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第2話 幻の実験機

 結果的に。

 春人がやってきたこの世界は<Wizard Soldier Online>に似た世界だと言う他なかった。

 現実世界でも仮想世界でもない。

 ――異世界。

 この世界がそれだという事を自覚するのにはしばらくかかったが、WSを見た瞬間に何となくだが自覚せざるを得なかった。

 何故この世界に来たのかは解らない。だがこうなってしまった以上、この世界で生きていくしかない。

 春人は<ハルト・アマギ>として貴族であるクレマチス家の使用人として雇ってもらえることとなった。アイリスと歳が同じだということもあって護衛も兼ねて行動を共にすることにもなった。

 幸い、仮想世界でのステータスを受け継いでいるので腕っぷしに関しては不自由することはない。

 <Wizard Soldier Online>は基本的にはWS戦がメインとなるが、アバターでの白兵戦もある。基地内に侵入するミッションも存在していたし、その度にハルトは敵と闘ってきた。

 魔法と言う要素も取り入れていたこともあり、魔法の使用も可能で、とりあえず護衛としての条件は満たしている。

 そんなハルトのご主人様であるアイリスはどうやら国の騎士団......つまりは軍の近々立ち上げられる実験部隊の指揮官に抜擢されたらしい。

 ハルトがこの世界に来てから三ヶ月が経ち仕事にも段々と慣れてきた頃。

 明日はアイリスが務める基地の下見に行くことになり、ハルトもその準備に追われていた。一人、屋敷の廊下を歩いてアイリスの部屋へと向かう。

 アイリスが騎士団の実験部隊の指揮官として配属されればその日からアイリスとはお別れだ。いくら護衛の使用人と言っても流石に基地までついていくことは出来ない。

(WSか......そういえばもう三ヶ月は触れてないんだな)

 デスゲームに囚われていた頃は毎日のように愛機のコクピットに搭乗し、触れていた。あの頃が少し懐かしいが、今の生活に不満があるわけではない。

(お嬢様は可愛いし、食事は美味しいし、お嬢様は可愛いし、言う事ないよな)

 強いて言えば少しぐらいこの世界のWSを見学したいという事ぐらいだが。

 <Wizard Soldier Online>は自由に自分の機体をカスタマイズして世界でただ一つだけの、自分だけのWSを作ることが出来る。

 故にプレイヤーによって機体はそれぞれだが、この世界ではそうでもないらしい。国の正式量産機という物が存在しそれはゲーム中でも味方NPCが乗り込んでいた物だった。ミッションの中には味方NPCを護れだとか逆に敵NPCを破壊しろだとかいうものもあったので何となくブルースター、ドミナントの量産機は覚えている。

 部屋の前につくと同時に軽く数回ノックする。

「どうぞ」

 お嬢様の許可も出たところでゆっくりと、それでいてきびきびと部屋の中に入る。

「失礼します。お嬢様、明日のスケジュールのご確認を」

「わかりました」

 机に向かっていたアイリスの元に明日の予定を記した紙を渡す。明日は朝からハクロ基地へと赴いて配備予定のWSや基地の中を見学する予定だ。アイリスが部隊指揮官を務める実験部隊は軍が製造したWSの試作機の性能を試すための部隊だ。

 その主な任務はデータ収集ではあるが、実践データも必要としている為にビースト討伐や敵国である<ドミナント>との戦闘も必要とあらば赴くことになる。

 とはいえ。

 この実験部隊は設立されたばかりで現在も部隊指揮官がアイリスに試作機が一機だけという状況で、実戦を行うにはまだ先は長そうだ。

 そもそも貴族出身のお嬢様が司令官を務める部隊というのも珍しい。

 これからどうなるかまだまだ解らない。だからこそ事前準備は入念に行うべきで、明日の見学もその一環だ。

(試作機のWSか。ちょっと見てみたいな)

 使用人兼護衛であるハルトも明日の見学には同行する予定である。とはいえ、あくまでも護衛なので実際に動かすことは出来ないのだが。この世界に来てからWSを操縦することは愚か実際に目にすることすらも少ない。

 明日の見学に同行出来る身分としてはかなり楽しみと言わざるを得ない。しかも見れるのは軍の新型試作機だ。元々ロボットが好きで<Wizard Soldier Online>をプレイしたハルトとしてはかなり楽しみである。

 特にこの世界に来てからは充実した生活を送ってはいるもののWSに触れることが出来なかったのでどこか寂しいものもあった。それに純粋にこの世界の人が製造したWSを見てみたいという単純な好奇心もある。

「お嬢様も騎士団に入隊すればこのお屋敷に留まる時間も少なくなるんですね」

「あら。寂しかったりするのですか?」

「はい。それはもちろん」

「っ。そ、そうですか」

 お嬢様にぷいっと急に顔を逸らされてしまった事にややショックを受けつつ。

 ハルトは明日のハクロ基地見学を楽しみにしていた。


 □□□


 ハルトは別の世界からやってきたということを隠して記憶喪失をした、という形でアイリスの所に厄介になっている。全身ボロボロで怪我をして倒れていた所を拾ってくれた上に記憶喪失である自分を(正確には記憶喪失のフリだが)こうして使用人として雇ってくれているアイリスの寛大な心には心底感謝している。

 特に目的もなくなったハルトにとって今の目的と言えば拾っていただいたお嬢様に尽くすことだと考えている......のだが今は本業である護衛よりもWSの方に気を取られていた。

 基地は王都ハクロの正門付近にある。国の研究所からの最新装備がここには真っ先に配備される。その特性もあってかアイリスの実験部隊もここに所属することになる。とはいえ、まだパイロットが一人もいない部隊だが。

