プロローグ
要塞都市グラジオラス。
その名前とは裏腹に都市自体は<武装都市メガロ>とは違って武装されているわけではない。街の中に<沿岸要塞>があることからその名がつけられている。
東国ブルースターが治める<アンスリウム大陸>にはいくつかの要塞があり、この沿岸要塞以外にも陸上要塞<カンパニュラ>などが存在するが、いずれも<要塞>イメージに相応しい武力を保有している。そしてそれは<要塞都市グラジオラス>も例外ではなく、その象徴として<血の赤>という二つ名を持つ騎士が所属している。
「機体の受け取りをしにいくんだよね? かぐたんの」
マリナの突然の一言に、アイリスは目を丸くした。
「はい?」
「BS-PTX2<カグツチ>のことですよ。アイリスさん」
「ああ、<Xシリーズ>の」
マリナは自分の開発した機体にニックネームをつける癖があるので一瞬なにを言いたいのかが解らなかったが、コサックからの絶妙なフォローが入ったのですぐに理解する。
因みにマリナにはBS-PTX1<タケミカヅチ>の事を<たっちゃん>と名付けている前科持ちなので今更驚きはしないが。
「......って、<カグツチ>の受け取りの任務に関しては私がついさっき騎士団長から命じられたばかりですよ⁉ どうして私よりも先に知ってたんですか⁉」
「そんなのどーだっていいじゃん。うえへへへへへへ。あの赤いボディがたまらないんだよねぇ。思い出しただけできゅんきゅんしちゃうよ。じゅるり」
開発にはここの技術開発研究部が行ったものだが、製造そのものは<要塞都市グラジオラス>の開発部で行われた。一度、マリナはグラジオラスに赴いて製造の様子を確認したらしいのだが、それ以降、こうしてその製造の様子を思い出しては涎を垂らしている。
「あの子って本当に大胆なんだよ? 大勢の人がいるのに内部フレームが丸見えのまま床に寝転がっててもうあんなの完全に私を誘っているとしか思えないよね! あっ、やばい。思い出したら鼻血でそうになってきた」
「......」
「早くなでなでしてペロペロして装甲を脱がせて整備や改造をしてやりたいぜ。ぐへへへへへへへへ」
「......コサックさんも大変ですね」
「わかってくれますか」
鋼鉄の巨人で妄想にふけりながら涎をたらす幼女を見て、アイリスとコサックは自然とため息が出た。
どうやら今日も、コサックのストレスが順調に溜まりそうだと思ったところで現在この実験部隊、唯一のパイロットが技術開発部の研究室に入ってきた。
黒髪に細身の十七歳で、東国ブルースターの騎士団の制服に身を包んだ少年の顔はどこか幼さが残っていて、騎士団の制服に身を包んでいるとややアンバランスな印象を抱かせる。
しかし、その身に秘められているスペックは異常なまでに高く、まだその底を見せてはいない。
表向きには記憶喪失だと偽っている異世界からの住人、ハルト・アマギはマリナほどではないにしろ幼さの残る顔で報告を行う。
「おまたせしました。お嬢様、<タケミカヅチ>の整備、および頭部両側面部への<夜桜〇.伍式>の装備が終了いたしました。機体は良好。問題はありません」
「そうですか。ご苦労様です」
まだ設立されたばかりで整備スタッフなどを除けば人数も少ない実験部隊<魔術師の実験>は会議室を使う程の人数ではないのでこうしてミーティングなどは研究室を使って行われる。
残りはハルトだけで、アイリス達はハルトが<タケミカヅチ>の整備を終えるのを待っていたのだ。ハルトが席につくのを確認したアイリスはこの部屋にいる面々を見渡して言う。
「ライラック騎士団長から指令が下りました。マリナさんが仰った通り、私たちは明日、完成した新型WS、<カグツチ>の受け取りに向かいます」
「はーい!」
「<カグツチ>が見つかったということは、パイロットも決まったんですよね?」
そう言ったのはハルトだ。今の所、この部隊のパイロットは一人しかいない。いや、この状況だともはや部隊とはいえない。現在では自分一人だけでも問題は起こっていない。しかし、仲間が増えるのは喜ばしいことだし、自分の主をよりいっそう護りやすくなるので嬉しいことづくめだ。
お嬢様の安全を高めたいという意味では仲間が来ることは待ち遠しい。
「うん。と――――ってもきゃわいいおんなのこなんだよっ! 気になる? 気になっちゃう?」
「勿論、気になりますよ」
これから一緒に戦うことになる仲間だから、という意味でだが。
「もうその可愛さにハルトくんもメロメロだよん!」
「楽しみにしておきます」
マリナの言葉にそう返したのがいけなかったのか。
ハルトとしてはただの冗談だったつもりだったのだが、何故かすぐ傍から突然、お嬢様からの「不機嫌オーラ」が吹き荒れたのをハルトは見逃さなかった。
「......ふーん。そうですか。そんなに気になるんですか。へー」
ハルトの心の声が聞こえるわけでもないアイリスは不満そうにジトッとした目でハルトを見る。身に覚えのない気分に陥ったハルトは何故か冷や汗が止まらなかった。
いったいなぜ、お嬢様は不満そうにしているのかが彼には本当に理解出来なかった。
「そーですよねー。可愛い女の子と聞きますし、それはもうハルトも気になりますよねー」
「あ、あの、お嬢様? 自分はただ、これから一緒に戦う仲間がいったいどんな方なのか気になるだけで......」
「......しんじられません」
