98.目覚めたルー
※20151206 改行位置修正
誰かの声で意識が浮上する。
柔らかく暖かな寝床。周りが明るい。馬車の中じゃない。
ルーは目を開けた。空はもう白んでいる。
外にいることを認識して慌てて体を起こした。
――寝ずの番なのにぐっすり寝たなんて、最悪だ。
「おはよう、ルー。よく眠れたか」
上から声が降ってきて振り向く。
「……ザジ?」
――何があった? 夕べ。
「ここは……?」
「騎馬隊の野営地だ」
周りを確認すると確かに騎馬隊の天幕のそばだ。
夕べこっちの警護を言い渡されたのは覚えている。襲ってきたケインをノックアウトしたのも。そのあと、タンゲルと話をしていて……。
「水……」
「はいどうぞ」
そのつぶやきを勘違いしたのかザジがコップを差し出してくる。
夕べの記憶が重なった。
「……薬を入れたの、お前か?」
ルー=ピコは声を作るのも忘れてつぶやいた。
「ああでもしないとまともに眠らないだろ? お前」
「余計なことするなよっ!」
思わず大声になった。
「……ピコの声になってるぞ」
ルーは眉を寄せ、唇を噛む。ザジはため息をついた。
「お前の意思を確認しなくて悪かったよ。でもお前、あのままじゃいずれぶっ倒れてた。そうでなくとも客人への配膳役に料理当番もこなして、寝てる時間ねえだろ。夜警は俺に任して夜は寝ろ」
「……そういうわけにはいかない。それじゃ賭けにならない」
「どこまで付き合うつもりか知らないが、程々にしとけ。これじゃ潜り込んでる意味、ねぇだろが」
「……ボクが本当に女だったら楽だったのにね」
苦々しく言い放ったルーに、ザジはげんこつを落とした。
「いてっ! なにするんだよっ」
「そして全員に抱かれたかったのか? ……軽蔑するぞ」
冷たい視線に刺されてルーはうつむく。
「お前、何のためにここにいるのか、忘れちゃいないか? ……俺がなんでここにいるのかも」
ルーは答えない。ザジはため息をもう一つおとし、ルーの頭に手を置いた。
「俺を使え。そのためにここにいるんだぞ?」
「ザジ」
「それと……ついてきてる奴らもな。お前の子飼いだろう?」
ぱっとルーは顔を上げた。その細い眉が寄せられている。
「気が付かないとでも思ったか? 赤の女王だろう? 夕べお前に薬を盛った時に殺気を感じたよ」
「……それは赤の女王じゃない。――彼女なら殺気を感じさせずに殺す」
「じゃあ、お前が言ってた玩具の方か。拙いな」
「キミに敵う奴がいるわけないだろう? 『蛇』」
言われてザジは口元を歪めた。
「赤の女王は例外だろうけどな。……タンゲルには話を通してある。お前が夜に立つ間、俺もこっちでお前を警護する」
「……過保護だな」
「当たり前だろ。もともとお前は守られる側の人間だろ。お前に何かあったら俺もコレなんだからな」
首のあたりをすっと手で撫でる。ルーはうなだれた。
「そうだよな……。悪かった。でも、ボクが頼むまでは今までと同じようにさせてくれ」
「分かった。起きるか?」
手を差し伸べてくる。ルーは素直に手を借りて起き上がった。
自分の持ち場に戻ると、篝火はあかあかと燃えていた。誰かが火を継いでくれたに違いない。
「こんな早い時間に起きてきたのか?」
後ろから声をかけられて振り向く。
「グリード?! なんでここに?」
にやにや笑いを浮かべたまま、グリードは篝火に近寄った。
「タンゲルからの指示だ。お前が体調を崩して寝込んでるって聞いたから、代わりにこっちに来た。向こうはラティーに頼んだ」
「そうなんだ……ごめんね」
「いや。お前こそ、もう起きて大丈夫なのか?」
「うん、おかげでよく眠れた」
「みたいだな。目の下のクマが消えてる」
手が伸びてきて、目の下にごつごつした手が当たる。グリードにまでバレてたのだ。
「……そんなに目立ってた?」
「お前、もともとが色白いからな。すぐ分かる。しんどかったらすぐ言えよ。今日みたいにゆっくり寝られるようにしてやるからよ」
「ん、ありがと。……悔しいなぁ」
目を伏せると、ぐいと腰を引かれてグリードの腕に引っ張り込まれる。後ろから覆いかぶさるようにして抱きしめられた。
「何が?」
耳元で囁かれる。吐息がくすぐったい。
「足手まといにならない程度には動けると思ってたんだけどね」
「連日夜警なんかするからだろ。……まあ、普通にしてても寝れないだろうけど」
「三日連続徹夜ぐらい平気だったんだけどな」
「馬車で揺られるのと家でじっとしてるのとじゃ違うだろーよ」
「そうね」
日が昇ってきて、あたりに光が満ちてくる。
夜警は終わりだ。ルーはグリードの方を向くと体を離した。
「じゃあ、向こうに戻るわね」
「そういや昨日の礼、もらってねーな」
くいと引っ張られて、唇を塞がれる。ルーは抵抗しなかった。




