第11話 吼える雷神
<タケミカヅチ>が雷の如く戦場を駆ける。漆黒の刃を振るい、跳躍し、敵を討つ。<空絶>を射出し、鞭のように振るい、敵を薙ぎ払う。先端を鋭い刃へと変形させ、敵を切断する。
最後に紅蓮の劫火と共に爆発が巻き起こる。
「残り......十機」
ものの一分程度で、敵の数は残り十機へと減っていた。
<タケミカヅチ>の高性能とそれに加えて小型化された<A.I.P.F.>の威力は凄まじく、何より――ハルトのパイロットとしての凄まじいまでの技量、スキル。この場に彼の敵は存在しなかった。
空中投影されたホロモニターに視線を移すと味方が湖の沿岸に到達したのが見えた。
(後はこの敵を片付けるだけか......撤退してくれればいいんだけどな)
ここまで。
彼は全ての敵を撃破してきたが、何も好き好んで殺したわけではない。敵だって今まで色んな命を奪ってきただろうし、さきほどまで自分たちを殺そうとしていたのだ。手加減をする義理は無い。
とはいえ、撤退する敵を討とうとまでは思わない。
必要であるならば殺すかもしれないが、この場ではそういうことにはならないだろう。
どのみち、<A.I.P.F.>の小型化に成功した事はドミナント側にもいずれ知られるだろうし、遅いか速いかの違いである。
敵を睨みつけるようにして様子を伺ってみると、敵の戦意はもはや風前の灯と化していた。
じりじりと後ずさろうとしているように見える。これだけの圧倒的な戦力の差を見せつけられては当分、メガロに攻め込もうとは思わないだろう。何しろたった一機で二十機以上もの敵を殲滅したのだ。
五十機も投入していた戦力をこれだけ奪ってしまえば良い牽制になる。
そう思い、人知れずほっとしていたところだった。
――――ソレが現れたのは。
パチ、パチ、パチ、と。
外部スピーカーを通じて、人の拍手の音が湖に響き渡った。「誰だ?」と思うも、少なくともこの場の兵士の誰かではない。この拍手からはパイロットの余裕が伝わってくる。少なくとも――この場の誰か、ではないことは明らかだ。
そして、その拍手の主は現れた。ちょうど、今敵の残りのドミナントの<アンバー>が固まっている辺り。<巨獣の森>の中からそれはやってきた。
薄暗い森の中から姿を現したのは、一機のWS。
ミッドナイトブルーのボディカラーに獣を無理やり人の形にしたシルエット。両手のマニピュレーターは獣の爪のような形をしており、足の先端にも一本の牙のような形をした武器らしき装飾のようなものもある。
狼を彷彿とさせる頭部に獲物を捉えた猛獣を思わせる赤色のツインアイが静かに<タケミカヅチ>を見据えていた。
見たことが無いタイプのWSだ。確か<ドミナント>のどの量産機のタイプにも当てはまらない。
つまり、<タケミカヅチ>と同じ実験機、もしくは<ドミナント>とはまったく別の組織のオリジナルなのか。
「いやぁ、良いモン見せてもらったぜ。なかなか面白いショーだった」
ハルトはその言葉を発しているのが誰かは解らないが、その人物のニヤリと不気味な笑顔を見せたのがなんとなく、解った。
「こっちは目的も達したし、暇つぶしにさえなりゃと思っていたところだが、まさか小型化された<A.I.P.F.>まで見れるなんてな。こりゃ思わぬ収穫だ」
どうやらドミナントはまったく別の第三者を味方として加えていたようだ。しかし、どうやら彼がドミナントの部隊の手におえるものではなかったらしい。
「し、シド! 貴様、ショーとは......暇つぶしとはどういうことだ⁉」
同じように外部スピーカーで呼びかけたのはこの部隊の隊長である。部下に撤退命令を出そうとしたところでのシドの登場なのだから今まで何をしていたのだという気持ちと、いきなりの発言に驚いた......いや、激怒したというところもある。
既に彼の頭の中からは、これがいかに危険な存在かが消え去っていた。
シドは答える。
「おーおー、なーに怒っちゃってんの隊長サン」
