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それは、うさぎ。

 ――それは星が綺麗な、ある春の日の夜のことだった。






 チュドン!!



 俺は呆然とその様子を眺めていた。

  “その様子”ってのは何だって? 空中の未確認飛行物体が墜落してプスプスと煙をあげる様子だ。


 あと数日で中学生になる平々凡々の男子たる俺――佐藤秀徳さとう ひでのりには理解しがたい光景だった。

 趣味、天体観測が仇となり、真夜中0時に妙なものを目の当たりにしてしまった。

 いやいやいや、未確認飛行物体とか意味が分からない。しかし、機械的だが丸いフォルムは想像していたUFOと重なる。むしろまるきり同じすぎて偽物かと思うくらいに。凄い夢だな、と思って頬をつねってみるが、効果はない。

 そして、何故俺のすぐそばに落ちた? UFO同好会やら大騒ぎする連中ところに落ちろよ。きっと彼らは歓迎してくれる。だから俺を巻き込んでくれるな。


 さて、夢ではないことを確認したところで、今後の対策を考えなければならない。非日常に興味がない俺の、これからの選択肢をあげるとするならば、3つだ。


 1つ、見て見ぬ振りをして天体観測を続ける。

 2つ、とりあえず傍観。

 3つ、逃げる。



 1はアウトだ。そんな器用なことは出来ない。非現実的なもの、といっても目の前の現実は現実であって、スルーなどできるよしもない。

 2も避けるべきだ。直に寄ってくるだろうギャラリーに関係者と疑われたくない。大体俺は、天体は好きだが、UFOの類は興味がない。 妥当に考えて3、か。


 突然訳の分からない事件に巻き込まれ、思考能力は一時的に衰えているが――そもそもそこまで頭もよくないが――、安全性を選ぶなら逃げることが確実だ。きっと家に帰って、寝て起きたら夢オチになっているはずだ、なっていると信じたい。

 出張るのは、頭脳明晰、容姿端麗、運動神経バツグンの主役級だけで充分だ。自分の格くらいは弁えている。


 俺は望遠鏡を背負い、その場から離脱する準備をした。が、突如聞こえた物音にビビり、身動きがとれなくなってしまった。

 そろぉーと背後を窺うと、半壊状態の未確認飛行物体から機材を蹴飛ばす音がし、何かが這い出てくる気配がした。


「oh…,*☆#!%?♂♪……(英語らしき何か。俺には聞き取れなかった)」


 男の声。それも成人男性の声だ。

 宇宙人なのだろうか。それともただのイタズラ好きの外国人か?

 前者だったら実に運命的な遭遇ではあるが、もし『ワレワレハ人類ヲ殲滅サセルタメニキタ』とか言われたら、記念すべき被害者第一号になりかねない。後者は後者ではた迷惑だが、仮に密国者だとしたら『見られたからには仕方ない。死んでもらおう』とか言われて射殺も遠慮したい。

 まぁ、逃げるが勝ちと言うし、さっさととんずらしよう。

 見てない、見てない、俺は何も見てない。


 くるりと背を向けて、帰路の方角に駆けようと思ったそのとき、再び例の謎の生物が声を張り上げた。


「oh…,boy!? Are you a Japanese boy?」


「おぉ…?いえす?」


 つい答えてしまって後から青ざめた。

 質問されると答えてしまうのは人の性だ。てか、いつの間に気付いてたのかよ、あの宇宙人(暫定)!


 すると、宇宙人(暫定)は未確認飛行物体から出てきて、むくりと身体を起こし、俺を見た。



「n-…、じゃ、ここは日本か。不時着だったが、到着できて何よりだな」 俺は唖然とした。

その理由は、宇宙人(暫定)が唐突に日本語で喋ったことでも、俺に気付いたことでもない。

 宇宙人(暫定)は“前足”で頭を掻き、バラバラになった機体を見つめた。


「……ったく、技術開発部の阿呆共め。危うくあの世行きだったろうが」


 宇宙人(暫定)は、すたすたとこちらに近寄り、俺を見上げた。つぶらな眼に俺が映る。


「さて、小僧。聞きたいことがあるがいいか?」


 俺も質問があります。

 何故、何故……未確認飛行物体に乗っていた宇宙人(暫定)が、人型でもなく、スライム状でもなく、よりによって“うさぎ”なんですか!?


