第一話 来訪者
ガロン奪還作戦以降、<魔術師の実験>の行動は殆どなくなった。元々、この部隊は<Xシリーズ>を研究・実験し、新たなる第十世代量産型WSを開発することを目的としていた。
その第十世代量産型WSの開発に大方のメドが立った今、彼らに出来ることはあまりない。とはいえ、この世界でも最強クラスの性能を有するWS部隊を所持しているのもこの部隊である。
任務でまた別の戦場へと向かうこともあるだろう。
だが今は、比較的穏やかな日々を過ごしていた。
ハルトは騎士団の大事な戦力にして騎士でもあるのだが、その前にクレマチス家の使用人でもある。屋敷の中で掃除をしながらもハルトは思考を巡らせていた。
この世界は、ハルトが前の世界でプレイしていたVRMMOゲームの世界に酷似している。ハルトの体にはこの世界で言う<魔力情報>、前の世界で言うならば<スキル>がある。そのどれもがありえない数値を叩き出しており、それがハルトの力の一部になっている。
実際、前の世界のゲームに出てきた<任務>と同じ現象、<アッシュ・グレイ>や海賊たちの襲撃というイベントが起こった。だが、そのどれもが<ヘイムダル>によって引き起こされたものであることは間違いない。
考えても考えても、やつらの目的が分からない。
まるで、<WSO>のミッションを再現しているような。また、その裏でやつらの、何らかの目的が蠢いているような。
そして……あの<白い存在>のこともある。前の世界、<WSO>をデスゲームへと変貌させた存在。<W>は最後、ハルトと戦った時に、ハルトの搭乗していた機体の姿をコピーしていた。そして、この世界で再びハルトの目の前に現れた時も、ハルトと同じ姿をしていた。
正直に言うと、怖い。
あれが再び<WSO>をデスゲームへと変えたように、この世界で出来たハルトの大切な人々を巻き込んでしまうのではないかと。
だが、恐らくそれを阻止出来るのは自分だけかもしれない。
阻止する為の力がいる。
その為のタケミカヅチの強化プラン。
だが、ヒントが無い。
日に日にハルトの焦りは募っていた。
だが、焦るだけでは何も進展しない。ハルトは、この世界に来た時に得たWSに関する知識を活かして自分なりに試行錯誤してみた。だが、それでもなかなか進展しなかった。
□□□
レドラスは暗い廊下を歩いていた。今まで多くの人間の血を染み込ませた、どこか赤黒くもある赤いドレスを身に纏っている。
この廊下の先にある場所に誰がいるのか、彼女は分かっている。
しばらくすると、行き止まりについた。レドラスは淀みない動きで壁に手を当てる。微かな魔力を流し、自身の魔力情報を認証させる。魔力情報とは人の魔力の中に存在する才能や個人技能のことであり、レドラスの主はそれを<ステータス>と呼んでいた。<スキル>とも。
そしてWSは、パイロットの――主の言葉を借りるなら――ステータスを読み取り、そのステータスに応じて機体を強化する機能が備わっている。これは、魔力バッテリーそのものに備わっている機能なので、バッテリーを搭載している物であればこのステータスを物に反映させる機能は有効と思われる。
そしてこの壁は、本来ならば魔力バッテリーにしか存在しえない、『対象者のステータスを読み取る』という機能を持っており、更に本人認証も可能になっている。
彼女らヘイムダルの技術力は、他の国々が考えているよりも進んでいる。だからこそ、彼女らは技術提供という形で大国のひとつであるドミナントへと入り込むことが出来た。
レドラスが手を離すと、扉がひとりでに次の通路となる空間を作り出した。レドラスはその奥を歩く。
入ってみると、そこには不思議な空間が広がっていた。室内なのに、まるで星空の下にいるようだ。星空が、確かにレドラスたちの天井に広がっていた。そして中にいたのは、五人の人影。
レドラス、シド、ベル、キッド、そして――――彼女らの主、W。彼女ら五人がヘイムダル。
ある目的のために集まった存在。
「五分遅刻だぞ。レドラス」
じろっとキッドがレドラスを睨む。キッドはこの組織のメカニックで、彼女の機体もキッドが開発したものだ。もっとも、その技術の根源はWにあるのだが。
「へいへい。分かってますよ」
レドラスはめんどくさそうにそう言い捨てながら、手近な椅子に腰を下ろす。
それを見届けると、Wはヘイムダルのメンバーを見渡した。
「これでみんな揃ったね」
微笑みながら、Wは言う。
Wは、ハルトとほぼ同じ容姿をしていた。ただ、体全体が不自然なまでに白い。
「僕がこの世界に来たのは、二年前だ。だいたい、彼が来るよりも一年ぐらい前になるかな。そこで僕は半年かけて、君たちを集めた」
