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第1話 目覚めてみると

 春人が次に目を覚ました時に目の前に広がっていたのは澄み渡るほどの綺麗な青空だった。自分が仰向けなって倒れているという事を自覚すると同時にゆっくりと上半身を起こそうとしたものの、激痛が全身を襲う。

「ぐっ......!」

 よく見ると体もボロボロで、今更ながら痛みが全身に響いてきた。体から力が抜ける。起こそうとした上半身がバタリと地面にバックする。

 だが激痛の中で春人はある違和感を感じる。

 春人がいた<Wizard Soldier Online>はあくまでもデータの塊で構成された仮想世界だ。触覚、視覚、嗅覚、そして痛覚すらもあくまでも限りなく本物に近い疑似的な物に過ぎない。だが今現在春人の全身を襲う激痛や疲れは間違いなくリアルなものだし、長い時を仮想世界においた身だからこそ仮想の感覚と現実の感覚の区別がつく。

 要は普段から感じる感覚が仮想で、久々に感じる生々しい感覚こそが現実のものなのだから。

 そして今感じているのは後者であり、そもそもアバターは精神的な疲れを感じることはあっても身体的な疲れは現れない。

 あまりの痛みと疲労からか次第に視界がぼやけ、意識が遠くなる。

「――――、」

 薄れゆく意識の中、春人はとても美しい少女を見た、ような気がした。その少女は金髪碧眼で、まるでゲームの中に出てくるお姫様のような人で、仰向けになって倒れている春人を覗き込むようにしながら声をかけている。


 ――誰だろう......でも、綺麗な人だな......。まるで女神様みたいだ。


 ふとそんな事を言ってみるも、それで気を保てるわけではない。

 ここで、春人の意識はブラックアウトした。


 □□□


 召喚の地。

 それはただの名称だけで、実を言うとただの草原である。ここには世界を救う勇者が召喚されるという伝説がある。だがそれはあくまでも伝説だけであり、実際にその勇者が召喚されたかは定かではない。

 アイリス・クレマチスは吹きぬける風に金色の長髪を揺らしながら、その碧眼で空を眺めていた。

 ここはブルースター国の王都ハクロから少し離れた所にある、アイリスのいつもの散歩コースだ。ここを歩くと気分を落ち着かせることが出来る。

 ふう、とため息をついて落ち着く。深呼吸をする。

 新鮮な空気を吸い込んで肺の中を満たす。

 目を瞑って再び目を見開くと再び歩き出す。

「あら?」

 いつもの散歩コースを通ってまた王都に戻ろうとしたその時、いつものコースのいつもの風景の中に異物が混じっていることに気が付いた。

 人だ。

 草原のど真ん中に人が倒れている。

 おそるおそる近づいてみると、歳は自分と同じぐらい......十六、十七ぐらいの少年だった。全身はボロボロで怪我をしているようだ。

「た、大変!」

 今度は慌ててすぐそばまで駆け寄る。どうやら息はあるようだが、意識はもう途切れようとしている。目がうっすら開いてはいるが、その瞼もすぐに下りてしまいそうだ。

「大丈夫ですか? しっかりしてください!」

 少年は答えない。いや、答えることが出来ずにそのまま意識を失ってしまった。


 □□□


 春人が目を覚ますと、そこは何処かの部屋だった。どうやら自分がベッドの上で横になっているという事を自覚する。体中には包帯が巻かれており、痛みはまだ感じるものの最初よりは大分マシになった。

 今度こそはと上半身を起こし、辺りを確認する。

 立派な部屋だった。周りにある家具なども高級感を伺わせており、高貴な感じがした。

(どうなっているんだ? さっきまで俺は......<W>と闘って......それから......)

