第6話 ハルトの記憶
戦闘が終わり、艦内は一時の休息を取り戻した。とはいえ、実際に休んでいる暇はない。機体をすべて収容したあともクルーたちの仕事は残っている。
艦の被害状況の確認や破損個所の修復。
先の戦闘で得たデータを解析したりと、なまじデータ収集を目的とした実験部隊なだけにやることは通常の艦よりも多い。それだけに本当の意味での休息が訪れたのは夜になってからだった。カブリオレはその頃に補修も済んでようやく動き出した。
今回は外装の補修が主だった為に修復作業中は迂闊に動くことはできなかった。
しかし、戦闘のことは想定していなかったわけではないので日程的にはまだ余裕はある。よって、現状で先決なのはこの後に控えているであろう作戦を万全の状態で挑めるように艦をしっかりとベストの状態に戻しておくことだ。
そしてアイリスは、自室で今回の戦闘で使用した艦の兵器データを閲覧し、それを元に今回の戦闘におけるレポートを作成していた。この艦に積まれている武装はどれもこれもが試作品ばかりで(安全が保障された正式採用のものも当然のことながらあるが)、こうして戦闘で使用した後は収集したデータを逐一チェックして細かく記録を残しておかなければならない。
それは別のクルーの仕事(主にマリナやコサックなどといった技術チームの)ではあるが、状況に応じてそれを使えと指示を飛ばすのはアイリスである。
今回使用したのは迎撃用装備と、『タキオンミサイル』、主砲である『コンヴァージェンスバースト』だ。迎撃用装備は既に他の艦でも正式採用されているものを使用したのでデータのチェックは今更するまでもない(とはいえ、最新のものを使用しているが)。
今回収集したデータを確認したいのは『タキオンミサイル』と『コンヴァージェンスバースト』といった二つの試作兵器だ。
今回の戦闘を切り抜けられたのはこの二つの兵器があったからこそだといえる。
まず『タキオンミサイル』。これは『タケミカヅチ』から得た戦闘データを元に開発されたもので既存のミサイル以上の威力はもちろんのことミサイルそのものの速度も上昇している。それだけでなく、弾頭に魔法の術式を埋め込むことで着弾点に魔法攻撃を仕掛けることができる。とはいえ、これはまだWS相手に決定打になるものではない。あくまでもミサイルとしての威力で敵を落とすことになる。また、『タケミカヅチ』のデータをもとに製造されたために雷属性は固定。埋め込む術式によってはミサイルの威力を殺すことになる。
そして主砲、『コンヴァージェンスバースト』。『カブリオレ』の持つWS一機ではとうてい持ち得ることのできない膨大なエネルギーを供給源と魔力収束技術の結晶とも言えるこの主砲は仕組みとしては他のコンヴァージェンス兵器となんら変わらない。魔力を収束させて威力・貫通力をともに高めて、撃つ。それだけだ。
だが、単純な仕組みの割にその威力は絶大だ。現に先の戦闘で放たれた一撃は大地を裂くほどの物だった。これは一撃で大量の魔力を消費する。しかしその代償に見合うだけの威力をもっているし、この艦の切り札ともいうべき装備だ。
しかし、『コンヴァージェンスバースト』はまだ真の力を発揮していない。この兵器は『カグツチ』と組み合わせてこそその真価を発揮するが、それはまたの機会で良いだろう。
これら二つの実戦使用におけるデータは収拾に成功した。今後も他の武装のデータを集めていくことになるだろう。
そしてその先にあるのは――――、
「…………」
アイリスは別のデータに目を通す。そこにはWSの開発設計図の図面と文字の山。
一ページ目にはこう記されてある。
・第十世代ブルースター騎士団新型量産機開発計画について
そもそも、前提として『タケミカヅチ』をはじめとする現行の『Xシリーズ』は第十世代WS開発を目的とした実験機だ。
