第3話 Beautiful & Cute
海上に浮かぶ帆船の甲板で、双眼鏡を片手に街の様子を伺っていた者たちがいた。見るからに風貌の悪い彼らは――海賊としてこの海域一帯で活動していた。
主に商船などを狙うことで強奪と略奪を繰り返してきた彼らだが、だからこそあの沿岸要塞は邪魔者でしかない。だからこそ、<巨獣の森>での一件は彼らにとって非常に都合がよかった。
その上、今は近辺で新たに発見された<大地の恵み>の警備であの沿岸要塞の戦力は更に減っていると聞く。
それらに加えて。
「見ろよ、新型機だぜ」
沿岸要塞に、二機の新型機が運び込まれていくのが見える。戦力が少ないので新たに戦力を補充してきたか、と最初は冷や汗をかいたものの、外から来たのがたったの一機では問題するに値しない。
新型機といえども、三十機以上の機体を一度に相手できるわけではないのだから。
「こいつぁチャンスだ」
この海賊たちを纏め上げる<キャプテン>と呼ばれている大柄な男は言った。
そう。これはチャンスなのだ。
「俺達は今まであの鬱陶しい要塞のせいで自由に活動が出来なかった。だがその要塞も戦力不足の上に新型機を二機もぶら下げている。今こそが最大のチャンスだ」
船員たちの熱気があがっていく。
グラジオラスの市民の安心感の根源であるあの要塞は、彼らにとっては憎むべき存在だった。
実際、沿岸要塞の騎士たちに仲間を何人かやられている。
「お前らァ! 準備はいいか!」
海賊たちは吼える。
今こそ反撃の時だとでも言うかのように。
<魔術師の実験>の面々は沿岸要塞で一泊した後、次の日から作業を開始した。<カグツチ>の調整と、未完成の<コンヴァージェンスランチャー>の製造作業である。
今回は<カグツチ>を完成させることと受け取りという事が目的であった為にその間、ハルトやアイリスは時間をかなり持て余すということになる。<魔術師の実験>のメンバーの大半が技術者・研究者となっているのでそれも仕方がないだろう。
今日は朝から、ユリにグラジオラスの街中を案内してもらう予定になっていた。アイリスとハルト、ユリの三人は朝食を済ませるとさっそく街へとくりだす。
グラジオラスは朝から活気だっている。沿岸要塞という強大な防衛手段、武力が自分たちを護ってくれているという安心感が市民にはあるのだろう。そういった部分はブルースターの王都であるハクロにも言えることで、だからこそ市民たちはこうして心の底からの安心感をもって今日という一日を楽しく過ごしているのであろう。
「綺麗な街ですね。街の人たちの笑顔も自然で楽しそう」
「うん。私もそう思う」
アイリスの言葉にユリが頷く。
同年齢の女の子二人の後ろを一歩引いたところでハルトは二人に続く形で歩を進める。デスゲーム時代にこの街には来たことがあるが、なるほど確かに、データの塊であるNPCには出来ないような、いきいきとした顔をしている。
ところで、と。ユリはチラリと視線を背後のハルトへと移す。
「......ハルト・アマギはアイリスとはどういう関係?」
突然のユリの言葉にぎょっとしたのはハルトではなくアイリスである。
「ユリさん⁉ 突然、な、なななな、何を⁉」
「......ハルト・アマギ。質問の答えは?」
「自分はお嬢様の使用人です。それ以上でもそれ以外でもありません」
この世界に来てからの使用人生活ですっかり身についた使用人スマイルでスラスラと答える。実際、ハルトにとって自分とアイリスの関係はたったそれだけのことだった。
ハルトにとっては、だったが。
「そう」
「そ、それでユリさん⁉ どうして急にそんなことを⁉」
「? お似合いのお二人だったから気になって」
ここだけならばアイリスも聞いて小躍りするところだっただろう(脳内に限るが)。しかし、そこから先の発言が爆弾だった。
「......それにハルト・アマギはカッコいいし、顔も可愛いから」
「んなっ⁉」
「......私はけっこう好きだよ?」
「⁉⁉⁉」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「ハルト⁉」
「......敬語はいい。それに私のことはユリでいい」
「わかりました。ユリさん」
「敬語はいい」
「わ、わかった......ユリ」
「ん。それでいい」
アイリスが苦労して築き上げてきたハルトとの関係を一瞬にして抜き去ってしまった上に距離を瞬時に詰めてしまったユリに驚きつつ、今までの私の苦労はなんだったのかと思う。それどころかもう、ユリ一人でいいんじゃないかな。
(って良くない! 全ッッッ然良くない!)
