第9話 天を駆ける
アイリスは要塞側とストックキャニオン、どちらの状況も把握し、更に指示も出しつつその上で要塞の格納庫にいるマリナと連絡をとっていた。
「マリナさん、あれの調整は」
『バッチリ! ショートライフルとセットで改良した<デリバリーブースト>ですぐにでも運べるよ!』
「では、それに予備の魔力バッテリーを追加していただけませんか」
言いながら、アイリスはトレーラー内の端末から表示されているホロモニターに目を走らせる。そこには<タケミカヅチ>の機体状況が表示されており、残量エネルギーも底をついているのが見えた。
さきほど、突如発動した<ウィザードシステム>と呼ばれる謎のシステムのせいで大量の魔力が消費された為だろう。
「ハルトの機体も、もう限界です。いくらハルトの魔力能力で機体が強化され、エネルギー消費が抑えられていても<疾風迅雷>を装備したままではエネルギー消費に耐えられません」
『了解。それじゃあ、全部の準備が完了したら、すぐに連絡するね』
「お願いします」
通信を切る。
そして少女は今も闘い続けている少年の身を案じる。
「ハルト......」
今の自分には、それぐらいしかできないから。
刃と刃が激突する。
一方は爪。一方は刀。
双方、形は違えども鋼鉄の巨人の装甲を斬り裂き、相手を死に至らしめるには十分な威力を秘めている。
ハルトはコクピット内のホロモニターに目を走らせる。<ウィザードシステム>を限界まで使用した為にエネルギーにも限界が訪れようとしていた。
更に<覚醒>スキルも終了してしまった。
だが、機体そのものが弱体化したわけではない。
今の所、シドとはほぼ互角......いや、若干ではあるがハルトが圧している。
対艦刀を振るい続ける。シドはそれを両手のブレードクローで防ぎ、弾き、その度、大気中に火花が舞う。
もう<ウィザードシステム>は愚か<鳴神>も<雷神の息吹>も使えない。使うには残量エネルギーがあまりにも少なすぎる。
とはいえ、この状況では予備バッテリーに交換することも出来ない。
つまり。
この状況において求められるのは速やかに敵を排除すること。
短期決戦。
それを意識してか、<タケミカヅチ>の動きは急速に加速した。エネルギーを節約する為に加速はほんの一瞬。僅かな間の加速だったが、<タケミカヅチ>が元々もつパワーのおかげか距離を詰めるには容易かった。
<夜桜壱式>を振るう。
<ファング>はそれを左手のブレードクローで防ぎ、右手のブレードクローを振り下ろす。だが、完全に振り下ろす前に<タケミカヅチ>は左腕を<ファング>の右腕にぶつけ、ブレードクローが振り下ろされるのを阻止する。
零距離。
だが、攻める武装がない。
こういった状況で役に立つはずの<雷神の息吹>は使えない。ならばとハルトは膝のワイヤーアンカー<空絶>を射出。
刃の形に変形した<空絶>がミットナイトブルーのボディに襲い掛かる。
だが、一足早くそれに気づいた<ファング>は跳びあがって空中で一回転。そのまま<タケミカヅチ>の背後をとるような形で着地する。
だがハルトも<ファング>が飛び上がった瞬間にこうなることは予測していた。敵が跳躍したと同時に機体の向きをすぐに後ろに変える。
直後に、<ファング>と再度激突する。再び組み合う形となった二機。
ここで敵の不意をつくかのようにワイヤーアンカーではなく、頭部に装備されていたダガーを射出した。
流石のシドもこれには意表を突かれたのか舌打ちをすると同時に回避行動に移る。しかし、ダガーの切っ先は<ファング>の右肩を捉えて突き刺さる。
追撃を重ねる為に加速し、背中のスラスターから推力を得た<タケミカヅチ>は大地を疾走する。
後退する<ファング>。追う<タケミカヅチ>。
「調子にのってんじゃねーぞ!」
シドが叫ぶ。
すると、空中から咆哮が響き渡ってきたかと思うと弾丸の如く<タケミカヅチ>目がけてワイバーンが急速降下をしているのが視界に入った。
慌てて避ける。
飛び退くようにしてその場から離脱した<タケミカヅチ>は大地を転がりつつ、最後には脚を地面に押し当てて踏ん張った。だがワイバーンはついさっきまで<タケミカヅチ>のいた場所をそのまま低空飛行して<ファング>の元へと向かう。
――しまった。
と思った時にはもう遅かった。<ファング>はまるでハルトを嘲笑うかのようにしてワイバーンに飛び乗った。主を得たワイバーンの目が紅く輝き、ミットナイトブルーのWSを乗せたまま飛翔する。
そしてワイバーンに備え付けてあったサブマシンガンを装備。
