第7話 ウィザードシステム
もし切り札と呼べる手段が存在するのなら。
今、ハルトの目の前に立ちはだかっている青竹色のWSの発動した謎の<ウィザードシステム>とやらがそれにあたるだろう。
そして、ハルト自身の切り札と呼べる手段と言えば。
(......<覚醒>スキル、か)
魔法スキル<覚醒>。
ゲーム時代におけるこれはプレイヤーの反応速度や反射速度などを飛躍的に上昇させ、更に機体性能を強化するものであった。
だが、この世界に来てからは一度も試した事は無い。
理由としては、<どうなるかわからないから>。
そもそも、<覚醒>スキルそのものがゲーム時代において危険な物だった。VRマシンを通してプレイヤーの脳に直接干渉するシステムであり、当時の最新鋭の技術といえる。だが、ベータテストの段階で少しこのシステムは危険なのではないのか? という疑問が生まれ(実際に問題は起きなかったものの)、製品版での実装は見送りとなった。
だが、ハルトはゲーム時代にこのスキルを修得していた。消えたはずのスキルがデスゲーム開始と同時に復活していたのだ。このスキルを修得したプレイヤーを他に何人か知っているが、いずれのプレイヤーもそのスキルを使用して飛躍的な強化を目の当たりにした。
ハルトも幾度か使用し、最終決戦でも使用している。
だが、それがこの世界でどうなるのかがまったく想像もつかない危険なスキルともいえる。
滅多な事では使わないように心がけていたが、目の前の敵が未知のシステムを使用している以上、こちらもそれ相応のリスクを覚悟しなければならない。
だが逆に言えば、このリスクを乗り越え、使えるものだと判断した場合はこれから戦っていく上で強力な武器が一つ増えるものといえる。
<ウィンター>が一歩、迫る。
覚悟を決めた。
同時に、頭の中で一言つぶやく。
(――――<覚醒>スキル、発動)
その瞬間、大量の情報がハルト・アマギという少年の中に流れ込む。
「――――!」
この<ストックキャニオン>の地形情報。
敵WSのシステムの情報。
次に起こすであろう敵の行動。
それらすべてが頭の中に流れ込む。まるで、世界そのものを自分の中に叩き込まれたかのように。
あらゆる情報がハルトの中に集約し、そして理解した。
(敵の使用システムは<ウィザードシステム>。<覚醒>スキルと同様、パイロットを<世界の記録>とシンクロさせ、パイロットの魔法力を強化、同時にWSへとその魔法情報をフィードバックさせるシステム......システム発動には<ウィザードギア>が必要。そしてその<ウィザードギア>は......この<タケミカヅチ>にも搭載済み......)
ハルトは刹那の瞬間にそれらの情報を脳内で整理し、そして自分たちがここに来た理由を思い出した。
<タケミカヅチ>をはじめとする実験機には特殊なパーツが試験的に組み込まれている――――その現地調整の為にマリナはやってきた。
(次の敵の行動は、二秒後に<ウィザードシステム>による吹雪を発動)
目の前で吹雪が舞う。
轟! と音を立てて<ウィンター>から吹雪が放たれた。さきほど四機のWSを凍結させたそれが<タケミカヅチ>を襲う。
だが、ハルトの動きはまるでそれを予知しているかのようだった。
ワンテンポ早く、跳躍で吹雪を回避する。それを追撃するかのように<ウィンター>が舞う。
敵は生み出す氷を足場にして自在に宙を駆けることが可能である。
だが、ハルトには解っていた。
次に相手がどのような行動に移るのか。
全て、解っていた。
だからこそ、この一瞬の時間を稼いだ。
「......システムロック強制解除。シークレットボックス強制解除。コード入力。<ウィザードシステム>、起動」
ヴオッ! と、<タケミカヅチ>の目が紫色に輝いた。装甲の所々がスライドし、紫色に輝く。そしてスライドした隙間から紫電が迸った。それはまるで<タケミカヅチ>が紫電を纏っているかのような光景。
コクピット内に空中投影されたウインドウに<WIZARD SYSTEM>という文字が制限時間を示すゲージと共に表示される。
吹雪が<タケミカヅチ>の周囲を襲う。だが、ハルトにはその光景がやけにゆっくりに見えた。まるでテレビのスロー映像を見ているかのように。
そしてそんな世界の中でも体はしっかりと動いた。
機体も答えてくれる。
体感ではスローモーションの世界。その中で、<タケミカヅチ>だけが唯一、雷と化して行動していた。
駆け抜ける。
『......?』
攻撃を放ったはずのターゲットは気が付けばそこにはもういなかった。
『⁉』
そして、吹雪と周囲に展開していた氷が紫電によって焼き尽くされたという結果しか残っていなかった。ただ耳に残っているのは落雷が落ちたかのような音。
それだけだ。
それだけ、である。
ベルの目には何が起こったのかまるで解らなかっただろう。
事実、この時の<タケミカヅチ>は秒速百五十kmを超えていた。
これこそが、ハルト・アマギという少年の持つ<ウィザードシステム>である。
