二階堂紗耶華の華麗なるたくらみ2
「ダーモン!いらっしゃい!」
その日の放課後、沙耶華はダモンを自室に呼びつけた。ダモンはなゆらと異なり、沙耶華の部屋までずかずか上がりこむことはなかった。見た目も振舞いも執事のままであったのだ。
「はい、お嬢様。いかがなされましたか?」
「アナタが、彦丸を鍛えてお嬢様に釣り合うほどの一流男子に作り変えればいいのです!っていうから、あれこれ自己啓発系やら肉体改善系の商品を送りつけてやったというのに、あのアホウ一切やってないじゃないの!」
「左様でございましたか」
「ございますから言っているのでしょう?何とかなさい!」
「そうですねえ~あのような庶民のウサギ小屋では、なるほど、器具を使うスペースはありません。でしたらこのお屋敷に招かれたらいかがでしょう?この東京ドームが10個は入りそうな広大なお屋敷ならば、彼もやりたい放題、使い放題に肉体改造、精神修業、勉学に専念することができましょうぞ!」
ダモンは普段のおとなしい素振りが一変して、身振り手振りを交えダイナミックな説明を行った。
「は?なんで私の屋敷に?第一あのバカは努力も苦手と言っていたわよ!」
「なるほど。それでしたらお嬢様が教えて差し上げたらよろしいのでわ?」
「な、なんで私が!」
「いや、お嬢様なら教える技術も超一流かと存じます。三流、いや三流以下である彼を一流に引き上げるには並の一流では足りません。超一流のお嬢様こそふさわしいのです!それに、お嬢様ほどの美貌の持ち主に教えられてやる気を出さない男子などこの世の中にいるわけが無いのであります!」
ダモンはなかば演説している自分に酔っているようだった。
「そ、それはそうかもしれないけれど……」
「けれど?自信がお有りでないと?」
「そんなコトは言ってないでしょう!」
「でしたらそれしかありません!」
「でもノコノコやってくるのかしら?あのアホヒコ」
「それはワタクシにお任せください」
「…………分かったわ。進めてちょうだい。いずれにせよ、始めたからには何かのカタチにならなければいけないのが二階堂家の決まりなのだから」
「はっ!早速にも!」
深く礼をしながら下がってゆくダモンの口は微かに笑っているように見えた。
「フッお嬢様も取り付く島もない完璧主義者かと思いきや、負けん気も強い……そして、おだてに弱い、と、意外に操りやすい性格だな。さあ、あとはあのヒコマルとやらだなあ。いかにして、なゆら様を遠ざけるかだ……腐ってもなゆら様……何をやらかすかわかったもんじゃない」
◇◆◇◆◇◆◇
「して、いつワッチと契ってくれるにゃ?」
なゆらが唐突に話をふってきた。
「ええ~と~話が見えないんですけど?」
「ワッチもわからん」
「…………」
「なんとな~くしか思い出せんのだが、ヒコマルのところへ来さえすれば、すべてうまくいく!そう思っていたにゃ」
「まあ、そう思うのは勝手だけれど……」
「勝手なのはヒコマルの方にゃ」
「はあ?」
「ワッチはヒコマルに呼ばれて来たというに、ヒコマルはワッチを絡めとるどころか、のけ者にしちょるフシがあるにゃ」
「呼んだ覚えは~~~~ないこともないか……いやでも、しかし……」
「デモもデーモンも鹿もバンビもないにゃ!」
「なんだそりゃ。てか具体的に何をすればいいんだよ」
「契ってくれればいいのにゃ」
「だから、契るってなんなんだよ。さわれもしないんだぞ?」
「ふにゅぅ……」
「だろ?」
「でも、それがワッチが帰る唯一の方法にゃ。それだけは覚えているにゃ。さあ!さあ!さあ!今すぐココで契るのにゃ!」
なゆらがグイグイ迫ってきた。本当に、これがニンゲンの女の子だったなら、どんなに俺は幸せものだったろう?と思いはするが、ムラッっときても無駄だった。そしてこれが実にカラダに悪い。だから、極力興味のない素振りをするしかなかった。なゆらが妄想じゃないとして……せめてさわれるようにさえなれば……
「ヒコ……鼻血がでとるぞよ。おヌシ……またしても……」
おっとイカンイカン。妄想はやはりカラダに悪いぜ。
「ちょ、ちょっとコンビニいってくるよ~」
俺はなゆらを半分無視してリビングに向かって声をかけると夕方の街に出た。最近になって分かったんだが、なゆらは夜暗くなると外について来ないのだ。怖いのかどうか分からないが、とにかく夜の外出となると一歩も外には出てこなかった。