ユリは小柄ではあるが、文句なしに可愛いし間違いなく美少女だ。アイリスはどちらかというと<美しい>という表現が合うだろうが、ユリの場合は<可愛い>という表現がピッタリだろう。
それはつまり同性であるアイリスの目から見てもユリは十分に魅力的であり、そう思えてしまうからこそこうしてハルトとの距離を急に詰められてしまうと不安になってしまう。
一人言葉も出ずにあたふたとしているアイリスは、ふとユリと視線があった。そわそわしながら見ていると、ユリがクスッと小悪魔のような笑みを浮かべた。
(あ、遊ばれてる⁉)
どうやら自分がユリにからかわれているということに気が付いたところで少しほっとする自分がいて思わず苦笑してしまう。
本当に、このハルト・アマギという少年が絡んでくると自分はどこかペースが狂ってしまう。しかし、そういった今までの自分にない面が今はどこか心地よかった。
髪を揺らしながらふわりとユリはアイリスに対して囁く。
「......焦っちゃった?」
「うっ。そ、そんなことはないです」
「......強がりだね。アイリスは」
まだユリと知り合って一日ぐらいしか経っていないが、この少女とは良い友人になれそうだ。いや、既に良い友人になっていると思う。
アイリスは遊ばれてるなぁと思いつつ、その不意をついたようにして再びユリが小悪魔的な笑みを浮かべて再び囁きかける。
「......でも、敬語で呼んでほしくないと思ったのはほんとだし、ハルトはカッコいいし可愛いよね」
「ええっ⁉」
すぐ傍を歩く小さな少女はクスッと微笑む。そして自分たちの後ろできょとんとした顔のまま自分たちの後に続く一人の少年の方を盗み見る。
「......アイリスも大変だね」
「そ、それはどういう意味ですか?」
「......頑張ってね」
精一杯見栄を張ってみるもこの小悪魔にはお見通しだった。
そこから、再びユリによる街の案内は続いた。露店の集中している通りを冷やかしながらぶらぶらと歩いたりた。クレマチス家の使用人としてこの世界に来てからずっと働いていたりして賃金を稼いでいる。更に騎士団でもそれ相応の活躍をしている上に特に何か欲しい物があるわけでもなく。生活用品以外の物を買った記憶がない。
元の世界。それも仮想世界ではなく現実世界にいた頃はゲームやプラモデルなどに資金を使っていたが、それらがないこの世界ではそんなこともないし、そもそもデスゲームを得てハルト自身、かなり変わったといえる。
露店の後、今度は大通りに進む。周囲には様々な店が立ち並んでおり、再度ウインドウショッピングが始まった。
ハルトにはよく解らないが、どうやら元の世界でも現実世界でも女の子という生き物は買い物が好きなのは変わらないらしい。
特に服を見ている間はかなりの時間を要したし、何故かアイリスはハルトにどの服が良いかを聞いてくるのでその度にファッションに関する知識の浅いハルトは「お嬢様は魅力的な女性ですのでどのような服も似合うと思いますよ」と使用人スマイルで切り返そうとしたものの、「ちゃんとどちらか答えてください」とジトッとした目で言われたので迷いながらも片方を選んだりと――そうして時間が過ぎていった。
今度は割と大きな、ぬいぐるみを売っている店に入る。服の次はぬいぐるみといかにも女の子が好きそうなファンシーな店内でハルトはやや自分が浮いていることを感じだ。いや、実際にハルト以外の客は全員女性なので浮いていることは間違いない。
「ハルトは何か買わなくていいのですか?」
「いえ。自分のことはお気になさらずに、お嬢様は買い物を続けてください......というより、少なくともこの店ではないでしょう」
苦笑するハルトの言葉の意味を周囲を見渡すことで理解したアイリスは同じように苦笑する。
こうやってアイリスが何か話を振るたびにハルトは一歩引いてしまう。使用人だから仕方がないのだろうとは思いつつも、このままではどうにも進展しない。
それにハルトが生活用品以外の何かを購入した所は今まで一度も見たことが無いのでどんなものが欲しいのかが興味はあった。
「もうっ。それこそ私の事はいいですから、ハルトは何か欲しい物はないのですか?」
