修行!修行!修行!
それからしばらくの間は毎日、同じようなことの繰り返しだった。夕方になると、二階堂家に出かけ、沙耶華さんの授業……というより講義?を受ける。その間、なゆらは家で「まじか☆らんど」をしている。帰ると俺が「まじか☆らんど」をする。さすがに夜中にゲームはなゆらも疲れるのかやらなくなったようだ。
それにしても沙耶華さんの講義は個人授業というよりも、作法やら躾やらそんな内容だった。やれ、喋り方がどうだとかで箸をくわえさせられたり、歩き方がどうだとかいうことで広辞苑を頭に乗せて歩かされたりもした。
「さ、沙耶華さん、コレって辞書とか、もっとこう軽いものでやるんじゃないっすか?」
「タナガワさん。いーい?他の人と同じことをしていたら、永遠にその上に立つことなどできない。いつだって人よりひとつ上のことをやること、コレが重要です」
と、言うことらしい。勉強っぽいコトといえば哲学くらいのものだったが、これは本当につらかった。俺は最初の緊張がとけていくにしたがって、しだいに退屈だと思うようになってきていた。
「ふあぁ~~~」
やべ、やっちまった。ついつい眠くてアクビをしてしまった。
「退屈?」
相変わらず真っ直ぐな姿勢のまま笑みを絶やさず話しつづけていた沙耶華さんが俺の目をのぞきこんだ。
「いーい?タナガワさん。知識というものは与えられるものではないのよ。自ら欲し、求め、手に入れるものなのです。受け身であればどんなモノであれ身につくコトはありません」
「い、いやあ。ちょっと最近夜ふかしをしてしまって……スミマセン」
「毎日、何をしているの?」
「ゲ、ゲームを……」
「……ゲーム研究会ですものね」
「え?ああ。よくご存知で」
「と、当然でしょ。生徒のことを知るのは先生の勤め」
「まあ部ですけれど……ゲーム研究会じゃなく」
「あらゴメンナサイ」
「いえ、いいんです。もうすぐ無くなるかもしれませんし」
「無くなる?」
「はあ~、部員数がギリギリなんですよね。それだけじゃないのでしょうけど教頭先生に目をつけられていまして……すぐにでも廃部に追い込まれるんじゃないかと顧問の三上先生も嘆いているくらいですよ」
「み、三上先生が!」
「知ってましたか。あのなんちゃって国語教師」
「なんちゃって?先生に向かってそんなコトをいうものではなくてよ!」
あれ?沙耶華さんてあの学校の先生なんて見下しているものと思ってたが違うのか?
「あ、いえ、たいへん素晴らしい国語教師と言いたかったので……」
「そう。ならいいわ。でも、三上先生が苦しんでらっしゃるとは……」
「沙耶華さんは三上先生のコトがお好きで?」
「ば、ば、バカな、こ、コトを言わないで!か、仮にも生徒と教師、す、好きとか、嫌いとか、そんな感情があってはダメでしょう!」
沙耶華さんはあきらかに動揺していた。いつもキッチリしている沙耶華さんが慌てる様子はなんだか、とても……そう、可愛く見えた。
「あ、でも俺は好きですよ」
「そうね。そうよね。三上先生はよい先生ですからね」
「いえ、沙耶華さんのことです」
「ば、バカなコトばかり言わないで!今日はオシマイよ!」
自分でもなんでそんなことを言ってしまったのか、いや、言えてしまえたのか不思議だった。もしかしたら、沙耶華さんが繰り返し言っていた「なんに対しても自信を持つこと。そして意見は伝えなければ意味が無い」というのが影響していたのかもしれない。
そう、最近なんだか自分がなんでもできるのではないか?と思うようになってきていた。
が……翌日……
「今日からは少し志向を変え肉体の改革に移ります」
同じ建物の一階は道場になっているので一階に行って道着に着替えるように。とのことだ。さっそく一階に行き着替えて待っていると沙耶華さんが現れた。沙耶華さんの道着姿はまた、燐としていて美しかった。
「な、なにをやるのでしょうか?」
「そうね。今日は剣道にしましょうか」
「よし!」
「なにか?」
「い、いえ……」
俺はハッキリって腕っ節には自信が……ない。が、剣道は親の強制で子供の頃やっていたことがある。そして俺は男だ。いくらなんでも、そうそう沙耶華さんに劣ることはないだろう。そう思った……
キィイイイイイイイイ~~~~ヤッ!
