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プロローグ

 沿岸要塞の攻防戦から半年が過ぎた。

 大きな変化といえばWS関連の技術だろうか。

 ここ最近のブルースターのWS開発技術は目を見張るばかりだった。フライトユニットの実戦投入。あの日から、技術的な革新が起こったといってもいい。

 あの日――を境にしてブルースターの技術的な戦力は飛躍的に上昇した。そのことからフライトユニットが初めて実戦投入された日は、<天空の日>と呼ばれるようになった。

 <A.I.P.F.>と<コンヴァージェンスライフル>。

 この二つの兵器はあり得ないほどの迅速なスピードで生み出された量産プランによってすぐに量産化が進み、ブルースター内で普及した。

 その裏には一人のイレギュラーな少年が関与していることはあまり知られていない。

 <魔術師の実験プロトウィザード>はというと、あれからは様々な任務にあたった。実験機のあらゆる環境での実践データが必要とされており、そのデータ収集に勤しむだけでなく、パイロットがなまじ優秀なだけに手が空いている時は手が足りない部署への救援に向かううちにいつしか便利な何でも屋のような地位を確立してしまった。

 そもそも、扱う機体が高性能過ぎて外部からのスカウトなどで人材を集めているイレギュラーな部隊なだけにそういったことが出来てしまう。

 逆に言えばその部隊そのものはかなり優秀であると言える。

 そんな<優秀な何でも屋>は現在、とある調査を行っていた。

 情報部がハーゲンバーグと呼ばれる街で真夜中にドミナントのWSが運び込まれているとの情報を掴んだらしい。その情報そのものは不確定であるが、万が一にその情報が真実だった場合には街がどうなるかも分からないので、真偽を確かめるための調査に<魔術師の実験プロトウィザード>の面々が駆り出されたというわけだ。

 ハーゲンバーグの街の大通りをハルトとユリの二人は歩いていた。

 何気なく周囲に目を配らせつつ、調査前のミーティングで知ったいくつかの候補地へと向かう。

 WSを隠すことが出来るスペースは限られている。故にその場所は有限ではないのだが、なにぶん数が多い。それにこの街に必ずしもあるとは限らないし、情報自体がデマだったというオチもあり得る。

 勿論、そうなるのが一番いいのだが。


「......ハルトって記憶喪失なんだよね?」


 ふと何かを思い立ったかのように、ユリがいった。

「そ、そうだけど?」

 一応、相槌をうっておく。

 周囲には記憶喪失と言っているものの、それはハルトがこの世界ではない別の世界から来た者だと思われないようにするための咄嗟についた嘘だった。

 今ではそんな嘘をついたあの時の自分を殴り飛ばしてやりたいと思ってはいるが。

 ここ最近、ちょくちょくボロが出始めているような気がする。

 いったい何を質問されるのだろう。

 どんな質問が来てもいいように身構えていたが、ユリの口から放たれた言葉は予想にもしないことだった。


「......記憶を失う前は彼女とかいたのかな?」


 拍子抜けだった。

 まさかこんなことを聞かれるとは思わなかったので無駄に身構えてやや損をした気分だった。


「いや、いなかったと思うけど」

「......ホントに?」

「え? あーっと、まあ、うん。何かそんな感じがする」

「......そう」


 クールビューティガール<血の赤レッドクリムゾン>の考えることがハルトにはよく解らなかったが、心なしか機嫌が良くなった気がするのでまあいいかと気にしないことにした。


「......よかった」

「何が?」

「......何でもない」

「? そうか」


 この街は一つ一つの建物のスペースが広く、そして大きい。率直に言えばWSを隠せるぐらいに。

 故に調査予定施設は多い。


「そういえば、この調査が終われば次は<ガロン>の奪還作戦か」


 ガロンとは、ドミナントに制圧されたブルースターの大型基地である。

 長らくドミナントに制圧されたままで幾度か奪還作戦が行われたものの基地の兵器を利用したその護りは厚く、奪還は困難を極めていた。だが、その状況も<天空の日>を境にしてこの半年で大きく変わった。

