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第1話 手料理のち邂逅

 食料などの荷物を積んだ馬車と大型WS専用トレーラー。この二種類を使って<魔術師の実験プロトウィザード>の面々は移動する。

 本来ならば輸送されるべきなのだろうが、<タケミカヅチ>を初めとした実験機は現地でのデータ収集と、完成に必要な細かい調整が必要で、それは開発者であるマリナにしか出来ない作業だった。何でも、<タケミカヅチ>などの実験機に試験的に組み込まれている特殊なパーツが関係しているらしい。

 また、機体登録そのものは製造場所で行う義務となっている為もある。

 とはいえ、特殊なパーツの調整を除けば起動に問題はないのだが。

 三日かけて一行は<ストックキャニオン>へと突入した。ここから外よりもビーストの出現率が少し上昇する。ここまでは比較的安全なコースをとっていたので夜間の警戒はローテーションで行っていたものの、ここからはそうはいかない。

 景色がガラリと変わり、左右が巨大な岩に囲まれる。以降、約二十四時間はこの景色が殆ど続くことになる。魔法で馬の疲労を回復させてから赤錆色の峡谷を進む。<タケミカヅチ>はトレーラーから解放され、武器を装備した状態で警戒しつつ進む。

 WSの足音に馬が興奮したり脅えたりしないように訓練を受けさせたり、鎮静効果を持つ魔法をかけているのでその辺りの問題を心配する必要はない。

 ここまで来るのに三日がかかり、あと一日かけて(途中で休憩は挟むが)この峡谷を越えなければならない。

 昼間はビーストの襲撃もなく順調に歩を勧めた。

 夜に入ると明日に備えて早めの休憩に入る。

 <魔力バッテリー>に魔力を補給し、再び警戒にあたる。

 夜間なので火の光も目立ってしまう。ビーストの出現しない地帯では問題は無いのだが、<ストックキャニオン>のようなビーストの出現が危ぶまれる地帯だとそう簡単に火を起こすわけにもいかない。そういった火に反応してしまうビーストも中には存在するからだ。

 しかし、隠ぺい魔法の結界で一部のエリアに発動させることで外部から火の光が見えないようにするので問題はない。ハルトが警戒を続ける中、下ではアイリスが手料理を技術開発部の面々に振る舞っていた。

 どうやら手料理はそれなりに出来るらしく、<タケミカヅチ>が見守る中繰り広げられる食事風景を見てみるとその料理はなかなか好評のように思えた。

 パイロット用の携帯食料をもしゃもしゃと食べながらその光景を眺めていた。<Wizard Soldier Online>には空腹を感じる仕様だったのでこういった携帯食料とも長い付き合いであり、この世界に来てから口にする機会も減っていたので久々の質素な味に懐かしさを覚えていた。


(久々だな。この味も)


 一人狭いコクピットの中で長時間過ごすのも久しぶりで、今日はなんだか懐かしさを感じる事ばかりだなと一人苦笑する。

 と、その時。<タケミカヅチ>の聴覚センサーが下のアイリスの声を拾う。


『ハルト、上げてください』

「お嬢様?」


 <索敵>の魔法スキルを使用しつつ、機体を操作して片膝をついた待機姿勢にし、右手をアイリスの前に差し伸べる。手に毛布やら――何故か食事用のトレイなどを持ちながらアイリスは<タケミカヅチ>の手のひらに乗り、右手をそのまま胸部のコクピット部分の手前に来るように操作する。

 コクピットハッチを解放し、コクピットブロックをそのまま外へとスライドさせる。シートに座ったハルトの体がそのまま外の世界へと晒される。その隣にはアイリスが色々と物を持ち寄って白い吐息をはきながら待っていた。


「ど、どうかなさったのですか? 外は冷えますよ? 速く馬車の中にお戻りください」

「そういうわけにはいきません」

「? なぜ? ですか?」


 ぽかんとするハルトをよそに、アイリスは頬を赤く染めながらハルトからぷいっと視線を逸らし、食事用のトレイを突き出す。


「こ、これっ!」

「?」

「い、いつも携帯食料ばかりだと健康面で問題があるので......その......私がつくったのでよければ......食べて、ください......」


 ハルトが時折、カスミの部屋で昼食をごちそうになっていると聞いてから今までは人並みに出来ればいいと考えていた料理を猛練習した。前よりは上手くはなったつもりなのだが、それでもまだアイリスの満足のいく領域には達していない。