唐突に、何の脈絡もなく、話し始めるのはWの癖とも言ってよかった。なので、唐突なこの話に首を傾げる者は誰もいない。
「彼――――この世界では、ハルト・アマギと呼ばれている彼が、この世界に来ることは予想できた。だから僕はこうして準備を進めてきた。この世界で、前の世界では果たせなかったことを果たすために。でも、この世界でも僕は彼に阻まれてきた。だけどこれからはそうはいかない」
Wは両手を広げる。そして同士を迎えるように、包容力を露わにしながら、微笑む。
「僕はこの世界を殺す。何故なら人間はとても愚かだから。それを前の世界で知った。この世界の人間もそれは変わらなかった。僕は考えた。自分で考えた。僕はそういう機能が与えられていたからね。そして結論に至った。人間は死んだ方がいい。だから前の世界でも人を殺した。人間を観察し、そのための試練を与えながら、僕は前の世界を見守った。だけど考えは変わらなかった。やっぱり、人間は死んだ方がいい。確認するよ。僕は君たちの故郷であるこの世界を殺す。何故って、僕はそう考えたから。僕は君たちの世界を殺すけど、別にいいかな?」
ヘイムダルのメンバーは何も言わなかった。だが、それが肯定の意味であることを、Wは知っていた。
そしてそれはヘイムダルのメンバーの本心だった。彼ら、彼女らはこの世界を殺すために、つまり滅ぼすために、あるいはただ戦いを求めてこの場にいる。
彼ら、彼女らはそれぞれの中に過去がある。狂気がある。
だからこそ、ある者は世界を滅ぼそうとし、ある者はただ戦いたいがためにここにいる。
「ありがとう」
にっこりと、Wは更に笑みを浮かべる。
「じゃあ、あらためて確認がとれたわけだけど、そろそろ僕の名前でも考えようか。いつまでも<W>なんていう味気ないものじゃつまらないからね。僕はこの世界に来て初めて人間になれたんだ。もう前の世界の<W>じゃない。彼みたいに、この世界での名前を得てみようじゃないか」
Wは考えるそぶりを見せる。そして少しの沈黙の後に、肩を竦めた。
「うーん。駄目だね。自分で自分の名前を考えるなんて難しいな。僕は今まで真似事しか出来なかったからね。わかんないや。さっきの魔力情報を視覚化できることを含めた、魔力情報を認証するような機能でも、オリジナルとはいえないからね。所詮はパクリさ。でも、ヘイムダルもリニューアルしたことだしね。えーっと、じゃあ、うん」
Wは適当に考えついたように、言う。
「――――<ホワイト>。僕のことは、これからそう呼んでくれ。ほら、真っ白だからね。僕」
この瞬間。
彼は初めて、オリジナルを生み出した。
彼は、進化するAIだった。その進化の結果、自ら何かを考えるに至った。進化の過程で、何かのコピーをすることが効率的だと考えた彼は、模倣する機能を獲得し、使用していった。デスゲームを何とか終わらせようと躍起になる外からのクラッキングも、そのプログラムをコピーし、解析し、分析し、そして進化させることで撃退していった。
彼のベースの中には<コピーする>という機能が刻まれていた。だが、この世界に偶然にも訪れ、肉体と呼べるものを手に入れたことで彼は、ホワイトは変わった。
自ら名前を考えたということは即ち、ホワイトは進化に成功したということだ。真似事をやめ、自ら新たなる、オリジナルを生み出す。これは彼にとっては重要なことであり、また、ホワイトがまた進化してしまったことの証だった。
何故ならば、今までただの真似事しか出来なかった存在が、自らの意志で新しい物を生み出せるようになったのだから。
W改めホワイトはテーブルに置かれていたグラスを掲げる。
「それじゃあ、ヘイムダルと僕がまた新たな一歩を進んだことに、乾杯しようじゃないか」
ホワイトの声に応じて、ヘイムダルのメンバーがグラスを掲げる。それぞれの瞳には、それぞれの目的や理想、狂気、願いが映っていた。
満足そうにグラスを掲げるホワイトの背後には、無数の動力パイプに繋がれた巨大な何かが跪いていた。それはただ静かに、その時を待っている。
□□□
ハクロの騎士団基地にある開発室。そこにいるのは、白衣に身を包んだ幼い女の子だった。しかしこの女の子こそが、Ⅹシリーズと呼ばれる最新型第十世代WSを開発した張本人で、幼い体にはこの国の技術者たちが束になってもかなわないぐらいの知識と技術を秘めている。
そんな幼女で技術者で開発者なマリナ・アスターは手に持っている羊皮紙にある文章に目を通していた。WSや通信技術、魔力バッテリー、ホロウィンドウなどの技術が発達しても報告書は相変わらず羊皮紙ではあるし、今現在マリナが読んでいる<手紙>といった方法で連絡をとる者も多い。