<ウィザードシステム>はそれを使用するパイロットによって効果は様々である。ハルトの持つそれは、機体を――WSを雷へと変化させること。
雷はそもそもいくつかの段階によって成り立っている。
大まかに分ければ<ステップトリーダ>と<リターンストローク>の二つである。
まず、雲から<階段型前駆>と呼ばれる弱い光を発しながら放電路が枝分かれしながらジグザグに伸びていく。この時の雷のスピードは秒速百五十kmから二百kmほど。
<ステップトリーダ>が地面の近くまでやってくると、それに対応して地表に集まってきた放電路が伸びていき、その二つがぶつかることで<帰還雷撃>が発生する。因みにこの<リターンストローク>のスピードは秒速十万kmに相当する。
これが、落雷だ。
ハルトの<ウィザードシステム>である<落雷>は機体を中心にして広がったエリアの中にこれらの現象を引き起こす為の<雲>と<地表>に相当する物を魔法で疑似的に造りだし、WSを雷へと変化させ、炸裂させる。
勿論、ただの落雷ではない。
あくまでも魔法によって創り出したものなので威力も莫大なものになっており、<鳴神>すらも超える威力を持っている。並みのWSならば大軍で押しかけてきても一撃でまとめて破壊することだって可能だろう。
『くっ⁉ これは、<ウィザードシステム>⁉ バカな!』
敵の思わぬ状況に危機感を募らせるベル。
だが、彼もこのままでは黙っていられない。
<ウィザードシステム>によって周囲に氷を展開。それは<ウィンター>を中心にして大地を凍結させていく。逃げ場を失くすように、広げていく。
そして<タケミカヅチ>の周囲に氷の牢獄を造りだす。
大気中の水分を凍結させて氷を生み出す彼の<ウィザードシステム>にとってシステム領域内であれば距離と言う概念は存在しない。
牢獄は瞬く間に漆黒の巨人を包み込む。さきほど葬った四機のWSと同じように、もはやただの氷像と化していた。
『は、ははは、どれだけ速く動けようとも、動きを封じられてはどうしようも......』
と、彼が安堵した瞬間だった。バキンッ! という音を立てて、<タケミカヅチ>を覆っていた氷の牢獄がガラスのように砕け散ったのだ。
いとも簡単に、あっさりと。
光に反射した氷の破片がまるで敵である<タケミカヅチ>を彩っているかのようだった。
『なにッ⁉』
驚くベルに、覚醒状態のハルトは冷静に言い放つ。
「......無駄だ。もうお前の<ウィザードシステム>では、俺を拘束するのは不可能だ」
『な、あ......?』
自身の能力が一切通じない事に動揺するベルをよそに、ハルトは視線を空に移す。そこにいたのはそれぞれがワイバーンに乗り込んだ三機のWS。
次の瞬間。
<タケミカヅチ>が消える。
ステップトリーダと化した漆黒の戦士は三機のWSの間を斬り抜ける。刹那の差で遅れて、リターンストロークが発生。聞いたことのある落雷の音が<ストックキャニオン>に響き渡ったかと思うと、紫電によって焼き尽くされたWSが全て爆散した。
ベルが空中の光景に気を取られていると、すぐそこに<タケミカヅチ>が再び現れたことに気が付いた。
見てみると<タケミカヅチ>のスライドした装甲の隙間からバチバチと紫電が獲物が足りないとでもいいたそうに迸っている。
「さあ、次はお前の番だぜ」
『ッ......! くッそぉおおおおおおおおおぉぉぉおおおお!』
雄叫びを上げると同時に<ウィンター>の周囲から大量の雪崩が出現した。このまま速さに関係なく<タケミカヅチ>を飲み込んでしまおうというのだろう。
目の前の<ウィンター>が見えなくなるぐらいの量の雪崩が押し寄せる。このまま避けることは簡単だ。
だが、避ければこの背後の向こうにいるアイリスを巻き込むことになる。雪崩はそれぐらいに巨大な規模のものだった。
『貴様には避けることができまい! 死ね、イレギュラァァァァァァァァァァァァァ!』
「......まったく」
ハルトはため息交じりに呟くと、<タケミカヅチ>の放出口を開く。口が出現した<タケミカヅチ>は雄叫びをあげながら、<ウィザードシステム>によって強化された紫電を放つ。
「――――遅すぎる」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!』
――――近距離波動砲<雷神の息吹>。
本来の<雷神の息吹>ではこの雪崩の一撃を防ぐことは不可能だろう。だが、今は違う。
<覚醒>、それに加えて<ウィザードシステム>によって大幅な強化が行われたそれは、<ストックキャニオン>に襲い掛かる雪崩を蹴散らすことに成功した。
広大な範囲の紫電が迸り、雪崩を圧し返し、砕き、魔力的に強引に消滅させる。
白煙が周囲に蔓延し、やがて訪れた静寂の中には既に<ウィンター>の姿は存在しなかった。
完全に消滅した、わけではない。
<世界の記録>とリンクしたハルトは敵が逃亡したことを理解していた。




