プロローグ
ガロン奪還作戦から一ヶ月後。
アイリスは、戦場にいた。魔力が飛び交い、WSが闊歩するようなところではない。
その真逆。
周囲にいるのは軍服に身を包んだ戦場に身をおくような者たちではなく、煌びやかなドレスに身を包み、美味なる料理に舌鼓をうつ貴族たち。
アイリス自身も、青のドレスに身を包み、その美貌を磨き、この場に参戦している。
上級貴族、戦のクレマチス家の当主の娘としてこのパーティに参加しているアイリスではあるが、アイリスはこの場があまり好きではない。
内心、思ってもいない社交辞令や、自分がいずれ手にするであろう権力にすり寄ってこようとする輩。そういった者たちの相手が疲れるのだ。アイリスとしては、はやく屋敷に戻って報告書に目を通したり、勉強している方がよっぽど有意義な時間の使い方だと思っているし、もっともっと自分を磨かかなければならないという焦りもある。
いつまでも、Xシリーズ……ハルトたちに頼ってはいられない。
もっと自分を磨かなければ。例えばもっと、艦の効率的な武装の使い方を考察するとか、効率的なWSの運用方法を考察するとか。
ガロン奪還作戦では、一部ではあるがCGタイプやフライトユニットを搭載した機体が確認されている。もう、こちらの陣営のアドバンテージは殆どなくなったようなものだ。
(ドミナント側に情報を渡した者たちがいる……)
ヘイムダル。
各地を襲撃してまわっている謎の武装組織。
主に<大地の恵>を狙っているということだけは分かる。だが、その真の目的が分からない。
ドミナント側へとフライトユニットなどの技術を与えた事の目的。
(作戦終了後、内部を調べた時に出てきた、コントロールルームにある大量の敵軍の兵士の死体……恐らく、あれもヘイムダルの誰かがやったことだとしたら……もしかすると、本当の目的は――――)
技術を与えたのも、敵軍へと取り入るためなのか。
(それもある。けど、コントロールルームから何らかの情報が抜かれていた事を考えると……目的を果たすために、ドミナントに潜り込んだ。大国に潜り込むというリスクを負ってまで、いったい何を……?)
あれからずっと考えていた。考えていたけど、分からない。
「どうしました? お嬢さん」
言葉をかけられてハッと顔をあげる。
目の前にあったのは、見るのもウンザリする、どこぞの貴族のお坊ちゃんの顔だった。名前は一応、覚えている。確か、色んな女性をひっかけていることで有名な顔のいい青年だ。特に女性関係には自信があるらしく、今も偉そうに、自信たっぷりとでもいいたげな表情をしている。一応。アイリスとしてもクレマチス家の娘として失態を晒すわけにもいかないので、失礼のないようにすることは心掛けている。
「難しい顔をして。美しい顔が台無しですよ?」
「ありがとうございます。気をつけますね」
ニッコリと営業スマイルを返す。こういった、下心丸出しの輩に絡まれないように目立たない、端っこの方で地味にするように心がけているつもりなのだが、どういうわけかいつもいつも、こういった輩に絡まれる。
(本当に、どうしてでしょう……)
内心、ため息が出る。
アイリスはどうやればこういった輩から見つからないようにすることが出来るのか、それもこういった場所に訪れるたびに考えている。だが、そんなアイリスの気持ちとは裏腹に、年齢を重ねる毎に寄ってくる。
「この間の、ガロンでの戦いは大活躍だったそうじゃないですか。まだお若いのに素晴らしい」
「いいえ。私の力ではありません。兵たちが頑張ってくれた結果ですわ」
これは本心である。あれは自分の力ではない。ハルトたちが頑張ってくれたおかげだ。自分は何もしていない。
「ははっ。謙虚なところも素敵ですよ。どうです? このあと、一緒に散歩でも」
「申し訳ありません。このあと、仕事がありますので……」
「根を詰めても、体に毒ですよ? 仕事なら僕がかけあって他の者にやらせておきますから。そういうのは下っ端に任せて、夜道の散歩を楽しみましょう」
このお坊ちゃんは馬鹿なのだろうか? 今、自分の国がどんな影響に晒されているのか理解していないらしい。
敵側にCG兵器やフライトユニットの情報が漏れたことは知らなくても無理はない。だが、先の戦いでこちらが受けた損害も知らないのか。
貴族とは、戦になった時に民を守るために、戦場の先頭に経つ役目を担う、王から権力を与えられた者たちのことだ。だからこそ、騎士団の情報を得ることが出来るはずだ。
