第9話 ガロン奪還作戦③
今のフリージアの中にあるのは『後悔』だった。
何故、あの時、あの日。
自分は、家族を護ってやれなかったのだろう。
今現在、キオネードが発動しているウィザードシステムは『雪』の魔法である。真っ白なキオネードのボディに青白い光を放つ吹雪が鎧を構築していた。
本来ならばこの鎧は純白の白となるが、鎧の上から更に魔力を上乗せしている為にその色はフリージアの魔力とおなじ、青白い光を放っている。
その鎧は雪のように白く。
その鎧はフリージアの魔力のように青白く。
その鎧は氷のように冷たく。
その鎧は少女の願いを体現したかのように――――固い。
それこそが、『キオネード・フルブリザード』
『ウィザードシステムだと……! 厄介なことになる前に叩く!』
驚愕するベルは驚くよりも早くまず体が反応した。ウィンターのCGバズーカランチャーが吠える。
だが、それはもう遅い。
このウィザードシステムはフリージアの『護ってやりたかったという後悔』から生まれた『今度こそ護りたい』という願いか形になったものだ。よって、フリージアのウィザードシステムの真髄は『護り』の願いから生まれた驚異的な防御力にある。
その護りの願いから生み出された鎧は――――、
『馬鹿な!』
――――高い火力を誇るCG兵器の一撃をも、拒絶する。
美しき氷の彫刻品と化したキオネードはもはやウィンターの持つCG兵器では傷一つつけられないまでのものとなった。
最早ウィンターに、今の鎧を纏ったキオネードを破壊する手段はない。
「…………」
キオネードが右手の西洋大剣を掲げる。敵のウィザードシステムによって凍結させていた氷を砕き、その上から新たにキオネードのウィザードシステムによって生まれた吹雪が剣を覆い、新たな剣を形作る。
背中のフライトユニットが息を吹き返す。同時に、青白い輝きを放つ魔法陣を展開すると同時に、弾丸のようにキオネードFBは駆け出した。
否。駆け出した、というより飛び出した、の方が近いのかもしれない地面をギリギリを低空飛行しながら剣を構えて突き進んでいるのだから。
とはいえ、ウィンターもただ何もしないわけではない。CGバズーカランチャーからウィザードシステムとリンクさせた、吹雪の一撃を放つ。それに対応するようにしてキオネードも大剣で空を裂く。すると剣から斬撃の吹雪が迸った。
二つの吹雪が激突する。
しかしそれもほんの一瞬。
キオネードの放った吹雪の斬撃はバズーカランチャーから放たれた一撃を容易く切り裂いた。
切り裂いたというよりも弾いたというべきか。
例え斬撃というような形に変えたところで、フリージアのウィザードシステムは『防御力』にある。それはキオネードに纏っている氷の鎧という形からも解る。
それを斬撃として放ったということはつまり例えるなら盾を敵に向かって放り投げたような感覚に近い。
つまり。
キオネードが放った一撃は敵の攻撃を防御したのだ。防御し、防いだことで敵の一撃は切り裂かれたかのようにして四散した。要するにフリージアは自らの防御力を攻撃力に転用したといえる。
対するウィンターのウィザードシステムは汎用性に長けたものであり、逆に言えば突出した点がないが為に同じウィザードシステムを持つ相手……特にフリージアやハルトのような特化型の相手には相性が悪い。
キオネードFBはその間にも加速を続けていく。その差は瞬時に詰められた。振りかぶったクレイモアを、ウィンターへと叩きつける。
それは、決意と後悔と憎しみが入り混じった一撃だった。
吹雪の盾を集約し、キオネードFBの一撃をガードしようと試みる。
確かに汎用性に長けた事が長所であり、その代償として特出した点をもたないウィンターのウィザードシステムではあったが、拡散する吹雪を一転に集約すれば擬似的にだが威力を集中させることが出来る。
「一度ならず二度までも……偶然発動できただけのウィザードシステムに、負けてたまるものかァ!」
ヴァオッ! と、吹雪と吹雪が激突する。
ウィンターの構築した光の剣とキオネードFBのクレイモアがお互いを弾き返し、弾きだす。
衝突時の衝撃で距離が離れた二機は再度、大地を蹴って疾走する。
刃が交錯し、互いの願いが、思いが、魔力が、衝突する。
瞬間。
キオネードFBが跳躍した。
空中に逃げても無駄だと言わんばかりにウィンターも背中のフライトユニットを起動。後に続く。
「――――!」
しかし、次の瞬間にベルの視界に飛び込んできたのは、背中に吹雪を終結させるキオネードFBの姿だった。集められた吹雪は次第にその姿形を生み出してゆく。
