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それでも、うさぎ。




ニーがうちにきて一週間がたった。


12年間平凡に生きてきてこれほどまで長く感じた一週間はないような感じがする。





2日目、


(うさぎだから、人参とかキャベツとか生野菜でいいよな)と思い、スティック状に切った人参と適当に千切ったキャベツを献上。


結果――、餌を一瞥したのち、ラビットヘッドアタック(要するに頭突き)。


『――お前、こんな橙色の異物を私に喰わせようとは……。覚悟はできているんだろうな?』


その後、加熱し調理したものでないと口にしないと豪語された。ちなみに二日にいっぺんはニラを出すようにとも指示がきた。




3日目、薄汚れてきていたので、水浴びでもさせようかと水道にホースをつけてぶっかけた。


結果――、じろりと睨まれ、直後にラビットキック(後ろ足の蹴り)。


『湯を沸かせ。一人で入る』


覗き見すると、プカプカと気持ちよさそうに浴槽に浮いていた。



6日目、(さすがに床に寝るのはキツい……)と考え、数年前に亡くなった愛犬ポチの犬小屋を改良。徹底的に掃除をし、布を敷き詰め、柔らかいブランケットまで完備。この旧犬小屋を、ニーに俺のベッドと交換してもらえるよう交渉。


結果――、前触れさえなく、いきなりラビットジャンピングキックスーパー(飛び蹴り。スーパーがつくだけあり、しばし意識朦朧となった)。

『こんな狭いところで家畜同然に暮らせ、とはノリスケのくせに生意気だな』


改良に5時間かけた力作は、ラビットヘッドアタックによってみるも無惨に破壊された。




色々規格外のうさぎであるが、俺の両親には猫かぶっており(いや、うさぎかぶりか)、奴の横暴は俺しか知らない。

ニーは的確に急所に強烈な必殺技をいれてくるので、痣が絶えず、悶絶する日々だ。







そして、8日目。



「あぁ青く澄み渡る空、果てしなく続く道、いい散歩日和だ」


いや、果てしなくは続かないと思うが。



ニーが唐突に『中に篭もっているだけじゃ、腐る! 外行くぞ、外!!』と仰ったので、リードを用意したところ、跡形もなく粉砕された。

ということで、俺の一メートル前方をニーがピョコピョコ四足歩行で跳ねている。


「生命の息吹。緑が広がり、花が開花し、笑顔が絶えない春。いいな、春ってのは」


ご機嫌に鼻歌を歌いながら、道を歩くニー。

その様子に気を取られて、俺は背後から投げかけられる声に気が付かなかった。


「――おい、ヒデ!!」

「え……?」


耳元の大声に気付き、振り返ると、見覚えのある顔が2つ。


丸刈りの少年と垂れ目の少年。昔からの腐れ縁だ。


「シュンっ、ヒロっ!」


「気付くの遅せぇよ」


丸刈りのヒロが小突いてくる。

しかし、俺は名前を呼ばれた覚えはとんとない。


「呼んでたか?」


「十メートル手前からずっと呼んでた。ヒデっ、って」


「……? ……あぁ、そっか」


最近、ニーにノリスケって呼ばれてるから自分の呼び名を忘れていた。ヒデノリだからヒデって呼ばれてたんだよな、俺。


あぁ、慣れって怖い。



「てかお前、そのうさぎ……何?」


「飼ったの?」


「あぁ、うん、まぁ、そんな感じ……」


自分の命握られて嫌々居候させてます、なんて言ったら知的障害と判断されかねない。

というかその前にニーに殺されるかも。


ニーはこれまたお行儀よくお座りしている。普段の暴君が嘘のようだ。


「うさぎかぁ……。見てみると結構可愛いモンだな。オス? メス?」


「多分……男じゃないかな」


性別を教えてくれなかったが、口調や仕草は荒っぽく、男のそれだ。

しかし、うさぎの性別基準など分からないから、普通の人間に見立てた場合で考えた。

恐る恐るニーの反応を窺うが、特に怒っている様子もないので、間違っていないのだろう。


「ふーん、オスかぁ。じゃ、やっさんの飼ってるうさぎとお見合いできんじゃねーの?」


「ふむ。それは私を満足させるに丁度良い女なんだろうな?」


「真っ白なうさぎでー、結構綺麗な……、って?」


ヒロが目を見開いて足元のうさぎを見つめた。シュンも口をポカンと開けて突っ立っている。

俺も唖然として言葉が出ない。何でお前、声出してんの?