「雇ったというのに戦闘には参加せず! 部下たちを殺し! 挙句の果てに......暇つぶし? ショーだと? 貴様はいったいどういうつもりなのだ⁉」
「うっせえなぁ......」
シドは何気ないようすで、それこそ気軽に今日の天気でも尋ねるかのように――WSの操縦桿を軽く動かす。
するとミッドナイトブルーの機体、<ファング>は右手の近接戦闘ブレード型マニピュレーターを、オレンジ色に輝かせた<ブレードクロー>をフッ、と軽く振るう。
「――――死ねよ」
「はっ......?」
斬、と。
<ファング>が腕を軽く振るっただけで隊長機の<アンバー>の胸部が消えうせた。爪痕だけが残り、すぐに<アンバー>は爆散した。爆発音。その轟音とは裏腹に簡単に、とても呆気ない光景だった。
「オイオイオイオイオイ! そんなうだうだうだうだお小言並べてさァ。あんまりウザいと嫌われるぜ?......あ、もう死んじまったから意味ないか」
シドはケタケタと楽しそうに、心底楽しそうに笑う。
そんなシドの態度とは裏腹にこの場は戦慄していた。
「ごっめーん。今度から気を付けるから許してくれよぉ~。タイチョーサーン」
ガツンッ。と、<ファング>は爆発から飛び出してきた隊長機の<アンバー>の頭部の残骸を踏む。メキメキと<アンバー>の頭部が歪み、亀裂が入り――やがてバキッという音と共に頭部は踏みつぶされた。
「なん、だ? コイツは......!」
いや。ハルトは知っている。
デスゲームの世界にもこういうやつがいた。現実世界から、人殺しの許される世界へと降り立ったことでまるで何かから解放されたかのように人を殺すことを生きがいとしていたような奴が。
その人物はハルトが過去に倒し、もう二度と会いたくはないと思っていたようなプレイヤーだった。
この目の前のシドという男も、それと同じだった。
「きッ......貴様ァ!」
「よくも隊長を!」
普段からこのシドという男はよほど態度に問題があり(当然といえるが)、この隊の兵達も日ごろの鬱憤が溜まっていたのか解らないが、隊長の呆気ない死によってまるで枷が切れたかのように十機のWSがいっせいに<ファング>へと襲い掛かった。
「やめろ! お前たちじゃソイツには......!」
かなわない。
そう警告する前に、<ファング>は動き出していた。
残存する<アンバー>部隊がいっせいにマシンガンを片手に<ファング>に対して集中砲火を行う。しかし、<ファング>は両手の<ブレードクロー>で徹底的に銃弾を弾き、切り裂く。
「ハハハハハハハッ!」
止まらない。止められなかった。
大地を疾走する一匹の鋼鉄の獣は銃弾の雨をものともせずに獲物を求めて突き進む。
「――――死、ね、よッッッ!」
グンッ、と身を低く屈めて<アンバー>の懐に潜り込んだ<ファング>は右腕を大きく振り上げる。すると、<アンバー>の持つ土色の装甲が切断され、直後に爆ぜる。
「この! この! このぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「おっと」
<ファング>は何気なく、まるで友人の肩にポンと手を置くように傍にいた<アンバー>の頭部を鷲掴みにし、あろうことか自身に向けられた銃撃の盾にした。
「うおっ......⁉」
盾にされた<アンバー>はなす術もなく銃撃に晒され、<魔力バッテリー>を撃ち抜かれて爆ぜた。どうやら<ファング>は至近距離の爆発にも耐えられるだけの装甲を有しているらしい。
「あーあ、死んじゃった。駄目じゃないか味方同士で殺し合いなんかしちゃぁ。センセーに言いつけちゃうぞ?」
「貴ッ......様ァァァァァ!」
「あーハイハイ」
<ファング>は腕を銃撃を行った<アンバー>へと向ける。腕から小型の機関銃のような物が展開され、<アンバー>が射撃行動を行うよりも早く、銃弾が土色の装甲を打ち貫いた。
紅蓮の華が咲き乱れる。