その目的は第十世代量産型WSを完成させること。そのためのデータ収集は既に大半が完了している。よって、次なる段階として第十世代量産型WSの開発が既に始まっている。
第十世代WSと認められるには二つの条件がある。
一つが高性能であること。
これには厳密な数値が定められており、基準値を超えることができればクリアだ。
二つ目は『A.I.P.F.』と『フライトユニット』を装備していること。
一つ目の性能面に関する問題はもうほぼクリアしている。だが、現状、第十世代WS開発で最も高いハードルとされているのがこの二つの技術の搭載だ。
ただWSに積むだけならばできる。現に第八世代の『カーディア』には特殊仕様の『A.I.P.F.』を既に搭載している。しかし、問題はそこではない。
これらの装備を搭載した末に待っているのは『稼働時間』の問題だ。
新技術である『A.I.P.F.』と『フライトユニット』効果も絶大ながらそのコスト、つまり魔力消費が大きい。これを解決するにはもう少しこの二つに改良を加える必要がある。
だが、現状においてアイリスが気にしている問題はこの他にもあと一つ。
別の画面に切り替える。
そこに映し出された文字はこう書いてあった。
・ウィザードシステム調査報告書
ストックキャニオンにおける謎の傭兵……否、『ヘイムダル』なる武装組織が操る独自開発されたであろうWSが使用していた謎のシステム。
土壇場でハルトが『タケミカヅチ』に搭載されていたシステムの発動に成功。
驚異の性能を発揮して『ヘイムダル』のWSを迎撃。
その後、調査が行われて解ったことといえば『Xシリーズ』に共通して使用されていた『ウィザードギア』と呼ばれる特殊パーツが原因であるということと、この『ウィザードギア』は解析が現段階では不可能になっている点だ。
というのも、機体のコクピット付近に使用されているこの『ウィザードギア』を一度取り外して解析を試みたものの結果は芳しくない。
どうやらパーツ表面に特殊にして強力な魔法がかけられており、マリナにさえも完全に解析できなかった。それが示すことはつまり、お手上げである。
だが、解析が出来なかったとはいえ端だけは掴めたようで、『タケミカヅチ』のコクピット内部を僅かながらに改良。専用の端末を設け、ウィザードシステムを起動可能にするシステムを構築した。
これにより、突発的に発動したウィザードシステムをいつでも発動可能の状態にすることはできた。
とはいえ、マリナが構築したのはあくまで『待機状態』までだ。発動にはもう一つのキーが必要となる。
それが、搭乗者の魔力情報である。
ウィザードシステムを発動させるには搭乗者の魔力を機体に読み込ませる必要がある。だが、発動に必要な魔力は特殊なものであり、魔力の『質』を変化させる必要がある。
量を増やすのではなく、質を変化させる。
言ってみれば絵具の色を青から赤に変化させるような。
魔力の質を変化したことは恐らく誰にだってある。なぜならば、魔力は感情によって左右させやすい面もあり、例えば怒ったり悲しんだりすることで魔力の質は変化する。その感情が大きければ大きいほどその変化は大きく、逆に小さければ小さいほど質の変化も微弱だ。
(――いや)
もう一つ。
何らかの特殊な魔法による魔力変化。
上級の魔法を扱うともなると魔力の性質変化を求められることは稀にある。自身の魔力の性質を変化させて初めて発動可能な魔法もあるのだ。よって、訓練次第では性質変化は可能である、が……。
(あの時のハルトに感情の変化……怒ったり悲しんだりしたような変化は見られなかった)
戦闘時のハルトはいつも冷静で。落ち着いていて。
たまに焦ることはあるけれど、だけどそれでも――余裕がある。
まるで、命のやりとりを何度もしてきたかのような。
(でもシステムは発動した。ということは……)
ハルト・アマギという少年は恐らく、アイリスですら知らない奥の手……上級魔法を扱える。
