第6話 開発者
ハルトは屋敷の中にある自室で目を覚ました。さして広くはない小さな部屋。そこがハルトに与えられた部屋である。とはいえ、ベッドそのものはそれなりに良い物を使っているらしく、コクピット内で一夜を明かした事があるあの時の寝心地に比べればかなり快適と言える。
時間的には朝の三時頃。
起床と同時にテキパキと準備を済ませると掃除用具が収納された物置へと向かい、掃除用具一式を掴んでから一階の廊下へと向かう。
倒れていたところを助けてくれた上にこうして住む場所や仕事まで与えてくれたことに対する恩に報いる為にもとこうして他の使用人たちよりも一、二時間は早く起床して屋敷の掃除をするように心がけているのだ。
それに掃除そのものも嫌いではない。掃除している間は無心になれるし綺麗になると充実感や達成感も味わえる。
まずは箒で廊下中をはく。細かい所も見逃さない。その後は雑巾がけだ。まだ季節的には温かい気候ではあるが、寒くなると雑巾を水につけることが苦行になりそうだなとボンヤリ考えながら水をつけた雑巾をしっかりと絞って廊下を雑巾がけする。
こうしていると小学生の頃を思い出す。あの頃から掃除は好きで周りの友達が掃除がめんどくさいとボヤキながら渋々掃除している隣をこうして無心で雑巾がけしていた。
現実世界の頃の思い出に浸りながら掃除をすること一時間。
一階の廊下は今日も一日のスタートを切るに相応しい程に綺麗になった。<格闘技術>のスキル熟練度が<完全習得>になっているのも大きい。身体能力が極限まで上昇しているので体が身軽に、そして自由に動く。
チラリと廊下にある時計に視線を移す。
時刻は四時。
そろそろ他の使用人たちが起きてくる時間帯だ。
(さて。この時間にはそろそろ......)
ハルトが廊下へと視線を向けた瞬間、とたとたと上の階から階段を下りてくる音が聞こえてくる。降りてきたのは丁度、ハルトやアイリスと同じ年頃の少女だ。メイド服を着用し、肩まで下げた栗色の髪に小柄な体。儚げな雰囲気を感じさせる少女はハルトを視界に捉えたかと思うとビクッ! と肩を震わせて「お、お、おはようございますっ!」と丁寧に頭を下げて朝の挨拶をした。
ハルトは苦笑するとこの屋敷で働く同僚に挨拶をする。
「おはよう、カスミ」
「お、おはようございますハルトさん」
少女――カスミは改めて、今度は落ち着いて挨拶をする。
カスミ・セントポーリアはハルトと同じ、クレマチス家に使える女性使用人、つまりメイドである。ビーストの襲撃によって両親を失い、行くあてのない所をクレマチス家に拾ってもらったらしい。丁度、アイリスと同じ年頃の娘なので昔からアイリスと一緒に遊んだりしてアイリスとは友達のような関係性のようだ。
だがどうにも気の弱い性格らしく、いつも脅えた小動物のようにしている。
「き、今日も早いんですね」
「いや。この家にはお世話になってるからさ。せめてこれぐらいはしときたいんだ。それに、カスミだって早起きじゃないか」
「い、いえ。私なんて大したことありません」
もう少し自信をもてばいいのに......と内心呟きながらハルトはカスミと共に掃除を再開する。この時間帯になるとカスミはいつも降りてきて、こうやってハルトと自主的な朝の掃除を行う。
カスミは長くこの屋敷で働いているだけに作業効率がよく、それでいて仕事が丁寧だ。
人手が増えたこともあって一階の掃除はその後に終わった。
二階はまた別の時間にする予定だし、クレマチス家の人たちを起こすわけにもいかないので次は外の掃除だ。
屋敷の周辺には巨大な庭園が存在する。噴水や綺麗な色の花々で覆われたそこの掃除も使用人の仕事だ。
「にしても、この屋敷の庭園ってかなり広いよな」
カスミは恥ずかしがり屋なのか自分からなかなか話そうとはしない。話題を振るのは大抵がハルトである。
「そうですね。旦那様はご自身で集められた気に入った花々を組み込んだこの庭園をお作りになられました。また気に入った種類の花があればその度に拡張されてます」
