【逃亡編】8.ヴェラとくるみパン
※20151206 改行位置修正
目を開けると三つの月が見えた。いつもの空だ。幌に隠れてない全天の空。
「目ぇ、覚めたかい?」
空を切り取るように、金髪の顔が見えた。
眠る前のことを思い出す。確か、ヴェラさんって言ったっけ。
「あの……リュウは?」
起き上がろうと手をついて、柔らかな感触に気がつく。見れば赤い地厚の布が広げられていて、その上にあたしは寝転んでるらしい。
「ああ、彼ならまだ馬車の中だ。起こして来ようか?」
「いえ、あの、大丈夫です。自分で行きますから」
起き上がり、布を拾い上げるとすっと横から手が伸びて布を取り上げた。
顔を上げると、銀髪の男性が立っていた。
「あ、すみません、ありがとうございます……」
なんて言ったっけ。ヴォルフさんだっけ?
名前を思い出してる間に男性は布についた土を払い、肩に纏い直した。マントだったんだ……。
「そういやあんた、召喚者だったんだねぇ。さすがにびっくりしたよ」
消える直前の記憶が戻ってくる。
「はい、その話をする前に時間が来てしまって……すみません」
「ああ、いいよいいよ。気にしないでおくれ。じゃ、リュウを呼んできてくれるかい? 揃ってから話をしよう」
促されて、あたしは馬車に戻った。
幌を開けると、リュウは上半身を起こしたところだった。
「リュウ? 大丈夫?」
乗り込んで彼の額に手を当てる。昨日よりは熱も下がってきている。
「ああ、かなり良くなった」
動くのはまだぎこちない。体のあちこちが痛むんだろう。長く御者台に座れるようには思えない。
「外でヴェラさんたちが待ってるって」
「分かった」
立ち上がるのを手伝って、あたしたちは馬車を出た。
「来たか。待ってたよ」
「ごめんなさい、おまたせしました」
リュウとあたしが馬車の外に出ると、ヴェラとヴォルフも近くにやってきた。
「えーと、消える前の話は覚えてるかい?」
ヴェラの言葉にあたしはうなずいた。
「はい、病気で苦しんでいる人がいて、そのために薬師としてリュウに来て欲しいってことですよね。ピコからあたしたち二人の保護も頼まれてる。……そこまであってますか?」
あたしの言葉にヴェラがうなずく。
「よかった、覚えてるみたいだね。じゃ、早速移動しようか。……ああ、そうだ」
ヴェラは振り向くと懐から何かの包みを取り出した。
「え?」
「食料、足りてないんじゃないかと思ってさ。硬いパンで悪いけど」
受け取った包みを開けると丸パンが二つ入ってる。
「ありがとうございます。実はもうパンとチーズしかなくて」
「ああ、やっぱり。それ、食べてからでもいいよ。何なら湯でも沸かそうか? スープはないけど暖かいお茶ぐらいならいれられるよ」
「本当に? お願いしてもいいですか?」
「任しといて」
ヴェラはにやっと笑い、テキパキと湯の準備を始めた。
「リュウはそこに座ってくれる?」
草の上にリュウを座らせ、あたしは馬車に取って返してナイフを持ち出した。もらった丸パンをナイフで薄く切ると、中には木の実が練りこんである。
小さく切って口に入れる。コリコリした木の実は多分クルミだ。他にも小さな木の実が入ってる。
「おいしい。こんな美味しいパン、こっちで食べられるなんて思わなかった」
微笑んでヴェラに言うと、ヴェラは嬉しそうに微笑んだ。
「そうだろ? うちの村にゃ腕のいいパン職人がいるんでね、美味しいパンにありつけるんだ。森や山の恵みのおかげもあるし、いい村だよ」
「楽しみです」
ヴェラのいれてくれたお茶は本当に美味しかった。
「このお茶も美味い。これはどこの茶だ?」
「これは薬茶だ。村の外れで取れる薬草を使ってるんだよ。あんたなら興味を持つと思ってたよ」
にやり、とヴェラが笑う。リュウは頷きながら茶をすすっている。
「そうそう、サーヤ。あんたの話も楽しみにしてるんだよ」
「え?」
「あんたの住む『向こうの世界』の話、村に着いたら聞かせちゃくれないかい?」
あたしは目を見開いた。リュウを振り向いたけど、彼はお茶に興味を惹かれて気がついてない。
召喚者の住む向こうの世界の話、なんてしていいのかしら。召喚者同士で話すのはきっと問題ない、と思ってたけど、それをこっちの人にするのって、どうなんだろう。
あたしの回答を待たずに、ヴェラは言葉を継いだ。
「心配しなくていいよ。うちの村には召喚者は結構多いんだ。そのパンを作ってる子もそうさ」
「えっ」
手の中のパンをじっと見る。確かに、他で手に入れたパンと比べると明らかに味が違う。現実で食べるくるみパンそのものの味だもの。
「だから、安心して来な。あんたたちはあたしが守るからね」
ヴェラの自信たっぷりの笑みに、あたしは思わず「よろしくお願いします」と頭を下げた。




