甘いメモリー
かつて超絶空想都市「まじか☆らんど」に崩壊の危機が訪れた。無気力シンドローム、それは何度も経験した危機とは異なり絶望的なものであった。もはや都市はそのカタチを維持できず、国民は無数の小さな集団となりそれぞれ亜空間に飛び散ってしまった。彼らは亜空間をさまよう流浪の民となり「まじか☆らんど」の復興など望むべくもなかった。まだ幼子だったなゆらもその中にいた。なゆらは星ひとつない真っ暗な空間をいつまでも見続けているだけで、やがて言葉も感情も忘れさっていた。
それは彦丸がまだ小学校生の頃だった。学校からの帰り道、よく、石を蹴りながら帰っていた。「超不自然現象吸引体質」はたぶん生まれた時からあったのだが、本人はまだ自覚していなかった。普通なら、石蹴りなんて石がすぐドコかにいってしまい飽きてしまうだろう。しかし彦丸の場合、思いっきり蹴ると壁や電柱、屋根なんかを跳ねて自分のもとに帰ってくるのだ。それが面白くてたまらなかった。
ある日のこと、同じように帰り道の河原で石を思いきり蹴り飛ばした。河原なら障害物がないから戻ってこないだろうと思ったのだ。
しかし、蹴られた石はまっすぐに前へ飛び、中空でコツンっという音を響かせて彦丸の元へ帰ってきた。
「あれえ、おっかしいなあ~何にもないとこで跳ね返ったぞ?」
彦丸は跳ね返ったあたりに近づいて空間を覗きこんだ。
バッシィ バッシィ バシッ
小さな火花が散っている。彦丸はそこをつついてみた。すると一気に点が広がり真っ黒な球体の穴になった。
「わ、わわわわわ~~!」
驚いて後ずさると尻餅をついた。それからもう一度立ち上がって、近くに落ちていた枝でその球体をつついてみた。
ッパァアアアアアア~~~ン
すると、その球体は割れ、中から人が飛び出してきたのだ。
「うわああああああああ!な、なにこれ!なんなの?」
その人々は、自分の親や先生達とは明らかに違うカッコウをしていた。どちらかと言えば、アニメや漫画、戦隊モノテレビの敵のような風体だったのでなおさらだ。もちろん、すぐに逃げようと思ったがうまく立ち上がれなかった。
「あなた……ここはドコかしら?」
「うむ。「まじか☆らんど」でないことだけは確かだが……もしや、伝説の地球……か?」
見れば中央にひときわ豪華な服をきた夫婦がいて、母親の腕に抱えられた女の子がジッとこっちを見ていた。その他には従者とみられる人たちが数人いた。
「魔王、そこに小人がおりますゾ」
「バカめ、あれは子供だ!」
一番偉そうな真ん中の男が膝をついて彦丸に尋ねた。
「おヌシ。名前はなんと申す?」
「ひ、ひこまる。たながわひこまる」
「ヒコマルくんか、ここはなんというところか分るかい?」
「江戸市だよ」
「エドゥシか……」
「エドゥシの人口はどのくらいだい?」
「じんこう?」
「パパやママやお友達や先生や大人たちはどれくらいいるんだい?」
「ええと……クラスなら25人で4つあって、6年生までだよ」
「ざっと600人か……たいしたことはないなあ」
「ヒコマルくん、ありがとうコレをあげるよ。おうちに帰ってよく振ってから開けるとビックリするモノがでるそうだよ」
「「ビックリボンボン」ですな。よかったなボウズ。レアアイテムがでるといいな~。さ行った、行った」
彦丸は真っ黒のガチャガチャのようなものを渡されて、追い立てられるようにそこを離れた。
「魔王さまサスガですな。子供を追い払うのに「ビックリボンボン」はもってこいだ」
「うむ。まあ、あの子がどうというわけではないが、敵害種族かもしれんからな。それに、もしここから故国へ戻れないとなれば、この地を支配せねばなるまい」
彦丸は何度も振り返りながら帰った。そして、そのたびに女の子と目があった。
家に帰ると早速もらった「ビックリボンボン」を振ってみた。すると、卵からヒナがかえるように黒いカラが割れた。中からは青い輝きと赤い輝きが反射しあい、複雑な輝きを放つ宝石のようなものが現れた。
「とても綺麗だ……」
素直にそう思ったが、何かとても高価なもののように思えてきて、こんなものを人からもらったなんて言ったら怒られると思い、カギのかかる引き出しのいちばん奥にしまいこんた。
つぎの日から彦丸は、帰りに河原に寄るのを楽しみにするようになった。あの怖い大人達の姿は無かったが、あの女の子はいつもいたからだ。それから、ふたりは何をするでもなく河原をいっしょに歩いたりするようになった。
彦丸は学校で学んだことや、テレビで見たこと、本で読んだことをよく女の子に話した。女の子は無口で、いつも楽しそうに笑ってうなずくだけだった。
「あのガキが言ったことはデタラメですぜ!」