「どうりで広いわけだ」
広さ的には街の広場ぐらいはある。とはいえ、このゆったりと出来る空間はハルトも嫌いではない。
こうしてカスミと共に掃除をしながら庭園を見て回るこの時間も彼のお気に入りのひと時の一つだ。
□□□
アイリスはふと目が覚めてベッドから上半身を起こす。もうすぐ自分が部隊指揮官を務める実験部隊(とはいっても実情としては部隊というには程遠い)の初陣が近づこうとしているのだ。緊張でやや眠りづらいのかもしれない。ドミナントの部隊が近辺で目撃されたのだし、そのタイミングでの救援要請となれば戦闘に入る可能性が高い。もしそうなった時に、自分はあの少年の手助けが出来るのだろうか。
そう考えるとますます眠れなくなってベッドから降りてから着替えて身支度を済ませる。目も完全に覚めてしまったところで時計に目をやると時刻は五時前となっている。
いつもより一時間は早い目覚めだ。
手持ちぶたさになってたまには朝に散歩してみるのも良いだろうと思ったのでアイリスは外の庭園に出てみることにした。早朝にも関わらず、この時間帯になるとメイドたちが働き出している。そんな彼女らに感謝しつつ、外に出る。
「おはよう。いつもありがとうございます」
「お嬢様。そんなお気になさらずに。それと......失礼ですがこんな朝早くからどちらへ?」
「少し庭園を散歩してきます」
「そうですか。では、お気をつけて」
メイドの一人に見送られ、外に出る。朝の空気は不思議と新鮮に感じられて気持ちいい。朝日に照らされながらゆったりとした雰囲気のまま庭園に向かって歩き出すと、既にそこには先客がいた。二人だ。
一人はカスミだ。
昔からずっとこうして一人だけ朝早くから起きて屋敷を掃除してくれているのを彼女は知っている。
だが、もう一人は?
少し気になって近づいてみると次第にその姿が鮮明になってくる。カスミの隣で一緒にこの庭園の掃除をしているのはハルトだった。
思わず隠れて様子を観察してみるとどうやら二人は一緒に掃除をしているらしい。談笑しながらも手をきっちりと動かして仕事は丁寧だ。
時折ハルトはカスミに向かって微笑み、カスミはカスミでそれに対して笑顔で返す。ややぎこちないものの、カスミの雰囲気や表情は柔らかい。
カスミは既にアイリスを通じて紹介しているし、二人がこうして朝早くから二人きりで一緒に作業をしていても不思議ではない。むしろ自然なことだ。気の合いそうな同じ齢の子供が二人で一緒に行動することはなんら不思議なことではない。
そう、不思議なことではないのだ。
(――なのに、何故......)
ぎゅっ、と胸元を小さくおさえる。
いつだって自分を助けてくれた。
あの時だって危険な状況下でWSに乗り込み文字通り命がけであの巨大ビーストから自分を守ってくれた。
そんな少年と、幼いころから共に育った少女が二人きりで楽しそうに話しているだけで胸が痛むのは何故だろう?
アイリスはこの不思議な胸の痛みの原因を探ろうとするが、ここで靄がかかってしまう。まただ。なぜ。どうして。解らない。
一人でその場所で立ち尽くしていると、ハルトがこちらに気が付いたのか「お嬢様?」と呼びかけてきたのに気が付いた。はっと我に返り、カスミと共に近づいてくるハルトに視線を向ける。
「こんな朝早くからどうかなさったのですか?」
「少し散歩してみようと思っただけです。あなたたちはここで掃除を?」
「はい。カスミと共に掃除をしておりました」
「そう、ですか」
まただ。胸がずきんと痛む。理由は解る。ハルトが「カスミ」と、自分と同じ歳の少女の事を名前で呼んだからだ。でもなぜなのか。だからといってなぜそれで胸が痛むのか。そもそもこの胸の痛みは何なのか。わからない。
でもなぜかアイリスはハルトに対して少しむっとしてしまった。
(私の事は名前で呼んでくれないくせに......って、どうして私はこんなことを......!)
