プロローグ
夜の闇が廃墟と化した王都を塗りつぶしていた。そんな中を満月の光が夜の闇に抗うかのように輝いている。満月が照らしているのは夜の闇だけではない。廃れた建物の物陰に佇む一機の巨人。全長は約十メートルで、夜の闇にも負けない漆黒のボディ。右手には刀を構えており、ひっそりと物陰から建物の向こう側の様子を探っていた。
この全長約十メートルの巨人は<Wizard Soldier>。通称<WS>と呼ばれている。天城春人は自身のWSのコクピット内で今か今かとその時を待ち望んでいた。行動を共にしていた部隊は全滅。
「俺ももしかするとここまでかもな......」
ここはVRMMO<Wizard Soldier Online>の中に広がる仮想世界。
舞台は魔法アリ魔物アリのファンタジー異世界。
プレイヤーは魔力を動力源とする魔導兵器、WSを駆りながら<東国ブルースター>、<西国ドミナント>のいずれかの勢力に所属し、機械生命体ビーストと闘ったり敵軍と闘ったりしていくというのがこのゲームの特徴だ。
だがこの<Wizard Soldier Online>はサービス開始と同時にデスゲームへと変貌した。
<Wizard Soldier Online>は全てを自立型AI<W>が管理していた。だがそれはある日暴走を起こし、一万人以上ものプレイヤーたちを仮想世界という名の檻に閉じ込めたのだった。
多くの犠牲を払いながらも春人は仲間たちと共に戦い抜き、三年が経過し――最後の決戦が始まった。
春人たちプレイヤーは<ブルースター>、<ドミナント>という枠組みを超えて<連合軍>として最終決戦に臨んだ。だが、仲間たちは全て死に、仮想世界からも現実世界からもその存在を消した。
一人だけとなった春人に迫るのは、ゲーム風に言うとラスボスという並びにある自立型AI、<W>が直接操る特殊WS五機。
「敵の数は五。残量エネルギーは13%。ライフルの残弾も殆ど底をついている。他の武装もあとは剣ぐらいしかないか」
夜の闇の中、赤い光が五つほど目視できる。あれは恐らく<W>の操るWSの頭部センサーの光だ。
「あの五機を全て破壊すればいいわけだが......」
しかし数的にもそれはキツイということは春人にも解っている。このゲームでは先に相手の戦力ゲージを0にするか、制限時間終了時に相手よりも多くの戦力ゲージが残っていれば勝利となるのだが、この最終決戦において時間の制限はない。
どちらかが完全に駆逐されるまで闘いは続くのだ。
よって、ここで春人がすぐ傍まで接近してきている五機の敵WSを全て撃破出来れば勝利となる。
選択肢はほぼ一つに等しい。
「......行くか」
深呼吸をして、覚悟を決めて、機体の調子を確かめる。
「――――、」
直後に機体を加速させる。一気に最大スピードを叩きだして機体右手の刀を構える。
不意の一撃から繋げてHPゲージを削り取り、五機のうちの一機を屠ることに成功する。爆散する敵の内の一機を確認する間も惜しんで背中の大型スラスターによる加速で次の敵に向かって弾丸の如く突き進む。
「うおおおおおおおおおお!」
相手の動きや攻撃の軌道が解る。理解できる。相手の次の攻撃モーション、パターン。
その全てが理解出来るし、次にどのような行動をとればいいのかも理解出来る。それを実現することが出来るだけの反応速度も反射速度も春人には備わっている。
背後から不意の一撃を受ける。
機体の左腕部が吹き飛び、内部フレームが露出する。だがそれすらも爆発と共に次第に崩れ落ちていく。ハイクオリティを謳っていただけにこのリアリティは見事と思わざるを得なかった。だが、今はそれどころではない。
「ぐっ! まだ......!」
相手はすぐさま陣形を立て直して今度は遠距離射撃へと移行する。残り少ないライフルの弾を牽制に使いつつ、自慢の大型スラスターを使って接近戦に持ち込む。一撃でコクピットを貫く。爆炎が迸る。
「次ッ!」
機体はもう限界だ。だがそれでも構わずにただ突き進む。機体を最大出力で稼働させる。この状態だと機体操作が難しいが、そうでもしないと間に合わないし倒しきれない。
左腕が破損し、装甲の所々が傷ついた状態でただひたすらにがむしゃらに立ち向かう。
対艦刀を振り下ろす。HPを削り取った敵のWSを頭部から一刀両断し、破壊する。爆発のエフェクトが迸り、振り払うかのようにして次の標的に突進していく。
「もってくれよ......!」
右腕で対艦刀を薙ぎ払うようにして振るう。すると相手も近接ブレードを展開し、対艦刀とつば競り合いを始めた。刃を一度、二度、三度と交え、両者の間に火花が散る。
すると、残っていたもう一機が背後から奇襲を仕掛けてきた。即座に反応し、データによって構築された大地を蹴りあげながら後方に大きく回転しながら跳んだ。回転と同時に背後の機体に対艦刀の刃を切りつける。脚部に搭載された鋭い先端を持つワイヤーアンカーを放ち、コクピット部分を貫く。