 しかし、今回訪れたこのまたとないチャンスを活かさない手はなく、こうして気合を入れて手料理を作ってみたという次第だ。


「お嬢様がお作りに?」

「え、ええ」


 我ながら今までの自分とは違って今回はかなり頑張ってみたつもりだ。しかし、ハルトはどういった反応を見せてくれるのかが解らない。もしかしたらカスミの料理と比べて不味いと言われるかもしれない。

 そういった恥ずかしさと不安の入り混じった気持ちが頭の中でごちゃごちゃになりもはやハルトの顔すら見ていられなくなった。

 しかし。

 当の少年ハルトはというと。


「そ、そんな! お嬢様の御手を煩わせるぐらいなら自分が作りましたよ! どうして夕食を作れと命令されなかったんですか⁉」

「え、ええっ⁉」


 まさかそんな反応をされるとは微塵も思わなかったアイリスはあっけにとられてしまう。


(違うでしょう⁉ ここはそういうことをいう場面じゃないでしょう⁉)


 しかしそんな心の叫びもこの少年には届かない。

 もっと、こう、「とても美味しいです」とか、「お嬢様ってお料理がお上手なんですね」と言う反応を期待した乙女としてはこの反応はあまりにも予想外で残念だ。


「あああああああああああああああ! お嬢様の御手を煩わせるなんて使用人失格です! てっきりマリナさんかコサックさんか他の人が作ってくれるかと思いましたよ! こんなことになるなら作り置きしておくんでした!」


 実際、ここに来るまでの間はそうだった。アイリスはアイリスで決心がつかなかったから今日と言う日になってしまったという事情があるのだが。

 猛烈に後悔し、両手で頭を押さえながら夜の空に向かって叫ぶ。


「お嬢様! 料理なんてものは使用人である自分がしますから、お嬢様は体力の回復に努めていただければ......」

「は、ハルト・アマギ!」

「はいっ⁉」

「命令です! とにかく料理を食べなさい!」

「は、はいっ! 了解しました!」


 ずいっと差し出されたトレイの上の器の中に入っているシチューを受け取り、口にする。


「ど、どうかしら......一応、その、れ、練習してみたんだけど......」


 誰かに自分の作った料理を食べてもらう事がこんなにも緊張するとは思わなかったアイリスはまともにハルトの顔も見れずにいた。柄にもなくもじもじとしてしまう。しかし、気になることには気になるので視線だけで反応を確かめる。かかったのは短い時間だったが、アイリスにとっては何倍にも長い時間に思えた。


「とても美味しいです。流石お嬢様です」

「ほ、ほんとうに?」

「はい」

「気をつかわなくてもいいんですよ?」

「いいえ。正直な気持ちです」

「そ、そうですか......よかった......」


 ハルトの心の底からの微笑みにほっとするアイリスであったが、緊張が解けたせいか急に体が夜の寒さを思い出した。とたんに冷気が体を包み込み、手に持っている毛布で身をくるんだ。


「お嬢様、やはり寒いのでしたら馬車の中にお戻りください。この三日間の移動でお疲れでしょう?」

「いいえ。もう少しだけここにいます」

「体を冷やしては大変で......」

「こ・こ・に・い・ま・す」

「は、はぁ。そうですか」

「そうです」


 とはいえ、夜間警戒を長時間邪魔しては元も子もないので五分にも満たない時間だけにするつもりだったアイリスだが、さすがに次のハルトの口から発せられた言葉は予想外の物だった。


「では中にお入りください。お体を冷やすわけにはいきませんから」

「な、中?」


 言うと、ハルトはコクピットブロックを機体の中にスライドさせ、そこから更に機体を操作してアイリスの乗っている右手をハッチの前へと移動させる。


「中は狭いですが外よりはマシですからどうぞ」

「え、ええっと......その......それでは、お邪魔、します......」


 ゆっくりとコクピットの中へとアイリスは手を入れる。中からハルトに引っ張ってもらい、何とか<タケミカヅチ>のコクピットの中へと入りこむ。中はシート以外にも何とかギリギリ人が座れるだけのスペースは本当にギリギリだがあった。殆ど隣に座っているようなもので、かなり密着している。


(ち、近い......)