「いえ。お嬢様は使用人のことなどお気になさらずに......」
「命令ですよ」
「......特に、ないです」
因みに、これは本心だ。
特に欲しい物が本当にない。
「特にない? 本当に? そ、それじゃあお給料は?」
「殆ど手を付けてないですね。生活用品以外は特に買うものもありませんし」
自分の事ではないのに思わずがっくりとアイリスは肩を落とす。
アイリスはそんなに頻繁に買い物をするわけでもないし、確かにお嬢様ではあるが豪遊などはしない。というよりむやみやたらにお金は使わない。しかし、そんなアイリスにだって欲しい物はあるし、というより普通なら誰にだって欲しい物の一つや二つはあるだろう。
「あなたって、無趣味?」
「はい。たぶん、そうなります」
元々の趣味はゲームとロボアニメの視聴だっただろうか。しかしデスゲームに囚われている間に趣味に割く時間も方法も無かったし、毎日が命がけの戦いの日々だった。
「何か趣味ぐらいは作った方がいいですよ?」
「一理あるとは思うんですけど、ね」
「じゃあ、何かぱっと思いつくことであなたの好きなものは? それを趣味にすればいいんじゃないかしら」
「好きなもの......WSですかね」
「............あなたって......いや、なんでもないわ」
しかもこの返答がなまじ本気だからタチが悪い。
もうお手上げ状態である。
「でも、せっかく働いて稼いだ賃金に殆ど手をつけていないのも、確かに寂しい話ですね。とはいえ、何を買ったらいいのかが解らないんですけど。お嬢様はなにか欲しい物はないんですか?」
「い、いや、私は別に......」
少し視線を移せば周りには大量のぬいぐるみたちが。子供の頃、騎士団の仕事でよく家をあける父親に誕生日にテディベアのぬいぐるみをプレゼントされて以来、アイリスはぬいぐるみが好きになったが、流石にこの歳でそれはどうだろうかという妙なプライド(?)が邪魔して素直にはなれない。
自分好みの大きなテディベアに一瞬だけ視線を移し、ぷいっと未練を振り払うように顔をそらす。
「......別に、ありませんよ」
「お嬢様、テディベアが大好きなはずでは? 小さい頃、誕生日でプレゼントされてから大好きになったんですよね?」
「何故それを⁉」
「この前、旦那様が仰っていましたから」
「お父様が⁉」
これは帰ったら一度、文句を言ってやらなければならないなとアイリスは一人こっそりと決意する。
だが、そんなハルトとアイリスの様子を、ユリは何かを思い出すような目で見ていたことに、二人は気が付かなかった。
――気が付く前に、小型端末から緊急事態コールが鳴り響いたからだ。
沿岸要塞の格納庫に急いで戻った三人を待ち受けていたのは、慌ただしくWSの発進準備を進めていく人々の光景だった。それもそのはず、沿岸要塞の護りが薄いところを突いて海賊たちが攻めてきたからだ。
とはいえ、この状況は予想が出来た。
戦力が減っている上に新型機が二機も運ばれているのだ。相手にとってこれほど都合の良い状態は無いだろう。
既に準備を終えていたのか、改修された機体に乗り込もうと歩くシルバをハルトは視界にとらえた。向こうもこちらに気付いたのかシルバと視線があう。
「よぉ、坊主に嬢ちゃん。すまないな、ゆっくり街を見てもらいたかったんだが、バカ共が堪えきれずに祭を始めちまったらしい」
「......シルバも出るの?」
「当たり前だ。あのマリナとかいう子に色々と機体もいじられちまったようだしな。機体が万全で体が動くなら出るさ」
「......この前、ボコボコにされたばかりだから無理はしないで」
「うるせぇ。生意気だぞクソガキ」
ユリの額を軽く弾き、シルバは三人に背を向けて改修された<カーディア>へと歩いて行った。このやり取りからして、二人がただの戦友ではないような気がしたアイリスはつい、ユリに尋ねてしまう。
「ユリさんは......シルバさんとは?」
「......シルバは......私の父親代わり、かな」
「え?」
「......私たちも早くいこう。敵はすぐそこまで来てる」