 死んだはずだ。

 だが実際に、春人は今ここで生きている。ここが現実世界なのか仮想世界なのか、はたまた天国か地獄なのかは解らないのだが。

 と、周囲を観察していると部屋の扉が開いた。

 出てきたのは一人の少女。歳は春人と同じ十七歳ぐらいだろうか。長髪の金髪に碧眼。その美貌は春人も今まで、ゲーム世界の中ですら見たことがない。思わず見とれていると「気がついたのですね」と言われ、どうやらこの少女が自分を看病してくれていたのだということを知る。

「貴女は......」

「私はアイリス・クレマチス。あなた、あの<召喚の地>で倒れてたようだけど......」

「召喚の地?」

 春人は聞き覚えのない地名に頭の上に?マークを浮かべる。どこだろうか。現実世界には無さそうな(春人が知らないだけかもしれないが)地名だ。もしかすると本当にあの世なのだろうかと心配してみるも、だったら目の前の少女は本当に女神様か何かなのだろうかと思う。

「知らないの? なら、この街の人間ではなさそうね」

「街?」

 春人の呟きにアイリスは静かに頷く。

「ええ。ここは東国ブルースターの王都ハクロよ」

「は、ハクロ⁉」

 この名前には聞き覚えがある。確か、<Wizard Soldier Online>で<ブルースター>を選んだ時のスタート地点にして<W>との最終決戦の場だった。ということはここは<Wizard Soldier Online>の中であり、仮想世界なのだろうか? つまり目の前の少女はプレイヤー? ならばこのリアルな体の痛みは? 最後の<W>との戦いはどうなったのだ?

 様々な疑問や疑念が交錯する中、アイリスは「どうしたの?」と首を傾ける。

「あ、あのっ、<W>はどうなったんですか? プレイヤー達は解放されたんですか?」

 とりあえず確認しなければならない事を質問としてアイリスにぶつけてみるが、アイリスはただただ首を傾げるだけだ。どうやら春人の言っていることが何か全く分からないらしい。

「お、落ち着いてください。そもそもなんですか? その......<W>だとか、プレイヤーだとか......」

「......?」

 もしも。

 ここが仮想世界だとして<W>の事を知らないのはおかしい。<W>は<Wizard Soldier Online>に囚われた者たちにとっての憎悪の対象であり、知らない者はいないはずなのだから。

 ならば現実世界? いや、現実世界にもニュースなどで<W>の事は大々的に取り上げられていた。現実世界でも知らない者は殆どいないはずだ。

 NPCはこんなにも感情表現豊かではないし、残る可能性はゲーム世界に似たあの世としか言いようがない。だって天城春人は死んだはずなのだから。

 一人思考が停止した春人にアイリスが言葉をかける。

「ハクロは知っているのね。それであなた、どうしてあの場所に倒れていたの?」

「......何ででしょうね。俺にもわかりません」

 本当にわけが解らなかった。

 どうしてあの場所に自分が倒れていたのか。

 あの<W>との死闘の果てに何が起こったのか。

 何もわからない。

「何もわからない? 記憶喪失かしら」

「多分、そうなんじゃないでしょうか」

 だが残念ながら記憶はしっかりとある。自分がどんな人間なのかも、どんな世界にいて、どんな理由で戦っていたのかも覚えている。だが、仮にそれを話したとしてこの人はそれを信じるだろうか?

 と、ふとその時、部屋の窓の外から大歓声が聞こえてきた。外からの賑やかな声は聞こえていた物の、考え事に集中し過ぎていて気がつかなかった。

「外が賑やかですね。祭りでも始まるんですか?」

「パレードよ。今日は誕生日なの」

「誕生日?」

「ええ。この国のお姫様の誕生日よ」

 アイリスがそう言ったと同時にズンッ。という重い足音のようなものが聞こえてきた。同時に軽い振動。室内の物が微かに揺れる。この音には聞き覚えがあった。仮想世界に閉じ込められている間は嫌というほど聞いてきた音。

 はっとして窓の外に視線を移すと、そこにあったのは全長十メートルほどの鋼鉄の巨人。アイリスは「パレード用のものよ」と言ってはいるが、春人の耳には届かない。

 それは春人にとってあまりにも見覚えのあるモノだった。

「......WSウィザードソルジャー⁉」


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