「あぶねえ、あぶねえなゆらとずっと一緒にいるのはやっぱカラダに悪いぜ。誰かこの生殺し状態から救ってくれ~~~」
キキキーッ カチャ! ……バタム
ふたつめの角を曲がったところで、どこかで聞いたような車の音がした。
「ああ~コンバンワ。シニョ~ルタナガワ」
暗闇から突然話しかけられて驚いて振り返ると、街頭の下にダモンがいた。
「オイ!びっくりするじゃないか!ただでさえ希薄な存在の上、真っ白い顔しやがって、ほとんど幽霊だろ!」
本当に幽霊かと思うように光に透けてダモンは立っていた。
「いやあ失敬、失敬。というか失礼ですね幽霊とは。せめて亡霊とかゴーストとかにしていただけませんか?」
「亡霊執事と呼べばいいのか?」
「いや……ものの例えでございますよ。しかし、ご存知かと思いますが、我々は闇に弱いのでね。それでこんな形で失礼いたします」
「ああ、それでなゆらも……」
「まあ、今のところはですけれどね。クックック」
「そか。んじゃな。俺、用があるから」
なんとなく関わりあいになりたくないと思った俺は無視して立ち去ろうとした。
「まあまあまあ、お待ちください。どうせコンビニに立ち読みにでもいくのでしょう?」
「な、なんだと!なぜ分かった!じゃないや、だからなんだというんだ!」
「いえいえ、それはそれでかまいませんがね。ひとつご相談に乗っていただきたく、馳せ参じた次第なのでありますよ」
「な、なんだよ、あらたまって」
「タナガワ様。私はですねえ~任務とはいえ、こんな辺境の地に赴任してしまって、一刻も早く自分世界に帰りたいのですよ」
「ドコから何しに来たのか知らんが、だったら、とっとと帰ればいいだろ」
「それが出来ればねえ……とっくにそうしているってくらいは分かりますよね?」
「あいかわらずどこか引っかかる言い方だな。俺はもう行くぞ」
「まあ、まあ、ホントは地球人に言っちゃいけないんですけどね。我々の任務は地球人に憑いてその地球人のレベルアップをサポートすることなんですよ。それがエネルギーとなって、我らが超絶魔法都市「まじか☆らんど」へ供給される」
「まじか☆らんど!!!てかオマエら異星人なの?」
「おや?御存知ないですか?なゆら様には何もお聞きになっておられない?」
「なゆらはそんなことは一言も言わない、てか知らないらしい」
「左様ですか。何か思惑でもあるのですかなあ」
「それは分からないけど、いつもやってるオンラインゲームが超絶空想都市「まじか☆らんど」って名前なんだよ」
「ああ~アレですか」
「やっぱ関係あるの?」
「まあ、普通はそう考えるのが妥当でしょうかねえ」
「なんだ、またしても勿体ぶるのか」
「いえいえ、ちょっと話の続きのほうをさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ」
「我々は異星人というより異次元人といったところでしょうか。まあ、地球とは共生関係にある「まじか☆らんど」からやって来ました。私は地球管理局の局員でして、監視の一環としてサンプル対象の人間を観察、レベルアップのサポートをするという任務なのです」
「なゆらもか?」
「さあ?なゆら様と今は部署が違うのでハッキリとはわかりませぬがだいたい、同じような目的かとは思われます。」
「今は、ということは前はいっしょだったのか?」
「上司でした……タチの悪い……」
「あ、ああ。そか。苦労したんだなお前も」
「そうです!アレは忘れもしません!だいたいなゆら様は無計画なのです!無鉄砲なのです!なゆら様のせいでどれだけ私の計画が台無しになったことか!それなのにワタクシが左遷とか!どういうことですか!」
一気に喋り終わるとダモンは肩で息をした。
「そ、そうか……」
「そして、さきほど申しましたように、ターゲットに一定のレベルのアップをしてもらえないと、ワタクシは故郷に帰れないのです。しかーし!しかしだ、ワタクシはあんな難攻不落系の完璧なお嬢様に憑かされてしまって……」
「ああ~なるほど」
「その点、タナガワ様に憑いたなゆら様はラッキーだと思うのですよ。もうレベルアップしまくりでしょ?」
「え……と、それって、どういう意味かな?俺が低レベルとかそういうこと?」
「だから、ひとつ協力してくれませんかねえ?」
問いかけをスルーして、ダモンは俺の手を掴み潤んだ目で見つめてきた。やっぱダモンってイケメンだな、なんて、男の俺も少しドキドキするくらいだった。
