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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月15日(土)

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95.タンゲル

※20151206 改行位置修正

 ドラジェに昼食を持っていったあと、騎馬隊に昼食を配って回る。

 今日の昼食はこれまた夕べ泊まった村から出発する時にいただいたお弁当だった。準備する必要がなかったから炊事道具も降ろさない。お弁当の配布だけだ。

 なぜか銀の馬車の客人の分と騎馬隊の分は他のメンツのものと別にしてある。村長としては気を配ったつもりなのだろうが、配布するのが面倒になる。

 結局、お客人の弁当を配るルーが騎馬隊の分も配ることになった。とんだとばっちりだ。

 先頭のタンゲルに弁当を持っていく。これで最後だ。


「お疲れ様。はい、お弁当」

「ありがとう。……ルー」


 手渡してくるっと踵を返したところでぐいっと腕を引っ張られた。

 びっくりして振り返ると、タンゲルはじっとルーを見下ろしている。


「久しぶりだな。こっちで一緒に食わないか?」


 一瞬ルーは視線を外した。第三の馬車から先頭のタンゲルまでは結構距離がある。移動だけで結構時間を食う。そうでなくても弁当を配ったあとは弁当箱の回収もしなければならない。

 自分だけなら出発した後に弁当を食べれば済む話だが、一緒に昼食を摂るとなると時間がやっぱり足りない。


「ごめん、当番だからちょっと時間ないの。夕食の時でもいい?」

「ああ、構わない。すまん、気が付かなくて」


 気にしないで、とルーは返して踵を返す。。

 騎馬隊は移動中に常時警戒している分、夜警も弁当の当番もない。気が付かないのももっとももだ。

 そういえば、伝令役としてでなく普通に会話したのは出発してから初めてだ。

 野営の場合、寝るのも騎馬隊は向こうの馬車と一緒だったし、向こうの野営地の警備は腕っ節の強い一と二の馬車のメンバーが行うことが多い。接点がほとんどない。

 それに、こうやって小休止していても、騎馬隊は基本的に持ち場から離れない。

 食べ終わった弁当箱を回収しながら馬車へ戻る間に、騎馬隊の面々から声をかけられる。これも珍しいことだった。

 おそらく騎馬隊に弁当を持っていったのがルーだったからだろう。

 いつもならフットワークの軽い他の者がぱぱっと配って行ってしまい、ルーは銀の馬車への配膳だけだ。

 騎馬隊はルーとの接点が他のメンバーに比べて圧倒的に少なく、賭けでは圧倒的に分が悪いのだ。

 タンゲルが声をかけたのもそのせいだろう。

 ちょっとだけ嫌な予感がして、ルーは眉根を寄せた。





 昼食後は昼寝を決め込み、目が覚めたのは――否、起こされたのは野営地に着いてからだった。

 後ろからいきなり抱きついてきたラティーをふっ飛ばして、反対側に寝ていたグリードがとばっちりを食ったのはご愛嬌だ。

 資材を降ろし、天幕が組み立てられていく。食事当番じゃないので今日は楽だ。客人の配膳のみで済む。

 天幕が出来上がったところで ザジが寄ってきた。


「昼間、タンゲルに絡まれてなかったか?」

「よく見てるわねぇ……なんか久しぶりに喋りたいって言われただけよ」

「へぇ〜。ま、あんまり気を緩めるなよ」

「ザジもね」

「俺はいいんだよ。――お前、ちゃんと寝れてるか?」


 心配げにルーの前髪を払いのける。


「目の下にクマができてる」

「ああ、これくらいなら大丈夫。昼間ゆっくり寝させてもらってるから」


 これは少し嘘だ。お昼食べてから野営地に着くまで、二刻ぐらいしか寝ていない。


「……あんまり無理すんなよ」

「まあ、倒れないように気をつける。食事の配膳当番がなければ寝てられるんだけどね」

「そろそろ我慢できなくなる奴が出てくる頃だろう。とにかく無理をするな。襲われそうになったら声を上げろ。――いいな。俺を呼べ」


 まっすぐ目を見つめながらザジが言う。ルーは素直にうなずいた。





 夕食を銀の馬車に持っていく。騎馬隊へは他の当番が持っていったあとだ。タンゲルはと聞けばやはり向こうの野営地にいるという。

 ルーは自分の分をもらうと向こうの野営地へ足を踏み入れた。

 手前に馬が繋がれていて、銀の馬車と客人のための天幕が向こう側に見える。騎馬隊の天幕はその横にあり、夜警が始まるまでは騎馬隊のメンバーが食事をしながらもさり気なく客人の天幕を警護しているのが分かる。