ある日のこと、いつものように女の子と散歩していると、怒鳴り声が聞こえてきた。橋の下からだ。
「この星にはとんでもない数の人間がいます。とても我らのかなう人数じゃない。そして、彼らはなんとも野蛮で好戦的な種族のようです」
そう、彼らは橋の下でひっそりと息を潜めていたのだ。
「そうか、いずれココも見つかり、我らも見せ物にされるやもしれん」
「どうします魔王様。御決断を!」
「うむ、とりあえず、今一度、亜空間に隠れるしかない……か」
「いつです?」
「必要なものを揃え来週の今日としよう」
「はっ!」
橋の下のホロ布がバサッと言ったかと思うと風が四方へ飛び去っていった。
「行っちゃうの?」
尋ねれば少女はコクリと頷いた。彦丸はなんだかよくわからない気持ち、妹が生まれた時、お母さんとしばらく会えなくなった時の気持ちに似たような、それでいて全然違うような気持ちがこみあげてきて混乱した。そしてなんだか裏切られたような気になって走って帰ってしまった。それから6日間、帰りに河原を通ることはなかった。7日目も河原を避けて家に帰った。
「ただいま~」
「ヒコ?おかえりなさ~い。最近元気ないわね。熱でもあるの?」
「ううん。大丈夫だよ」
「そう?」
「それよりねえ母さん。フミちゃんが生まれた時のこと覚えてる?」
「え?なに?いきなり」
「知りたいんだ」
「そう……よく覚えているわ」
「どんな気持ちだった?」
「それは難しいわねえ。でもお母さんの人生でもっとも素晴らしい最高の瞬間だったわ」
「ボクのことを思い出した」
「え?ああ~そうね。ヒコとママとフミちゃんとパパで、いつか河原を歩けたらいいな~って思ったわよ。そしてできるだけ長い時間4人でそうして歩けたらいいな~って」
「そうか……そうだよね。母さん、ボクちょっと出かけてくるよ」
「え!……ええ、はやく帰ってくるのよ!」
「うん!」
彦丸は急いで引き出しから「ビックリボンボン」の宝石を取り出すと河原へとかけ出した。しかし、いつもの橋の下に行くとホロ布は撤去されて、もう何もなかった。
「遅かった、遅かった、ボクはなんてバカだったんだろう!サヨナラも言わずに、なんでバカだったんだろう!」
涙がポタポタとこぼれて前がよく見えなくなった。胸のあたりがジーンと熱くなってカラダが震えだした。しばらく彦丸はその場から動けず立ちつくしていた。
「……コ、ヒ……コ、ヒコ……」
遠くで呼んでいる声が聞こえた気がして彦丸は周りをグルグルと見回した。するとそばの公園の丘の上に人影があった。あの女の子だ。ヒコは走りだして女の子の目の前に立った。
「さ、サヨナラだね」
彦丸は今を逃したら二度といえないと思ってた一言を言った。
「うん」
「これ、あげるよ。とっても綺麗なんだ」
そういって「ビックリボンボン」の宝石を手渡した。
「ありがとう。大切にする」
「うん。いつかまた会えるように願いをかけたんだ」
「そうね。いつかまた……私は戻ってくるわ」
「……ああ、約束だよ」
彦丸はその言葉が嘘でないことを知ってはいたが、叶わないだろうとも感じていた。だから自分の気持ちを告げることにした。
「大きくなったら、ボクが君を呼ぶから……そしたらさ、約束だよ」
どこからともなく風が吹きはじめた。
「うん。お嫁さんになったげる!」
女の子の目から大粒の涙がひとつぶ落ちた。
「おい!なゆ!そろそろ時間だぞ!これを逃すといつまた亜空間に入れるかわからないからな!」
父親の呼ぶ声がした。
「もう、行かなきゃだね。でも約束だよ」
「うん……きっとよ。ハイ、オマジナイ……」
女の子……なゆはそう言うと彦丸のホッペにキスをした。
「うわっはぷぁあっぷ」
思わず彦丸は意味のない言葉を発した。
その時……
なゆの手元の宝石が輝きはじめた。
「な、なにこれ?」
「お~いなゆ!はやく……なんだ?それわ?」
近づいてきた父親も母親も従者もその光に目をみはった。
「魔王様、この光は……もしや魔アイテムですかな?」
「それにしてもコレだけの輝きを放つアイテムがあるのか?」
「この複雑な色合、赤と青のバラが天空に咲いたように光るさま……」
「いや、そんなバカなはずはない。あり得ない!」
「でも、この魔力のパワーは……マボロシの超魔アイテム「神魔玉」?」
「そんな奇跡のアイテムがこんなところにあるはずがない。あるはずはないが……よし、みんな亜空間に入るんだ!これで故郷に帰れるかもしれないぞ」
そう言うと、なゆを抱えて大人たちは例の真っ黒い球体の中に入っていった。
「ヒコ~!ヒコ~~~~~!必ずよ!必ず約束よ~~~~~!」
なゆの声が響いたと思うと、プッツンっと球体もろとも消えてしまった。