急に湧き上がった感情を否定するかのように首を横に振る。独りでにふるふると首を振り出したアイリスを心配してかハルトが機嫌を伺うように「お嬢様? どこか調子でも悪いのですか?」と言ってくるがまたも「お嬢様」という呼び方にどこかむっとしてしまう。
「いえ。なんでもありません」
散歩に来たはずなのに、アイリスはつんとした態度を無意識のうちにとってしまうとぐるりと元々の進行方向とは逆方向である屋敷へとつかつかと歩いて行ってしまった。
突然のアイリスの態度にぽかんとしたハルトはしばらくの間カスミと共に立ち尽くしているばかりだった。
□□□
何故か機嫌を損ねたアイリスと共に今日もハクロ基地へと向かう。道中、アイリスの機嫌はなおることがなく、ハルトは困惑したまま後をついていくしかない。アイリスはアイリスで、
(はぁ......どうして私は今朝、あのような態度を......)
と、自己嫌悪に陥るのみだった。
「やぁ、待ってたよ。アイリスさん、ハルトくん」
ハクロ基地につくや否や二人を待っていたのは白衣に身を包んだ小太りのおじさん技術者、コサックだ。昨日、完成したばかりの設計図に目を丸くしたコサックはあの後「ちょっとじっくりと見物させてもらうよ?」とだけ言うと研究室にこもってしまった。
やや寝不足の様子を見る限りどうやら昨日のあれから一睡もしていないらしい。
「設計図の方はどうでしたか?」
「うん。正直言って驚いたよ。理論といい、構成といい、すべてが完璧に仕上がっていた。これなら<タケミカヅチ>に装備させる為の試作品はすぐにでも作れそうだよ」
「ありがとうございます」
「それで、今日は君に会いたいという人がいるんだけどいいかな?」
「? はい」
「とはいっても僕の上司だから必然的に君の拒否権は微塵も亡くなるんだけどね。ところでアイリスさんはこれからどうするんだい?」
「二日後のメガロ遠征の為の準備を。メガロ側の部隊との連携もありますので、これからその打ち合わせに」
「そうか。それじゃ、頑張ってね。<魔術師の実験>には僕たち技術開発部も参加することになってるからさ」
<魔術師の実験>に配備されるのはどれも実験機ばかりである。その調整やデータ回収その他諸々の事情で必然的に<X計画>を主導している技術開発部が参加するのは当然といえる。
ここでアイリスとハルトは解れて、アイリスはミーティングルームに、ハルトは技術開発部の研究室へと向かった。
「それで......自分に会いたい人というのは?」
道中、ハルトは尋ねる。コサックの方はと言うと何気ない様子で一言。
「君が操縦した、<タケミカヅチ>の開発者だよ」
□□□
コサックの後について案内された研究室は個室だった。周囲はかなり散らかっていてそこら中にWSに関する資料やメモのような紙が散らばっているし、何らかの部品がデスクや機器類の上に積まれている。
「誰もいないようですね」
「いや、いるよ」
コサックの言葉を聞いて再び辺りを見渡す。が、デスクや元いた世界で言う社長椅子のようなやけに背もたれが大きい黒皮の椅子ぐらいしかなかった。
「どこにです?」
「ここにいるよっ」
自分でもないコサックでもない、聞きなれない声。
すると、ひとりでに黒い椅子が半回転した。誰も座っていないと思ったので思わずびっくりしてしまったが、椅子に座っていたその人物を見て更に驚く。
ここに来る前、ハルトはこれから会おうとしている人物があの<タケミカヅチ>の開発者だと知った。イメージ的には白衣を身に纏い、メガネをかけて知的な雰囲気を醸し出すオジサマなのだろうと勝手に予想していたのだが、その予想は見事に裏切られた。
そこにいたのは白衣を身に纏ってメガネをかけて知的な雰囲気を醸し出すおじさまではなく、白衣を身に纏ってツインテールの髪型のロリな雰囲気を醸し出す幼女だった。
「え?」と口をぽかんと開けたまま呆然とするハルトを見てコサックがコホンと咳払いをしつつ、
