二階堂沙耶華の華麗なるたくらみ
二階堂沙耶華の屋敷は街を一望できる小高い丘の上にあった。丘の上というよりも丘すべてが二階堂家の土地だった。その中央にまるで中世の世界から抜け出してきたようなゴシック様式の建物があった。それが二階堂沙耶華の屋敷である。
そこへ黒塗りの高級車が音もなく入ってきた。自動開閉の門をくぐり、中央に噴水のある前庭を回りこみ、玄関の前に停止した。
……バタム
高級車特有の威厳を秘めたドアの開閉音がすると、軽やかに、スムーズな動作で少女が車から滑り降りた。沙耶華である。沙耶華は迎えの者達にさえ微笑みを絶やすことがなかった。ひとりでに開いた巨大な玄関を抜け、今にもダンスパーティーが開かれそうなホールの左右にある半円状の螺旋階段をのぼり、自分の部屋へと入っていた。
そのすべての姿は流れるようで、なにかクラシック音楽が聞こえてくるような、気品に満ちたものであった……
「ダモン、アンタなんでもするって言ったわよね?」
部屋に入るや沙耶華は制服を脱ぎ捨て叫んだ。
「それはモチロンでございますお嬢様」
ダモンが制服を受け取りながら答えた。
「じゃあ、あのカンナガワってのをヤってちょうだい」
バルコニーに面した大きな窓のカーテンを両手でいっぱいに開くと沙耶華は庭のはるか向こうに広がる街並みを見下ろしながら言った。
「タナガワ様でございますか?なゆら様がお憑きになられている」
「そう、そうよ。そのカナガワよ」
「ええと……ヤルとはコロスという意味でございましょうか?」
「そうよ!この地上から跡形もなく、キレイさっぱり滅するという意味よ!」
「ええと……それはこの世界では禁じられている行為なのでは?」
「当たり前よ!だからアナタに頼んでいるのでしょう?じゃなきゃ、自分でとっくに殺ってるわ!アナタなら出来るのでしょう?」
「ええ・まあ・出来はしますけれども警察組織が全力で捜査にあたるでしょうから、沙耶華様にも捜査の手が及ぶものと思われますが……よろしいので?」
「そ、それはよろしくないわね。本末転倒だわ」
「して、なにゆえタナガワ様を亡き者になさりたいと?」
「ハッ!この超絶お金持ちお嬢様系美少女の二階堂沙耶華と、あの学校一冴えないヘンタイミミズ野郎のタナボタと、たった一つでも共通する点があるのが許せないのよ!あとあの女よ!目障りだわ!いいえ耳障りだわ!」
「ああーなるほど~それは困りましたな~分からないでもアリマセン」
「でしょ!殺れないなら何か考えなさい!」
「かしこまりました。それではこういうのはどうでしょう?ゴニョゴニョ」
「しょうがないわね。やってみなさい!」
「はっ!しかしお嬢様、そろそろお着物をご着用なされたほうが宜しいかと……」
沙耶華は下着姿のままだった。
「ちっ。自分の部屋の中くらい好きな格好でいたいものだわ。こんなものも脱ぎたいくらいよ」
不服そうに下着を引っ張りながら呼び鈴を鳴らすと従者の女達が現われ、沙耶華に私服を着せはじめた。
「こんなコルセット本当に必要なの?ばあや。窮屈でたまらないわ。こんなブラだって意味がないでしょうに。二階堂家の次期当主として、ワタクシは絶対に結婚などしないのだし、胸を大きく見せる必要もないわ」
「さあ~どうでしょうか。お嬢様は何もなさらなくても十分に美しうありますことは誰でも存じておりますが、何しろお父様のお言いつけなので」
ばあやというにはまだまだ若いであろう従者は着付けの作業をしながら答えた。
「お父様……なら、しょうがないわね。お父様の言いつけを守っていてれば間違いはないわ」
◇◆◇◆◇◆◇
「彦丸!どういうこと!また何か届いたわよ!」
朝、ヒステリックな母さんの声がして降りて行くと、玄関に巨大なダンボールが置かれていた。
「し、知らないよ……俺。こんなん」
「でも見てみなさいよ!アンタ宛てでしょ!」
たしかに、宛先は俺、荷物はシェイプアップマシーンプレゼント。と書かれているだけで差出人もなかった。
「ねえ母さん、でもこれおかしくない?差出人が書いてないとか」
「知らないわよ!ちゃんと自分で片付けてね!」
「ちきしょう。これで何個目だ……」
文句を言いながら、重いその箱を二階へ引きずっていった。が……
「もう入らねーよ!」
部屋の中は、自転車やウォーキングで体を鍛える機具がフルコース。辞典や英会話教材などの教養力アップ関連が怪しいのからちゃんとしてるのまで、たくさんあって部屋にはもう置き場もなく、というかベッド以外のすべてのスペースを占めていた。これはみんな、モニター当選!とかプレゼントが当たりました!とかいう名目で次々に送られてきたのだ。明らかに不自然なワケだが、どうせまた俺の「超不自然現象吸引体質」のせいか……と、なかば諦めて放置していた。
「スケ彦~今度は何を持ってきたのダ。この部屋にはもう何も入らないぞよ」
唯一残された聖地であるベッドの中から眠そうねなゆらの声がした。
「俺はスケマルだ!じゃなかった彦丸だ!って言ってんだろ!」
「スケマル……」
「てか、オマエあれほど勝手にベッドに入るな!っていっただろう!」
「スケマル……」
「あ~も~いいですよ!スケマルで!もう出かける!」
「お、おヌシ、このか弱きなゆらチャンを置いてどこへ行くというのだ?」
なゆらは布団から足だけ出して手招き、いや足招きしていた。
「お、オマエなんて格好をしてるんだよ」
「はにゃ~ん」
「そ、そんな声だしても、だしても、む、む……うおおおおおおぉぉぉぉ!」
ッガァァァァァアアア~~~~ン!
