第3話 スタートアップ
突如として襲来した、<アッシュグレイ>と名付けられた大型ビースト。だが、武装都市メガロの騎士団たちの対応は迅速だった。まずは現在都市に残っているWSとパイロットの確認。そして戦闘準備。
揃った機体は<ムゲン>が十機と<ショットタンク>と飛ばれる移動型砲台が十五機。
これだけの戦力ならば通常ビーストを十分に殲滅出来る。メガロ側の迎撃作戦チームの指揮官としてはあの大型ビースト相手とも互角に戦える計算だ。更にメガロは武装都市を謳っているだけあって都市そものもにも迎撃兵器が隠されている。
これらを組み合わせればいかにあの大型ビーストといえども殲滅出来るはずだ。
「各WS発進! 敵を殲滅せよ!」
司令官の言葉と共に十機の<ムゲン>が発進する。装備はWSの基本装備であるサブマシンガン。基地から飛び出した十機の鋼鉄の巨人が大地を蹴って自身たちの三倍もの大きさの化物に向かって駆け出していく。
この世界のWSはまだ空を飛ぶことが出来ない。
フライトユニットの製造は現在も進んでいるが、成果は芳しくはない。
――空を飛べればこの化物にも対抗しやすいのだがな......。
数あるムゲンの内の一機を駆る隊長を務める熟練パイロットは一人呟く。無い物ねだりをしても仕方がない。特に今のような命を懸けた状況の中では。
現れたビーストは新種なのか熟練のパイロットでも今まで見たことがないようなものだった。球体の形をしたシルエットに左右十本ずつ、合計二十本の脚が蠢いている。だがその球体もゴツゴツとした体表をしている。
どちらかというと、岩石を無理やり球体の形に集約させたかのようだった。そんな岩石の隙間からは赤い目が二つ顔を覗かせている。
「目標捕捉。これより迎撃行動に入る」
パイロット達は事前に司令官から聞いた通りの陣形をとる。横一列に並び、指定距離に達した瞬間にそれぞれマシンガンの引き金をひく。
響き渡る轟音。
着弾と同時に弾ける爆炎。
「全弾着弾を確認」
全高三十メートルもの巨体を爆炎が覆い隠す。視界が晴れるまで倒したかどうかは解らない。だが、それを確認する前に煙を切り裂き、灰色の触手が飛び出してきた。
「う、おっ⁉」
突如として出現した灰色の触手に一機の<ムゲン>が捕まる。触手に捉えられたまま空高く持ち上げられたかと思うと、<ムゲン>を捉えた触手が次第に力を増してゆく。
ギギギギギギ、という機体の悲鳴が辺りに響き、そのつど捕縛された<ムゲン>の装甲に亀裂が入り、不自然に形が歪み、崩壊してゆく。
「おおおおおおおおおおお⁉」
パイロットの断末魔と共に、一機の<ムゲン>が爆散した。紅蓮の炎と共にWSの残骸がパラパラと地面に粉雪のように舞い落ちる。
「なっ⁉」
熟練のパイロットは驚愕に目を見開く。第九世代WSの中でもスタンダードな機体である<ムゲン>は様々な地形や状況などに対応出来るように設計された万能型のWSだ。だが技術の進歩により年々WSのパワーは上昇してきている。
中でも<ムゲン>はその傾向が顕著で、内部パーツの改良によりそこらのビーストに対して武器を使用せずともパワー負けすることもないと考えられていた。
特に武装都市メガロの<ムゲン>はつい先日更なる改良を施されたばかりであり、そのパワーも前回と比べてもかなり上昇している。
その<ムゲン>をいとも簡単に握りつぶした事から、目の前の脅威である大型ビーストがどれほどのパワーを秘めているのか想像もつかない。
少なくとも。
現状、出そろっている<ムゲン>よりも上である事は間違いないだろう。それを察知した隊長は叫ぶように指令を出す。
「全員後退しつつ弾幕を張れ! あの触手には気をつけろ!」
パワーが違い過ぎる。圧倒的過ぎる。幾つもの戦場を駆けてきたからこそ解る。あのビーストは今まで彼が見てきたどのビーストよりも危険な物だ。それだけは間違いない。現状の装備ではどうにもならない。
爆炎の向こう側から現れた<アッシュグレイ>は先程とは姿がやや違っていた。球体の上部からは中から先程<ムゲン>を握りつぶした灰色の触手が何本も蠢いている。部隊が後退しつつ射撃攻撃を繰り出すも、光の障壁に阻まれて攻撃が届かなかった。
先程の第一撃もこの光の壁に阻まれたのだろう。<アッシュグレイ>の体には傷一つなかった。
稀に特殊な防御能力を持つビーストがいるという。
目の前の大型ビースト、<アッシュグレイ>はまさにそれに該当するものだった。
まずは体制を立て直さなければ――――、
と、部隊長が考えた瞬間だった。
無数の触手が一斉に襲い掛かってきた。一つをとっても改良した<ムゲン>を一撃で葬り去るほどのパワーを秘めているのだ。
呆然としている内に次々と味方の<ムゲン>が捕まっては爆散し、または薙ぎ払われては爆散してゆく。
