私色に染まれ
「日向」
苗字を口にすれば、整った顔立ちがゆっくりと振り返る。きっと彼は、これから私が続ける問いかけを肯定するのだろう。
「また新しい彼女?」
これで何人目だ、ともう何度目かもわからない問いに、彼はうんともすんとも返さず、ただ、どこか悲しげに微笑んでみせるだけだった。その表情に思わず胸が痛む。
――なんでそんなカオ、するの。
頭は決して良い方ではなかったが運動神経はよく、尚且つ顔はいいときた。そんな彼は言うまでもなく女子からの人気が高い。
幼馴染である彼、日向 馨は、いつも女物の香水を漂わせていて、私はそんな彼が大嫌いだった。
昔からいつも傍にいたのは私で、馨のことを一番知っているのは私。
それがずっと続くと幼い頃は信じていた。
けれど、いつからだろうか。馨の周りにはいつも沢山の女の子たち(それも可愛い子ばかり)が集まっていて。
そんな彼女たちから嫉妬の念を向けられるのを恐れて、まず愛称を口にするのを止めた。
次に自分から近づくのを止めて……最後には関わること自体を拒むようになった。
自分から拒んでおいて寂しい――なんて。
こんな気持ちを抱くなんて、矛盾もいいところだ。思わず自傷気味に笑って、目を閉じる。
顔も平均並み――いや、寧ろ平均以下な私。
勉強は少しできるとはいえ、特に突飛したものがない。運動だってそうだ、平均並み。そんな私じゃ、釣り合わない。
馨への想いなら誰にも負けない自信があったけれど、そんなもの周りを気にして身を引いた時点で私の負けだ。幼馴染という関係に縋ってずっと想い続けて。
馨を想う他の女の子たちに失礼だとは思うけれど、それでも馨を諦めきれない。
こうやって帰り道に誘ってくれる馨に期待をしてしまうんだ。
「璃香」
記憶にいる幼い馨より低くなった声。
名前を呼ばれ、足元に差す人影に顔を上げる。と、すぐそこには馨がいた。手を伸ばせば届く、距離に。
「な、に」
昔は同じ目線だったのに今では開いてしまった身長差が、馨が男だと改めて思い知らされて思わず胸が脈打った。
「……好きだよ」
「え、」
――今、なにを。
真剣な瞳で見つめられ、言葉を失う。今、馨はなにを言った?
好き? 誰を?
「わ、たしは……」
嫌い。嫌いだ、他の女の子の香りを染みこませた馨なんて。
悔しくてたまらない。
もし馨から離れることがなければ、今頃、馨は私の香りを漂わせていたのだろうか。
「避けられるようになって……嫌われたのかと思った。璃香のことを諦めようと別の女の子と何度も付き合った。でも無理だったんだ」
好き。
そう言って眉を下げた馨に視界が潤んだ。馨が、私を?
――今からでも間に合うのだろうか。
自分に素直になって、馨に気持ちを伝えていいのだろうか。
「ねぇ、馨。私ね――」
素直に自分の気持ちを告げよう。
そうすれば隣を歩くキミの香りは私色になっているはずだから。