 格納庫には片膝をついた待機姿勢のまま鎮座している東国ブルースター正式量産機である<ムゲン>やWS用装備である追加ブースター、サブマシンガンなどがずらりと並んでいた。

 ハルトの前を歩くアイリスはこの基地の技術者である、コサック・ボーガンと話をしながら前の方を歩いている。

 久しぶりにみる巨人たちに目を奪われつつも、敬愛するお嬢様の警護は欠かさない。周囲やアイリスに目を配らせつつ、しっかりと周囲の光景も堪能する。

「あれがそうですか」

「はい」

 アイリスとコサックが険しい顔をして視線を移す。ハルトもつられて視線を移すと、そこにあったのは周囲の<ムゲン>とは違ったシルエットの漆黒のカラーリングのWSだった。

 片膝をついた待機姿勢のまま鎮座している漆黒のWSは、紫色のツインアイに左腰には刀が収まっている。両腕と両足にはワイヤーアンカーが。手のひらには特殊な発生装置があり、背中には大型のスラスター。全体的なフォルムはどこか武士や侍を彷彿とさせるもので、まさに近接戦闘特化機というような印象を受ける。

「お嬢様。あの機体は?」

 アイリスは視線を黒いWSに移したまま、言う。

「BS-PTX1<タケミカヅチ>。私の所属する<魔術師の実験プロトウィザード>に配備される予定の実験機です」

「見たところ射撃武器がないようですが?」

 と、ハルトの疑問にコサックが応える。

「ええ。あくまでも実験機ですからね。重量を削って機動力を限界まで高める為に射撃武器は殆ど排除しました。背中の大型スラスターを利用して<高い機動力で敵の攻撃を掻い潜り、一撃必殺の近接戦闘で敵を仕留める>のが基本的なコンセプトです。また、この機体は近接戦闘用の武器の実験機でもありますから。とはいえ、癖が強い上に背中の大型スラスターやこの機体のパワーそのものにパイロットがついていけなくてね。あってないような機体ですよこれは。もはや武装の実験しか使い道がありませんよ。武装テストの状況によっては射撃系の武装も持たせる予定ですし」

 <タケミカヅチ>を見ているとわず顔が綻んでしまう。丁度、ハルトがデスゲーム時代に搭乗していたWSも近接戦闘を主としていたし、背中に大型スラスターを積んでいたり機体のカラーリングだったりと色々と共通点が目の前の<タケミカヅチ>には存在していた。

「まったく。こんな誰も乗りこなせないような物をどうして造ったのかしら」

「それはですね。元々<X計画>はハイスペックな機体を造りだすことを目的としていたのですが......その、途中でみんな楽しくなっちゃってですねぇ......」

「つまり、気がつけば誰も乗りこなせないような機体が出来上がったと」

「まあ、そう、なります」

 歯切れの悪いコサックに思わずため息をついてしまうアイリス。確かにこういうハイスペックな機体は乗りこなせる者が現れた時にはかなりの戦力になるに違いない。だが、今現在進行形で乗りこなす者のいない機体を押し付けられた部隊の司令官としては迷惑以外の何者でもない。どうせならパイロットもセットで欲しいところだった。

 第十世代。つまり、次世代WS開発の為の<X計画>。こんな調子では先は長そうだ。とアイリスは一人ため息をついた。


 □□□


 王都ハクロはブルースターの首都にあたる。そこから数十キロ離れた所にあるのは武装都市メガロ。

 武装都市メガロは文字通り武装した都市だ。この国の首都から近いとあって敵国やビーストの襲来に備えて迎撃する為の武装が整っている。

 というのも、メガロから離れた所にあるのは<巨獣の森>と呼ばれるビーストの生息地域である。

 つまり、森から王都へと迷い出てくるビーストを迎撃するのがメガロの役割である。それ故に最新型の兵器はハクロ基地と同時期にこのメガロに支給される。よって、この都市には最新鋭の武装が揃っていた。

 メガロは円形の都市で、その外壁は王都と同じように高い壁によって囲まれている。警戒は外壁の内側付近にある高台のような警護塔と呼ばれる塔から行われている。塔からは特殊な術式を外側へと張り巡らせており、森を抜け出たビーストが存在すればすぐに解る。

 それ故に。

 今日たまたま警戒にあたっていた兵は気づいた。

 森からとてつもなく巨大な反応が出ていることに。

 メガロの付近にある<巨獣の森>。それはかつて巨大なビーストが出没したことから名づけられたものだ。だが、現代のWSの性能ならばかつて現れたビースト程度ならば数を揃えれば十分に対応は出来る。

 そう。

 かつて現れたビースト程度ならば。

「ッ......⁉」

 その兵はこの警戒任務に関してはまだ日が浅い。だが、就任当初は張り切って今までの資料を読み漁ったものだ。だが、この反応はその今までみたどの反応よりも大きい。

 WSの全高は十メートル程。

 対するビーストの全高はタイプにもよるが平均的なサイズはWSと同じぐらいだ。そしてかつて<巨獣の森>に現れたビーストは資料によると全高二十メートルとされている。だが、今回現れた反応は通常のWSの約三倍に相当する。

 三十メートル。

(な、んだ......? この反応は⁉)

 この場合、正しい行動と言うのはすぐさまメガロの基地から応援を呼ぶことなのだろう。だがその兵はまだ任に就いて日が浅く、更にこの突如襲来した巨大な化物に対して身がすくんでしまった。

 武装都市に警報が鳴り響いたのは、その数分後の事だった。


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