「こちら、マリナ・アスターさん。僕の上司で技術開発部の主任。因みに歳は今年で二十歳」
「は、二十歳⁉」
詐欺だ、とハルトは思った。どこからどう見ても小学校低学年にしか見えない。というより要はロリBBAではないか。この世界にあるのかはわからないが赤いランドセルを背負わせればもう完璧にどこからどう見ても小学生にしか見えない。マリナと呼ばれた少女はぷくっと不満そうに頬を膨らませる。
「もうっ。だめだよコサックくん。女の子の歳をそう簡単に言いふらしちゃ。めっ!」
「ははは......」
こんな幼女が上司だとさぞ苦労されていることだろうと心の中でコサックに合掌する。
だが、同時にハルトは驚愕していた。
傍から見れば完全に幼女にしか見えないし、年齢的に見ても二十は若い。そんな若さで<タケミカヅチ>というあれだけのハイスペック機を造りだしてしまうとなると彼女もアイリスに勝る程の相当な才の持ち主なのかもしれない。
「わたし、身長が伸びないんだよね。子どもの頃からずっとこのまま。はやく成長期がこないかなぁ。私も早くないすばでーなおとなのおんなになりたいよ。こうっ、ぼんっきゅっぼんな」
苦笑しかできない。
「さて。君がハルト・アマギくんだよね?」
「はい」
先程までの幼さから一転。「技術者の顔」になったマリナと真剣に向き合う。
「先日は本当にありがとう。基地を救ってくれたこともそうだけど、あの子を乗りこなしてくれて私も本当に嬉しかった」
あの子、というのは<タケミカヅチ>の事を指しているのだろう。どうやらマリナという少女(幼女)は自分たちの開発した機体には愛着をもつタイプのようだ。
「それに、私も設計図を拝見させてもらったけど、すごいね。<A.I.P.F.>小型化なんてことを一晩でやってのけちゃうなんて。今さっそく作業に取り掛かってるよ。完成は遠征にギリギリ間に合いそうにないけど」
「いえ。お役にたてて光栄です」
もしも<A.I.P.F.>の小型化に成功すれば今度は量産を視野に入れてくるだろう。そして量産が成功すればそれは<ブルースター>という国の戦力強化につながる。未だWSに<A.I.P.F.>を取り入れている陣営は存在しない。つまりそれは<ブルースター>が他の勢力よりも一歩先に進むことが出来るのだ。
ハルトはこの世界で生きていかなければならない。
よって、自分の居場所を護る為にこのスキルを活用していくことが最善と言える。そしてそれは国の戦力を強化することに繋がり、それはアイリスを護る事にも繋がってくる。
「それでねそれでね、君のその驚異的な知識と技術を見込んで手伝ってほしい事があるんだけどいいかな?」
「はい。自分に手伝えることがあれば何でも」
マリナとコサックは互いに視線を交わすと、コサックが室内にあるホロパネルに指を走らせる。
ハルトとマリナの間に空中投影されたのは、図面だった。
WS用装備の――<設計図>。
ハルトはこの世界に来た瞬間に得ていた知識がある為にその図面に何が描かれているのかを理解した。
「これは......<フライトユニット>、ですか?」
マリナは頷く。
「うん。私が主に研究していたのはこの<フライトユニット>。WSが空を飛ぶための<飛行魔法>の開発」
ゲーム時代にも<フライトユニット>は存在していた。最終的にはどの機体もフライトユニットを手に入れてWSが空を飛ぶのが当たり前になっていた。しかし、開発当初は空を飛ぶことが出来た機体はごく僅かしかなく、空中からの強襲はかなり効果的だったし、当時、フライトユニット装備型のWSは多大な戦果をあげていた。
つまり。
もしもこの<フライトユニット>を<ブルースター>が開発することが出来れば、驚異的な戦力強化となる。
敵との......<ドミナント>やビーストたちとの戦いも有利に進む。