 丁度良いぐらいの温度を保つように設定されているのか、コクピットの中は外とは違って毛布にくるまる必要はなかった。

 上を見上げると、満天の星空がコクピット内のモニターにも映し出されていた。ハルトは警戒をしつつ、アイリスと同じように星空を見上げる。


「......綺麗ですね」

「はい。自分もそう思います」


 WSのコクピット内という場所が場所だが、何気にシチュエーション的にはバッチリなのではないのだろうか? とふとアイリスは思う。

 そうだ。いくら相手がこの鈍すぎる少年でもこの状況で一言「好きです」と言いさえすればさすがに自分の気持ちに気づいてくれるのではないだろうか。


(こ、このタイミングなら......ああっ、でも、やっぱりまだ......)


 中々決心がつかない。警戒を続けるハルトをよそに一人あわてるアイリスであったが、この三日の移動で疲れが溜まっていたのか、それとも緊張に緊張が重なって疲れてしまったのか、アイリスの意思とは裏腹にその瞳は閉じていく。


「お休みなさいませ。お嬢様」


 最後にそんな少年の声と後悔と共に、アイリスはハルトに寄りかかるようにして眠りについた。





 アイリスが次に目を開けると、コクピット内のモニターに広がっていたのは満天の星空ではなく峡谷の隙間から差し込んでくる朝日だった。ウトウトしながら現状を確認する。

 毛布にくるまっている自分と、隣には使用人。

 そしてここは狭いWSのコクピットの中。

 つまり、密室で二人っきり。


「......」

「おはようございます。お嬢様」

「......」

「申し訳ござません。本当は馬車の中に移したかったのですが、よくお眠りになっていたので起こすわけにもいかず、結局このような形で夜を明かすことになってしまいました」

「......」

「お体にどこか異常などはないでしょうか? もし何かありましたらなんでもおっしゃってください」

「......」

「お嬢様?」

「......えっと、私、昨日はここで寝てしまったんですよね?」

「はい」

「..................死にたい」

「お嬢様⁉」

「寝顔を......寝顔を見られました......恥ずかしい......もういっそのこと殺してください......」


 自身の主の突然の「死にたい」発言にこれは一大事だと感じ取ったハルトは慌てて<タケミカヅチ>のコクピット内の隅っこで蹲るアイリスに必死に呼びかける。


「お嬢様! 落ち着いてください! 心配なさらずともとても魅力的で可愛い寝顔でしたよ!」

「......っ! そ、そういうことじゃありません! お、女の子には色々と事情があるんですよ!」


 慌てて顔を隣の少年からそらす。きっと顔が熱いのは恥ずかしさだけじゃないだろう。

 とはいえ、恋する乙女としては思い人に不用意に寝顔を見られるのは色々と心配するところもあり、更に昨日はまたとないチャンスを棒に振ってしまったので後悔もプラスされて更に落ち込む羽目になる。


「......取りあえず外に出ます」


 後悔と恥ずかしさと共に、アイリスは外に出る。

 アイリスが気持ちを切り替えるのと一行が出発の準備を終えたのはそこから一時間後の事だった。




 <魔術師の実験プロトウィザード>の面々は再び<要塞都市グラジオラス>に向けて出発した。今日の昼ごろには到着する予定である。このまま順調に進めば、だが。

 しかし、何だかんだと言われながらも今回の遠征の旅路としてはかなり順調である。ビーストとは一度も出くわしていない。この調子ならとりあえず行きは大丈夫だろうか、とアイリスや一行が考えた瞬間だった。

 馬車の中に取り付けられた通信用の端末からコールサインが表示される。すると、すぐに回線が開き、馬車の中にハルトの声が響き渡った。


『皆さん、止まってください』

「ハルト? どうかしましたか? まさか......」

『ええ、そのまさかです。ここから先のポイントでビーストの反応をキャッチしました』


 一行の間に緊張感が走る。

 ついに来てしまった。


『離れすぎても危険なので、一定の距離を保ったまま前進します。よろしいでしょうか?』


 ビーストが出現した以上、この辺りにも他のビーストがいてもおかしくはない。不用意に<タケミカヅチ>を先行させて防衛手段が殆ど無いに等しい馬車とトレーラーを孤立させるわけにはいかない。


