第2話 遠い日の記憶
「それではー! 私たちの<魔術師の実験>配属を祝して、かんぱ~い!」
クレマチス家にある屋敷のとある一室で、モネは元気いっぱいにグラスを掲げた。
このテンションにすぐについていけないハルトたち<魔術師の実験>の面々は戸惑いながらもグラスを掲げる(マリナだけは唯一例外で同じようなテンションでグラスを掲げたが)。
「えー! みんなもう少し盛り上がろーよ!」
「そうだよーハルトくん。こういうお祝い事は盛り上がらなきゃっ!」
『ねー!』
モネとマリナがさっそく意気投合しており、これから更にコサックの苦労は尽きないのだろうなと思いつつハルトが視線を移すと、それに気づいたコサックが、
「ははっ。もう胃薬の準備は万端だよ」
その笑顔がどこか儚げだったのは気のせいではないだろう。
事の発端は、突如としてマリナが歓迎会をやろうと言い出したところから始まった。
そこで場所を提供する者としてアイリスに白羽の矢が立ち、瞬く間に準備が進められて、今に至る。
「みなさん、お料理をお持ちしました」
クレマチス家の女性使用人であるカスミが料理を運びながら部屋に入室してくる。目ざとくモネの目がギラリと光り、カスミをロックオンしたかと思うと――――一気に襲い掛かる。
「可愛い子、はっけ――――ん!」
「きゃああああああああああああ⁉」
モネに見つかったばかりに犠牲になったカスミに心の中で合掌をしつつ、アイリスはフリージアに視線を移す。
「いつもあんな感じなんですか?」
「いつもあんな感じだ」
「や、やめてくださいよぉ」
「いいではないか、いいではないか。ぐへへへへ」
「......」
「......」
『......はぁ』
この二人もこの二人で、意気投合し始めていた。
「ガロン奪還作戦の方はどうなんだ?」
フリージアが目の前の光景(モネによってカスミが色々といじられている)を他人事のように眺めつつ、さりげなくといった様子で口を開いた。
「現在、作戦に向けて急ピッチで量産工場の方をフル稼働させているようです。あの基地には迎撃の為の強力な兵器もありますし、上も慎重になっているようです」
「<A.I.P.F.>と<コンヴァージェンスライフル>の量産、間に合うのか?」
「量産作業の効率化のプランを提出しておきました。これで少なくとも5%は効率が上昇するはずです。とはいえ、いくら量産しても兵器そのものの欠点を補えるわけではありませんが」
<A.I.P.F.>にしろ、<コンヴァージェンスライフル>にしろ、そのエネルギー源はWSに搭載されている魔力バッテリーである。特にこの二つは兵器として強力である反面、エネルギー食いであるが為に長期戦には向かない。
今回の奪還作戦での投入にあたって一度、エネルギー系の問題が見直されたものの、現状の技術では大した成果が見込めないというのが現状だ。これでも、以前よりはまだマシになった方なのだが。
「大丈夫なのか?」
「予備のバッテリーを艦に積んで対応する予定です。それと、実弾兵器の併用も行うそうですが、こればかりはどうにもなりません」
<Xシリーズ>に関しては専用のサポート艦<カブリオレ>でエネルギー問題に関しては多少なりとも解決できるが、他の機体ではそうはいかない。
この問題に関してこれ以上、話を続けてもどうにも出来ないと悟った二人は少しの間、沈黙し、アイリスがふと部屋の中を見渡して、
「そういえば、ハルトはどこにいったのかしら?」
□□□
ハルトは自室で通信端末を片手にある人物と会話していた。
この通信端末は魔法によって離れた所にいる人と会話できるというゲーム内設定があるので、もうどういう原理なのか細かい事は気にしないことにしている。
「......?」
『どうした坊主』
「いえ。どこかの部屋から悲鳴のような声が聞こえてきたのですが......まあ、気のせいでしょう」
『......それで、ユリは元気か?』
ハルトは沿岸要塞にいるシルバ・アリクの質問に答える。
「ええ。元気にやってますよ。今も<魔術師の実験>に新しく配属された人たちの歓迎会に参加してます」
『そうか。元気そうでなによりだ。......迷惑はかけてないよな?』
ほっと安堵のようなため息が端末の向こう側から漏れた。
ユリは幼い頃にドミナントのWSによって親を殺されており、それ以来シルバが親代わりとしてユリを育てている。シルバの方も、我が子のようにユリを育ててきたので心配になるのも無理はない。
「ええ。良い友人でもありますし、日頃から優秀な同僚としてもよく働いてくれますよ。心強いです」
『良い、友人?』
ここで、シルバの声色が少し、ほんの少しだけ変わったのをハルトは聞き逃さなかった。
『じゃあ何か? お前は日頃からユリと一緒にいるのか?』
「? まあ、友人としてそうなることは多いですね。この前は家に呼ばれ――――」
『あァ⁉ 家に呼ばれただァ⁉ ちょっとまておいふざけんなコラ! お前、ユリに手ぇだしてんじゃないだろうな⁉ ぶっ殺すぞ!』
ガ――――ッ! と端末から雷のような怒声が響き渡り、ハルトは思わず端末から耳を遠ざけた。
――あれ? この人もしかして......。
「手なんか出してませんよ。それにしてもシルバさんって、親バカだったんですね......」
