10.幼なじみ
二話連続投稿です。9からお読みください。
※6話までとリュウの口調が違っていたので、修正しました。申し訳ありません。
※20151206 改行位置修正
あーまったく、むかむかするわ。あいつ。あんな純真そうな振りまでしてあたしをコケにして。冗談じゃないわ。そりゃあたしはアラサーに一歩足を入れてるわよ。三十路が近いわよ。だからってガキに遊ばれるのはゴメンだわ。
「どうかした? サーヤさん」
心配してリュウさんが声をかけてくれる。もちろん枝から枝へ飛び移りながら。
「え? ああ、大丈夫です。嫌なことを思い出しただけですから」
「ならいいけど、なんだか怒ってる感じがして」
あたしは口をつぐんだ。だめだめ。リュウさんにまで心配かけちゃってる。
「もうじき次の避難小屋です。その前に……ピコと合流していいですか?」
「あ、はい。構いませんけど、ピコも避難小屋に一緒に行くんですか?」
「ええ。本当はピコは自力で避難小屋まで来られるんだけど、どうも方向音痴らしくて」
迎えに行ってやらないと、と言葉を濁す。
「分かりました」
「じゃあ、耳を塞いで」
太い木の枝の上で足を止め、リュウさんは昨日と同じように咆哮した。その後の反応を待つのも昨日と同じだ。
「あ、左手に……」
昨日と同じ、りーんと澄んだ鈴の音。昨日よりは近い場所にいたみたい。低い位置に降りるとすぐ鈴の音が聞こえた。やっぱり空が見える少し開けた場所だ。
「リュウ。おーい、こっちこっち」
ピコの声が聞こえる。あたしの方からは見えないけど。
「よし。それじゃ行くぞ」
「おっけー」
立ち止まってたのは少しの間で、すぐリュウさんは樹上に飛び上がる。ピコはと首を巡らせると、紐の先にくくりつけられ、凧のようにふらふら飛んでいる。
「はろー、サーヤ」
全開の笑顔で両手を振ってる。危ないってば。そんな無防備だと枝にぶつかって……言わんこっちゃない。
「うぷっ」
「ピコ、おまえちゃんと前見てろよ」
ピコは折れた枝を抱きかかえたまま飛んでいる。
「はいはい、よろしくー」
いっそのこと背中につかまったほうがいいんじゃないかしら、と思ったけど、あたしの背負子を背負ってるせいね、その余裕がないんだわ。
紐は腰の部分にくくられてるようで、くるくると回ってる。あんなに回って目が回らないのかしら。
なんて考えているうちに、小屋に到着していた。
背負子から降ろされ、ベルトを外すとあたしは大きく伸びをした。リュウさんはと見るとピコの腰の紐を外すところだった。
「おつかれさま、リュウさん、ピコ」
「おつかれさま、サーヤさん。肩の傷は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとう」
「あれ、サーヤ、怪我してんの?」
ピコがふわっとあたしの横まで飛んできた。
「あ、おい。おまえ、サーヤさんを呼び捨てするなよ。まったく……」
「いいじゃん。サーヤって呼ぶほうがかわいいよ。リュウもやってみたら?」
「えっ……おまっ……いや、それは失礼だろう? いきなり呼び捨てなんて……」
おまえじゃないんだから、とピコを小突いてる。いいなあ、こういう幼なじみの関係って。あたしにも幼なじみ、いたはずなんだけどなぁ。もう忘れちゃった。
「ええ~? サーヤはそんなコじゃないと思うよぉ? ねえ? サーヤ。リュウが呼び捨てにしても構わないよね?」
「え? え。ええ。もちろん。呼びやすい方で呼んでもらえれば」
ちらっとリュウさんの方を見る。リュウはやっぱり困惑したようなハの字眉になってた。
「ほら、サーヤもそう言ってるし。リュウもそうしなよー。なんか他人行儀だしさぁ。もう二日も寝食を共にした仲でしょー?」
「おまっ、人聞きの悪いこと言うなっ」
ぶんっとリュウさんの腕が空振りする。
「ほーら出た、照れ隠し。呼んでみなって。サーヤはどっちがいいの? リュウにサーヤさんって言われるのと、サーヤって呼ばれるのと」
ピコったら、本当に直球なんだから。なんか顔がほてってきちゃったじゃないの。
「あたしは……サーヤって呼ばれる方が好きかな」
「ほらぁ。リュウ、聞いた? サーヤって呼ばれる方が好きだって」
ピコはリュウさんをぐいっとあたしの方に押し出してくる。真正面からリュウさんの視線を受け止めることになっちゃった。
「えと、あの、じゃあ……サーヤ」
「はい、リュウさん」
リュウさんは照れ隠しに視線を逸らしてくれた。あたしも視線をそらす。どぎまぎする。だめ、心臓が飛び出しそう。
「だめだめ、サーヤ。サーヤもリュウって呼び捨てにしなきゃ。ね?」
ピコが目の前に浮かんできて笑った。そうよね。リュウさんに向き直る。リュウさんもあたしの方を見てる。
「じゃあ、……リュウ」
「サーヤ」
どぎまぎしたまま、視線が外せない。やだ、どうしよう。なんでこんな雰囲気に……だめっ。リュウの顔がどんどん大きく見えてきた。だめ、あたし。雰囲気に飲まれちゃう……。
「はいはーい、キスシーンはおあずけねっ」
ピコの顔が至近距離に見えて、あたしは大きくのけぞった。リュウさんの顔が遠くなる。
「ピコ、おまえっ」
「さっさとご飯にしようよー。ボクもうお腹ペコペコだもん。肉も持ってきたしぃ」
「ったく、欠食妖精め」
そう言って調理場に歩いて行くリュウの顔は心なしか赤かった。きっとあたしも真っ赤だろう。しばらくリュウさんの顔、まともに見れないわ。
どうしよう……そうよ、雰囲気に飲まれただけよね? きっとそうよね?
でも、現実とトリムーンは違うもの。
あたしはあたしで運命の人を探してもいいよね?
少しだけ……夢を見ても、いいよね。