「いやホント、花火ってヤツは綺麗で良いねェ」
「この野郎ッ!」
今度は別の<アンバー>が背後から襲い掛かってきた。手には近接戦闘用武器であるカタールを所持しており、大きく振りかぶったそれは――、
「はい0て~ん」
<ファング>が軽く、<ブレードクロー>を一振りするだけで細切れになった。何が起こったのか理解出来ない<アンバー>のパイロットが呆然としていると、頭部を鷲掴みにされ、<アンバー>の巨体がいとも簡単に持ち上げられた。
「う、お、お?」
「だめだめだめだめだめだ。まったくだめだ。わざと隙を作ってやったのにぜんぜんなってねェ。0点だ0点。まったく駄目な兵を持つと苦労するぜ」
<ファング>は左手の<ブレードクロー>軋ませると、
「つーわけではい、死刑」
ズドッと<ファング>の左手が土色のコクピットハッチを貫いた。直後に、さきほどまで必死に抗っていた<アンバー>の腕がガクリと力が抜けたようにぶら下がる。
「斬殺だ」
言うと。<ファング>は動き出す。
<アンバー>を地面に叩きつけると身をかがめてむさぼるように爪を、もはやただの死体が吹き飛んだ空になった棺桶と化した土色の残骸に叩きつける。
「斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺斬殺ゥゥゥッッッ!」
<ブレードクロー>が炸裂した。
コクピット部分は既に風穴があいていたにも関わらず幾度も切り裂かれ、オレンジ色に輝く爪が今度は肩、腕、腹部、脚部を切り裂いていく。装甲の一部はバラバラに砕け、中からは魔力バッテリーの欠片や動力パイプ、コード類がまるで人の内臓のように飛び出してきた。
細切れになる<アンバー>を見た部隊の面々は、その光景を見た瞬間に今度こそ、完全に戦意が消失した。
ある者は逃げ出した。ある者は悲鳴をあげた。ある者は未だ勇敢に武器を構えていた。
だがそれら全員は平等に――
「この俺様が逃がすと思っているのか? このバカ共がァッ!」
――シドの手によって殺された。
この惨状が、地獄が出来上がるのに数分もかからなかった。ただ、ドミナントの部隊の全滅という結果だけが残った。湖の水面を、赤々とした炎の光が照らしていた。その地獄を造りだした張本人はその中心で、ただそこに立っていた。
ヴンッと<ファング>の真っ赤なツインアイが怪しく輝く。
「さァて、と」
獣の視線がこちらを向いた。
次の獲物はお前たちだと――暗にいっているかのように。
「次はようやく――メインだ」
<ファング>は駆ける。大地を蹴り、莫大なパワーを用いて疾走する。目標は<タケミカヅチ>だ。
「来るか......!」
<タケミカヅチ>は<夜桜壱式>を構え、同じように<ファング>に向かって突き進む。そして両者がもう少しで激突するというところで、その手前で<ファング>は跳躍する。不意をつかれたものの、反応は出来る。
ここから行われるであろう敵の行動パターンをいくつか頭の中に提示し、ここからの対処にも問題ないはずだった。しかし、<ファング>はただ飛び越えただけだった。攻撃をするわけでもなく、だ。
背後を取られたのか? と感じたハルトであったが、背後をとられても問題はない。対処できると考えていた瞬間だった。着地した<ファング>はそのまま背後の<タケミカヅチ>を攻撃するわけでもなく、ただその場を駆け抜ける。
「――――ッ! そうか!」
相手の行動の真意を読み取ったハルトはすぐに反転し、駆け出した。
狙いはハルトではない。
シルバたちである。
「まずテメーらから殺す! メインへの余興になァ!」
撤退するシルバたちに<ブレードクロー>が襲い掛かる。「ちぃっ」と舌打ちをしたシルバは部下たちに先に行かせるように指示し、一人部下から奪い取ったマシンガンを片手に<ファング>の前に立ちはだかる。
しかし、シルバの<カーディア>は既に片腕と両肩のシールドを失い、装甲のあちこちがボロボロになっていた。元々が十年前の機体である。内部にもガタが来ていた。