現われたのは、合計六枚に渡る翼だ。
氷の翼。
方翼に三枚。
計六枚の氷の翼。
雪の鎧を身に纏った戦士が、空を駆ける。
空を切り裂く。
空を統べる。
スピードや旋回能力などといった飛行時における能力はキオネードのカタログスペックを遙かに上回っていた。背中にある氷の翼はそれぞれが飛行術式をもった言うなれば追加ブースターである。
更なる速さを獲得したキオネードに、ウィンターはただ翻弄されるのみ。
キオネードFBが変形する。
氷の不死鳥のような姿をしたキオネードFBの飛行形態は急上昇したかと思うと次の瞬間には急降下し、機首のクレイモアの刃から吹雪を撃つ。
大型CG兵器の一撃すらも凌ぐその超火力の一撃を回避したウィンターであったが、攻撃範囲が広い上に速くもあった攻撃に損傷は免れなかった。右肩の一部を損傷し、バランスを僅かに崩す。
しかしそれを瞬時に建て直すベルも非凡な才能の持ち主であったが、それでもほんの数瞬の隙が生まれてしまったのは仕方がないといえよう。
現状において。
フリージアが相手を叩き潰すのに、その数瞬で十分だった。
キオネードFBの背中の翼が輝きを放つ。青白い、魔力の輝き。それは『マナ・ソニック』による輝きだった。魔力の輝きがこの氷の鎧に包まれた戦士を、更なる高みへと導いてゆく。
翼から光が溢れ、新たに光の翼が顕現する。
まるでバーニアから炎が噴射されるかのように氷の翼から迸るそれは青白い輝きを鎧と共に放っていた。
加速する。
剣を両手で構えて爆走するキオネードFB。
それを迎え撃つべく、ウィンターもフルパワーでCGと併用させたウィザードシステムによる一撃を、放つ。剣から発せられるマナ・ソニックの輝きが、キオネードFBの防御力を攻撃力へと変換し、フリージアの想いを形にする。
輝く剣が、吹雪を裂いた。
溢れんばかりの魔力の奔流が周囲に拡散し、辺りを手当たり次第に壊しては凍結する。だがその中央で、二つの機影が重なった。
キオネードFBの持つクレイモアが、ウィンターの右腕を貫き――――爆散させた。
機体にかかる衝撃を利用して飛び退くウィンター。既にウィザードシステムは時間切れだった。それを見逃すフリージアではない。すぐさま氷の翼を展開。大地を蹴って加速し、損傷して撤退行動を開始したウィンターに迫ろうとするも、途端に機体がパワーダウンした。
ガクン、と力が抜けたかのように、糸が切れた操り人形のように、その場に膝をつくキオネードFB。
「!? どうしたキオネード!」
異変を感じたフリージアは空中投影されているウィザードシステムの画面を見てハッとし、思い出す。
このシステムには制限時間があり、この突如として起こったパワーダウンもシステムの限界時間がやってきたということに気づく。
魔力も大量に消費してしまったので一度、母艦に戻って魔力の補給を行わなければならない。
そんなことを思いながら、手の平から去ってゆくヘイムダルという組織の『手がかり』に未練を残さずにはいられなく――――、
(……レドラス)
同時に、自身の故郷を襲った張本人の名を、深く胸に刻みつけた。
□□□
アマテラスは飛行形態となり、戦場を搔き乱していた。空中から味方を援護しつつ、瞬時に敵に接近すると抜刀して近接用ブレードで切り裂く。
その間にもコクピット内に流れ込んでくる戦場の情報を逐一把握しながら、別部隊の援護に回る。
近接戦闘が主体のタケミカヅチやキオネードとは違い、射撃武器による一撃離脱を得意とするアマテラスはこの戦場においてサポートという役割に最も適している機体であった。
(フリージアがヘイムダルのWSと交戦……ウィザードシステムの発動に成功、か。無理してなきゃいいんだけど、って。もう遅いかな)
この部隊に配属される前。
同じ初の可変機パイロットとしてフリージアとモネは組まされたことがある。
キオネードとアマテラスの性能実験の為だったのだが、その頃のフリージアが何か――後に復讐ということが分かったのだが――を目的として、すさまじい気迫と執念で敵を撃破しているその光景が今でも目に浮かぶ。
それだけに、実際にヘイムダルという家族の仇の組織と対面した時のフリージアの反応は容易く想像できる。
普段から出来るだけフレンドリーに、そして積極的にスキンシップを心がけて少しでも心をほぐしてあげようとしているものの、それもいまいち効果がない。頭にくらう拳骨の痛みが増えるだけだった。
