第六話 決意
要塞都市グラジオラスが壊滅したという知らせは、すぐに王都に届いた。
あそこには実践慣れした猛者が何人もいたというのに、グラジオラスは壊滅した。
それだけでなく、たった一機のWSの手によって壊滅したというのだから、王都の騎士団にはしった衝撃は大きかった。
ユリはその知らせをきいた瞬間に部屋から飛び出し、格納庫へと急ぐ。それを待ち構えていたかのように、アイリスが止めた。
「離して……! あそこにはっ……!」
「落ち着いてください。シルバさんなら無事です。救出隊に発見されて、命に別状はないそうです」
アイリスの一言で、ユリは安堵したようにぺたんと廊下の床に崩れ落ちた。
☆
グラジオラスから送られてきた最後のデータ。それによると、どうやらあの謎の白いタケミカヅチはグラジオラスを壊滅させると、次はストックキャニオンにある『大地の恵み』を破壊して、離脱したそうだ。
その戦闘力は凄まじく、新型の『イクスワン』もまったく歯が立たなかったという。
「白い、タケミカヅチ……」
会議室で、その映像を見たハルトは目を見開いて、あの時……自分が元の世界にいた直前のことを思い返していた。
あの時も、確かにあのAIはハルトの機体を真似た姿へと変化していた。
間違いない。
Wだ。
となると、次の狙いは、恐らく。
「――――というわけで、この機体についての対策を考えたいと思います。既に他の部隊はこの機体を撃破すべく部隊編成を行っていますが、私たちの部隊はこの機体の所在が掴めるまでは王都で待機です」
いや、そんな悠長なことはしていられない。
ヤツは今にでも来る。
そんな考えが、ハルトの頭の中をかき乱す。気が付けばハルトは、会議室を飛び出して研究室へと走っていた。
研究室には、『大地の恵み』と『召喚の地』の研究のために王都に滞在していたエイミーがいる。ハルトが研究室に飛び込むと、そこにはマリナと真剣に何かを話し合っているエイミーがいた。
突然、血相変えて部屋に飛び込んできたハルトにエイミーは驚いたような顔を見せる。
「ど、どうしたんですかハルトさん? 確か、会議のはずでは……」
「エイミーさん、あの件、お願いできますか」
今は一秒すら惜しい。
そんなハルトの願いが届いたのかは分からないが、エイミーは「いいの?」と聞き返す。
「はい。リスクは承知の上です」
エイミーが王都に滞在している間にリスクについてはきいている。
最悪の場合は死を招くほどのリスク。
「『大地の恵み』の力で、タケミカヅチを進化させてください」
☆
あの後、アイリスに怒られた。勝手に会議を抜け出したこともそうだが、勝手に死のリスクを伴うような危険な賭けにのったことも怒られた。
そしてそのあと、まだ何か言いたそうなアイリスを遮ってさらにエイミーが説明を加えた。
「ヘイムダルの手によって『大地の恵み』の破壊活動が続いてたでしょう? 『大地の恵み』が破壊されるたびに、召喚の地の空間の歪みも大きくなってたの。そしてそれが、今かなり大きくなってる。それと、王都の『大地の恵み』と召喚の地の空間をゆがませるほどの魔力反応。これが何か……見えない鎖に繋がれているみたいに呼応しているの。だから、今の時期に試すのはもっと危ないんです。それを考慮してみてください。一応、準備は進めておきますが、一日ゆっくり考えてみてまだ考えが変わらなかったら……やってみましょう。私も全力を尽くしますから」
その日は、色々な準備があるらしく解散となった。
エイミーも気づいていたのだろう。あの謎の白い機体に、今のタケミカヅチでは対抗しきれないということを。
ハルトはアイリスに連れられる形で屋敷に戻った。
そして彼女の部屋に殆ど強引といっていいほど連れられて、また説得がはじまった。しかし、ハルトの考えは変わらなかった。
「お嬢様。失礼ながら申し上げますが、やはり今の自分とタケミカヅチでは、あの機体には……おそらく、勝てません」
実際に戦ってみたからわかる。
あの時は性能がほぼ互角だったからこそ勝負が成り立っていた。もしそうでなければ確実にハルトは死んでいただろう。
あのグラジオラスを襲撃した謎の機体には未知の技術がつかわれていた。特にあの翼。
フライトユニットよりも上の機動力、空戦能力。
ならばこちらも、少なくともあの機体と互角の性能を身に着けなければ勝てはしない。
「しかし……死んでしまうかもしれないのですよ? それでもあなたはいいのですか?」
アイリスの言うとおり、最悪の場合は死ぬかもしれない。
そもそもその『進化』を行うための行動には不確定要素が多すぎる上にデータだって少ない。
本当に『進化』とやらが起こるかもわからない。
方法自体は簡単だ。
まずタケミカヅチにとある特殊なパーツをセットする。そしてそのあと、王都にある『大地の恵み』にタケミカヅチを接触させる。