犠牲も減るかもしれない。先日の<アッシュグレイ>のようなビーストが出てきても犠牲者を出さずにすることが出来るかもしれない。
「既に<フライトユニット>の開発はドミナントの方も進めているだろう。しかし、恐らくここまで理論を完成させているのは彼女だけだ」
コサックはまるで自分の事のように誇らしく言う。確かに見た目はアレだがコサックはマリナのことを上司として尊敬しているのだろう。
「でも最近ちょっと詰まっちゃってさ。そこで、<A.I.P.F.>を一晩で小型化させた君の意見を聞きたいんだ。それでさっそくだけど、どうかな」
「そうですね」
図面を見る。もしかすると小型<A.I.P.F.>の時のように<フライトユニット>の設計図を生み出す<閃き>が出るかもしれない。
だが図面を眺めても閃きが起こらない。
仕方がないので得た知識を使って脳内で思考を巡らせる。<フライトユニット>を完成させる為の何かを見つける為に。
「マリナさんの書いた図面はほぼ完璧です。既存の技術の限界を突き詰めていると思います。足りないのは......」
「足りないのは?」
「......サンプル、ですかね」
「さんぷる?」
マリナは思わず首を傾げる。その仕草だけならば十分に可愛らしい幼女にしか見えない。
そもそも。
<A.I.P.F.>の小型化を閃いた時もそうだが、ハルトの予想では新たなる新技術や新兵器を<魔法スキル>によって生み出す際に必要なのはその技術を実現させる為のキーとなるパーツだ。素材と言ってもいい。
ゲーム時代では<設計図>を生み出す為には<設計データ>が必要だった。
それと同じように。
この世界ではスキルによって<設計図>を生み出す為には<鍵となる素材>が必要なのだ。
小型<A.I.P.F.>の場合はビーストから取れる<A.I.P.F.>の発生器官がそれにあたる。
「つまり、<空を飛ぶビースト>を倒して空を飛ぶために必要な何かを回収してそれを研究・応用・発展させて、マリナさんの考えた理論......この場合はフライトユニットの制御術式に組み込む必要があります」
「なるほどねぇ。それじゃあ、何はともあれお空を飛ぶビーストを捕まえないと、ってことだね」
「そうなります」
「じゃあ捕まえてきて」
「無茶言わないでください」
「けちー」
「いや、けちと言われましてもですね......」
今すぐどこにいるかもわからない空を飛ぶビーストを捕まえてこいなどとは無茶ぶりにもほどがある。
「とりあえず、今は<フライトユニット>の件は置いておいて、今度はこっちを見てくれるかな」
言うや否や図面が消えて、コサックが新たに画像を空中投影させる。
そこに映し出されていたのは――鉄杭だった。ボロボロに焼き焦げてしまった鉄杭。ちょうど<キャッスルブレイカー>に似ている。
「これは?」
「<アッシュグレイ>に刺さっていたものだよ。<キャッスルブレイカー>をベースに改造したモノのようなんだけどね」
「<アッシュグレイ>に?」
「そうだ。同じような鉄杭が他にも三本、<アッシュグレイ>の残骸から発見された」
ゲーム時代にもこのようなアイテムは見たことがなかった。となると、この世界独自の、NPCではなく自分の意思を持つ人間が生み出したモノ。
続けて、マリナが言う。
「私も気になって調べてみたんだけど、ダメージが酷くて解析は殆ど不可能だった。でも、分かったこともあるよ」
「分かったこと、ですか」
「うん。多分だけど、これは何かの<受信機>のようなものなんだと思う。それと、最初はこの鉄杭のダメージは<鳴神>によるものだと思ってたんだけど、違った。これは意図的に自壊した痕跡があったの」
つまりはこの鉄杭は人為的に<アッシュグレイ>に撃ちこまれ、人為的に自壊した。
一体誰が? いや、それよりも。
「受信機......つまり、この鉄杭は何らかの情報を受信していて、そんな鉄杭が<アッシュグレイ>に突き刺さっていた、と」
ハルトは頭の中に一つの予想を立てる。