「な、なにをだよ」
「お願い出来ますか!そうですか!さすがは彦丸様」
「いや、まだ内容を聞いてないんだが……」
「まあ、お礼と言ったらなんですけけど、ひとつだけ先ほどの質問に答えましょう。オンラインゲームの「まじか☆らんど」はもう関係ありありなワケでございますよ。あれは実在する「まじか☆らんど」を元にしたゲームであり、あちらとこちらをつなぐゲートなのです」
「な、なんだって!いや、そうか、それならなゆらが召喚されたのも頷ける。それで……」
「それで、お願いというのは他でもない。沙耶華お嬢様のレベルアップにご協力していただきたいのです」
「え?俺にできることがあるとも思えないが……」
本当は「まじか☆らんど」のことやなゆらのことがもっと聞きたかったのだが、ダモンの話が唐突すぎてすっかり気がそっちに向いてしまった。
「それがあるのですよ!貴方様にしかできないコトが!」
「な、なんだよそれ」
「ズバリ、人間的成長です!」
「はあ~?」
「薄々お気づきとは思いますが、お嬢様は少し拗ねたというか、屈折したというか、傲慢なところがお有りです。それを治すには心の治療が必要なのです」
「ああ~つまり俺に何をしろと?」
「これからが盛り上がるところなのにせっかちですね。まあいいでしょう。お嬢様の個人授業の生徒になっていただきたいのです」
「生徒?個人授業の?」
「一対一のマンツーマンでございます」
「さ、さ、沙耶華さんと!」
「左様で」
「そ、それは、ね、願ったり叶ったり、のぼせたり、舞い上がったりだが……それが沙耶華さんのタメになるの?」
「なります。そして、アナタ。タナガワ様もモチロン、レベルアップすることでしょう。そーすれば、なゆら様を早々に追い返すことも可能かと」
「な、なるほど。いや、俺はかまわん。というか、こちらからお願いしたいくらいだ!が、沙耶華さんは良いのか?」
「それはこのワタクシにお任せください!初めは嫌がる素振りかもしれませんが、皆のため、一肌脱がさせて頂く所存であります!」
ダモンはまた大袈裟なジェスチャーで言い切ると余韻を噛み締めるかのようにしばらくうつむいたままだった。
「ええと……うん。よろしくな!」
その後ダモンは段取りについて説明するとすぐに闇の中に吸い込まれるように消えていった。それによると、夕方になってから塾に行くという名目で家を出て来いとのことだった。要するになゆらをまいて来いということだ。まあ、俺にしたってそのほうが良いのには違いない。
しかし、オンラインゲームの「まじか☆らんど」が実在したとはな~。なゆらも異界人ってことか……でもなんで、なゆらはそんな大事なこと言わないんだ?本当に忘れてしまってるのかなあ~。
いや、そんなことより沙耶華さんと二人っきり!さっきは舞い上がってたけど、冷静になると、ちょっと怖いというか、緊張するというか、本当に何かの役になど立つのだろうか?まあ、部屋の荷物を回収してくれるというのはありがたいが……
そんなこんなをアレやコレや考えながら歩いていると、いつの間にか、コンビニを過ぎ、町内を半周ほどして家に戻ってきてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
「どんな話をしていたの?」
ひとつ向こうの路地に停めた車の中で沙耶華が待っていた。ダモンが戻ってくると苛立ちを隠すこともなく詰め寄った。
「お待たせいたしましたお嬢様。沙耶華お嬢様がどんなに偉大か、と、タナガワ様がどんなにかダメか、ということをせつせつとご説明さしあげていたのです」
「で?どうだったの?私をこんな路地裏の車の中で待たせておいて、成果がない、なんてことはないのでしょうね!」
「勿論でございますお嬢様。タナガワ様は泣いて喜び、お嬢様の教えを請いたいとのことでした」
「そ、そうなの?」
「ハイ。まあ、彼にも僅かながらプライドの欠片のようなものがございましょうから、お嬢様の前では違った態度をとられるやもしれませぬが」
「そ、そう……それで、いつから?」
「来週の月曜の放課後から、でございます」
「え?そ、それは急ね」
「善は急げ、でございますよ」
「では、準備を急ぎましょう」
「はっ!」
車は走り出すとすっかり夜に包まれた街を抜け、街の灯を眼下に見下ろす丘の上へと帰っていった。