「<銀色の亡霊>か」
「......ご存じだとは嬉しいぜ」
「当然だ。アンタは有名人だからな。が、今はただの老いぼれだ!」
現状の<カーディア>では数秒ももたない。
だが、部下が逃げる時間を、ハルトが駆けつける時間を稼げるならばそれもでもいいと思っていた。
オレンジ色に輝く爪が襲い掛かる。すぐ目の前まで来ている。駄目だ。攻撃は見えてもボロボロの機体では追いつかない。回避が出来ない。間に合わない。
「させるか!」
「......ッ⁉」
シルバの予想を裏切り――<タケミカヅチ>が出現した。バチバチと大型スラスターから僅かな紫電が迸っている。漆黒の刃が<ファング>の左手の<ブレードクロー>を防ぎ、右手の爪を左腕の<A.I.P.F.>が防ぐ。
「あァ?」
「これ以上、お前のすきにはさせない......!」
両者の間で火花が舞い散る。
この場から引き離す為にハルトは背中の大型スラスターを全開にし、無理やり<ファング>を圧し切る。出力は<タケミカヅチ>が勝っていたのか、それともハルトの魔法スキルによるブーストが効いたのか<ファング>は地面に踏ん張ろうとするも<タケミカヅチ>に圧される形で後退していく。
「ハッ! まあいい。ならテメェから殺してやるよ!」
「やってみろ。お前に出来るのならな」
「ほざけ......このガキが!」
刃を弾く。両者は飛び退き、互いに距離をとった。途端に<ファング>は腕の機関銃を展開し、連射する。紅い光が無数に降り注ぐ。しかしそれを<タケミカヅチ>は腕の<A.I.P.F.>を展開して防御する。
効果が無いと諦めたのか<ファング>は射撃を止め、両手の<ブレードクロー>をオレンジ色に輝かせて、大地を蹴る。獣の如く跳びかかってきた<ファング>の<ブレードクロー>を左腕の<A.I.P.F.>で防ぎ、右手の<夜桜壱式>を振るおうとした瞬間――、足の先端の牙の形をしたブレードが叩きつけられようとしていた。
「ッ!」
すぐさま動きを変えて<夜桜壱式>を使って弾く。だが、空中で自在に、まわるように、暴れるように舞う<ファング>の連撃を見切り、受け、いなす。
「良いねぇ良いねぇ!」
着地と同時に今度は旋風脚を仕掛けてくる。足の先端と踵にある牙の形をしたブレードがある分、両手だけでなく脚までもが武器と化していた。
WSを自由自在にまるで自分の体のように操っている。
シドと呼ばれているこのパイロットの技量はかなり高い水準に立っていると言える。
「ちっ......」
「オラァッ!」
段々と敵の攻撃スピードが加速する。しかし、ことスピード、機動力においては<タケミカヅチ>の方が勝っている。幾度も交わった刃と、それによって起こる攻防。
周囲の地面は砕け、歪み、空気は軋み、風が巻き起こる。
ある時、<ファング>が一度下がる。一歩分だ。
「......ッ⁉」
とはいえ、<ファング>はマニピュレーターが武器だ。故に今の距離がギリギリであり、一歩分下がっただけで攻撃が届かなくなる。
だがそれでも構わずに<ファング>は右手を突き出す。何をする気だ――――、と警戒したその瞬間だった。
刹那の瞬間――ガキンッという何かが外れる音をハルトは聞き逃さなかった。その直後、あろうことか<ファング>の腕が、伸びた。
「ッ⁉」
避けきれない。
いくらこの<タケミカヅチ>でもあのブレードに捕まればマズイ。そう思ったその瞬間にはもう既に、<ブレードクロー>が<タケミカヅチ>の頭部へと――到達した。
背後にいたシルバの視界には頭部へと到達したブレードクローに捕まる<タケミカヅチ>の姿が映っていた。あそこから腕を下に振り下ろすだけで、あの鋭い刃は漆黒の装甲を切り裂くだろう。
「坊主!」
シルバは叫ぶ。――しかし、シルバが想像していたような光景は起こらなかった。ただ、<タケミカヅチ>と、<タケミカヅチ>の頭部へと腕を突っ込んだままの<ファング>がそこにいるだけだ。