なぜお嬢様が不機嫌になってしまったのだろうとオロオロとしているとやれやれといった様子でマリナが「仕方がない。頼れるおねーさんが助言してあげよう」とでも言いたそうにしながら、
「だめだねぇハルトくんは。アイリスちゃんっていうこんなにも可愛い女の子が目の前にいるのに他の女の子の事を笑顔で『会えるのを楽しみにしています』なんて言っちゃあだめだよ」
「えー......仮にそうだとしたら原因を作ったのはマリナさんじゃないですか」
そもそもお嬢様が本当にそんなことで不機嫌になるのだろうかと思う。しかし、そんなハルトの考えとは裏腹にアイリスはますます不機嫌になるばかりだった。
とはいえ、仕事があるのでそう不機嫌にばかりなってもいられないとアイリスはすぐに切り替える。
こういった切り替えがすぐに出来る点においては流石だとハルトは思った。
「まあ、いいです。......とりあえず、問題はグラジオラスに向かうにはここからだと<ストックキャニオン>を通らなければならないことです」
<ストックキャニオン>とはグラジオラスの手前にある峡谷である。ここにはビーストが生息しており、出現率はそう頻繁ではないものの、危険性を孕んでいることは間違いない。商人などがグラジオラスに行く場合は五日ほどかけて大きく迂回する場合が多いのだが、それでも地形の関係で馬車がギリギリ通れる道しかない。
よって、WSを運搬しなければならない<魔術師の実験>は必然的に<ストックキャニオン>を通らなければならない。
「WSおよびWS専用トレーラーでは迂回道を通ることは出来ないので、<ストックキャニオン>を突っ切ります。つきましては、まる一日かかるのでそれ相応の準備が必要であるということと、夜間の警戒が必要です」
「この人数で?」
「それが問題なんですよね......」
アイリスが少し困ったように言う。
一日中行動するわけにもいかないし、夜間には休む必要が出てくる。
しかし、この部隊にはWSが一機しかない。それ故に本来ならばローテーションで交代しながら行うビースト相手の夜間の警戒もWS一機だけで行わなければならない。パイロットがいないと話にならないし、いざビーストの出現に気付いてパイロットを慌てて起こそうとしても寝起き直後では本来のポテンシャルを発揮できずに死んでしまいましたではシャレにならない。
かといって、徹夜させて体力を失わせるわけにもいかない。ただでさえ一機しかいない分、負担もかかるのだ。
「当日は他の隊の方もしばらくの間、基地を出払うようですし、その基地の護衛には何機か必要ですし......はぁ」
「んー。グラジオラスからの迎えとはないのかな?」
「それが、向こうは現在、色々と忙しい時期だそうでして......実験機一機の受け取りに迎えを出せるような余裕はないそうです」
「それは弱ったね。なら、別の日を待つしかないんじゃない? さすがにハルトくん一人に一日中護衛させるわけにはいかないし」
実験部隊の面々が唸りながら思考を巡らせている所に、ハルトが何気なしに一言いい放つ。
「自分なら大丈夫ですよ? 一日程度なら問題ありません」
「え? そうなの? でも一人だけの警戒って結構、神経つかわない? 疲労もかなり溜まるだろうし」
「問題ありません。昔、五日ぐらい徹夜して一人でビーストと闘ってた事がありますから。一日、それも警戒でいいのなら負担にもなりません」
「五日間ビーストと徹夜で戦闘⁉ なにそれ私聞いてない」
「ハルト、あなた記憶が戻ったの?」
驚くと共に発せられたアイリスの言葉に思わず自分が記憶喪失であるという設定だったことを思い出したハルトは慌ててフォローに入る。
「え、ええ! き、記憶が少しもどりました! おかげさまで!」
「そ、そうですか......」
「?」
特に疑いはしなかったことに安堵し、どこか悲しそうに......不安げにするアイリスを見て首を傾げるものの、また何か下手な事をいって疑われても厄介なことになるだけなので何も言わなかった。
信じて貰え無さそうだから、自分が異世界から来たと知られればどうなるか解らないからとこうして嘘をつき続けているが、本当にこのままだといつかバレてしまうかもしれないと内心冷や汗をかく。
とはいえ。
(でも......俺が異世界から来たって知ったら、お嬢様はどう思うんだろう)
それがまったく予想がつかない。
しかし、今はそのことは置いておいて目の前の問題に向き合うことにした。アイリスを見習って、自分も切り替えをちゃんとしようと思ったのだ。
「とにかく、自分は問題ありません。夜間の警戒もお任せください」
「って言ってるけど、アイリスちゃんはどうなの?」
「......あ、はい。不安要素は残りますが、ハルトが大丈夫というのなら信じてみようかと思います。しかし、危ないと感じたらすぐに撤退することにしますが」
「了解しました」
<魔術師の実験>の戦力増加は急を要する。何故ならば、この実験部隊のデータ回収はそのままブルースターの戦力増加にそのまま繋がるからだ。また、<タケミカヅチ>のデータ回収の為にも実戦に関してはあった方がいいぐらいなので結局、<ストックキャニオン>を通過することに関してはむしろ歓迎するべき事態である。
ハルトならばそこらのビーストに遅れをとることはないとこの場にいる誰もが承知であることもアイリスがこの決断に踏み切ったことの要因でもある。
「それでは明日、我が隊は<要塞都市グラジオラス>に向けて出発したいと思います」
とりあえずプロローグだけ