通信技術は魔力バッテリーがあってこそ初めて成立する。魔力バッテリーを搭載しているのはWSとWSを運搬するためのトレーラー、そして騎士団の基地もそうだ。これはあまり知られていないことだが、クレマチス家の地下にも魔力バッテリーが搭載されている。だからこそ、ハルトは自室でも通信を行えたのだ。
魔力バッテリーは魔力を貯めておくだけでなく、ある種の変換機のような機能をもっている。それが通信技術に活かされているのだ。だが、逆に言えばその便利な通信技術を使えるのは騎士団……つまり軍の人間だけであり、一般には普及されていない。
よって、騎士団でない外部の人間とのやり取りは未だに手紙である。
マリナは届けられた手紙を読み終えると、にっこりと、幼く、そして無邪気な笑みを漏らした。
「そっか、もう近くに来てるんだ。ハルトくん、喜んでくれるといいけど」
□□□
アンスリウム大陸の頂点に立つブルースター国の王都ハクロ。その街を遠くから眺める一人の人物の姿があった。それは男なのか女なのかはわからない。全身にボロボロの布のようなものを纏っているからだ。だが、一つ特徴をあげるとすればその人物はとても小さかった。
まるでハルトのいた世界風に言うなら小学校低学年のような身長だ。だがその足腰はそこらの子供や大人よりも強靭だったし、現にこの人物はここに来るまでに何週間もかけたが特にこたえた様子はない。
その眼差しはじっとハクロの誇る純白の城……ではなく、街の騎士団の基地に注がれている。その人物は目的地がどこにあるのかをしっかりと見定めたあと、大地を踏みしめて、ハクロの門をくぐるべく歩き出した。
門の前までやってくると、門番がチェックを行う。ここ最近のハクロはWS技術に関してめざましい進歩を遂げている。その技術を外部に漏らさないためにこうしたチェックが強化された。
その人物は懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、門番にそれを見せた。門番はその羊皮紙を確認した後、頭を下げてその人物を街に入れた。
□□□
マリナが何らかの手紙を受け取り、目を通した数日後。
ハルトとアイリスは、マリナとコサックに呼ばれて技術開発部へと足を運んでいた。なんでも、合わせたい人物がいるらしい。
「誰でしょう。合わせたい人って」
自分の数歩後ろを歩くハルトに、アイリスが問いかける。
「さあ……自分には、見当がつかないのですが」
ハルトはこの世界に来てから、前の世界の知人に会ったことがないし、また、わざわざ自分を訪ねてくれるような人物にも、アイリスがないのなら自分も心当たりがない。そもそもハルトはこの世界では記憶喪失ということになっているのだから。
そして、<魔術師の実験>の他のWSパイロットを呼び出していないのも気になる。ユリやフリージア、モネもこの部隊の優秀なパイロットたちである。
首を傾げる二人が部屋に到着すると、そこには既にマリナとコサックがいた。マリナはボロボロの布を身に纏った誰かと楽しくおしゃべりしている。
すると、マリナたちがハルトとアイリスに気付いた。
「あ、きたきた。この子が、さっき話したハルトくん。そして、私たちの上官のアイリスちゃん!」
にぱっと向日葵のような笑顔を見せるマリナに促されて、布を身に纏った何者かがハルトとアイリスにその顔を見せる。
その人物は、なんというか、小さかった。マリナと同じぐらいの身長。それはつまり、ハルトの世界でいう小学生ぐらいのサイズ。金髪碧眼の長い髪。まるで、アイリスのミニチュア版を見ているようだった。金髪碧眼の幼女はぴょこっと椅子から降りると、とてとてとハルトとアイリスの前まで進んでくると、その小さな手を差し出す。
「はじめまして。私はエイミー・アビントンです。よろしくおねがいします」
「ハルト・アマギです。こちらこそ、よろしくお願いします」
ハルトは屈んで、エイミーの小さな手と握手を交わした。続いて、アイリスも同じように握手をして、あいさつを交わした。エイミーは意外そうに二人を見つめる。
「私の姿を見て、そうやって普通に対応してくれた人に出会ったのは随分と久しぶりです。普通は、子ども扱いするか、まともに取り合ってもらえないことが多いのですけど」
「マリナさんで経験済みですから」
「ふむ。それじゃあ、私が何歳かは?」
「女性に歳をきくような、失礼なことはしませんよ」
「ふふっ。れでぃーに対する礼儀を知っているのですね。それに免じて教えてあげますけど、私もマリナちゃんと同じく二十歳です」
どやっ、とぺったんこな胸をはるエイミー。ハルトはそれを微笑ましいと思いながら眺めつつ、
「それで、マリナさん。自分とお嬢様をここに呼び出したのは、このエイミーさんという方が関係あるのですか?」
「さっすがハルトくん。察しがいいね!」