そしてシルバの目には、まるで<ファング>が、シドが驚愕のあまり硬直しているようにも見えた。
「なん......だと?」
シドの視線の先。コクピットのモニターには、<ファング>の<ブレードクロー>が<タケミカヅチ>の口の中にある牙によって捉えられいる光景が広がっていた。
ブレードは内部にまで達していない。<タケミカヅチ>の口とも言うべき部分が、爪を咥えていた。歯――いや、この場合は牙と受け取るべきだろうか。それで挟み込むようにしてギリギリの所で受け止めている。
「WSに......牙、だと?」
そう、牙。
牙だ。
あの瞬間。<ファング>が腕を伸ばしたその瞬間に牙型ブレードを揃えた口部を解放したのだ。普段は口部を閉ざしているものの、この口部は本来ならば別の使い方をするものだ。
しかしハルトは咄嗟の判断でこの口部を解放。開閉自在の<放出口>を利用して<ブレードクロー>を挟み込んだのだ。
そして今。
<放出口>は本来の使い方。性能を、発揮する。
口内に紫電が迸る。それは次第にエネルギーが蓄積されてゆき――放たれた。
魔力の塊である波動が波紋のように、そして放射状に広がっていく。直接、口部に接触していた右手の<ブレードクロー>が崩壊し、砕け、消滅していく。
近距離波動砲<雷神の息吹>。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
<タケミカヅチ>が吼える。WSである<タケミカヅチ>に実際に吼える機能があるわけではない。雷系魔法が口内から放たれたことによって起こる現象であり、あくまでも副産物のようなものだ。
だが、実際にそれを受けるシドからすれば雷の神が激怒しているように見えた。雷神の口から放たれた一撃は近距離にいた<ファング>の装甲をズタズタに引き裂いていく。
「ぐ、あ、ああああああああああああああああああああ⁉」
たまらず右腕を緊急切断して飛び退いた<ファング>であったが、ダメージは酷く、全身の装甲がボロボロになっており、戦闘継続は見た限りでは困難であると見えた。
<雷神の息吹>が終了し、<放出口>から白い煙がフシュウ、と勢いよく放出される。
そして、あとは目の前のボロボロの<ファング>をどうするかだが。
この危険人物をここで見逃すほどハルトはお人よしではない。
この男だけは――この場で確実に殺しておかなければならない。ハルトがそうしようとしていることは、シドも理解していた。
「ッ......オイオイ。まさかここまでやられるとはな......こりゃあ後で怒られるか?」
「そんな心配はしなくていい。お仲間には会えないからな」
「それはどうかな?」
ハルトはそれがシドのただの強がりだと思っていた。最後の悪あがきだと。
だが、違っていた。その時既に、シドには逃走の用意が整っていた。ハルトが最期の一撃を、トドメを刺そうとしたその時――、上空から咆哮が辺りに響き渡った。
その直後に空から<タケミカヅチ>と<ファング>を分断するように降り注いできたのは光の棘だ。魔法系攻撃。
「ッ⁉ あれは!」
その場から離脱しつつ視線を上空へと向ける。天を舞うのは二匹の飛竜。
「ワイバーン⁉」
毒々しい緑の機械的な鱗に二本足と尻尾が見える。突然のワイバーンの登場に唖然としていると、再び空からワイバーンの口から放たれた光の棘が降り注ぐ。後退して回避しつつ思考を巡らせる。
(何故だ......何故このタイミングでワイバーンが⁉)
そもそもワイバーンはこんなところにくるようなビーストではない。しかもこのタイミングで、まるでシドを助けるように。そうこうしている内にワイバーンは<ファング>の傍に降り立つ。背中にボロボロの<ファング>を乗せた一匹のワイバーンは再び天高く舞い上がろうとする。
(ワイバーンを操っている? バカな? ビーストを操るなんて?)