 この街で先日完成を迎えた試作陸上戦艦と共にハルトたちはその作戦に参加すべく別部隊と合流する予定である。


「......次の作戦よりも今の仕事」

「はいはい」


 次にハルトとユリが向かう調査予定施設は今日でもう五件目になる。もしもの時の為に最低限の警戒は必要で、潜入にはある程度の集中力を要する。

 <探索>の魔法スキルを使えば誰がどこにいるのかは解るがその人物が誰かを特定するのは不可能だしトラップを見破ることも出来ない。

 疲労は免れない。

 このハーゲンバーグの街は比較的平和な場所ではあるが、だからこそ危険だといえる。平和が長いとセキュリティーのどこかに綻びが生じる可能性もあるし、チェックが緩い箇所だって出てくるかもしれない。

 もしも今回の情報が真実ならば敵はそういった隙を突いて潜入したのかもしれない。

 二人がたどり着いたのは街の片隅にひっそりと佇む空き倉庫だった。

 敷地内に入る前にハルトが<探索>の魔法スキルを使ってチェックする。誰もいない事を確認すると無言でハンドサインを出して二人でゆっくりと敷地内に入る。

 魔法スキルでチェックしたからといって油断は出来ない。

 どんな罠が仕掛けられているのか解らないし、もしかすると隠ぺいスキルを使用しているのかもしれない(ハルトの<探索>の魔法スキルは完全習得状態なので同じ完全習得状態の隠ぺいスキルでもないと隠れられないが)。

 <Wizard Soldier Online>においてもミッションなどでプレイヤー自身が参加する白兵戦が存在していた。敵も隠ぺいスキルを使って姿を消すような時もあったので苦戦したのを覚えている。

 魔法をいつでも発動できるように魔法を待機状態にしておき、そのまま二人で内部へと潜入していく。

 今回のように二人一組で進む場合、待機状態にしておく魔法は(場合にもよるが)前衛が<防御>、後衛が<攻撃>といった風にするのが一般的だ。

 特に今回のように<制圧>ではなく<潜入>する側となると後手になる。よって、前を<防御>の魔法を待機させておく。そして後衛の者は前衛が防御した後に速やかに攻撃に移ることが出来るように<攻撃>の魔法を待機させておく。