だが、今やその使命を体現している貴族は少ない。
戦のクレマチス家と言われているが、そもそもそんなことを言われること自体がおかしい。
それを言うなら、全ての貴族がそうなるべきなのだ。
(こんな馬鹿が貴族だなんて……)
ため息を吐き出したい気持ちを必死に抑える。こんな調子では、いつ国が滅んでもおかしくはない。
それどころかもういっそ、一度滅んで更地から立て直した方がよっぽどいいのではないだろうか。
そろそろ強引にでも拒否しようと考えていたら、相手に腕を掴まれた。どうやら向こうも痺れを切らしたらしい。こんなところでこんなことをして本当にバカなのだろうか? と考えた。
が、その直後に貴族の青年の手を弾いた手があった。振り返る。
「お嬢様。騎士団の方でお知らせしたいことが。お時間、よろしいでしょうか?」
「え、ええ」
ハルトだ。その顔を見た瞬間、思わずほっとする。そのまま、ハルトはアイリスの手を掴む。痛くはない。アイリスを引っ張れる程度の、最低限の強さで掴んでくれている。ハルトに連れられて、アイリスはその場を抜け出そうとした。
だが、相手の貴族はそう簡単に逃がしてはくれなかった。
「まちたまえ。私はアイリスさんと話をしていた途中だ。君は一体、誰なんだね?」
「私は、クレマチス家に仕えるただの使用人です」
「使用人が出しゃばっていい場面じゃない。使用人なら使用人らしく、さっさとその人から離れたらどうだ?」
「お断りします」
貴族の言葉に、ハルトはきっぱりと首を横に振った。
「お嬢様のような素晴らしい女性を、あなたのように、強引に女性を連れ去ろうとする人の元に残すわけにはいきませんから」
その言葉だけで、アイリスは不覚にも顔が火照るのを感じた。顔が赤くなっていないことを祈りながら、そして手から伝わってくる少年の体温を感じながら、そのまま引っ張られていった。
やがて二人は人けのない中庭へとやってきた。ここで改めてため息をつく。ハルトはどこかに消えていて、不安になったところでまた姿を現した。手にグラスを持っている。
「お水です。どうぞ」
「あ、ありがと……」
冷静になって、さっき手を繋いでいたことを思い返す。そうすると顔が火照ったような気がしてきた。それをごまかすために水を一口。
「大丈夫でしたか?」
「ふぇっ。な、なんですか?」
「先ほどの方からお嬢様を無理やり引き離すようになってしまって。お嬢様が困っているように見えたものですから、つい出過ぎた真似をしてしまって」
「そ、そのことですか……大丈夫ですよ。むしろ助かりました」
アイリスは、夜の空を見上げる。そこには夜空に輝く星たちが散りばめられていた。
この一ヶ月の間に状況は一変した。
ドミナントは、ブルースターが手にしていた最新技術のほぼすべてを手にしていた。兵器の開発競争はますます激しさを増した。もうじき、Xシリーズのデータを取り込んだ量産機がロールアウトすることだろう。
これまでの第十世代に至るまでの開発技術のノウハウが蓄積してきたことで、開発スピードも日に日に増してきている。アイリスが進言したプランで作業の効率化が図られたという要因もある。
第十世代量産型WS。CG系の装備を標準装備とし、尚且つ、従来のXシリーズと比べていくつかの機能をオミットすることで誰にでも扱えるように、操作性の向上に成功した機体である。
(これでハルトたちの負担が少しでも軽くなれば……)
そうであってほしい。だが、この状況では――――敵に技術が渡ってしまった今の状況ではそれも難しいだろう。
「お嬢様」
「は、はいっ」
考え事をしていたところに急に話しかけられてつい驚いてしまった。見てみると、ハルトは真剣なまなざしをアイリスに送っている。
その瞳に思わず吸い込まれそうになる。思えば、ガロンでも最後にハルトをつい抱きしめてしまった。あの時は、どこか彼が放っておけなくて――――それぐらいボロボロで。敵のエースクラスとの連戦をこなしたのだから当然だと思ったけれど、どうもそんな感じではなかった。
(ま、まさかあの時の……つ、続きを!? でもでも、わ、私の方はまだ準備が……)
心臓がどきどきとうるさい。ハルトといるといつもこうだ。いつもこんな音がする。
それに、今はどこか雰囲気的に良いような感じもする。星空の下で、同い年の男女が二人っきり。