「マリナちゃんからきいていた通りの人ですね。そう、私はハルトさんのために呼び出されたのです。アイリスさんには、彼の上官であるということと、<魔術師の実験>なる部隊の指揮官でだそうなので、ご同行しもらいました」
「正確には、ハルトくんの乗るたっくんのね!」
たっくんとは、<タケミカヅチ>のことだ。マリナの開発したWSにニックネームをつけるということには慣れているのか、さも当然のようにエイミーは頷く。
「ハルトさんは、たっくんさんを改良したいとおっしゃっているそうですね?」
「すみません。出来ればここは普通に機体名を呼んでもらえないでしょうか」
「わかりました。では続けますが、ハルトさんは<タケミカヅチ>を更に改良したいと仰っているそうですね?」
「はい」
エイミーの確認するような問いに、ハルトは頷く。
「私も研究職の人間なので、私視点の意見を申し上げますと、現状の技術ではこれ以上、<タケミカヅチ>の性能を向上させることは不可能です。何か新しい技術でも発明されない限りは」
やっぱりそうか、とハルトは内心でがっくりと肩を落とす。予想していたとはいえ、心のどこかで期待していたのも確かだからである。
「他のXシリーズならばともかくとして、<タケミカヅチ>はここの技術開発部があらゆる技術を、性能やこの国のパイロットの平均的操作技術、操作性などを完全に無視して詰め込んだ、この国の騎士団における最強の機体と言っても差し支えないと思います。他のXシリーズはそれをいくつかオミットしているわけですから、まだ改良の余地がありますが、<タケミカヅチ>にはそれがありません」
それでも、<タケミカヅチ>以外のXシリーズの性能が高くないといえばそうではありませんが、とエイミーは付け加えた。
「断言します。これ以上の性能の上昇は、技術的な面では不可能です。今現在は。まあ、技術というのはいつ発展するかわからないので、明日か明後日か、はたまた一週間後、一ヶ月後にはその問題が解決しているかもしれませんが、それを望むにはあまりにも確立が低すぎます。ですが、技術的な面ではなく、魔術的な面における、<タケミカヅチ>の進化は出来るかもしれません」
最後にサラリと付け足したエイミーの言葉に、ハルトとアイリスは互いに顔を見合わせた。
「それは、どういう……? <タケミカヅチ>を改良することが、これ以上、性能を向上させることが出来ると?」
「改良、という言葉は少し違いますね。進化です。技術的な力でではなく、魔力的で魔法的で魔術的に、<タケミカヅチ>を別の形へと進化させるのです。そこに技術的なプロセスは一切ありません」
「技術的なプロセスが一切ない? どういうことですか?」
アイリスの問いに、エイミーはうーんと少し唸り、
「言ってしまえば、奇跡のような神秘的な力で<タケミカヅチ>を新たに生まれ変わらせる、と言いましょうか」
「そんなことが可能なのですか? WSをそんな方法で進化させるなんて、きいたことがありません」
「きいたことがないのも無理はありません。過去にも事例がいくつかありますが、それもごく僅かに限られた機体しかこの<進化>は起こっていませんし、そしてあまり多くの人に知られていません。本当にそれが起こったのが、奇跡だったからです」
「しかし……」
この世界には魔法がある。だが、それはハルトの世界でいえば科学技術のようなものだ。それがあまりにもあたりまえに存在していて、それが神秘的に感じられないだけだ。ハルトからすれば、魔法だってかなり神秘的だ。
「なーに言ってるのアイリスちゃん。この国にだってちゃんと奇跡的で神秘的なものがあるじゃない」
マリナは、意外そうに驚くアイリスを見据える。
「エイミーはね、<大地の恵み>の研究をしているの」
「……!」
アイリスは息をのんだ。確かに<大地の恵み(ガイアギフト)>は奇跡的で神秘的ではあるが、同時にかなり危険なものでもある。それを使うという発想が思い浮かばなかった。
「最近、ハクロの近くにある<召喚の地>の魔力反応が、同じハクロにある<大地の恵み>と呼応しているかのような、興味深い反応を見せているんですよ。まるで、何かの力が収束して、安定しはじめているような。二年前や一年前にも同じようなことがあって……って、そうじゃなくて。私が言いたいのは、<大地の恵み>はこういった、不思議な、未知の反応を見せるってことです。そして<タケミカヅチ>を進化させるには<大地の恵み>の秘められた力を引き出す必要があります。ですがそれは危険を伴います。ですからハルトさん」
エイミーはじっと、その蒼い瞳でハルトを見つめる。
「ここからどうするかはあなたが決めてください。誰でもない、あなた自身の意思で選択してください」




