【逃亡編】7.ヴェラ
本日二本目の投稿です。
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※20151206 改行位置修正
「おじゃまだったかねぇ? と聞いたんだが、聞こえてるかい? あんたら」
リュウもあたしも動けなかった。――ううん、動「か」なかった。
なぜって――彼女には全くの闘気も殺気も何一つなかったから。
山賊だと決めてかかって武器まで準備したのに、何の気配もさせずにその人はそこに立っていた。
「……なぜ」
リュウがつぶやいたのが聞こえた。そう、今は番人でないとはいえ、人の気配を読むのは得意なはずのリュウでさえ、気がついてなかった。
目の前の美女は楽しそうな表情をしている。気配といい、敵ではないのかもしれない、と思ってあたしは口を開いた。
「あの……どちらさまでしょうか」
その言葉に、美女は笑い出した。お腹を抱えて、しまいには目尻に涙までためて大笑いする。あたしはむっと唇を尖らせた。
「ああ、ごめんごめん。あんまりにお嬢さんの言葉にびっくりしてさ。――あたしはヴェリニーチェ。ヴェラって呼んどくれ」
そう言って彼女は右手を差し出そうとして、まだ刀を握っていることに気がついた。
「おっと……刀携えて他人の馬車に乗り込んでりゃ警戒されないわけがないわな。えっと、そこのあんた。具合悪そうだけどちょいと表まで顔貸してくれないかい? お嬢ちゃんも」
ヴェラはそう言って馬車から出ていく。あたしはリュウと顔を見合わせた。
「えっと……」
「……とりあえず降りよう。サーヤ、時間は大丈夫か?」
ちらっと天窓の方を見る。空はかなり明るくなっている。何時ぐらいかはわからないけど、今日が日曜日ならきっとゆっくり寝るはずだ。
「うん、大丈夫だと思う。それに、この状態で目を覚ましたら後悔してもしきれないよ」
あたしはナイフを元通り鞘に収めた。リュウも短剣を戻し、棒を置いて馬車を出る。
外へでて見ると、馬が二頭増えていた。白い馬と黒い馬がそれぞれ鞍を載せてうちの馬車馬たちと一緒に草を食んでいる。
馬車の前にヴェラは立っていた。刀は鞘に収め、両手を腰に当てて立っている。そのすぐ後ろには銀髪を揺らした人物が見える。ちょうどヴェラの体に隠れて、髪の毛の色以外は見えない。
「わざわざ出てきてもらって悪いね。あらためて自己紹介させてもらうよ。あたしはヴェラ。後ろに控えてるのはヴォルフ」
「俺はリュウ、彼女はサーヤだ」
ヴェラはあたしの方をちらりと見た。
「で、俺達に何の用だ? それにあんたたちは何者だ。こんな場所にわざわざ馬でやってきて、俺達の馬車を覗くなど」
リュウの言葉にヴェラはいきなり頭を下げた。
「それに関しては済まなかった。実は、山賊に襲われたのかと勘違いしたんだ。馬はいないし、御者台にも誰もいないし」
「山賊に襲われたなら馬も馬車もそのまま持っていかれて何も残らないだろう?」
咎めるようにリュウが言うと、彼女は首を振った。
「最近は物狙いではなく人狙いの山賊が増えてるんだ。身代金目的だったり、奴隷として他国に売り飛ばしたり。この間は五十過ぎの御者まで連れて行かれた」
あたしは眉根を寄せた。人身売買。国によるがトリムーンではいまだに人身売買が商売として成り立っている。
「そうか、それは失礼した」
「それに、人を探していてね。三日経ってもなかなか姿を表さないから、逆に探しに来たんだ。……君たちは他に何処かで馬車とすれ違ったりしていないだろうか?」
「ごくたまにありますけど……」
口を開いたあたしをリュウは押し留めた。なんで?