だが、その予想は出来れば当たってほしくはない。
「まさかとは、思いますけど。これは、この鉄杭は......<意図的にビーストを操ることが出来る装置>、でしょうか?」
マリナもコサックも同じような事を考えていたらしくその表情は険しい。
だがハルトはどういうことだ? と首をかしげる。てっきりあの<アッシュグレイ>はゲームのミッションを再現する為に現れたのだと思った。
だがもし今の予測が当たっていたとするとそうでもないように思える。
「私もそう思う。もしそうなら、急に<アッシュグレイ>が<巨獣の森>を抜け出して真っ直ぐにここに向かってきたことも説明がつくよね。この基地の近くには跳んで来たみたいだけど、それが出来るならわざわざメガロまで侵攻しなくても森を出た瞬間飛べばよかったし、わざわざメガロの都市機能を麻痺させてから飛ぶ意味がわからない」
もちろん、飛行距離の問題もあったのかもしれない。だが、もし考えていることが真実ならこの<受信機>の鉄杭の説明がつくし、常に最悪のケースを考えておいても無駄ではないだろう。
楽観視して手遅れになってからでは遅いのだから。
□□□
巨獣の森と呼ばれるその場所は、全高五十メートルにも及ぶ巨大な木々によって構築されている。これはそこに住む巨大ビーストの影響を受けたと考えられている。
武装都市メガロへの道は森を抜ければ最短ルートだが、森の中に住まう巨大ビーストと出くわすと命を落とす確率が一気に跳ね上がる。よって、メガロへと向かうには森を大きく迂回するしかない。
そんな森の中に一機のWSが待機姿勢で鎮座していた。
ミッドナイトブルーのカラーリングに両手のマニピュレーターは獣のように鋭い爪。頭部は獣――狼のような形をしており、全体的に歪で荒々しいシルエットの機体だった。獣を無理やり人の形にしたようなWS。それが一番しっくりくる。
そんなWSのコクピットシートには一人の青年が座っていた。伸び放題の手入れのされていないボサボサの髪を無理やり後ろで束ねており、口の間からは八重歯がギラリと顔をのぞかせている。筋肉質な体をしており、かなり鍛えているようだ。手練れの者ならばその青年が幾つもの戦場や死地を潜り抜けてきた事を見抜くであろう雰囲気をもっている。
その青年はコクピット内に空中投影されている通信回線を開いて何者かと会話をしていた。その相手は彼の同僚であり、今は定時連絡の時間だった。
「俺の見立て通り武装都市メガロは壊滅。復興にはしばらくかかるだろうし、その隙を突いてドミナントの部隊も既に近くまで来ている。ったく、ここで一ヶ月も実験したかいがあったぜ。まあ、おかげでこの森の巨大ビースト共と遊ぶことが出来たんだ。なかなか面白かったぜ」
『ということは<BCパイル>は成功したってことか。それで、次はどこを潰すんだ?』
「――<沿岸要塞>だ。そこで例の<BCパイル>の次の段階をテストする」
『解った。準備を進めておく。......それで、アンタはこれからどうするんだ?』
「決まってるだろ。ちょっくらドミナントの奴らと混じってドンパチやらかすんだよ。せっかくそこに戦場があるっつーのに黙ってられるか。手続きももう出来てるしな。今の俺はドミナントに雇われた傭兵だよ」
『このバトルフリークめ』
「最高の褒め言葉だな」
『......まあ僕には関係ないけど、その機体は壊すなよ。修理が面倒だ』
「へいへい。まァ、そんなヘマをするたぁ思えねぇけどな」
言うと、彼は通信を切る。
確かに彼はバトルフリークだ。戦う事が大好きだ。人を殺すのが大好きだ。今までそうして生きてきた。
だが。
ここに残った理由はそれだけではない。
<アッシュグレイ>を叩き潰したあの漆黒の機体。
あれと闘う為に、ここに残ったのだ。
「さァ、舞台は整ったぜ。出てこいよ」
彼は一人コクピット内で歪な笑みを見せた。
やはりロリBBAこそが至高