しかしながら、うさぎ。
野球にそれほど詳しくないのに、野球回です。
野球の知識について間違いがあれば教えていただけるとありがたいです。
“ 未確認飛行物体の墜落現場に立ち会ったばかりに宇宙うさぎ(暫定)を居候させることになった挙げ句、こき使われる少年A。愛くるしい姿のくせして傍若無人なうさぎに翻弄される。
久し振りの友人との交流も、なにかが起こる気がしてならない。
――少年Aに救いはあるのか!?”
煽りをいれるならこんな感じかな。我ながらいい出だしである。
少年Aこと佐藤秀徳は、暴君うさぎニーによって下僕に等しい扱いを受けている。刃向かおうにも、奴の頭突きや後ろ足キックは非常に強烈で一瞬きの間にKOだ。下剋上を目指したいところだが、うさぎが人間より上のカーストにあるという事実を認めたくはない。なし崩しに今の力関係で収まっている。
そんなこんなで、ニーの地球滞在一週間目。幼なじみのシュンとヒロに会い、共に野球をすることに。その間、ヒロにラビットジャンピングキックが決まったり、サッカーをやろうとごねるシュンを押さえたり、一悶着あったが、割愛しておく。
そして、今。
「頼むからここで大人しく待っててくれ。何もしてくれるな」
そう言い残し、ニーをベンチに置いて、グローブをはめた。
若干不満そうな顔付きだったが、一匹ポエミーに空の素晴らしさについて語り出したので、問題ないだろう。一週間ずっと室内にいたので、外気に触れること自体が楽しいらしい。これでしばらくは邪魔されることはない。
白昼堂々暇な18人が揃い、チーム分けをする。
厳正なるチーム分けの結果、以下の通りとなった。
Aチーム
ヒロ……ピッチャー
倉田……キャッチャー
齋藤……ファースト
一郎……セカンド
飯田……サード
ノブ……ショート
俺…… ライト
高畑……センター
やまちゃん……レフト
Bチーム
小林……ピッチャー
田中……キャッチャー
やっさん……ファースト
田村……セカンド
次郎……サード
シュン…ショート
かっちん……ライト
長倉……センター
長谷川……レフト
実力的には五分五分と言えよう。少年野球チーム出身のヒロとやまちゃん、小林と長谷川が分かれているのだし。
ちなみに俺の野球における実力はそれなり、である。何しろ平々凡々な男子なので、野球もサッカーもバスケットボールもそつなくこなせる。ただし突出した能力がないので、非常に残念な男子でもある。
プレイボールと宣言され、第一投をヒロが投げる。
まぁさして得意ではないが、野球に興ずるべきか。何せ、ニーに対する日々の鬱憤が溜まっているんだ。ストレスを解消するには丁度良いだろう。
“……得点4対4、九回裏、ツーアウト。
「……打たせねぇ、延長戦まで持ち込んでやるよ」
「いいや、ここで終わらせる。お前への恨み今晴らさせてもらおう」
対峙する二人の少年。瞳には闘志を燃やし、腕にこめるは力、背に負いしは皆の期待。
打つか打たれるか、勝つか負けるか。
燦々と輝く太陽に照らされて、投手はボールを握り締めた。”
という状況だ。ちなみに現在のピッチャーはヒロ、バッターはシュン。
二人とも芝居がかった口調なのは、小説にありがちな『絶対こんなの言わないけど、というか実際に言ってたらひくけど、場面を盛り上げるために言ってみるやつ』ではない。ただ彼らは、少年ジャ〇プの愛読者で、目に見える青春に憧れるため、ちょくちょく小芝居を入れてくるのだ。
ただし、実話に基づいて小芝居しているため、シュンの目がマジだ。サッカーを却下されたのが余程悔しかったのだろう。
勿論、ヒロもギラギラと対抗心を燃やしている。負けず嫌いなヒロらしい。
「いくぞ」
「あぁ」
大きく振りかぶって投げられたボールは内角低めのストレートに向かう。シュンは目を細めて、ボールの動きを追い、バットを振り抜いた。
「ストライクッ」
キャッチャーの倉田がそう言い、グローブに収まったボールをヒロに投げ返す。
「こんなもんだったか? お前の実力は」
ニタニタ笑うヒロにシュンは歯噛みする。
二球目もストライクでツーアウトツーストライク絶体絶命だ。
「ふふ。これで終わりにしてやるよ」
「くっ、負けるものか!」
完全にスイッチが入っている二人に水を差すようで悪いが、仮にシュンがここでアウトになっても負けにはならない。元々同点のため、延長戦に突入するだけだ。むしろ、シュンに打たれて絶体絶命になるのは、俺達のほうである。
第三球目、外角高めヒロの得意なコース。シュンは目を見開き、ボールを一心に見つめる。振られたバットは弧を描き、やがて聞き慣れた金属音が聞こえた。
カキィーンッ
ボールとバットが触れ、ボールが弾かれる。高く長く早く飛んだボールに内野は追いつかない。
「畜生っ。ヒデッ、ボールとれ!」
声高に響いたヒロの声が耳に入り、ボールの所在を確認する。おぉ、俺の頭上の延長上にあるようだ。
ボールの高さからしてホームランラインをギリギリ越えるか否かといったところである。
ホームランラインとは、空き地という狭い範囲で定めた線で、内野、外野を囲むように引いてある。この線をボールが地面につく前に越えれば、ホームランとなり、無条件で一点とれるという、俺達独自のルールだ。
しかし、シュンの打った球は非常にきわどいので、ホームランラインを越えるとしても、ジャンプすれば何とかとれるかもしれない。