俺はありったけの声を出した。沙耶華さんは微動だにしない。よし、いける!と思って上段から勢い良く突っ込んだ瞬間。
「め~~~~~ん!一本!」
いつのまにか俺は倒れていて、審判役のダモンの声が響いた。
「え?今、どうなった?」
「掛け声だけは良かったわね」
気がつけばいつもどおりのポジションで沙耶華さんが俺を見下ろしていた。
沙耶華さんは武道も強かったのだ。俺はムキになり何度も何度も何度も大声を上げ攻撃したが、当たるどころかかするコトさえできなかった。
それからしばらくはまた、地獄のような日々が続いた。内心、話を聞くだけの講義はチンプンカンプンで退屈だったし、上からさんざん言われるのも嫌になっていたが、武道であれば男である俺のほうが少なからず優位だと思っていたのに、それも叶わなかった。剣道だけでなく、空手、合気道、柔道、どれひとつをとっても沙耶華さんにはかなわず、俺は心身ともに追い込まれていった。
「さあ、今日は合気道にしましょう。タナガワさん。もし仮に私の道着に少しでも触ることができたならば、この講義も終了にしてもかまわなくてよ?」
「ほ、本当ですか!」
「あら、嬉しそうね」
「いえ、そんなことはないです……しかし、これ以上、沙耶華さんのお手を煩わせるのも心苦しく思っているのも事実なのです」
「口は達者のようね。さあ、どこからでもどうぞ」
これしかない。俺は思った。この地獄の個人授業から抜け出すためにはこれにかけるしかない!
キィッヤアァアアアアアアアアア~~~!
ッドサ
が、しかし。気合でなんとかなるものではなかった。気づけば俺は思い切り背中を畳に打ちつけて、道場の天井をぼんやり眺めていた。そして沙耶華さんの講義を思い出していた。
「正しいものがいつも勝つとは限りません。しかし、勝ったものだけが自分は正しいのだと主張する機会を得るのです」
要するに「勝てば官軍負ければ賊軍」ということだろう。そうだ今だ。俺は今こそ勝たねばならない。そう奮起するとおもいきり立ち上がった。
「タナガワさん。いつも言ってるように気合が空回りしているのよ。己の気を受け流すようにしなければアナタが何をしようとしているか敵に教えているようなものだわ」
「分かったよ沙耶華さん」
「そう。ならばその気を悟らせないことね。目が血走ってるわよ」
「違うよ沙耶華さん」
「何が違うのかしら?」
「俺が分かったのは……三上先生のことだ!」
「な、何を言うの?今は関係ないでしょう」
「いいやあるね。大いにある。オオアリクイくらいあるってもんだ」
俺はジリジリと間合いを詰めていった。心なしか沙耶華さんが後退したように見えた。
「何を言ってるのかサッパリわからないわ」
「結構」
「は?」
「沙耶華さん。あなたは三上先生が好きなのでしょ?」
「な、な、何を言ってるの!」
俺は言うや否や沙耶華さんの方へ飛び込んだ!
「隙あり!」
やった!肩に届いた!と思った瞬間、足払いが飛んできてよろめいた。よろめいてそのまま沙耶華さんの方へ転んでしまった。
「キャッ!」
目を開けると目の前に沙耶華さんの大きな瞳があった。その距離……0.1mm。唇と唇がまさに触れるか触れないかの距離に顔と顔があった。
ドクンッ ドクンッ
心臓の音が耳の奥から聞こえてきた。
「あ……」
慌てて俺は起きるために手をつこうとした。それだけだった。誓って起きようとしただけだった。
「イヤ!ダ、ダメ~~~っ!」
しかし、なぜかその手は沙耶華さんの道着の隙間にすべりこみ胸を掴んでいた。
「や、やわらかい……」
沙耶華さんはブラジャーをしていなかった。はじめてのその感覚に俺は思わず漏らしてしまった。
「いや……ご、ゴメンナサイ。そんなつもりじゃ……」
もう頭の中はパニックになっていた。たぶん沙耶華さんも混乱していたのだろう。俺の袖を掴んで、おそらく巴投げでもしようとしたにちがいない。が、そのまま俺はまた倒れこんでしまった……沙耶華さんの上に覆いかぶさるように……
「んぐ……」
その距離……0mm。唇と唇が重なった。そしてなぜなのか、沙耶華さんは見開いていた瞳をゆっくりと閉じた。
ドクンッ ドクンッ ドクンッ ドクンッ
心臓の音が飛び出そうになるくらい高鳴る。遠くで時計の秒針がゆっっくりと時を刻む音が聞こえる。風が窓のカーテンをなでる。永遠とも思える数秒が流れたあと。静かに沙耶華さんの手が俺の胸に触れた。やさしく温かい手だ。そして、そ~っと俺のカラダを押し上げると、目を開けた。
「そろそろ……いいかな?」
「ん?」
「どいてもらって」
「あ、ああ」
「ゆっくり……で……いいから……」
今度こそ落ち着いて立ち上がった。しかし、沙耶華さんは動こうとしない。胸もとも、はだけたままであった。