 ふさふさした体毛に、ピンと立った長い耳。丸い尻尾を揺らすその姿は間違いなくうさぎだった。


 驚きで言葉も出ない俺に、宇宙人(暫定)のうさぎが問う。


「ここは、浦成町でいいんだな?」


「あ、あぁ……」


「ふむ、任務地到着はできたようだな」


 浦成町てのは、俺が住む町だけど……てか、任務地って何!?

 やっぱりこいつ宇宙人なの!?

 人類滅亡とか企んでんの!?


 混乱して頭がうまく働かない。アワアワと口をパクパクさせる俺に宇宙うさぎ(暫定)は上目遣い。

 一瞬ドキッとしてしまった俺を殴り倒したい。


「小僧、頼みがある」


「は、はいっ!?」


 つい声をうわずらせて、何とか言葉を返す。宇宙うさぎ(暫定)は、真摯に俺を見つめた。







「私をしばらくお前の家に居住させろ」


「……は?」


 一瞬、フリーズ。


 え、何、マジで言ってんの、このうさぎ。

 しかも、頼みとか言ったくせに、命令形ですか。


 俺には意味の分からない不思議な生物と居住を共にする強靭な心がない。幸いにも。ブンブンと真横に思いっきり首を振る。


 すると、宇宙うさぎ(暫定)は瞳を潤ませた。

 不覚にもキュンときてしまった俺を殴り殺したい。


「いや、マジで、本当に、無理ですから……」


 何とか声を振り絞って答えた俺を、しばし宇宙うさぎ(暫定)は見つめ、――不機嫌そうに顔を歪めた。

 ……それが本性か。


「……致し方あるまい。この手にはあまり依りたくなかったのだがな」


 その割には淡々とした声音である。へ?と思う暇なく宇宙うさぎ(暫定)はピョンと俺の足元に乗っかり……、


 カチリッ



「……え?」

 気が付くと、右足首にアンクレットがつけられていた。鉄製の無骨なデザインだ。


「……これ、一体…」


「教えてほしいか」


 宇宙うさぎ(暫定)は、手の平に例のアンクレットを乗せた。俺のとまったく同じ奴だ。

 それを思いっきり遠い場所に投げた。多分50メートルは離れた場所に投げられたろう。


 宇宙うさぎ(暫定)はどこからともなく、ボタン式スイッチを取り出した。


「はい、スリー、ツー、ワン」


 ドガンッ!


 爆発音。

 音の発生場所は50メートル先、直径10メートルのサークルとなって、火炎が発生した。熱風が俺の髪を煽る。


 同じアンクレット。爆発。スイッチ。 俺もこれほどの条件がそろっていれば、次は何が起こるか容易に予想がついた。


 要するに、こいつは足輪か。手で触れてもうんともすんともいわない。特定の鍵がないと解除付加なのだろう。


「さて、小僧。改めて、だが、居候させろ」


 ニコリ。効果音までつきそうな愛らしいうさぎの顔面をグーで殴りたくなった。


「………仰せのままに」

 言うと宇宙うさぎ(暫定)は、ご満悦の様子で俺を見上げた。見上げられてるのに見下されている迫力が可愛らしい面の裏に隠されている気がする。


「で?」


「…………で?」


 で?ってなんだ、で?って。唐突すぎるだろ。


 宇宙うさぎ(暫定)は、愛くるしい顔で尋ねた。


「名前、年齢、性別。分からないと困る」


「性別は……、必要あるのか?」


「にゅーはーふ、とやらもいるのだろう? 実は女だったと後から言われても困るのでな」


 もっともなような気もするが、何かニューハーフと同じようにされるのは心外である。12年間、正真正銘男子をやってきているのだから。

 まぁ、奴がニューハーフを知っていることも驚きだが。


 そんなことを考えながら渋々答えた。


佐藤秀徳さとうひでのり、12歳、男」


 答えると、「ふむ」と短く返答がきた。


「成る程、ノリスケか。12歳ということは直に中等課程のカリキュラムに進む年頃だな」


 …………パードゥン?


 え、なに、ノリスケって。俺、そんなあだ名つけられたことないんだけど。


「あの、ノリスケって……」


 恐る恐る提言すると、宇宙うさぎ(暫定)は何でもないかのように答えやがった。


「日本では海産物をキャラ名にした有名アニメがあるのだろう?ヒデノリなら丁度いい」


 何が丁度いいんだぁああ!!


 分かったけど!日曜夜の某有名アニメからとったのは分かったけど!