「わかりました。距離はあなたに任せます。あなたが最も防衛しやすい距離を保ってください」

『了解しました』


 その後、ハルトの指示によって決められた一定の距離感を保ちつつ、慎重に前進する。機体コンセプトからしても、現状としても、今の<タケミカヅチ>に射撃武器は存在していない。新開発された<タケミカヅチ>用の射撃武器を持たせる予定だったのだが、組み立て作業を未だ終えていないのでそれも使用することが出来ない。

 護衛には慎重とかなりの技量が求められる。


「......いた!」


 <タケミカヅチ>の頭部にあるツインアイがその光景を捉える。敵は四足歩行のビーストだった。どうやら何かと闘っているようだ。ビースト同士の戦闘か? と思ったが違った。直後に、もう一つの反応を捉えたからだ。

 味方の識別信号を発しているということは同じ<ブルースター>のWSだ。


『この反応......味方のようね』

「そのようです。加勢します」


 と、ハルトが動き出そうとしたその時だった。二人の間に割り込むようにしてマリナの声が響く。


『だいじょーぶ。必要ないよ』

「必要ない?」


 しかし、味方の反応は一つしかない。本当に大丈夫なのだろうかと心配するハルトの心を見透かしたかのように、マリナは更に続ける。


『うん。まあ見ててよ』


 言われたとおり、ハルトは機体内のモニターに映し出されているその光景に目を凝らす。

 ビーストは脚の爪を地面に喰いこませたまま動こうとしない。まるで力を溜めているように見えた。そしてその視線の先にあるのは一機の赤いWS。

 赤い人型のボディは<タケミカヅチ>と同じぐらいの大きさで、両手にはトンファーのような形をしたガトリングガンを装備しており、両肩にはキャノン砲を有している。胸部装甲は厚い装甲に包まれており、全体的な人型の形は<タケミカヅチ>と同程度だが、胸部や脚部は厚く、太い。

 背中のバックパックから伸びたベルト型の弾倉がガトリングガンに接続されている。

 ビーストが唸り、大地を蹴る。

 弾丸の如く駆け出したビーストを視認した赤いWSは緑色のツインアイをカッ! と輝かせると、ガトリングガンの砲門をビーストに対して向け――――放つ。

 砲門から赤い光が迸った。

 そして胸部装甲、脚部の装甲らしきものが開き、内部から一斉にミサイルが放たれた。ベルト型の弾倉が次々とガトリングガンに供給される。

 ビーストは一斉に放たれた火力になす術もなく撃ち抜かれ、砕け、爆散した。

 後に残ったのは大地に立つ赤いWSと、紅蓮の炎のみであった。


「あれは......まさか」


 ハルトの呟きに、マリナは答える。


『そう。あれが、BS-PTX2<カグツチ>。<Xシリーズ>の二号機だよ』


 <カグツチ>は<タケミカヅチ>を初めとする<魔術師の実験プロトウィザード>の面々に気づくと、一歩ずつ大地を踏みしめてこちらにやってくる。


『その機体。もしかして......<タケミカヅチ>?』


 <カグツチ>の外部スピーカーから少女の声が峡谷に響き渡った。同じく外部スピーカーをオンにし、応える。


『はい』

『ならあなたは......ハルト・アマギ?』

『そうです。それで......あなたは?』


 ハルトの疑問に答えるように。

 そして、と。マリナは続ける。


『あれに乗っているのはグラジオラスのエースパイロット、<血の赤レッドクリムゾン>。名前は......』

『マリナ。自己紹介なら自分でする』


 言うと、<カグツチ>のパイロットはコクピットハッチを解放する。

 中から姿を現したのは小柄な少女だった。アイリスよりもかなり低い。マリナよりは高いが、アイリスとマリナの中間ぐらいだろうか。

 首筋ぐらいまである髪を風に揺らしながら、無表情でクールな雰囲気をもった少女はその可憐な唇をゆっくりと開いた。


「......ユリ・ナグサ。<魔術師の実験プロトウィザード>に配属されることになった」


 よろしく。と、ユリは無表情でそう言った。

 少女と少年たちの間には、ビーストの残骸から迸る赤い炎が燃え上っていた。



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