 背後から奇襲された場合は迅速に前衛と後衛を入れ替える必要がある。

 そういったコンビネーション能力が要求されるが、この半年でそういった力は身に着けている。

 しばらく無言での調査が続いた。ゆっくりと倉庫までたどり着くと、二人は扉の前で左右に別れてピッタリと壁に密着する。

 そして扉が開いているのを確認すると二人は無言で頷き、力強く扉を開いて前衛と後衛を交代。<攻撃>の魔法を待機させているハルトがまず先に中へと飛び込んだ。

 前衛と後衛を入れ替えたのはもしも何らかの方法で敵が索敵スキルを防いでいた場合に先手をとる為である。

 素早く周囲に視線を走らせる。

 だがやはり、この場には誰もいなかった。

 中は薄暗く、ぽつぽつと虫食い穴のように小さな穴の開いた屋根から日の光がところどころに差し込んでいた。

 倉庫の中は空っぽだった。

 罠らしい罠も見当たらない。ため息をついて、ハルトは周囲に向けていた右手を下ろした。


「五件目も外れ、か」

「......こちらC班。五件目も外れ」


 ユリが通信機で報告を行う。基本的にゲーム準拠な世界であるが故に存在する通信手段はこういった場面でよく活かされている。


「この街のポイントって残り何件だっけ?」

「......私たちの配分だけでもあと二十五件のこっている」


 今ので五件目。

 ということはようやく六分の一が終わったことになる。

 ハーゲンバーグという街は広くてWSの隠しスペースが多いが故に調査に時間がかかる。


「さて、と。次の施設の調査に行くか。次はどこだっけ?」

「次は......」


 ユリが手元の魔法端末を操作しようとしたその時だった。

 ここからは離れた街のある場所に爆発がおこった。

 響く轟音。

 同時に、炎の中からゆらりと人の形をした影が立ち上がった。

 土色のボディカラーにずんぐりとしたシルエット。

 バックパックには<巨獣の森>でハルトが戦ったキャノン砲の代わりにリボルバーキャノンが装備されている。

 ドミナント第九世代正式採用量産機<アンバー>。

 一機だけではない。街のあちこちから同じ<アンバー>が姿を現した。全部で四機。


「......もしかして、勘付かれた?」

「みたいだな。お嬢様に連絡しないと」


 言いつつ、二人は駆け出した。そして手元の小型魔法端末を操作してアイリスたちとの通信を繋げる。向こうも既にWSの反応に気付いているはずだ。

 通信が繋がった。


『ハルト、そっちは無事?』

「はい。それよりお嬢様、今すぐ<タケミカヅチ>と<カグツチ>を射出してください!」

『了解しました』


 通信を切る。あらかじめ予定していた幾つかのポイントから現在のハルトとユリの一番近いポイントに機体を送ってくれるはずだ。

 予めこういった事態は予測していたので射出行動そのものは速いはずだ。


「ユリ、走るぞ!」


 <アンバー>が動き出す。バックパックのリボルバーキャノンや右手のサブマシンガンで街を銃撃していき、火の手が上がっていく。

 さっきまで活気に満ち溢れていた街から人々の悲鳴が轟く。

 避難しようと走る人々に逆らうようにしてハルトとユリは戦火に包まれつつある街中を疾走する。

 予定ポイントまで近づいた時、この街の騎士団基地から射出された大型の戦闘機のような形状のコンテナを積んだユニットが見えた。それは予定ポイントの上空まで到達したと同時にコンテナを切り離す。