味方の残骸を無残にも踏みつぶし、<アッシュグレイ>は前進する。
こちらの攻撃は通じない。加えて敵の攻撃は文字通り一撃必殺。
どうしようもないとはこのことだ。
「く、そぉ......!」
周囲の仲間は次々と薙ぎ払われるか握りつぶされるか串刺しにされるかで殲滅されてゆく。メガロ基地の方に連絡をする、が。手遅れかもしれない。この大型ビーストは確実に武装都市メガロなど踏みつぶしてしまう。
いや、メガロどころではない。<アッシュグレイ>は王都ハクロへと真っ直ぐに突き進んでいる。メガロを踏みつぶしてハクロへと侵攻するに違いない。
もしハクロが壊滅した場合、この国は終わる。
故に。
この化物をこのまま進ませるわけにはいかない。
「おおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」
雄叫びをあげながらひらすらにマシンガンを連射する。だが、放たれる弾丸はただただ光の防御壁によって阻まれるのみだ。
届かない。
<アッシュグレイ>はまるで最後の一人の必死の抵抗など存在しないかのように侵攻を続ける。二十本もの脚が重い地響きを生み出しながら大地を進む。
□□□
ハクロ基地での見学は続いていた。
ひとしきり基地内の見学を終えた後、配属後のスケジュールを確認する作業に入る。ハルトはコサックと共にWSについてのあれこれを聞いている。
そろそろ今日の予定を消化し終えようとしたその時、基地中に警報が鳴り響いた。嫌でも危険を感じるようなその音に驚くハルト。だが周囲の基地の騎士たちは迅速に状況確認などに向かい、非常時の為のそれぞれの持ち場につく。
「何が起こったのですか?」
ハルトはすぐにアイリスのもとへと駆けつけて状況を把握しようと努めた。アイリスは近くにいたコサックに状況を聞くと、ハルトにも知らせる。
「どうやらビーストが接近しているようです」
「ビーストが?」
「ええ。それに、先程わかったことらしいのですがメガロが超巨大ビーストに襲われたとの報告があがりました」
「メガロが襲われた⁉ 被害状況は?」
「解りません。どうやら都市機能が麻痺しているようで連絡がつかなくて......」
ゲーム時代にもハルトはメガロを訪れた事があった。確か武装都市という名だったはずで、ミッションの関係でフィールドとして駆けていた頃にはメガロの防衛システムによって襲われた経験だってある。
この世界でもその防衛システムが健在だったとするならば、それを突破した大型のビーストとは一体。
(まさか......<アッシュグレイ>か?)
ハルトが行ったゲーム時代のミッションの中に巨大ビーストから街を護れという種類の物があったような気がする。
いきなり上空から飛来したアッシュグレイの侵攻を止めろというもので、王都ハクロに侵攻されるギリギリの所で何とかクリアした記憶がある。
もしも。
そのミッションのくだりがこの世界でも再現されているとすれば。
「......ッ! まずい! お嬢様、今すぐここから......!」
ハルトの叫びも虚しく。
<それ>は、来た。
真っ青な空を切り裂くように巨大な影が王都ハクロから少し離れた場所に飛来した。ゴォォォオン! という巨大隕石が落下したかのような着弾音と共に地震が起こる。その振動は基地どころか王都全体を襲う。
落下してきたのは当然ながら<アッシュグレイ>だ。体には触手の代わりに翼のような物が生えており、バキバキと音を立てながら翼が千切れる。あれはどうやら使い捨てのブースターのような物なのだろう。
「きゃっ!」
「お嬢様!」
体勢を崩したアイリスをなんとか支える。しかし、状況は最悪だ。
<アッシュグレイ>はここにある<ムゲン>で対処するには厳しい。あのミッションでも専用の装備が支給されていたのだ。ハルトは近くにいたコサックに呼びかける。
「この基地に<キャッスルブレイカー>は幾つあるのですか?」
「い、一機だけです......つい先日、遠征に出た討伐隊が使用してしまって、もう予備もない」
「くそっ......」
この世界に来てからただ使用人として暮らしていたわけではない。ある程度、情報は集めていた。この世界ではビーストに対しては体内にあるコアを破壊すれば一撃で仕留める事が出来るようになっている(ゲーム世界ではHPゲージが存在していた)。恐らくこの<アッシュグレイ>も例外ではないのだろう。
対巨大ビースト用特殊装備にして拠点攻略用兵器である<キャッスルブレイカー>ならば可能だ。問題は一発しかないそれを的確に当てる事が出来るパイロットが今現在、この場にいるかどうかが問題なのだが......。
(まずは避難しないと......)