(かといって、今のままだとフリージア、危なっかしいしなぁ……)
地上から対空砲火を仕掛けてくる敵を一機一殺、CGライフルで撃ち抜きながらそんなことをボンヤリと考える。
モネ・アマリリスは幼い頃から他人の幸せを見ているのが大好きな少女だった。
家族連れが笑っていたら自分も笑顔になる。
カップルが幸せそうにしていたら自分も幸せになる。
そんな少女だった。
最初は他人の幸せを眺めているのが大好きだったのだが、次第に自分から動くようになった。
自分から、誰かが笑顔になるように動くようになった。
例えば一緒にお話をしているメンバー間の空気が若干暗くなったらわざとふざけてみせて空気を明るくしたり。そういう行動の影響か、モネは周囲には明るい元気っ娘のポジションと認知された。
それでいて、自分のことは疎かだった。
そのせいかどうかは分からないが、今こうして戦場に身を置いている。
自分が戦うことで誰かの平和が守られるならそれでいい。
そんなある意味、異常な考え方をするようになったのはいつ頃からか分らない。
そんな考え方は現在進行形で、フリージアという危なっかしい少女を見守っているに至る。自分でもどうしてこんな性格になってしまったのかは分からない。
しかし特に考える必要性を感じないし、それだけ今の状態が自然体とも言えた。それが異常であることも何となく自覚しながら。
自己犠牲。
その言葉がモネの中ではすとんと落ち付いて座り込んでいた。
自己犠牲をデフォとするモネは戦闘中においても考えるのは自分以外のことで、その中に自分の命のことは入っていない。戦場では誰もが生き残るために戦っているのだが、モネの場合は誰かを生き残らせるために戦っているといっても過言ではない。
他人の、どこかの誰かの動き。
それに敏感なモネはいち早く気づく。おそらくアイリスよりも。広大な戦場というボード盤の片隅に起こった僅かな異常。
(近くで味方の部隊が襲撃を受けた?)
味方の信号が、消える。
消える。
消える。
消える。
消える。
消える。
「――――!?」
味方の信号の消失はまるで台風か何かが通り過ぎた後のように、何かがこちらに向かってくる軌跡を描いているかのように広がっている。否、繋がっているというべきか。
それは真っ直ぐにこのアマテラスへと向かって突き進んでいる――――!
「うにゃっ!?」
慌てて機体を変形させて、同時に抜刀。腰のブレードを展開して突っ込んできた影の攻撃を受け止める。ギィィィン……! と、刃と刃の激突する音が戦場を震わせた。
その影、WSはミッドナイトブルーのボディカラーをしていた。獣のようなフォルム。両手のオレンジ色に輝くブレードクロー。間違いない。
「ヘイムダルの……シド!」
『正解ッ!』
モネの言葉に応じるその声。間違いない。音声データで耳にしたシドというヘイムダルのメンバーその人だった。
『チッ。どうやらハズレみてぇだな。本当はあの黒騎士のガキと殺りたかったんだけどなァ』
「あーはいはい。悪かったねハズレ……で!」
パワーを上げて敵を弾き飛ばす。同時に、左手でCGライフルを発射。だがファングはまるで空中サーカスをしているかのような身軽な動きでそれをかわし、ライフルの一撃は虚しく空を裂くのみだった。
「ハッ。俺はお前でもぜんぜん構わねぇぜ? 楽しませてくれるならな!」
「それはこっちのセリフだよっ!」
敵はフライトユニットを装備している。先ほど流れ込んできた情報通りだ。だが、このアマテラスはフライトシステムを装備したタケミカヅチとカグツチから得た実戦データを元に開発された飛行能力の向上を目指した機体である。
空戦能力という一点においてはスペック上、全Xシリーズ中最強を誇るタケミカヅチすらも上回る。
飛行形態に変形と同時に加速。魔法陣を空に残し、ファングの頭上へと急上昇し、急降下。両サイドに取り付けられたCGライフルで襲撃するが、ファングはCGライフルの火線を見切っているかのように機体を僅かに傾けるなどの最小限の動きで回避する。
直後に食うを蹴って加速し、両手のブレードクローをオレンジ色に発光させたかと思うと、その鋭利な爪をアマテラスに抉り込むようにして放つ。
対するアマテラスはCGライフルが当たらないと解ると変形。そして抜刀。この機体に搭乗してから幾度繰り返したかも解らないような高度なテクニックでブレードクローの刃と激突する。
アマテラスとファング。
魔術師の実験とヘイムダル。
騎士と傭兵。
激突する両者。その第二幕が、始まった。