それだけだ。
しかし、『大地の恵み』にはいまだ謎が多く、『大地の恵み』から周囲に放出されている魔力を集めて加工することしか出来ない。『大地の恵み』に実際に触れた者は――――あまりにも強烈な魔力の波に精神を汚染されたりなど、心身に悪い影響をもたらした者が多いときく。
いくらWS越しとはいえ、あまり勧められない。
そもそも『大地の恵み』とは街の生命線に等しい。なぜこんな許可が下りたのかは分からない。もしかするとエミリーはアイリスが考えているよりも力を持っているのかもしれないし、もしかするとあのグラジオラスを沈めた謎のWSに対抗するために今は藁をもすがる思いなのかもしれない。
王都が壊滅すれば、いくらドミナントもヘイムダルによる混乱状態にあるからといっても、国が終わる。
「それでも――――守りたいんです」
それでも、と。
彼は言う。
そういったすべての事情を呑み込んで、そのうえで、彼は決断をした。
「あいつとは戦ったことがあるから分かります。もしあいつがここに来れば……確実にこの街は終わりです。すべてが、破壊されてしまう」
前も、そうだった。
あの仮想世界という名の檻で、たくさんの人が死んだ。
そしてハルトも、殺してしまった。
まだ二つの勢力が結束する前。
デスゲーム状態だというのにプレイヤー同士の対立は深まった。いや、極限状態だったからこそ、だろうか。しばらく仮想世界という名の環境に慣れるまではプレイヤー同士の争いが続いた。
そこでハルトは多くの敵のプレイヤーをこの手で殺した。
そのころから感覚がどこか麻痺してしまったのかもしれない。
この世界に来ても、大切なものを守るためなら人を殺すことに慣れてしまった。
ゲームと現実。
違いはあれど、人を殺すという重みは同じだった。
いくら仕方がなかったという状態とはいっても、許されることではない。
「確かに自分勝手だとわかっています。王都の『大地の恵み』を使うことで、もしかするとこの街の生命線を断ち切ってしまうかもしれない。自分勝手だと、勝手に決めるなということはわかります。でも、あいつが来た時に、自分が何もできないまま終わるのは嫌なんです」
理屈じゃない。
やっていることは身勝手で、そしてその身勝手さでこの街の光を絶ってしまうかもしれない。
それでも、この街の破壊者になる危険性があろうとも、今のハルトには守りたいものがあった。
仮想世界では守りきれなかったものが、今、ここにある。
今度こそ守ってみせる。どんなことをしてでも。どんな手段を使ってでもせめて。
目の前にいる、優しくて頑張り屋で努力家で一生懸命に自分の居場所で戦っている女の子だけは、守ってみせる。
たとえこの街を、国を、敵にまわしてもだ。
もともとはWと相討ちになって、死ぬはずだった。だけど偶然この世界に流れ着いて、そしてアイリスに助けられた命。
だとすれば、彼女を守るために使うことに、なんの躊躇いがあるのだろう。
「自分はお嬢様を守るためなら、どんな手段も使います。どんなリスクだって背負います。たとえそれが、王都を危険にさらすような事だったとしても」
アイリスは、もう分かっていた。
そんな言葉を聞かずとも、彼が自分を守ってくれようとしている。その為に自分の命すら危険に晒している。
だからこそ止めたかった。
自分はそんなに褒められた人間じゃないとい。だから、そんな自分のために命を投げ出すような真似はしないでほしい。
そう叫びたかった。
でも、ハルトの顔を見て、言葉をきいていると、どうしてもそう言えなかった。
自分が何をどういっても、彼は結局、アイリスのために動いてくれる。
やがて、アイリスは。
「…………わかりました」
その言葉を、告げた。
「その方法……『進化』の実験を、許可します」
「ありがとうございます」
「だけど、条件があります」
「……?」
そこからアイリスの口から出た言葉は、ハルトにとって意外なものだった。
「私も、タケミカヅチに同乗してその実験を行います」
「なっ…………!」
あまりの発言にハルトは言葉が出なかった。
それは、彼にとってもっとも避けたい事態だ。
「い、いけません! お嬢様! これは、大変危険なものなんですよ!?」
「私にも関係があります。あなたが私を守るためにそんなことをするというのなら、責任は私にもあります」
立場はさきほどまでと逆転した。
しばらく互いに視線を合わせる。
そこから読み取れるのは、アイリスの強い意志と想い。
今度は、ハルトが折れる番だった。
「……よろしいのですか?」
「かまいません。ハルト、あなたはもっと私を頼ってください」
もっと頼ってほしい。守られるばかりでなく、守りたい。彼を支えてあげたい。
気が付けばアイリスは、ハルトの手をとって、両手で包み込むように彼の手を握っていた。
「今度は、私があなたを支える番です」