避難経路を確保しようとした矢先、格納庫に鎮座していたWS達が動き出した。もうすぐそこまで迫りつつある<アッシュグレイ>に向かって駆け出してゆく。
「その装備では無理だ! 敵は......!」
叫びも虚しく。
飛び出した三機の<ムゲン>は一声にマシンガンを放つ。だが、放たれた弾丸は<アッシュグレイ>の目の前に展開された特殊魔導防御壁、<A.I.P.F.>によって弾かれる。
「え、<A.I.P.F.>?」
ハルトによって庇われていたアイリスが隙間から戦闘の様子を視認していた。流石、部隊司令官を務めるだけあってその辺りの知識はあるらしい。
あの防御フィールドを突破するには<キャッスルブレイカー>が必要だ。少なくとも、WSで立ち向かうにはその方法しか存在しない。
だがそうこうしている内に射撃が止んだその瞬間、<アッシュグレイ>から数本の触手が槍のようにして伸び、<ムゲン>の内の一機の頭部を貫いた。バランスを崩したWSはそのままぐらりと仰向けに倒れる。
その衝撃波ハルトやアイリス達にも伝わり、衝撃はで飛ばされそうになるアイリスを必死で抱え込む。
状況は――最悪だ。
「コサックさん、<キャッスルブレイカー>はどこに?」
「武器収納庫に......って何をする気だ⁉」
「すみません。お嬢様を頼みます!」
「ハルトっ!」
アイリスの叫びに背を向けながらハルトは格納庫の隅に鎮座している<タケミカヅチ>に向かって駆け出した。現状、<アッシュグレイ>と渡り合えるポテンシャルを秘めているのはあの<タケミカヅチ>以外には存在しない。だがその<タケミカヅチ>にはパイロットがいない。ならば......。
主の前に跪くように鎮座する漆黒の騎士へと向かい、胸部にあるコクピットハッチを開ける。すると、コクピットブロックが外部にスライドし、そこに乗り込む。
今度はコクピットブロックを内部にバックスライドさせて、ハッチを閉める。
「......よし、カードが刺さったままだ!」
WSの起動には<起動カード>が必要となる。これはカードの形をした起動キーで、指定された溝に差し込むと機体が情報を読み取って起動する仕組みとなっている。
どうせ動かしても使いこなせないのだと刺しっぱなしのまま放っておいたのだろう。防犯上どうかとは思うが、今回はそれが幸いした。表面に雷のマークをデフォルメしたイラストが描かれている半刺し状態になっているカードをそのまま奥へと押し込む。
すると、コクピットモニタが点灯し機体の状態などが表示される。
操縦はゲーム時代と同じ二つの操縦桿と<思考操作>によって行われる。<思考操作>は脳のイメージを機体に反映させるという方式だ。
不思議と、ゲーム時では存在しえなかったこの世界のWSを動かす為に必要な細かい調整や知識は頭が既に理解していた。これがこの世界に召喚された事によるボーナス的な補正なのかは解らない。少なくとも、今はどうでもいい。
一瞬にして自分に合った機体の制御術式の調整を施すと、機体の状態確認に目を走らせる。
『システムオールグリーン。<タケミカヅチ>スタートアップ』
という文字がコクピット内に空中投影される。
ついに主を得た漆黒にして鋼鉄の巨人がゆっくりと立ち上がった。光る紫色の両眼は<アッシュグレイ>へと向けられる。動きに不自然な所は全くない。実になめらかな動きで武器収納庫をこじ開けて長い砲身を持つ<キャッスルブレイカー>を掴み取る。
コサックはその光景に驚愕した。
(普通は一週間以上はかかるあの機体の制御術式調整を一瞬で行った⁉)
<タケミカヅチ>はスペックを追求した<Xシリーズ>の機体である。それを制御する制御術式も必然と複雑にならざるを得ないし、実際にあの機体の制御術式の調整は本来ならば一週間以上の時間をかけて行うものだった。だが、あの少年はそれを一瞬にして書き換えてしまった。
動きに不備はない。
正常に作動している。
それどころか前回組んでいたものよりも遥かに良好だ。
改造ではなく改良。
(この基地の誰もが扱えなかったあの機体をこうも簡単に自分の物としてしまった? たった十七歳の少年が? 僅か一分にも、いや、三十秒にも満たないあの一瞬で?)
――――規格外。
それが、ハルト・アマギという存在のような気がした。
「あ、アイリスさん......あの少年はいったい......?」
アイリスは答えない。
いや。
答えられない。
あの少年が何者なのか、主である自分ですらわからないのだから。