その一
その一
心から敬愛して止まない伝説の英雄、シャクシャインに捧ぐ。
その昔、シャクシャインという偉大な人物がいたとアイヌの歴史は伝えている。
何時だったかシャクシャインという、その名を何気なく口ずさんだ時、その響きが、僕の頭蓋骨の中で心地よく、哀しく、音叉の様に響き、いつまでも共鳴していることに気付いたのである。
その時からである。
僕の想像する空想の世界で、シャクシャインという一人の若者が勝手に活動を始めたのだ。
従って、僕がこれから語るシャクシャインという一人の人物の物語は、僕が勝手に描く空想の中のシャクシャインであって、実在の人物で偉大なアイヌの英雄、シャクシャインとは全くの別人なのである。
更に、この話は、僕の頭の中で勝手に作り上げたものであって、全くのフィクションなのである。
一 予言
ヤマトの過酷な支配に人々は、苦しんでいた。
今は収穫の時なのだ、それにもかかわらず、ヤマトはアイヌの人々を苦役へと駆り立てた。
村の大人達、働き盛りの男たちは全て連れて行かれた。
村長の中には支配者ヤマトへ意見を具申するものもいた。
しかし、ヤマトは少しでも反抗するものを牢に繋ぎ激しい拷問を加えた。
村人は、仕方なく口を閉ざした。
村には、もはや、年寄りと子供しか残されていない。
これでは、満足な収穫は、とてもできなかった。
村々では、おびただしい子供達が餓死している。
一人の老人が杖にすがってよろよろと立ち上がった。
そして、静かに両手を上に上げ薄暗くしかも真っ赤に染まった空を杖で指すと静かにしゃべりだした。
老人の顔には深いしわが刻まれていた。
その顔を白髪が覆っている。
老人の目は異様に輝き、一種、近寄りがたい迫力があった。
いや、迫力というよりも神々しいといった方が近いのかもしれない。
「みよ、ヤマトよ。我々の神が怒っておられる。必ずやかの神はその子シャクシャインをおつかわしになる。ヤマトよ聞け。この老人の言葉を我々の神の言葉として聞け。今、その行いを悔い改めよ。人を人と思わぬその行いを悔い改めるのだ。ヤマトよ、お前たちが支配する者達に寛大な心を持つのだ。民は、搾取だけの対象としてはならぬ。慈しむのだ。さもなければ、ヤマトよ、そなたたちの身に神の御手による手痛い一撃が下されるであろう」
老人はそこまで言うと、苦しそうに座り込み、一息ついて、また立ち上がった。
そして、神の言葉を言おうとした。
その時、ひょう、と風を切って飛んできた一本の矢がその老人の眉間を貫いた。
おびただしい血がしぶきとなって老人の額から噴き出した。
それでもなお、老人はよろけながら、神の言葉を続けようとした。
さらに、二の矢が喉を貫き、老人からその声を奪った。
老人は手を広げたまま、天を見上げて暫く立っていたが、ついに仰向けに、どうと倒れた。
しばらくエビのようにもがき苦しんでいたが、やがて息絶えたのか、動かなくなった。
甲冑を身につけた足軽らしき者が駆け寄って老人の着物の襟を掴むと、そのまま、ずるずると引き擦っていった。
人々はまた、何も無かったかのように働き始めた。
乾いた風が土煙を上げながら吹き抜けていった。
時々手を休めるものに対して振り下ろされる鞭の音が響いた。
その後に痛みをこらえて吠えるように呻く声が響いた。