「ど、どうしたの?」
「う、うん。腰が……ね……」
「あ、ああ」
どうやら腰が抜けてしまって立てない、ということらしい。俺は沙耶華さんの道着を整えるとまわりを見渡した。ダモンがいるはずだった。が、いない。
「ち、こんな時にどこ行ってるんだ。あのバカ執事!」
仕方ないので俺が沙耶華さんを抱きかかえて、隣の部屋のソファーまで連れて行った
「み、みっともないところを見せたわね」
普段の沙耶華さんからはまるで想像できないような女の子らしい素振りに、俺の心臓の鼓動が鳴り止まないままだった。
「い、いやあ、俺の方こそゴメンナサイ。ほんとワザとじゃなくて、事故のようなもので、なんか下心とか恋心とかあったワケじゃない……って言ったら嘘になるかな?いや、ほんとは下心もちょっとはあって気持ちヨカッタけど、いや俺も男なわけで責任は取ります!沙耶華さん好きです!」
「フッ」
「あれ?俺何言ってんだろう」
「フフフ……わかったワ。でも彦丸さん、お願いがあるの」
「はい!なんなりと」
「このことは黙っていて頂戴。二人だけの秘密にしておいて」
「は、はい!必ずやこの七夕川彦丸は秘密にします!この秘密を一生、いや、墓の中までもってゆくつもりです!」
「フフ、大げさね。ありがとう。でも、コレでお別れね……」
「い、いや、学校でまた会えますから。もう二度と会えないというワケではないですから」
こういう時、なんて言ったら良いのか全くわからなくて、俺は少し的外れなコトを言ってしまったのかもしれない。そう、思いながら二階堂家の屋敷を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇
この時、実はダモンは一部始終を見ていた。
「正直、七夕川彦丸の相手として二階堂沙耶華を枢機卿が選んだ時は何かの間違いだと疑ったものでした。しかしなるほど、こうしてみるとシャグナーク枢機卿の魔占術も侮れませんな。環境も性質もまるで異なるふたりは、それ故に惹かれうまくいく。といったところでしょうか?」
ダモンは部屋の奥に潜み、まだ事態を整理しきれていない沙耶華の気持ちが落ち着くまで頃合いを見計らっていたのだ。
「さあ、このままでも二人は気まずい空気に苦しめられ、恋とは無縁の高校生活を送ることでしょう。しかーし!それでは完璧とは言えません。仕上げをしなければならないてしょう。意地が悪いですって?いえいえ私はまるで恋のキューピッドのようですよ。異次元の民であるなゆら様との仲を裂き。人間同士である沙耶華様とタナガワ様をくっつけるという。ああ!何というコトでしょうか。私はいともたやすく、こんな難題をこなしてしまうのですね!」
誰かに話しているかのようにダモンはつぶやいていたが、やがて沙耶華が動き出すと闇から這い出した。
「お嬢様~!いかがなされましたか?タナガワ様は?」
「もう帰ったわよ。肝心な時にいないバカ執事!」
「は?」
「ううん。もういいわ。彦丸さんの件は」
「左様でございますか。そうしましたら次はいかがいたしましょう?」
「実は少し気になることがあるの、それは……」
「なるほど、ワタクシもお手伝いいたしましょう!」
◇◆◇◆◇◆◇
「ただいま~」
俺はなんだかひどく疲れきってしまって、そのままベッドに倒れこんでしまった。
「どうしたにゃ?元気がないにゃ」
「なゆら。オマエはいいよな。なんも考えずに衝動だけで動けて……」
「そんなコトないにゃ!ワッチにだって、ちゃんとした計画があって……」
「計画ってなんだよ」
「うへへへへ…………」
「な、なんだよキモいな。てか、なんでまた頬を赤くしてる。また妄想か?」
「ぼ、ボケタンが!ヒコじゃなし、妄想なんぞするか!」
「オマエがそれ言っても嘘臭さ1000%だな」
「パーセントとは、ある数値を百で割ってその割合を示す単位のこと。だから、その数値は最大で100までだぞ?昨日の授業でやったであろうが」
「んなこた分かってるよ!てか、なんでそんなに授業聞いてるんだよ!」
「してヒコ。ゲームやるのか?」
「いや、今日はいい。もう寝る」
「そか。したらばワッチも寝るかの~」
そう言うとなゆらがユラ~っと近づいてきた。顔を目の前まで近づけると目を閉じて口を突き出すような、つまりキスをするようなフリをした。
「ば、バカなマネするな!」
俺は思わず顔を背けて壁を見つめた。
「はにゃ?やっぱ今日のヒコはヘンにゃにゃあ~」
なゆらも何かを感じたのか、いつものようにしつこくしてくることはなかった。そしてたぶん、またゲームをはじめたのだろう。パソコンモニターの光が部屋の壁にほんのり反射していた。時折、するどい閃光が瞬いたようにも感じたが俺はやがて眠ってしまった。