「ルー」


 空はずいぶん暗くなってきた。篝火に照らされて手を振っているのがタンゲルだと気がつくまでに少しかかった。


「ごめん、待たせちゃった?」

「構わない。そこ、座って」


 外に設えられたテーブルと椅子に驚きながら、ルーは腰を落ち着ける。

 こちら側ではそんなおしゃれなものもなく、そこらへんに座り込んで食べるのが普通だというのに。

 タンゲルはすぐお茶を手に戻ってきて隣に座った。


「これはお客人用に準備されたものなんだが、使わないって言うから」


 ルーの表情を読み取ってか、タンゲルが言う。


「そうなんだ。……あ、もしかしてもう食べちゃったあとだった? ごめん」

「済まない、いつもの癖でつい他の奴らと一緒に……。気にしないで食べてくれ」


 人に注目されながら食べるのは緊張して好きじゃないのだが、仕方がない。ルーはなるべく早く胃に詰め込むことに専念する。


「で、あたしに用って何?」


 半分ぐらい食べきったところでルーは口を開いた。食べ終わってからにしようと思っていたのだが、あまりの沈黙の重さに負けたのだ。

 タンゲルは目を見開き、それから眉根を寄せて口を開いた。


「ちょっと耳にしたんだが、ずっと夜警に立ってるんだって?」

「ああ、そのこと? うん、ちょっと身の危険を感じてね。それくらいなら夜起きて昼寝ようと思って」

「身の危険って……」


 言いよどむタンゲルに、ルーはちろりと視線を向ける。


「知らないとは言わせないわよ。ザジ以外全員知ってるんでしょ?」


 ひゅっと息を呑む音が聞こえた。


「だから声をかけたのかなと思ってたんだけど。……違う?」

「いや、そういうつもりじゃ……」

「あー、隊長ばっかりずるい」


 タンゲルの言葉にかぶせながらやってきたのは騎馬隊の最年少、ケインだ。


「ケイン、持ち場を離れるなと言っただろう」

「いいんですよ、こっちはもう夜警の当番が来たから」


 その言葉にくるりと周りを見回すと、野営地の外側に設置された篝火のあちこちにすでに夜警の当番が立っている。

 しまった、のんびりしすぎた。

 ルーは残る食事をかきこむと慌ただしく立ち上がった。


「ごめん、あたしも当番だからこれで」


 しかしその腕をタンゲルがやはりぐいっと引っ張る。振りほどこうとしたが、痛くなるほど腕を握り込まれた。


「タンゲル? あたし急いでるんだけど」

「今日のお前の夜警の場所はこっちだ」

「……冗談はやめてよ。こっちは第一と第二の馬車の腕に自信のあるメンバーが割り当てられてるでしょ?」


 ちょっと冷たい目をして睨む。が、タンゲルはまっすぐルーの目を見て真顔で言った。


「メンバーの配置は俺の権限だ。今日からはこっちの警備に当たれ」

「お、隊長さすが! 俺らにもチャンスくれるんすね?」


 茶化すようにケインが言う。それを聞いてルーはますます顔をしかめた。


「……つまりはそういうことね?」


 力を抜いて、ルーは元の椅子にすとんと腰を下ろした。ケインはルーの正面に椅子を引っ張ってきて机に肘をついた。


「嬉しいなぁ。あんたとはゆっくり話してみたかったんだよね」


 にやにやと茶色の瞳が笑う。


「ともかく一度戻ってくるわ。そのまま警備に入るとは思ってなかったから、武器持ってきてないのよ」

「あー、それなら俺が取ってくる」


 ぱっと立ち上がるとケインは走って行ってしまった。


「……タンゲル」

「すまない。だが、俺は……」


 隣からゴツゴツした手が伸びてくる。その手が髪の毛を一房掴み唇を寄せるのを、ルーはじっと見ていた。


「他のやつに渡すぐらいなら俺が奪う」

「……ザジを差し置いても?」

「……ああ」


 タンゲルはゆっくり目を開く。その瞳に仄暗い光が宿っているのをルーは見逃さなかった。


「お前を泣かすような男には任せられない」


 ぐっと髪の毛を握られる。


「ちょっと、痛いってばっ……」


 手から髪の毛をすくい取ろうと伸ばした手を握り込まれる。


「……力づくはルール違反よ」

「力づくでなければいいんだろう?」


 手の甲に唇が触れる。


「あーっ、隊長ばっかりずりぃっ」


 走る足音とともに声が飛んできた。ケインは抱えてきた剣を机に放り出すとルーの反対側の手を握り、同じように唇を落とした。


「俺、ケイン・ドゥガルって言います。覚えてくれよな」


 にかっと笑うケインと真剣な顔のタンゲルを交互に見て、ルーはため息をついた。


 ――火種が増えただけじゃねーかっ。

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