96.騎馬隊
※20151206 改行位置修正
ケインが持ってきた短剣を腰に下げ、ルーは割り当てられた場所へ向かう。
騎馬隊の面々はと見れば、馬のあたりで二人が動いているのが見える。馬をブラッシングしたりしているのだろう。
タンゲルの話だとそれぞれ自分の乗っている馬がどれかはちゃんと識別していて、手入れは自分で念入りに行うのだそうだ。
「あんたたちは行かなくていいの?」
すぐそばに椅子を持ち込んで座ってる二人を振り返ると、「もうやった」と短く答える。
「それに、一度に六人も押しかけるとさ、馬の方も落ち着かないんだって。鞍も取り違えちゃうことあるし、ブラシも数あるわけじゃないし」
そこまで聞いて、ふと自分たちの乗っている馬車や銀の馬車の馬たちの世話に思い当たった。
「じゃあ、あたしたちの馬車の馬たちの世話って、誰がやってるの?」
ルーが首を傾げると、タンゲルは頷いた。
「ああ、それも俺たちがやっている。餌は自分たちでやってくれているんだろうけど、ケアはきちんとしないとな。昨日はダーヴィの村の人たちが全部やってくれたから助かった。おかげで馬たちも機嫌がいい」
「ああ、そうなんだ」
ルーは納得してそう答えた。だからこそ、一日置きになってもああいう村が設置されているわけだ。
「ふぅん、なるほどねぇ。……そういえば気になったんだけどさ」
くるりと振り向くと、タンゲルが怪訝な目で見上げてくる。
「あの馬って自前なの? それとも借り物?」
「ただの傭兵が自前で馬なんか持てるか。貴族じゃねえんだ。全部ドラジェさんの準備した馬だよ」
「常識っすよ、おねーさん」
タンゲルは鼻で笑う。ケインにまで笑われた。
「そっか。……ところでさぁ、二人ともいつまで起きてるわけ?」
「えー? それ、俺たちに聞く?」
ケインは跳ね起きた。反動で椅子が蹴り倒される。くるりとルーの周りを踊るように歩きながら、距離を詰める。
「おねーさんと語らう機会なのに、そんなもったいないことしないっすよ」
そう言ったケインの顔はすぐ真横にあった。頬にかかる吐息。
反射的に身を離すと、ぐいと腰が引かれた。
「ね? ここ、隊長に任せて向こう行こうよ」
耳元でそうささやき、ケインは体をくっつけてきた。視界に映るタンゲルの顔が急速に曇るのが見える。
「ちょっ、力づくは禁止だって……っ!」
抵抗する間もなく耳を齧られる。
少年だと思って侮ってた。思わぬ怪力の持ち主だ。振りほどこうとする力を抑えこんでくる。
そのままずるずると力づくで引きずられる。
タンゲルは邪魔する気はないらしい。あくまでも自力で脱出しないとダメなわけだ。
仕方なくルーは腕の力を抜いた。それに気がついたケインが軽々とルーの体を持ち上げる。
「んじゃ、もーらいっと」
腹に回った両腕を確認して、ルーは腰の短剣を抜き放つ。
「はいそこまで」
ぴたりと喉の下から突き上げるようにケインに短剣をつきつける。
驚いたケインの腕の力が抜けた一瞬を突いて地面に降りると左足を軸にして膝を胴に打ち込んだ。
「ぐえっ!」
ケインは少年とはいえ体格はいい。ルーの体軀では吹っ飛ばすまでは行かなかった。腹を押さえて体を二つ折りにする程度だが、その間に飛び退って十分な距離を稼ぐのには十分だった。
「おねーさん……痛い」
「当たり前でしょ。力づくは禁止だって言ったのに」
短剣は仕舞わないで右手で逆手に握ったままだ。
体格比もあるが、なによりケインの目に宿る炎は消えてない。
「それも……結構そそるねぇっ!」
思った通りだ。二つ折りで前傾姿勢のままだったケインはそのまま勢いをつけてルーの下半身にタックルしてくる。
下がっても無駄と見切りをつけて、倒れかかってきたケインの体を飛び越えて上から押しつぶすことにした。
短剣を手放してケインの肩を両手で押し下げ、ルーは地面を蹴ってケインの体の上で前転するように転がる。地面に押し付けられたケインの腰の上であぐらをかいて、ルーはおもいっきりケインの後頭部を殴った。
「いてっ……ひでぇよっおねーさんっ」
「いくら言っても聞かない奴にはお仕置きしかないでしょ? まったく……」
初日の夜、天幕で襲いかかってきた男を思い出す。あれと寝ずの番でかちあったらどうしよう、とずっとヒヤヒヤしているのだ、実は。
それと同じくらいにケインは厄介だ。
「両手両足縛って天幕に放り込まれたいみたいね」
腰のバッグから縄を取り出すとジタバタしている足をぐるぐる巻きにする。
「うわっ、やめっ。わかったからっ、おとなしく寝ますっ!」
「ほんとに?」
「ほんとほんと、誓ってもいい!」
ルーが言い出したらほんとにやると分かったらしく、ケインはそのままおとなしく天幕へ引き上げた。
篝火のところへ戻ってくると、タンゲルは空いた椅子を勧めてくる。
「おつかれ」
「ほんと、疲れたわ」
「水でも飲め」
ケインとジタバタやってるうちに持ってきたのだろう。手に持っていたコップには水がなみなみと注がれていた。
「ありがと。喉乾いてたのよね。ケインってほんと無駄に体力だけはあるわねえ」
ルーは受け取るとあっという間に飲み干す。冷たい水は格別に美味しかった。
「ああ、あいつはそれが取り柄だからな。若いし持続力もある」
「ふぅん。何歳だっけ」
「十六か十八か、そのあたりだったろう。よくは覚えてないが」
「それで馬に乗れるとか、すごいわね。どこで習ったんだろ」
タンゲルがルーの方を振り向いたのが分かる。
「さあな。遊牧民の出なんじゃないか?」
ルーはタンゲルの方を向いた。
「えー? 遊牧民っていったらこの辺じゃ浅黒い肌に黒い髪、黒い瞳じゃなかった? ……あら、タンゲルはちょうどそんな感じの色だけど」
「いや、俺は違う。――それより」
タンゲルがゆっくり立ち上がるのが見える。
それが奇妙に間延びして見えた。タンゲルの体が斜めになる。
――違う、ボクの体が横倒しになってるんだ。思考ははっきりしてるのに、体が動かない。……やられた。
体は左を下に倒れてるのだろう。左側だけが土に体温を取られてどんどん冷たくなる。
「効いてきたか」
「なに……飲ませ……」
タンゲルの顔が近寄ってくる。黒い瞳に篝火の炎が写って見えた。
誰かの足音が聞こえる。
助けを呼ぼうとしてももう口が動かない。
伸びてきた手でまぶたを閉じられる。
最後に聞こえたのは『眠れ』という言葉だけだった。
ルーちゃん、再び貞操の危機です!
次回乞うご期待。