その時。
ハルトの眼は確かに捉えた。<ファング>が乗ったワイバーンの腹にあの、<アッシュグレイ>にも突き刺さっていた例の鉄杭が撃ちこまれていたのだ。
それの意味するところはつまり。
「まさかお前が<アッシュグレイ>を操っていたのか⁉ メガロの襲撃も、この状況も全て......全てお前が仕組んだ事なのか⁉」
やはり自分たちの予想は間違っていなかったのだ。あの鉄杭は間違いなくビーストを操る為のもの。
その答えが目の前に広がっている。
シドは答えない。そして、<ファング>を乗せたワイバーンが飛翔する。
「待て!」
追撃を仕掛けようとする<タケミカヅチ>。しかしそこで、別のワイバーンが立ちはだかる。まるでシドを護るかのように浮遊しながら。
「くっ......そぉ......!」
<フライトユニット>が開発されていない現状では空を逃走経路とするシドを追いかけることは困難を極める。いや、近接戦用武器しか持ち合わせていない<タケミカヅチ>には不可能だ。
<ファング>を乗せたワイバーンが高く、舞う。彼方へと、手の届かないところまで去ってゆく。
それを惜しむハルトの目の前にワイバーンが強襲する。
「ッ......!」
再び空中に逃げられる前に仕留めなければならない。光の棘を放出して飛翔する為の時間を稼ごうとするが、<A.I.P.F.>を展開し、光の棘を強引に圧し返しながら疾走する。
左腕のシールドを盾にして、右腕のワイヤーアンカーを射出。放たれた<空絶>は上手く敵の攻撃をすり抜けてワイバーンの左翼に巻きついた。
ぐんっと<空絶>を引っ張りながら地面をスライディングしつつ、ワイバーンの攻撃を避けながら滑走する。<夜桜壱式>を左手に持ち替え、接近した<タケミカヅチ>はそのまま一気にワイバーンの右翼を切断する。
「ハァァァァ!」
スライディングを継続しつつ、脚を大きく上げて後方のワイバーンへと<空絶>を射出する。先端がブレードへと変形した<空絶>はワイバーンの背に深く突き刺さる。
その後、ワイヤーアンカーを射出した脚を一気に振り下ろす。
ヴンッという空気を切り裂く音が轟いた。同時に、<空絶>の刃によってワイバーンの背中がぱっくりと裂ける。切断された翼と背中から大量の、真っ赤な血飛沫が舞い上がり、ワイバーンはその場で沈黙した。
ハルトは空に視線を移す。
「くそっ......!」
だがそこには既にあのシドという男の姿はなく、ただただ真っ青な空が広がっていた。
こうして。
ドミナントのメガロ襲撃部隊とメガロから派遣された討伐隊の戦闘は集結した。
ドミナントの部隊は全滅。かといって、メガロから派遣された討伐隊が勝ったとも言えないような状態で、幕を閉じたのだ。