そういうと、ユリは<カグツチ>の元まで駆け出して行った。この話はまた後で、ということだろう。続くようにハルトは<タケミカヅチ>へと、アイリスは指令室へと向かった。
ハルトは騎士団の制服(というより軍服だろうか)のポケットから<タケミカヅチ>の<起動メモリ>を取り出しながら、コクピットハッチを解放する。
真っ黒のハッチが開いて、内部からコクピットシートがスライドして外に展開される。それに乗り込み、シートを中にスライドさせて、ハッチを閉じる。
<スタートアップカード>を差し込み、機体の起動が始まる。内部モニターが次々と点灯され、機体状態など、様々な情報が空中投影される。それらに素早く目を通して機体の状態が良好だということを確認する。
ヴンッ! と<タケミカヅチ>の紫眼が光る。
漆黒の巨人が立ち上がりズンッと一歩、足を踏み出す。格納庫内のメインハッチが開き、外からの光が差し込んできた。
『ハルト、準備はよろしいですか?』
指令室からアクセスしたアイリスの声が機体の中に響き渡る。
「はい。お嬢様」
『現在、敵勢力は海上から真っ直ぐにこちらに向かっています。<タケミカヅチ>も水中戦は出来ない事もないですが推奨は出来ないので、陸上での戦いを心がけてください』
言うと、ハルトの目の前にこの辺り一帯のマッピングデータが空中投影された。敵勢力の証である赤い印が確かにまっすぐにこちらに向かっていた。どうやら数少ないこちらの戦力を分断させようとしているのかここから少し離れた沿岸部へと侵攻している者もある。そちらの方にはまだあまり手が回っていないようだ。
『残念ながらまだ<コンヴァージェンスショートライフル>は完成していませんので、近接戦闘主体でいくことになりますが......』
問題は、<タケミカヅチ>がロクな射撃用装備を有していないという事だ。そもそも、<タケミカヅチ>は近接戦闘用武装のテストも兼ねて開発された機体であり、様々な近接戦闘用装備を有している反面、重量の面の問題がある実弾を使用した射撃用装備は排除されている。その為、重量問題をクリアした<コンヴァージェンスショートライフル>を装備させる予定なのだが、それが完成していないとなると、海上の敵を相手にする今回の戦闘は苦戦するかもしれない。
『ハルトにはここから離れたところにある沿岸に侵攻してきた海賊たちを排除してもらいます』
「ということは......」
『ええ。海上の敵は、ユリさんの<カグツチ>にお願いしたいと思います』
陸はハルト。海はユリ。
ということは、昨日付けで<魔術師の実験>に配属されたユリとの初めての共同戦線となりそうだ。
『既にシルバさんたちが沿岸部に乗り出してきた海賊たちと交戦を始めています。急いでください』
「了解しました」
既に沿岸部方向のハッチは解放されている。
見てみると、確かに遠くの方で戦闘の光が見えた。
『<タケミカヅチ>発進準備完了。進路クリア』
指令室のオペレーターからのコールによって、<タケミカヅチ>の発進許可が下りたことをコクピット内に空中投影された情報で確認した。
続いてアイリスが言う。
『BS-PTX1<タケミカヅチ>、発進!』
「<タケミカヅチ>、アクセラレーション!」
轟!! と、<タケミカヅチ>は弾丸の如く突き進む。背中の大型スラスターからは莫大な推進力を得た漆黒の機体が大気を切り裂きながら敵に向かって突き進む。
海賊と沿岸要塞の騎士たちの戦闘を、遠くから眺めていた男がいた。彼はミッドナイトブルーのWSに乗り込み、空中から戦闘の光景をじっと静かに見定めていた。
ミッドナイトブルーのWS――<ファング>はワイバーンと呼ばれる翼竜型ビーストの上に跨がっている。ワイバーンの腹部には拠点攻略用装備である<キャッスルブレイカー>の鉄杭と酷似しているものが深く突き刺さっている。
「やれやれ。ようやく始まったか」
<ファング>のパイロット、シド・オリエンタルは獲物を前にする獣のような目で戦場を見下ろしている。今にもあそこに乱入して片っ端から海賊も騎士たちも殺してやりたいが、自分たちの目的の為には我慢である。
「まぁ、せいぜい頑張ってくれよ騎士様たち。少しでも俺が、やりやすくなるようにな」