こういった経験に乏しいアイリスは、もういっそのこと目の前の少年にすべてを委ねてしまおうかと決心し、目を閉じた。
だが、少年の口からでた言葉は――――
「お屋敷に戻ったら、<タケミカヅチ>の強化プランについて、お話してもよろしいでしょうか?」
「…………………………………………はい、勿論です」
自分が考えていたものよりも、よほど現実的なものだった。
ガロンでの戦いの後、ハルトが突如として提案してきたこと。
それが、<タケミカヅチ>の強化プランだった。
データ収集という本来の役目を果たした<タケミカヅチ>ではあったが、その戦闘能力は現段階で存在する自軍の機体の中でトップクラスであり、また操縦者であるハルトの能力もトップクラスだ。
ガロンでも敵エースクラスを連続撃破に成功したことから、いきなり強化するというハルトの提案が不思議ではあった。アイリスが見る限り、ガロンでの戦い以降、ハルトはどこか焦っている部分がある。
それが、強化プランという提案に現れている。
二人は屋敷に戻ると、アイリスの部屋で改めて話し合った。今までのハルトはいったいどこで覚えてきたのかもわからない知識と技術で様々な最新技術をアイリスたちにもたらしてきた。それがCG兵器であり、フライトユニットである。
しかし、今回のハルトは違う。何故か、<タケミカヅチ>の強化プランに関しては、アイリスや開発部の意見も取り入れようとしている(今までもそうしていたものの、ハルトが殆どの基盤を作り上げていた)。
アイリスは知る由もないが、ハルトは異世界からやってきた人間で、この世界に存在するものの一般には認知されていない<スキル>を駆使して様々な技術を開発してきた。それらの裏には必ずどこかに新しい技術にひらめくための<きっかけ>があった。
だが、タケミカヅチという機体を更に進化させるにはそのきっかけが足りない。よって、ハルトはこの世界に来た時に得ていたWSの開発知識で、ゲームには存在しなかったオリジナル装備の開発に勤しんでいる。
そもそもこの世界が、ハルトがプレイしていた<Wizard Soldier Online>とは違うところが多々ある。向こうの世界に<タケミカヅチ>や<Xシリーズ>など存在しなかったし、クレマチス家だってそうだ。
CG兵器やフライトユニットは元々、向こうの世界には存在していた。だからこそ、ハルトはこの世界でそれを開発することが出来た。だが、向こうの世界に存在していなかった<タケミカヅチ>では、スキルに頼った開発は出来ない。
ならば、自信の手で、<タケミカヅチ>というイレギュラーを進化させるしかない。
しかし、それは容易ではなかった。何しろ元々、<タケミカヅチ>をはじめとする<Xシリーズ>は最新技術を詰め込んだハイスペック機であり、それを更に進化させるのは難しい。そこまでの技術がまだ完成していないからだ。
それはハルトもアイリスも同じ意見で、技術開発部からも現状は別の装備を作ることしか出来ないと判断した。
「ハルト。何度も話し合ったように、やはり現状ではこれ以上<タケミカヅチ>以上の機体を作り上げるのは難しいと思います」
「そうですね……そうとは、分かっているのですが……」
まただ。と、アイリスは思った。やはりハルトは焦っている。それが何なのか、アイリスには分からない。アイリスはハルトのことをよく知らない。記憶喪失だと自傷しているこの少年のことを、アイリスは知らなさすぎる。
今のアイリスに出来ることは、ただただハルトという少年の力になってあげることだけだ。例えそれが、僅かであっても。
「……技術というものはいつ先に進むか分かりません。もしかしたら明日にでも何か新しい発見があるのかもしれません。ですが逆に、そうでもない限り、未知の技術が新たに発見されるか解明されない限りは、やはり<タケミカヅチ>をこれ以上進化させることは難しいと思います」
解明されていない未知の技術。
例えば、ウィザードシステムと呼ばれるその殆どがブラックボックスに包まれているものがある。
「急いだってどうにもなりません。今は、まだ……」
「……はい」
ハルトがどうして急いでいるのかは分からない。今はどうすることもできないとアイリスは考えていた。
だが。
後日、思い知ることになる。
ハルトの焦りから始まった<タケミカヅチ>の強化プラン。
それが、正しかったことに。