「その前に、あんたの素性を教えてくれないか。あんたたちが山賊でないという証拠はないんだし」
ヴェラはしばらくリュウを凝視して、それからやはり大声で笑い出した。
「ああ、あんたたちはほんとに面白い。坊やから聞いたとおりだ」
「……坊や?」
「ああ。妖精の坊やだよ」
再びあたしはリュウと顔を見合わせた。『妖精の坊や』なんて、一人しか知らない。
「ピコの……お知り合い?」
ヴェラはにやっと笑う。
「ま、そんなとこさね。ただ……えっとサーヤだっけ? 黒髪って聞いてたんだけど、あたしと同じ金髪じゃないか。染めたのかい?」
「いえ、それは……」
リュウがうなずいてくれたので、鬘を外す。ピンをいくつか外すと黒い長い髪が背中に流れ落ちた。
「ほぅ、こりゃまた見事な……なるほどねぇ。あの爺ぃが高官に差し出そうとするわけだよ」
「えっ?」
「大丈夫、あたしがいる限りあんたには手出しさせやしないよ」
一体ピコはどこまで話したんだろう。不安になってヴェラを見上げると、彼女はあたしを安心させるつもりか、力強く何度も頷いていた。
「それからリュウって言ったっけ。優秀な薬師だと聞いてるよ。実は薬師のあんたを見込んで頼みたいことがあってね。それで急いで迎えに来たんだ」
「頼みたいこと?」
薬師という言葉にリュウは表情を引き締めた。ヴィラの表情も単なる女傑の顔ではなくなっている。
「坊やから諸々聞いている。作業できる場所も準備してある。その馬車の荷物は調合用の道具一式だろう?」
「ああ」
「ならばすぐ行こう。ただ、行き先はビリオラではなく、私の村に来てもらうことになるんだが、構わないか?」
「あなたの村?」
「ああ。ビリオラよりは近いところにある。そこで苦しんでいる者がいる。以前、風来坊の治癒師に来てもらえないかと打診したんだが、君のことを推奨されてね。頼めないか?」
「そういうことなら……行きましょう。ただ……今は動けない」
リュウの言葉に、ヴェラは目を見張った。
「なぜだ? 君の体調が優れないせいか? 作りおきの薬はないのか?」
「いや、これは……」
リュウは言葉を切って口ごもる。リュウの問題もあるけど、あたしの問題もある。もう少ししたらあたしは消えてしまうし、その間の移動はできなくなる。
ピコは彼女にあたしが召喚者だと伝えてあるんだろうか。
「あの、ヴェラさん、実は……」
口を開きかけた時、視界が白くスパークした。
ああ……なんてタイミングの悪い。
リュウに抱きとめられたのが分かる。そのまま、あたしの意識は飛んだ。
「なっ……」
ヴェラが目を見開いて今の今までサーヤのいた場所を見つめていた。
「すみません、こういう理由ですので、彼女が戻ってくるまでは動けません」
リュウは彼女を抱えていた腕を己に引きつけて立ち上がる。いつもは馬車の中だったが、今日は運悪く外だ。
――あとでここに寝床を作っておこう。彼女が戻ってくる前に。
「……召喚者、か。消えるところは初めて見たが……気分の良いものではないな」
口を片手で覆い、青い顔をしてヴェラは眉を寄せる。
「ええ。……今も慣れません」
リュウもうなずく。
――次に同じ場所に戻ってくるのか、といつも思う。夢を見なければこちらには来られない。もしかしたら明日は来ないのかもしれない。それを待つのが怖い。
「彼女が次に現れるとしたらいつ頃だ?」
「日が変わる前ぐらいでしょう。彼女には別の生活がありますから」
「話には聞いていたが……向こうの生活というのはどんなものなのだろうな。聞いてみたい」
その言葉にリュウは曖昧にうなずく。
「では、彼女の帰りを待つとしよう。君は馬車で寝ていたまえ。この場所は私とヴォルフで見守る」
ヴェラがヴォルフに手を伸ばすと、ヴォルフはマントを外してサーヤがいた場所へ広げる。彼女が戻ってきても痛くないように。
それを見届けて、リュウは馬車へと戻っていった。