「まぁ、極上の女を用意するなら付き合ってやらんこともないがな。」


一人呟くニー。ヒロがツンツンと俺をつついた。


「……なぁ、ヒデ」


「……あぁ」


「うさぎが……、喋ってるぞ」


「……あぁ」


「何なのこいつ」


ヒロは、ビシッとニーを指差した。途端にニーは顔を不機嫌そうに歪めた。


「丸刈りの分際で私を指さすとは不躾にも程がある」


ニーは一メートルくらい後ろに距離をとった。そして、助走をつける。 駆けていくうちに赤い瞳に剣呑な光が宿っていく。あ、ヤバい。

俺はこの後の展開が容易に読めたので、巻き添えを食らわぬようヒロから離れた。まぁ、大人しく食らうが良い。


ヒロは訳も分からず、パニクった様子だ。状況を掴めたのは、ニーの前足が彼の腹に向かいつつあった時だろう。時既に遅し、だったが。


「…………グッ!!」


悶えながら腹を抱えて座り込むヒロ。

ニーは勝ち誇ったようにヒロを見下ろす。ラビットジャンピングキックは上手く決まったようだ。スーパーじゃなかっただけありがたいと思え。


「身の程をしれ、丸刈り。」


シュンは呆然と眼前の光景を見つめていたが、やがてヒロを助け起こした。


「……なぁ、ヒデ。このうさ……、いやこの方は一体?」


シュンは、ヒロの反省を存分に生かしたようだ。ニーは崇めるような物言いに気をよくし、自分からでかでかと名乗り出た。


「容顔美麗、眉目俊秀、当代無双と謳われ、意趣卓越した能力を持ち、完全無比とも言われた。

そんな私と平凡極まりないお前達は言葉を交わすことができたんだ。感激のあまり涙しても、私は笑わんぞ」


わぁ、俺のときより尊大になってる。


しかし、中々理解が及ばないのかシュンとヒロは首を傾げたままだ。というか自己紹介にもなっていないただの自慢話だしな。

仕方ないので、呆気にとられている幼なじみにと詳しく説明することにした。








「――――かくかくしかじかというわけだ」


「「はぁ」」


この世界において“かくかくしかじか”ほど便利なものはない。説明するにこれ一つで全てが済む。前略、中略と同じくらい便利だ。


「えっと、このうさぎさんは宇宙からの使者で地球の調査に来て、お前んちで居候してると」


「……で、お前は自分の命がかかっているためにお世話することになった」


「そう」


「「信じられねー」」


珍しく二人の声が揃った。二年に一度あるかないかの珍事だ。


「だって、うさぎさんじゃん。宇宙人つってもさー」


「ほぉ、丸刈り。お前は私が嘘をついていると抜かしたいのか」


「いえ、滅相もない。ニーさんが正しいのは明白です」


手の平返したようにヒロは言う。ジャンピングラビットキック第二撃が怖いのだろう、ニーに従順だ。


……“ニーさん”って“兄さん”みたいでなんか嫌だな。


「というかニー、何で二人には正体をバラしたんだ?」


うちの両親には黙秘したニーの正体。俺だけにしか明かさないとおもったんだが。


「よく考えたんだが、仮にノリスケが旅行や不幸で両親と出掛けたら、どこかに預けられると思ってな。窮屈なペットホテルよりかお前の学友のところで何泊かするほうがましだし、多少気心が知れている方が楽だしな」


了承もなしに不遜なうさぎである。

俺はやれやれと首を振っていると、二人は目をパチパチと繰り返しまばたきをする。


「ノリスケ……って、ヒデ?」


うわ、嫌なところ引っかかりやがった。


ヒロとシュンは顔を見合わし……、一気に吹き出した。


「アーハッハッハッ、ニーさん良いネーミングセンスしてるよ」


「俺達じゃ考えつかなかったな」


くそ、ニーめ。せめてマスオにしてくれれば……、いやそれも嫌だな。


「それより、お前ら俺に用があったんじゃなかったのか」


半ばむりくりな話の転換に、「あぁ」とヒロが手を叩いた。


「野球やろうか」

「サッカーやろうぜ」


ヒロとシュンの声が重なり、ついでに舌打ちまで重なった。


「サッカー」


「野球」


「サッカー」


「野球」


せめぎ合う二人を押さえる。シュンはサッカーボールを抱え、ヒロはグローブとバッドを背負っている。


この三人幼稚園からの幼なじみなのだが、不思議なことに趣味や嗜好がまるきりかぶらないのだ。

ヒロは野球が趣味。好きな食べ物はグレープフルーツや酢の物。好きなタイプは内気で恥ずかしがり屋な子。

シュンはサッカーが趣味。好きな食べ物は羊羹やさつまいも。好きなタイプは明朗快活な子。

俺は天体観測が趣味。好きな食べ物はチゲやわさび多めの寿司。好きなタイプは冷静沈着で綺麗目な子。


横恋慕の心配はないが、皆で遊ぶときはすこぶる困るわけだ。


「やっさんとか飯田とか空き地で待ち合わせしてんだけど、お前んちに寄ったら散歩してるって聞いたからさ」


「じゃ、みんな待ってんだよな? みんなの意見を聞いてからでいいんじゃないか?」


ヒロは頬を膨らましたが、渋々納得したようだ。というか中学生目前の丸刈り男子がやってもキモイだけだからやめてほしい。


「ニーさんも付き合ってもらえますか?」


「まぁ、いいだろう」


私は寛大だからな、と付け加えて、ピョコピョコ歩いていく。後ろ姿は本当に微笑ましいのになぁ、と残念な気持ちで見つめていた。








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