 重力に逆らう事もなく大気を斬り裂きながらコンテナが落下していくのとハルトとユリがポイントまで到達したのはほぼ同時だった。

 ごうっと音を立てながら周囲に舞う風が二人を煽る。くぐもった音を立ててコンテナの中身が開いた。中から顔を覗かせたのは片膝をついた待機姿勢で鎮座していた漆黒の巨人。

 もう一機のコンテナの中から出現したのは紅蓮の巨人。

 BS―PTX1<タケミカヅチ>。

 BS―PTX2<カグツチ>。

 二人の主に仕える騎士が舞い降りた。

 互いに視線を一瞬だけ合わせてそのままそれぞれの機体へと駆け出してゆく。その際にポケットからWSの起動に必要なカードキーを取り出す。

 コクピットハッチが解放され、主の帰還を出迎えるかのようにコクピットブロックがスライドする。

 ハルトはすぐさまシートに乗り込んでコクピットブロックがバックスライドする。ハルトはそのまま左手に持っていた<起動スタートアップカード>を差し込んだ。

 コクピット内モニターが点灯し、機体状況のチェックスキャンが瞬時に行われる。


機体良好システムオールグリーン。<タケミカヅチ>、起動スタートアップ!」


 主を得た巨人の目に、力強い光が宿った。





 ――くそっ。まさかもう敵が勘付いていたとは。

 四機ある内の一機の<アンバー>のパイロット、ドミナント側の騎士は舌打ちする。

 何日もかけてWSをこの街に忍び込ませ、完成した試作陸上戦艦を破壊する為の下準備を進めてきた。だが、敵がこうも早く勘付くとは思わなかった。

 これで計画を若干早く前倒しにせざるを得なかった。まずはこの辺りを破壊しつつ、戦艦の破壊、もしくは奪取を遂行―――しようとしたその時。

 自分の近くにコンテナが舞い降りたのを確認した。何かの罠か? そう思ったが、一向に攻撃らしい攻撃もない。

 何か妙な事をされる前に破壊する。

 バックパックのリボルバーキャノンを向けて、放つ。銃弾の連撃はコンテナを直撃したが、なかなか固い。

 そう思っていると、コンテナが爆ぜた。いや、分離したというべきだろうか。

「......⁉」

 ドミナントの騎士は見た。

 炎の中から巨人が立ち上がったのを。

 漆黒のボディに紫色のツインアイ。武士か侍を彷彿とさせる力強いシルエット。背中には折りたたまれたウイングをもつバックパック――フライトユニット<疾風迅雷>。

 この姿のWSはドミナントの騎士も報告を受けていた。


「こいつは......<黒騎士>⁉」


 ここ半年でドミナントの騎士の間ではもっぱらの噂になっていた。

 戦場に疾風の如く現れてどんなに絶望的な戦局でも一気に覆してしまう漆黒の騎士。

 ドミナントの騎士たちは口々にこう言う――――ドミナントにとっての死神騎士。<黒騎士>、と。


「くそっ! 何でこいつがこんなところに⁉」


 本当に今日はついていない。

 とはいえ、ここで引き下がるわけにはいかない。まずはサブマシンガンとガトリングキャノンで弾幕を張る。見たところ敵はまともな武装はあの小型の二丁拳銃しかない。

 この火力には勝てないはずだ。

 だが、ドミナントの騎士はすぐにこの考えが間違いだったことを知る。

 弾幕などはお構いなしに<タケミカヅチ>は突っ込んでくる。

 ――まさか特攻か?

 違う。かわしている。<タケミカヅチ>はその高い機動力で弾幕を掻い潜りながら急接近していく。距離がみるみる詰まっていく。

 一閃。

 ぽかんとしている内に、右手が切断された。爆ぜる。

「なに⁉」

 わけが分からない。速すぎる。体感では噂以上、報告以上のようにも思える。

 慌てて他の仲間との回線を開く。こいつはやばい。危険だ。


「こちらイラドス! く、黒騎士だ! 黒騎士が現れたぞ!」


 ヴン、と黒騎士<タケミカヅチ>のツインアイが光る。ドミナントの騎士、イラドスは再び弾幕を張るべく残存する火器でただひたすらに弾幕を張る。

 だがそうしたところで既に<タケミカヅチ>はその場から消えていた。

 どこだ? どこに消えた?

 周囲にその瞬時に隠れられる場所はない。

 WSが敵の反応を感知する。方向は――――


「――――上⁉」


 太陽を背にして<タケミカヅチ>が空を駆けている。

 あれが噂のブルースターが開発したと言われているフライトユニット。

 <タケミカヅチ>は加速する。急降下しながら向かってくる黒騎士にイラドスはなす術もなかった。

 黒い刃が土色の装甲を両断する。

 爆発。

 ハーゲンバーグを襲う土色の巨人が紅蓮の炎に呑み込まれた。




 起動した<カグツチ>は背中のバックパックからウイングを開放する。上からだとW字に見えるそのウイングを広げて紅蓮の巨人は飛翔した。

 あれから半年が経ち、<カグツチ>にもフライトユニットが搭載されていた。

 それを利用して空から別の<アンバー>の元へと最短ルートで向かう。

 するとすぐに標的を見つけた。空中でトンファーのような形をしたガトリングガンを向けて放つ。

 ユリの射撃は土色の装甲を持つ巨人の右腕を撃ちぬいた。怯んだところを両肩の<コンヴァージェンスキャノン>を使用する。

 敵を捉えた<コンヴァージェンスキャノン>は紅蓮の光を放出し、<アンバー>を爆散させた。


「......残り二機」


 この街の被害をこれ以上、広げない為にも一刻も早く敵を殲滅しなければならない。

 ユリが次のターゲットへと向かおうとしたその時。

 機体が味方の識別信号を放つ二機の機体を捉えた。


「......友軍機?」


 視線を向ける。

 その先にあったのは、空を舞う二機の戦闘機。フライトユニットを積んでいる。

 純白の機体とオレンジ色の機体。

 どちらも見た事のないタイプだ。

 だがこのような機体でWSと闘うのは無謀としかいいようがない。

 ......いや、違う。

 今までの自分の戦いの経験から得られた直感でユリは気づく。あれはただの戦闘機ではない。

 直後。

 二機の戦闘機が形を変えた。

 軽快な音を立てながら瞬時にその姿――――人型に変わった。


「......WSに......変形した?」


 思わず目を見開く。

 同時に、二つの新たな機体が街に舞い降りた。


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