとんど平熱になっていた。
御者台に出ると言い張るリュウをなんとか言いくるめて、あたしは再び馬車を走らせ始めた。
小さな丘を迂回して、山際を通ったあたりで、眼下が突然開けた。森を抜け、山を抜け、出たところには月の光に浮かぶ田舎の風景が広がっていた。
青い月の光を受ける、青々と作物の成る畑に囲まれた石造りの堅牢な街。
それが第一印象だった。
「すごい……きれい」
馬車を止めたのに気がついたのだろう、リュウも荷台から顔を出した。
「そうだろう、これがわたしの村だ」
ヴェラが馬を寄せてきた。リュウはそのまま御者台に登り、街を眺めている。
「リュウ」
「大丈夫だ。……それにしても見事な砦だな」
「砦?」
そんな視点で見てなかったあたしは首を傾げる。ヴェラはなおも嬉しそうに頷いた。
「そこに気がついてくれるとは、嬉しいねえ。そう、万が一ここの場所がバレた場合でも、村人全員が逃げおおせるだけの時間を稼げるように作ってある。ま、そんなことは万が一にもないけどさ、念のためにね」
「リュウ、そうなの?」
「ああ、街の周りの堀と突堤が二重に巡らせてある。街中は攻めにくいように道が全てジグザグで広さも狭い。戦馬車などで攻められないように門も小さくしてあるな。裏手の山に水路が引いてあるから、場合によっては水攻めもできるようになってるっぽいし。街を囲む高い塀は登りにくく作ってある。よくここまで考えて作ったものだ」
リュウの言葉にあたしはびっくりする。城の堅牢な作りはともかく、リュウがそういう知識を持ってることにもびっくりした。
「まあ、これも召喚者の卓越した知識を導入した結果なんだけどね。街中が迷路みたいになってるおかげで、道に迷うのが難点だな」
からからとヴェラは笑った。
「さ、入ろう。入ってすぐのところにちょっとした広場があるんだ。夜も更けた時間だから子どもたちは寝てるだろうが、君たちを歓迎しに皆集まっているだろう」
ヴェラはそう言い、馬を進めた。あたしも馬車の手綱を握った。