 何で未確認生命物体たるうさぎがそれを知ってんのかとか突っ込まないから、


 何故にノリスケなんじゃぁああ!!


脇役で、ちょっとだらしない大人みたいな役しか出てこないだろうがッ。

 いいとしこいてオジサンに怒られることが度々ある、何故にノリスケなんだ!


 俺の心の葛藤を察することなく、宇宙うさぎ(暫定)は話を進めるようだ。

ノリスケ呼ばわりは奴の中では既に決定らしい。

………畜生め。


「……ところで、あんたの名前は?俺も呼びづらいし」


 宇宙うさぎ(暫定)はキョトンとした様子で俺を見上げると、ポンと手を叩いた。


「そうだ、自己紹介が遅れたな」


 途端に宇宙うさぎ(暫定)の瞳がキリリとし、凛々しさを醸し出した。


「名前は………、……さて何にしようか」

の割には、ハナからこけた。


 うんうん、唸っている宇宙うさぎ(暫定)。

 しばし時間がかかったものの、神から啓示がきたのか、ハッと面をあげ、凛々しく言い放った。


「決めたぞ。ニー、だ」


「ニー……?」


 悩んだ割にはネーミングセンスは幼稚園児並みだな。


 大体「決めた」ってなんだ?

 本名隠してんのモロバレじゃねぇか。


 名前が決まったことで、宇宙うさぎ(暫定)――いやニーは、スラスラと自己紹介を進めた。


「年齢は教える義務はない。性別は察しろ。宇宙のとある惑星から地球調査にやってきた。守秘義務があるため、どこから来たかは詳しく話せない」


「……いや、それは自己紹介じゃない」


 スタートから殆ど情報量が変わってない。

 生真面目に答えた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。 ていうか、地球調査って一体……、問いかける前に、自己紹介の続きが割り込んできた。


「容姿端麗、眉目端正、古今独歩と謳われ、意趣卓越した能力を持ち、完全無比とも言われた。

そんな私が平凡極まりないお前の家に居候してやるんだ。むしろ感謝して然るべきだな」


 誰もお前の自慢話なんてきいてねぇよ! 大体、うさぎで容姿端麗のくそもあるかッ。


 しかも、傲慢にも程がある言い草だ。

 誰もお前なんてお呼びしてないんだが。


 ニーに対する苛立ちでギリギリ歯軋りしていると、「あっ、そうだ」とたった今思い出したことを口にした。




 あ、お財布忘れちゃった。と同じくらいのノリで奴はこうのたまいやがった。


「私たちの地球調査で、地球滅亡か否かがかかっているからそのつもりで」





はい?










「なぁ、頼むよ…。俺にこいつを飼わせてくれ!」


「うーん……。どうしましょうか…」


 場面は変わって、自宅ダイニング。

 唸る両親と俺。傍らには“うさぎ”。


「河原で見つけて……、どうしてもほっとけなくて…」


 ここらへんはニーの演技指導だ。目頭を押さえる振りをする。


 ……ほんとは飼いたくもねぇし、全然というかむしろ喜々としてほっとけるのだが、命が握られている身としては、従うしかない。

だから、「いかんいかん、捨ててこーいっ」みたいなノリを親に期待していたのだが……、



母「もぉ中学生だし、ねぇ」


父「もう中学生だしな、ふむ」


母「犬なら大変だけど、うさぎなら、ねぇ」


父「自分で面倒みれるならいいんじゃないか、ふむ」



 ……あっさり了承しやがった。

 いや、あなた方の息子の命を握っている大悪党ですよ? 考え直しませんか?


 ここで、ニーが瞳を潤ませて上目遣い。


母「こんな可愛いこ捨てれる訳ないじゃないっ」


父「飼えっ、いいっ、許すっ」


 はい、とどめ~。



 かくしてニーは我が家に住むことになった。




「意外と簡単に事が進んだな」


 俺の部屋のベッドであぐらをかきながら、ニーが言った。


 うさぎもあぐらがかけるんた、と初めて知った。


「まぁ、天然ボケ夫婦だし……。てかお前、俺以外には正体秘密にすんの?」



 父母には借りてきた猫のように――実際はうさぎだが――大人しく、最後には、必殺技で彼らのHPを完全に削りきった。

 横暴さが出れば、すぐさま断られるかと思ったが、奴はちゃっかりしていた。


「まぁ、大人に怪しまれると色々やりにくいんでな」


「子供だとセーフなのか?」


 どっちも変わらないような……、と思った途端、ニーが嘲るような表情を浮かべた。チッチッチッと指を振る。……腹立つな。


「信用度が絶対的に違う。仮にお前が私の正体をバラしたとしても、“何だこいつ、頭おかしいのか”で、精神科に勧められるのがオチだ。けれど、大人が、しかも複数人同じことを言ったら、ちょっと怪しいな、ってことになる」


