エピローグ
ハルトが要塞側の敵を全て退けた頃、丁度<ストックキャニオン>側の海賊軍の鎮圧にも成功した。ハルトが去ってからも苦戦はしたものの、シルバの活躍が残存する騎士たちを大きく引っ張ることとなったのが大きな要因だろう。
アイリスは戦闘が終わると同時にほっと安堵した。
この部隊に配属されてから幾度か戦闘を経験したものの、やはりまだ慣れない。戦闘が終わると緊張の糸がぷつんと切れたようにして息を吐き出す。余裕がない。
手元にある端末に表示されているデータに目を通す。
この部隊は元々、次世代機のデータ取りの為に設立された部隊だ。そしてこの部隊で得られたデータはそのまま王都の研究部に直接フィードバックされ、そのデータを元にしてまた新たなる兵器が改良・開発されていく。
最近では防御用フィールド<A.I.P.F.>の量産化がそうだ。
まだ大陸全土の部隊には行き渡っていないものの、その量産化は順調に進んでいる。それどころか<カグツチ>に搭載されている<A.I.P.F.>は改良型で、防御力が更に高まっているものだ。
そして。
この部隊はついにフライトユニットを実戦に投入した。
状況が状況だけにぶっつけ本番となってしまったが、その成果は良好。
いずれフライトユニットも<A.I.P.F.>と同じように量産化に着手するだろう。いや、現状ではフライトユニットの量産化は最優先事項となるはずだ。
恐らく今日と言う日はこの世界のWS技術開発の歴史の中でも重大な意味を持つ日となる。
五十年間。おおくの研究者たちが挑み、挫折したWSの飛行システムの完成。
それを完成させた実験部隊。
――これから自分たちはどうなっていくのだろう?
アイリスのそのふとした疑問に答えられる者はその場にはいなかった。
数日後。
ハルトたちもハクロへと帰還する日が訪れた。行きとは違って今度はある程度の護衛がつく。
宿泊した部屋のベッドの上に座りながら手荷物の整理する。先程、急いで街へと出かけて購入してきた物があることを確認し、安堵する。
ちょうどその時、扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
部屋の中に入ってきたのはユリだった。
心なしか少しもじもじしているような気もする。
だがそんなふとした変化に僅かな疑問を感じる間もなく、ユリが口を開いた。
「ユリ? どうしたんだ?」
「うん......ちょっと、いい?」
「いいけど」
言うと、ユリは部屋の中に入るとベッドに座っているハルトの隣に腰を下ろした。
「......あの、この前はありがとう」
ユリが言っているのは沿岸要塞での戦闘のことだろう。
シドにもう少しの所で殺されかけた所でハルトが到着し、ユリを護った。
「いや、あの状況じゃ俺じゃなくても誰だってああしたよ」
「......でも、ハルトじゃなかったら私を助けられなかった」
「そう、か?」
ああ、気まずい。お嬢様相手なら普段からの慣れでこんな二人きりの状況でもこんなことを感じることもないのに。なまじユリと二人きりになったことがないためにこんなシチュエーションに放り込まれると少し緊張してしまう。
これではあの時の沿岸部での会話の二の舞だ。
今度こそはと何とか話題作りに挑戦してみる。
「そ、そういえば製造中の<カブリオレ>の開発も順調らしいな」
「......うん」
「あ、あと半年もすれば完成するらしいぜ」
「......うん」
話題終了。
もし、ユリの要件がさっきのお礼だったとして、済んだのならなぜ出ていかないのだろうと疑問に思ったのも事実だ。だが、さきほどからユリがどこか恥ずかしそうに俯いたままだ。
まだ何か要件があるのだろう。
なら向こうから言い出してくるのを待つかとハルトは手荷物の中からある物を引っ張り出した。
「......それは?」
「ああ、さっき買ってきたんだ。お嬢様とユリにあげようと思って」
「......私とアイリスに?」
頷いて、ハルトはユリにある物を手渡した。
帰りはある程度の護衛がつくとのことで、<タケミカヅチ>の出番もない。
機体のトレーラーへの積み込み作業をしているところでハルトは袋を抱えながら、馬車へと乗り込もうとしたアイリスの元へと駆け寄った。
「お嬢様」
「ハルト?」
アイリスはハルトの持つ荷物に首を傾げる。
「どうしたの、それ?」
「出発する前にお嬢様にお渡ししておきたいと思いまして」
「私に?」
「はい。とりあえず見せてからトレーラーに積んでおいた方がいいと思いまして」
そういうと、ハルトはアイリスに袋の中からそれを取り出した。
出てきたのは茶色の毛皮に首から青色のリボンのような装飾をさげたテディベアである。サイズは一メートルほどはある。
「あ......」
一度、アイリスとユリと三人で街に買い物をしに出かけたときに店で見かけたものだ。
「たまには、お金を使ってみようかと思いまして」
「ど、どうしてこれを?」
「えっと......あの店で見かけた時にお嬢様がこれを気にしてらっしゃった記憶があって......ご迷惑でしたか?」
「ふぇ? い、いやっ。そんなことはないですっ!」
ぶんぶんぶん! と首を大きく横に振り、慌ててそれを受け取るアイリス。心なしかその頬は赤く、今の顔を見られまいと受け取ったばかりのテディベアに顔を埋めた。
「ど、どうかなさいましたか? 機嫌を損ねたのなら謝りま」
「ち、違います! えっと......う、嬉しいです! とっても!」
「そうですか。それならよかった」
どうやら気に入ってもらえたようでハルトはほっとする。
正直にいうと、ユリにしろアイリスにしろ実際に手渡すまでにはかなり緊張した。
「――二人に気に入ってもらえてほっとしました」
「......二人?」
おかしい。聞き間違いだろうか。
アイリスは埋めていた顔をあげてハルトに問いかける。
「今、二人と言いましたか?」
「はい。ユリにもそれのリボンの色が違うのを渡しました。ユリにはここにいる間に街を案内してもらったりと随分と世話になったのでそのお礼もこめて。あっ、ちゃんとシルバさんにもお礼の品は渡してますよ。さすがにテディベアじゃありませんけど......ってお嬢様?」
緊張も解けた所で口が軽快になった辺りで目の前のアイリスがジトッとした目で自分を見ている......いや、この場合は睨みつけているのが見えたので今度はハルトが首を傾げながら聞き返す番だった。
「ど、どうかなさいましたか?」
「別に。では私は先にいってますので」
さっきまでの雰囲気はどこへやら。つんとした態度をとったままアイリスはぬいぐるみを抱えて馬車へと歩いて行ってしまった。
なぜ急に自身の主が機嫌を損ねたのか、その理由も解らないハルトはただぽつんとその場に一人たちつくすことしかできなかった。
アイリスはというと、さっきのハルトの一言でややガッカリとしたものの、やっぱり嬉しいことは嬉しいし、それにさっきのガッカリ感よりも今の嬉しさの方が勝っていた。
もう一度ぬいぐるみに顔を埋める。
自然と笑みがこぼれた。
実験部隊の少女としてではなく、十代の女の子らしい自然な笑みが。