それも魔力の性質を変化させるほどの上級中の上級の魔法を。
事実。あれ以降、ハルトは特殊性に特殊性が多重に絡んだシステムを難なく発動している。WSを起動させるために必要な『スタートアップカード』とは別にある待機状態にする為に必要な『スタンバイカード』を差し込み、起動状態にするとすぐにシステム発動。起動失敗に陥ることもなくそのまま発動を成功させている。
彼が上級魔法を扱えるのは間違いないだろう。
それはつまり、彼はアイリスにも言えない何かを隠している。
記憶喪失だと聞いていたし、もしかするとただ体が覚えているのかもしれない。
だけどそれでも、アイリスは何となく、ハルトが何かを隠しているのだと、そう思った。
□□□
自身の主がそんなことを考えているということは知らず、ハルトは自室でベッドの上で横になっていた。こうして落ち着いていると、これまでの日々のことを思い返すのはもはや日課といえる。
この世界に来てからもう十ヶ月近くになるのだろうか。
あのゲーム、『Wizard Soldier Online』をプレイする前はまさか自分がこんなことになるなんて夢にも思わなかった。
ハルトは元々、中学生だった。
二年生になった春。当時、十四歳だったハルトはただのアニメや漫画やゲームが好きな、ただの子供だった。いろんなアニメを見たりして、ロボットアニメを見て、ロボットが好きになった。
たまにプラモデルも作るぐらいだったが、当時普及していたVRMMOゲームにロボットジャンルのゲームが発売すると聞いてすぐに興味を持った。
購入して、棚に飾ってあるロボットのプラモデルを見て、これからロボットのパイロットになれるんだと希望に胸を膨らませて――地獄へと叩き落とされた。
あの世界のVRMMOすべてを管理していたAI『W』。
それが突如暴走して『Wizard Soldier Online』がデスゲームと化した。他のゲームも同様だったのかは定かではない。
そこから三年の日々は死と隣り合わせの日々だった。
システムとしては『ブルースター』、『ドミナント』という陣営が対立しているという物だったが、デスゲームとなってもそれは変わらなかった。
強制的に両陣営が戦わなければならないようなイベントこそなかったものの。
陣営が違う。
それだけで人々は対立した。
突然デスゲームに放り込まれて精神的に不安定になっていたのもあるだろう。
味方は自軍だけ。それ以外は敵。
気がつけばそんな状況になっていた。自軍以外の人間を信じられなくなるようになった。
そんなことになってからは同じ人間でありながら敵軍……つまりドミナント側のプレイヤーとも闘うようになった。ハルトはその時にもう自分の手を血で染めている。
殺らなければこっちが殺られる。
デスゲームという名の地獄でそれは学んだ。
しかしそれと並行してAIとの闘いは続いていた。
AIが提示したこの世界から抜け出すための条件は、『プレイヤー軍』の勢力進行度を100%にし、自分(この場合はAI)を倒せという物だった。
ブルースター、ドミナントを問わずプレイヤーがミッションを成功させるごとにじわじわと『プレイヤー軍』の勢力進行度が上昇し、それが100%に達した時、最終ミッションが現れた。
ブルースターとドミナントは勢力進行度が90%を超えた時点で互いに手を取り合うようになった。
最初は90%を超えると発生するシステム的な条件で手を組んだに過ぎなかったが、最終的には共に闘う戦友となっていた。
そこからは色々な闘いがあり、多くの戦友たちが死に、仲間たちの想いを背にしてハルトは最後の闘いに挑んだ。
そして、この世界へとやってきた。
あれから仲間たちはどうなったのか。気にならないわけではない。
だが帰還方法が解らない以上、今はこうして体を休めて目の前の闘いに備えるしかない。
(あの時、お嬢様に拾ってもらえなければ今頃どうなっていたか……)