ニタリとシドは笑うと、トリガーをひく。
銃弾の雨が、大地に降り注いだ。
着弾の煙で大地に煙が立ち込める。<タケミカヅチ>は<A.I.P.F.>を展開してどうにか防御するが、エネルギー残量が少ないこの状況では防御しているのに追い詰められていることに変わりはない。
銃撃が止んだ。
だが、敵の姿が着弾時に発生した煙で見えない。
<索敵>の魔法スキルは他のスキルと併用が出来ないのでこれを使うとエネルギー消費を抑えているスキルも解けてしまう。燃費の悪い<タケミカヅチ>にとってそれは致命的だ。特に、今のような状況下では。
だが、それを使うまでもなかった。
煙を斬り裂き、目の前からワイバーンに跨った<ファング>が低空飛行で突進してくるのが見えた。距離はもうすぐそこ。
回避は間に合わない。
<空絶>ともう一本の頭部ダガーを射出しようとするが、それを実行する前に機体の左脚をガッシリと掴まれてしまい、<タケミカヅチ>は引っ張られるような形で空高くへと舞い上がった。
『ハハハハハハハハハハ! どうよ? 空の景色は⁉』
「......ああ、最高に良い眺めだな」
『言うねェ。なら......』
<ファング>はとてつもないパワーを発揮し、左脚を掴んでいる<タケミカヅチ>を大きく振り回し、地面へと勢いよく投げつけた。
『――――落ちろ!』
落下する<タケミカヅチ>。
だがその直後、<ファング>はサブマシンガンを構えて落下していく<タケミカヅチ>目がけて銃撃を加える。空中でなんとか<A.I.P.F.>を発動させて耐えるが、エネルギーがそろそろ限界に達しようとしていた。
落ちる。
落ちる。
落ちる――――――――!
「......!」
地面に叩きつけられる。そう覚悟した瞬間だった。
ハルトは見た。要塞から、何かが弾丸の如ように飛び出したのを。
それは真っ直ぐに<タケミカヅチ>に向かって加速していく。大型の戦闘機のようにも見えるが違う。ブースター部分にユニットを取り付けた、<デリバリーミサイル>の発展系。<デリバリーブースト>である。
そしてあの付属しているユニットにハルトは見覚えがあった。
(そうか!)
気づく。同時に、コクピット内のホロパネルに指を滑らせていく。次々と空中投影されるホロモニタには必要な情報が羅列され、高速処理されていく。
<タケミカヅチ>は背中のスラスターで空中で落下コースを変えていく。
ここで、シドが<デリバリーブースト>の存在に気付いた。あれだけは落とさなければならないと直感したシドはワイバーンに備え付けてあったバズーカを素早く取り出し、放つ。
「間に合え――――ッ!」
空中で残りのエネルギーを振り絞って加速した<タケミカヅチ>が前に出る。背中の大型スラスターを切り離して<デリバリーブースト>を放たれたバズーカの攻撃から護る盾にする。
バズーカから放たれた一撃によって大型スラスターが撃ちぬかれ、爆ぜる。
空中には赤黒い炎がメラメラと燃え上るだけで、機体の所在は知れない。
このバズーカの威力は高い。たかだかスラスターを一つ盾にしたところで防ぎきれるものでもない。当然の結果として、その爆発は敵の機体をも飲み込んだかと思われた。
直後。
――――雷神が飛翔した。
赤黒い悪魔のような爆炎を斬り裂き、漆黒のWSが天へと駆け上がる。
シドの眼前に顕現したのは、一機のWSだった。
Xシリーズの一機。<タケミカヅチ>。
機体のボディそのものはさきほどまでとなんら変化はなかった。強いて言えば新たに両手に銃のようなものを装備しているぐらいだろうか。大きな変化があったのは背中だ。
大型スラスターの代わりに、黒と紫色のカラーリングが施された別の大型スラスターが装備されていた。
四つの大型バーニアに、W字のウィング。このウィングの形は飛行魔法の術式には最も適した形であり、このウィングこそ、<フライトユニット>の証ともいえる。
ツインアイが力強く輝き、機体全体の放熱口から紫色の粒子を含んだ白い蒸気が迸った。
そう。
あのギリギリのタイミングで<タケミカヅチ>に装備されたこの追加装備は世界で初めて飛行魔法の術式を組み込んだ新型兵器。
フライトユニット<疾風迅雷>。
『バカな......! WSが空を飛んでる⁉ ならあれは......<フライトユニット>だとでもいうのか⁉』
地上にいた者たちも、そして、戦闘を続けていた海賊たちもあまりの衝撃に、目の前の自分たちの眼前に広がる現象が理解出来なかった。
『そんな......バカな、バカなバカなバカな! WSが空を飛ぶ⁉ ありえねぇ! いったいどんな技術を使えばこんなことが!』