ガラガラガラ
ザッッシャーン
……コツン
思わず俺はベッドに向かって飛び込んだ。が、なゆら型に膨らんでいた布団を虚しくすり抜け、思い切りベッドに体を叩きつけた。しかもその拍子に積み上げられた本やら商品の山にぶつかり、そのすべてがベッドの、俺の上に崩れ落ちてきた。
「スケマル……なにをしておるのだ?」
「…………」
「れ?スケマル?スケベマル?」
「ダーーーーーーーれが、スケベマルだ!オマエのせいで死ぬトコだったろーが!」
俺はやっとの思いでモノの山から抜け出すとなゆらを見上げた。なゆらはペタンと座って股のところに両手を置いたポーズのまま浮遊して、見下ろしていた。
「きったねーなー!なんで都合のいい時だけすり抜けるんだ?」
「ワッチに夜這いならぬ、朝這いをかけようとするからイケないのにゃ」
「よ、よば、いだとーーー!そもそも、お、オマエが!もういい!学校に行く!」
いそがしく制服に着替えて家を飛び出したが、しっかりとなゆらはついてきていた。
「なんで魔法みたいにパッと着替えられるのに、そんなだらしない格好になるんだよ!」
なゆらは例の制服っぽい服装だが、ボタンはいくつか外れ、ソックスも脱げかかり、頭もボサボサのままだった。
「ヒコ~おぶってくれろ~~~」
「おぶるわけないだろ!てか飛べ!こんな時こそ飛べばいいんだよ!」
「ニャ!」
表情が明るくなったかと思うと、なゆらは飛んで俺の肩に飛び乗ってきた。例の必殺前肩車だ。
「ちっっが~うっつーの!浮遊して行けって言ってんだよ!」
「ふにゅ~~~~」
「せめて普通の肩車にしてくれ」
俺は諦めて首をふりながら言うと素直にふつうの肩車になった。こういう時は重みも感じないので無視すれば、歩けないことはない……が、なんとな~くホッペタに太ももの感触を感じながら学校へと向かった。
学校に近づくと裏道に高級車が停まっているのが見えた。
「あれは……沙耶華さんの車だな……」
あれ以来話すこともなかったので、またコソコソとやり過ごそうとしたが、目の前に来た時にドアが開いた。
「あら、お久しぶりねヒコヤマさん」
「ああ、はい……毎日同じクラスですけど……お久しぶりです」
「そっちの露出系狂乱小娘さんもこんにちわ。ずいぶん楽しそうだこと」
「ふにゅ?」
やはりなゆらのことをよく思っていないみたいだ。そりゃそーだが。
「それではまた~」
気まずい空気が充満していたので、俺はそそくさとその場を去ろうとした。
「まちなさいヤマヒコさん!」
「彦丸ですけど……はい。なんでしょう?」
「最近、どうなの?」
「???」
「少しは、その、鍛えられたのかって聞いてるのよ!」
「はあ~……」
「ええい、じれったい!なにかモニターとかプレゼントとか届いてるそうじゃない?」
「あ、ああ、あれですか。ってなんで知ってるんです?」
「そ、そ、それは。み、見たからよ!偶然通りかかった時にね」
「ああ~そうっすか。あれ全然やってないです。いや部屋を埋め尽くすほどでやる場所もないし、どうも努力とか苦手なんですよねえ俺」
「はあ~~~~?」
「それじゃあ、これで~」
なんかすごく気の抜けたような沙耶華さんを置いて、俺はその場を離れた。触らぬ神に祟りなし、だ。
「なんか今日の沙耶華さん怖かったよなあ~。俺何かしたかな?」
「ワッチの悪口言うから悪いのにゃ!」