<銀色の亡霊>の意外な一面を見られてほっこりとするハルトとは対象に、当のシルバ本人はしまったとばかりに口を閉じる。
『......まあ、娘みたいなもんだからな。まったく、あの日の俺はどうかしてたぜ。ガキを引き取るなんてよ......』
この世界は常にビーストや戦争という名の脅威と隣り合わせとなっている。そのせいでユリのように親を失うことになる子供たちも少なからず存在する。そういった子供たちは基本的に街の施設へと引き取られる。
シルバのような孤児となった子供を引き取るというケースは稀だ。何故ならば、いちいち孤児にかまっていては戦争なんて出来ないし、あっという間にパンクする。
『......十二年前だ。俺が、ユリを拾ったのは』
唐突に、シルバの昔話が始まった。
当時のシルバ・アリクは三十歳。
ドミナントの部隊がWSを使って村を襲撃しているという報告を受けて彼の部隊は出撃した。
彼は当時からかなりの実力があり、既に部隊の一つを任されるまでに至っていた。
愛機としているのは当時の最新鋭機、<カーディア>だ。大盾を両腕に装備しているこの機体は防御能力に秀でていた機体であった。
これを開発したのは――――つい先日、亡くなったシルバの妻だった。
彼女はWS開発者であり、シルバの妻でもあり、彼女とシルバとの間には五歳になる子供もいた。だが、<カーディア>がロールアウトされたその日に彼女の研究所はドミナントのWSによって襲撃され、見学に来ていた子供諸共、死んだ。
その日の彼はドミナントに対する復讐に駆られており、村が襲撃を受けたと聞いた時には憤り、憎み、飛び出していった。
敵はすぐに片付いた。
その時のシルバにとって、小さな村を狙いすましたかのように仕掛けてきたドミナントなど敵ではなかった。
無惨にも跡形もなく焼け、崩れた村を見たシルバは機体を降りて歩き出した。生存者を探すためだ。
希望的観測でしかないものの、それでもせめて誰か生きてくれと願わずにはいられなかった。
そして、見つけた。
シルバの視界に入ってきたのはフラフラと家の焼け跡から這い出してきた一人の幼い少女だった。恐らく、両親が咄嗟に庇ったのか、それとも下にシェルターのようなものがあったのか、それは解らない。
まとう衣服もボロボロで体の所々も傷だらけだ。だが少女は確かに生きていた。生きていてくれた。
「......おとーさん......おかーさん......」
焼け跡と化した家を見て、その下に押し潰されて、焼き付くされたであろう目に見えぬ両親の死体に対してぽそりと呟いた。
涙はなかった。
いや、泣かないように、目の前の現実に押し潰されないように必死に感情を殺しているように見えた。
つい先日、亡くしたシルバの息子も、この少女と同じ年の子供だった。
「ッ......!」
今さらになって家族を失った悲しみが彼の体の中から溢れてきた。
気がついた時には少女はの小さな体を抱きしめていた。
――ごめんな。俺たちがもう少し早く来ていればよかったんだ。
――そうすればお前の父さんも母さんもいなくならなくて済んだんだ。
もしかすると亡くなった家族とその少女を重ねていたのかもしれない。だがシルバは誓った。
この子は自分の子として育てる。そしてもう、こんな悲劇をうまないように戦い続ける。
妻を遺してくれた機体と共に。
『そんだけだ。そんだけの――――つまらねえ話だ』
「......そんなことありませんよ。立派だと、思います」
ハルトはただ思った通りの感想を口にした。
実際、人を殺すことに関しては割りきってしまっているハルトにとって素直に凄いと思えることだった。
孤児を拾って親代わりとして育てるということは凄いことだと思う。誰にでも出来ることではない。
『......まあ、そういうわけだ。ユリは俺にとって娘も同然だからよ、』
さっきまでのテンションはどこへやら。いきなりドスの効いたとてつもなく怖いオジサンのような声を出して、
『娘に手ェだしたらどうなるか、解ってるよな?』
「だから手なんかだしませんって!」
『あァ!? ユリに魅力が無いってェのか!?』
「俺はどうすればいいんですか!?」
意外と親バカな亡霊さんにただただ驚きを隠せないハルトであった。
□□□
<カブリオレ>と呼ばれる新造艦は、<Xシリーズ>をサポートする為に製造された物だ。バッテリーの交換をする必要もなく、専用のケーブルを直接機体に接続することで魔力の急速充填することが出来るだけでなく、様々な試作兵器が搭載されている。
そんな<カブリオレ>が格納されているハーゲンバーグの基地を監視する者たちがいた。
ドミナントの部隊である。ドミナントのものとは別のとある情報筋によりブルースターが新型艦を開発したと聞いて破壊を命じられていたのだが、長い時間をかけて街の中にWSを忍び込ませ、そのまま破壊しようとしたのだが、<黒騎士>と<血の赤>らによって潰えてしまった。
「ちっ。街中で闘るにはリスクがあるか」
部隊長であるトタル・ジェイスルーと呼ばれる男は愚痴るようにして呟いた。
先日の戦闘で街中の防衛システムが強化されているだろうし、障害物が多いと連携もとりにくい。
仕掛けるのはあの艦が出航してからだ。
「まあいい。やつらのルートは大方予想出来るからな」
そんなトタルの背後には、新型のWSが鎮座してただ静かにその時を待っていた。