本当にアイリスには感謝している。
もしもあの時、あの場所にアイリスがいてくれなかったら自分はこうしてベッドの上で体を休めることも出来なかっただろう。
それについては心の底から感謝している。ハルトはあのデスゲームの経験を経て生きたいと願うようになった。今まで死んでいった者たちの為にも、生き続けたいと願った。
だからアイリスには感謝してもしきれないし、それと同時に一人の女性として尊敬している。
家や周囲の期待に応えるために、そして与えられた役割をこなす為に努力を続ける賢明な姿を見てアイリスが自分の主でよかったと心の底から思っている。
デスゲームから抜け出して(ある意味で、だが)生きたいという願い以外に目的もなかったハルトの今の目的は尊敬するお嬢様にただ仕えることのみ。
(そうだ……その為にも今はちゃんと体を休めなきゃな……)
昔の記憶を遡ることを止めたハルトはふっと瞼を閉じて睡眠をとろうと――、
りぃぃぃんと、室内に鈴の音が鳴り響いた。これは来客用のアラームだ。ハルトはこんな時間に誰だろうと思いつつ、扉の魔法ロックを解除する。すると外から現れたのは、一人の男だ。
「バレル、さん?」
「……ちょっといいか」
ムスッとした顔のバレル・ローガンである。
「なんでしょうか?」
この即座にこの十ヶ月で身に付けた敬語に切り替える。
「いや……なんつーか……」
言いにくそうにするバレルの様子を見て、ハルトはこの男が何を言いたいのかを察した。
「そういうことは本人に直接仰ってはいかがですか?」
「うっ! な、なんのことだよ。俺はお前に話が……」
「お嬢様に謝罪したいんでしょう?」
ストレートな言葉にバレルは一瞬、息を詰まらせるが、やがてあきらめたかのようにため息をついた。
「なんで解るんだよ……」
「そりゃわかりますよ」
あっけないハルトの物言いにますますため息をつくバレル。とりあえずハルトは中で座ることをすすめて、バレルが切り出した。
「……昨日は悪かった」
「いや、だから自分に言われても困るだけなんですけど」
「言いにくいんだから困ってるんだろうが。それに……お前にも謝っときてぇからな」
バレルは一呼吸おいて。
「悪かったな。お前のお嬢様をコケにするようなこと言って。ありゃコネでもなんでもねぇ。正真正銘、実力で選ばれた……艦長だ」
艦長。
バレルがその言葉をアイリスに向けて使うということは、彼なりにアイリスを認めた証拠だろう。
「わかっていただけましたか」
「ああ。参った。降参だ。あそこまで巧くカブリオレを使われちゃこっちも認めるしかないだろうがよ」
カブリオレはそれを運用する部隊の性質上、データ収集能力が高い。よって、周囲の地形のスキャン能力は現時点で世界最高峰と言える。それを利用して咄嗟に利用できるものを見つけ出し、さらに最小限の武装で突破口を見出した。
最初からフライトシステムを使用しなかったのも、この後の航行に支障をきたさない為にエネルギーを温存しておくためだ(艦を飛ばすだけのフライトシステムはWSとは比べ物にならないぐらい膨大な量のエネルギーを消費する)。この先、目的地に着くまで何度戦闘があるか解らない。
「そこまで認めているならやっぱり本人に直接――――」
「だからお前が伝えておいてくれ。話はそれだけだ。じゃあな」
バレルが席を立つ。そこでハルトは、
「もしかしてバレルさん、女性が苦手ですか?」
むせた。
ハルトではない。バレルがだ。
「ちょっ、なっ……! に、苦手じゃねえよ!」
「お嬢様はお綺麗ですからね。バレルさん、もしかして女性を前にすると緊張してしまうんじゃないですか? でも怒っているときは大丈夫なんですね」
「う、うっせえ!」
ドカドカと音を立てながら出ていくバレルにハルトは思わず苦笑する。
それから約一週間後。
カブリオレは無事、目的地であるガロンへと到着した。