リアルに想像できて、益々腹がたった。

こいつ、良くも悪くも頭の回転が速いらしい。


「地球調査が失敗したら、私が上に地球滅亡を提案するしかなくなってしまうしな」


……そうだ、地球滅亡。

俺がニーに地球の良いところを精一杯アピールしなきゃ、地球なくなっちゃうんだった……。



―――






「あの、地球滅亡ってどういう……?」


それは、昨日俺とニーが出会った墜落現場で。

聞き捨てならん言葉を吐いたニーに問いかけたのだ。



「うん?意味が分からんか?」


はい、分かりません。

詳しくお願いします。


「太陽系の第三惑星で,人類が住むほぼ球形で、一個の衛星(月)をもつ、水と空気に恵まれ、多くの生命体が存在する天体がほろびて,なくなること。」


誰も言葉通りの意味なんてきいてねぇよッ。

何故か、ってことだよ!


俺の気持ちが伝わったらしく、ニーは詳しく話し始めた。


「我が星は、地球と友好関係を築こうと考えている。しかし、敵対するに値する惑星と分かったら、地球ごと破壊するつもりでいる」


 ペリーもびっくりするほど一方的だな。

 黒船来航もさしたる問題でもないような、内容である。


「私の他に何人か調査員が派遣されているんだが、中々お偉方が決定しない。私も過去に三回ほど地球に派遣された」


 わぉ、このうさぎの横暴にあったお仲間がこの地球に三人も。


「そんなこんなで四回目。まぁ、楽しみといったら、ダンゴやマッチャ、モチ……、金箔の寺も訪れてみたいな。今までヨーロッパばっかだったし」


 観光気分かッ。

 こいつまじで調査する気皆無だな……。







―――



 無関心さに定評があるさしもの俺も地球滅亡と言われて、はいそうですか、とは言えない。

 ニーの星は、科学がとても進歩していて、特製の爆弾をとりつければ、地球の破壊など容易いことらしい。(自慢気に語っていて無性にイライラした)

 政府にはまだコンタクトをとっていないらしく、この調査は各国政府には秘密裏に行われる、らしい。


 “らしい”ばっかだが、仕方がない。本当か否か確かめる術はないのだから。



「さて、寝るか」


 ニーが言った。

 時刻は深夜の三時過ぎ。ニーを連れ帰って、愛の営み真っ最中だったアラフォー夫婦をドアの向こう側からノックで叩き起こし、うさぎ居候問題を片づけたのだから、相応の時間だ。

 12歳男子に明言するのは憚られるような行為をしていた両親なだけに、夜更け堂々の天体観測から帰ってきた息子がペットを飼っていいかと言っても何も突っ込んでこない。要するに多少のことは見逃してやるから、深く入ってくるなと言いたいのだろう。寛大なのか無頓着なのかよく分からない両親だ。

 父母の行為はさておき、今の時刻は数日前小学校を卒業した男子の就寝時間に相応しくない時刻だ。頷いて電気を消し、ベッドに横になろうとする……――、と


 鋭い痛みが脇腹に入った。



 勢いのまま床に転がり、脇腹をさする。

 刃物のような痛みは感じなかったので、血は出てないが、痣になっていること間違い無しだ。

 痛みに悶えながらも落ち着いた頭で、先刻視界に映った物事を整理する。



 俺はベッドに横になろうとした。そうするとニーが後ろ足を俺に向けて……、蹴飛ばしやがった。



 うつ伏す俺が顔をあげると、ニーがベッドの上で仁王立ちして、俺を見下ろしていた。


「私と同じ場所で寝ようなんて無礼千万。お前は床で寝てろ」


 すると、ニーは布団にもぞもぞ入り込んだ。


 妙に腹立たしくお返しに首を締めてやろうかとも思ったが、仕返しが怖いので、やめた。仕方なく、ブランケットをかけて、床に寝そべる。






力関係が完全に決まったニーの居候生活初夜である。





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