シドの所属する組織は世界レベルで考えても技術力に関しては群を抜いている。だからこそあのビーストを操る鉄杭を開発することが出来た。
だが、WSのフライトユニットともなると話は別である。
その組織でさえ、開発には至っていなかった。ワイバーンを操ってその上にWSをのせるということが、彼らの精一杯だった。
そもそも、フライトユニットの研究は長年進められてきたもので、開発開始から既に各国は五十年の時間をつぎ込んでいた。だが、それでも未だ完成していない。
しかし今回の場合。
ハルト・アマギの存在こそが最大のイレギュラーだったといえる。それこそ、一度刃を交えたシドでさえ予測不可能だったぐらいに。
圧倒的な熟練度の<開発>と<設計>の魔法スキルの存在。
あの少年と、マリナという一人の天才少女の手によって、五十年の時を破り、史上初の飛行能力をもったWSが生まれた。
「空中に浮いてる! 間違いねぇ、WSの単独飛行だ!」
「ついに飛行ユニットの開発に成功したのか⁉」
「あの坊主たち、いったい何者なんだ⁉」
地上からも次々に歓声が上がり、これまでにないほどに士気が上昇していく。
それを見届けると、ハルトは予備のバッテリーでエネルギーがフルチャージされた<タケミカヅチ>の右手の銃――――<コンヴァージェンスショートライフル>を<ファング>へと向ける。
放つ。
紫色の閃光が獣へと迫る。
回避行動をとろうとする<ファング>。だが、ダガーの突き刺さった右腕の反応が悪く、仕方がなくブレードクローで防御しようとするが、紫色の閃光は易々とそれを貫いた。
右腕が爆ぜる。爆炎がコクピットの中を赤々とした光で濡らした。
『魔力兵器か! 厄介なものを!』
シドはマシンガンを連射する。だが、空を自在に駆け回る能力を得た<タケミカヅチ>にそんなものは当たらない。
背中の<疾風迅雷>から爆発的な加速力を得た雷神は更に飛翔し、天を駆ける。
紫色の線が尾をひく。銃撃はその尾を虚しく通り過ぎるだけである。もはや<ファング>の攻撃は<タケミカヅチ>には当たらない。
大型スラスターの時を超える更なるスピードを得た<タケミカヅチ>は止まらない。自在に、自らの意思で大空を駆け巡る。アクロバティックな飛行を見せたかと思うとショートライフルを三発連射。
閃光がミットナイトブルーの装甲を貫いた。頭部と左脚部を失った<ファング>は口惜しそうにしてかろうじて残るワイバーンを操って海の向こうへと後退していく。
――――次だ。
しかし、もうそれに構っている暇はない。加速し、今度は海賊たちが操るワイバーンの元へと向かう。
<パイレツァ>は悲鳴をあげながらマシンガンを連射するも、キリモミ飛行で次々と銃弾をかわす<タケミカヅチ>にあたるはずもなく、ショートライフルの一撃をコクピットに受けて爆散する。
恐怖のあまりマシンアガンを乱射する相手に冷静に対処し、<疾風迅雷>による超スピード急降下を行い、あたかも視界から消えたかのように演出する。
当然、敵の海賊は一瞬にして姿を消した<タケミカヅチ>に困惑する。
次の瞬間。
下からの雷神の一撃が<パイレツァ>とワイバーンを襲った。
一瞬の一撃。
真っ二つに一刀両断された機体が爆散する。
更に敵の攻撃をアクロバティック飛行で次々とかわしていくハルトには第三者からみても余裕があるように見えた。的確に、一撃で敵を撃ちぬいていく。
真っ青な大空に赤い花火が舞い上がる。
<デリバリーブースト>によって予備の魔力バッテリーを得たことで<タケミカヅチ>はエネルギー問題を解決した。
よって。
「いくぞ、<タケミカヅチ>」
漆黒の巨人は主の意思に応じるかのごとく、ツインアイを力強く輝かせた。
装甲の一部がスライドし、紫色の光が<タケミカヅチ>を包み込む。
<ウィザードシステム>。
<落雷>発動。
直後。
<タケミカヅチ>は消える。
残る海賊たちも、そして沿岸要塞の騎士たちも何が起こったのかがハッキリとは理解出来なかった。
ただ、まるで雷が落ちたかのような音が響いたかと思うと、次の瞬間には敵が爆ぜていた。
空に青白い光が迸る。
かと思うと、次の瞬間には既に敵が炎の渦に呑み込まれている。
一機。また一機と。
敵が紫電に焼かれ、消えていく。
気が付けば、天空に坐するのは<タケミカヅチ>という漆黒の戦士のみとなっており、システムを強制終了させているのか機体を覆う紫電が止んでいく。
<ウィザードシステム>終了と同時に放熱される蒸気が、空を白く染め上げていた。