「ラスト一機!」
四機もの機体を屠り、最後の一機へと迫る。ゲームクリア、現実世界へと帰還する為のラストピースに向かって。
「ッ?」
だが、残った一機の様子が何かおかしい。「ギ、ギギギギギ、」と歯切れの悪い音を立てたかと思うとそのボディを変化させる。ぶあっ! と黒い何かが渦巻き、迸り、残った一機を覆い尽くす。
自立型AI<W>は進化するAIだ。
常に様々な情報を修得し続け自己判断、自己進化していく。
進化し続けるAIが何かを想い、感じ取り、その結果デスゲームを始めたのかもしれない。
だがこのAIは今、危機感を感じていた。
自己進化の果てに現れた目の前の<春人>という脅威に対して<恐怖>を覚えたのかもしれない。恐怖し、生き残る為に今、その姿を変えている。
進化したAIの操るWS。その姿は背中に漆黒の翼を持ち、右手には対艦刀。背中には大型スラスター、と春人の操る機体に酷似していた。だが所々は違う。全体的に禍々しいデザインになっていた。
「進化の果てが人の真似事か」
吐き捨てるように春人は言うと、再び機体を加速させながら急接近していく。<W>もそれにこたえるかのようにして加速する。
二つの刃が交錯した。
「ぐ......おおっ!」
姿形は似通っているがパワーは向こうの方が上だ。機体を最大稼働させている今だからこそ何とか対抗出来ているが、その状態の機体を操りきれるだけの集中力をほんの僅かでも切れれば死ぬ。
幾度も重なる刃の応酬。
上空へと舞い上がり、多角度からの戦闘へとシフトしてもそれは変わらなかった。
だが、<W>は常に情報を修得し続け成長する敵だ。
こうして刃を重ねている間にも着実に成長している。
最初は何とか押していた春人も次第に追い詰められていった。装甲の所々はダメージを蓄積させ、崩れていく。ボロボロになり、限界が確かに訪れようとする機体を必死に動かしながら敵の攻撃をかわし、反撃する。
(相手は常に成長する化物......! どうやって倒す? どうやって!)
だが、こうして思考を巡らせている間にも<W>は成長する。それに加えて機体に蓄積されているダメージも限界に達しようとしていた。
装甲は殆どが破損した状態で、春人の集中力も限界だ。
「ッ! しま――――」
精神的な疲れが生んだほんの僅かな、一瞬の隙。
そこを見逃す<W>ではなかった。
斬ッ! と、容赦なく放たれた一撃が春人の駆るWSの右腕を切り落とす。
武装はもうほぼ0に等しい。
よって。
「――――ッ!」
春人に残された選択肢は一つだった。
大型スラスターによる加速で目の前で右腕を刈り取った敵との距離を0に詰め、そのまま体当たりを決行する。その時の衝撃で頭部耐久値が0になり、頭部が破損したが構わない。
「いけぇ――――!」
胸部から小型機関銃を連射する。弾丸は敵の装甲に直撃しては砕け散り、巻き起こる爆発と衝撃がコクピットを襲う。AIは止めろとでも叫ばんばかりに必死に腕の対艦刀を切りつけるがそれでも春人は止まらない。
(――ああ。これ、死ぬかもな)
今までの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。いや、それは本当に走馬灯なのかもしれない。世界全体がスローモーションのようにゆっくりと感じられた。
コクピットハッチが吹き飛び、内部が露出する。だがそれでも止まるわけにはいなかった。
やがてAIの駆るWSが春人の機体を振り払う。空中に半壊状態で浮遊した春人は最後の力を振り絞り、叫ぶ。
「ま、だ、だぁ――――!」
最後のトドメをさそうと接近する敵WSの右腕に向かって左足のワイヤーアンカーを射出。対艦刀を弾くと同時にワイヤーを腕に巻きつけ、引っ張り上げる。
「あああああああああああああああああああああッ!」
力の限り叫ぶ。
そしてバランスを崩したAIに向かって流星の如く突き進む。AIは左腕の機関銃を放ち続けるが、春人は止まらない。コクピット内部に表示される投影ディスプレイにある既にレッドゾーンに突入している残りわずかな機体耐久値が削られていく。
(間に合え!)
0距離まで接近する。間髪入れずに右脚での蹴りを敵WSのコクピット部分に対して叩き込み――右脚が敵のコクピットを貫いた。
「......!」
ビシッという亀裂の入る音と共に。
敵WSが崩壊し、崩れ落ち、そして――紅蓮の爆発の中に消えた。爆炎から放り出された春人の機体はもう動かない。コクピット内部に表示されていたHPゲージは0を示している。
「ははっ......相打ち、か......皆、俺も、すぐに――――」
春人の体は光の粒子となり――仮想世界からも、そして現実世界からも消滅した。