俺は懸命に駆け、ボールを追う。球は高く高く伸び、それから上昇が止まり、落下する。放物線を描く球筋は落下予測地点がホームランラインを約1メートル越えることを示唆しているようだ。
走れ、走れ、ボールに追いつけ。心の叫びは血をたぎらせ、闘志が燃えるように感じる。
“そして、ボールを視野に捉えた俺は、ありたけの力を脚に込め、地面を蹴り、ジャンプした。決して長くはない腕を精一杯伸ばして、ボールを掴もうとする。グローブでぐっと握りしめて、落下の体勢を無視して結果、地面に叩きつけられた俺。革製の茶色のグローブをゆっくり開くと、硬い感触の球体が鎮座してまして、俺は達成感から思わず口元をゆるませた。”
となるだろう。青春熱血スポ根漫画の主人公なら。
生憎、脇役どころかエキストラの分際なので、そんな上手くいくことはなかった。いや、結果から言うとボールはとれたけれども。
駆けて、駆けて、それでもボールに追いつかない。そんなじれったさから唇を噛むと、白い何かが視界を掠めた。
俊敏に駆けるそれは俺を追い抜かし、勢いよく地面を蹴り上げ、高く跳躍。白い影はボールと重なり、やがて着地。
まぁ、はっきり言わせてもらうと、ニーがドヤ顔でボールをくわえて俺の前にいる。
「ニーさん! あんた男前だぁー!!」
ヒロの感激の叫びにニーは気をよくし、益々ドヤ顔。
「……何で参加してんの」
俺はというと、突如の乱入で若干放心しつつも、至極真っ当のことを訊いていた。
「何となくルールは知っていたんでな。お前があんまりにも遅いもんだからイライラして、つい」
俺、入ってくんなって言わなかったっけ?
シュンは、憤慨したようにヒロに抗議していた。
「乱入だから無しだろ! 俺の得点だ」
「いいや、今のは完璧アウトだ」
「いや正式メンバーでもないのに、おかしいだろ」
「え? お前ニーさんが不正行為をしたとでもいいたいわけ?」
「不正行為だと?」
うさぎの長い耳で聞き取った言葉に反応し、ニーは二人の間に入ってきた。
シュンはぐっと言葉を詰まらせ、ヒロはニヤニヤと笑う。
ラビットジャンピングキックの威力を知っているシュンはヒロの二の舞を踏むことを恐れ、抗議を取り消した。ニーの機嫌を損ねると何が起こるか分からないのである。何せ、暴君だから。
周囲の奴らは遠巻きにニーを見つめていた。
「“ニーさん”、って“兄さん”?」
「何で兄さん? うさぎだし」
「うさぎなのに喋ってるし……、アンドロイド的な?」
不信感丸出しでこそこそ会話する15人。
そして疑問の矛先は(端から見ると)飼い主の俺に向かってきた。
「なぁ、あれ何?」
飯田がニーを指差す。
勝手に宇宙から来た調査員です、とでも言うと怒られるので、なんと言おうか考えた結果、こうとりなすことにした。
「本人に訊いてくれ」
とりなしにもなっていないが、流石に面と向かっては訊きにくいらしく、皆いそいそとポジションに戻った。
延長戦の始まりである。
「あー、楽しかった」
皆と分かれて、帰路てニコニコしながらヒロがこぼした。
「くっそー」
シュンは如何にも悔しそうに拳を握り締める。
結局、延長戦にまでもつれこみ、俺達のチームのやまちゃんがホームランを叩き出し、シュン達のチームは無得点のまま、試合終了。
「野球か、今度やるときは私も入ってやってもいいぞ」
フフンと鼻を鳴らすニーに「おぉ!」とヒロが声を上げる。
「それは力強い味方だ! 是非楽しみにしています」
盛り上がる二人(一人と一匹)に俺は白けた視線を向ける。
彼らは分かっているのだろうか。ニーの体格じゃ、バットは持てないし、仮にもてたとしてもピッチャーが投げたボールにバットが届かないということを。
ふと、ヒロは思い出したように話題を転換した
「そういえば、ニーさんはしばらく浦成町に滞在するって言ってましたよね」
「あぁ、地球調査のためにな」
さすがのニーでも地球破壊のことまでは言っていない。
「で、ヒデのところでしばらく住むと」
「正確な期間は決まっていないが、まぁそういうことだ」
「じゃあ、俺のところも遠慮せずいつでも来ていいですよ」
お、おぉ!?
ヒロ、お前は分かっているのか? つい先刻ラビットジャンピングキックをかました相手だぞ? ウマが合うニーをヒロは気に入ったのだろうか。
というかそこまで寛大ならば、こいつを引き取ってくれると助かる。
しかし、ニーは思惑通りに事が進んだにも関わらず、不機嫌そうに声音を低くした。
「丸刈りのくせに『来ていいですよ』とは生意気だな。来て下さい、の間違えじゃないのか?」
理不尽な言いがかりついでに本日二度目のラビットジャンピングキック。ニーは、うずくまるヒロを一瞥し、次はシュンを見つめた。
「まぁ、そういうことだ。お前の家にも世話になるぞ、垂れ目」
「……え?」
突然の“垂れ目”呼ばわりに驚いたのか、矛先が自分に向いてくるとは思っていなかったのか、シュンは露骨に迷惑そうな顔をした。
それを敏感に感じ取ったニーは、ジリジリとシュンに詰め寄る。
身の危険を察知したか、シュンは手の平返したように丁寧に応対した。
「勿論、歓迎します」
「当たり前だよな」
そんな中、俺は一人冷めた目で状況を見ていた。
むしろ、俺の外堀を埋められている気がしてならない、と。
――かくして、ニーは地球滞在のための協力者を得た。