第四話 愛が痛い
そう言えば、騎士様ってば、私の為にわざわざメモ帳と羽ペンを用意してくれたのかな?
それなら、ちょっと嬉しいな。
鬼の形相で怒る侍女を前に、ぼんやりと考えた。
「お嬢様! 聞いているんですか!?」
「ええ、大丈夫よ。メル」
大丈夫って何が大丈夫なのやら。自分で言っておきながら訳が分からない。
そしてもちろん話は聞いていなかった。でも言いたい内容は分かっている。
大方、「やんごとなき家の令嬢である」私が、「ドレスのまま勝手に家を飛び出し」て、「あまつさえ命の危機にさらされる」ことが何度も起きているんだから、いい加減学習しろってことだろう。
ごめんなさい。止められません。
騎士様に出会ってなかったら分からなかったけど、今はもうしっかり出会った。
それになんだかこの前は良い雰囲気を醸し出していたし! これはもしかしてもしかするかもしれない!
「お嬢様!」
「聞いています!」
背筋をぴん、と伸ばして元気よく返事をすれば、メルは諦めたように息を吐き出した。
「はぁ……お嬢様、あと一週間は謹慎ですからね!」
「ええー? また更に一週間ー?」
不満気に声を上げれば、メルがキッと睨んできた。
「これでも少ないくらいです!」
それだけ言うと、メルはまた息を吐いて私の部屋を出て行った。
扉にさっと近寄って、足音が遠くなったのを確認する。
「謹慎なんて、難しい言葉は分かりませんよーっと」
バルコニーへ続く窓に手をかけ、ガラッと開けた。
するとその先には──
「ほぅ?」
──私の好きなハーブティとお茶菓子を携えたメルが、唇をひきつらせながら立っていた。
顔から血の気が引く。
私は窓から手を離すと、淑やかに数歩下がり、
「ごめんなさい! もうしません!」
直角に腰を折り曲げて、綺麗な謝罪をした。
□■
「ね、ねえ、メル。」
お茶菓子のクッキーをつまみながら、私はメルに声をかけた。
「なんでしょう」
応えるメルは少し冷たい。……怒ってる? だよね……。
必死に頭を巡らせて、話題を探す。
「ええと、メルは、首の無い騎士様を知っている?」
「……ええ、まあ」
噂話程度なら。
ティーカップを手に持ちながら、メルは言った。その仕草は、はっきり言って私よりも上品だ。
メルの方が、よほど「やんごとなき御家のご令嬢」らしい所作ができる。まあ、間違いではない。
だから、私とメルが並んでお茶を飲んでも誰もなにも言わない。使用人と主人が同じ席で飲み食いするのは、本当はしちゃいけないことらしいんだけども。メルは特別だもの。
そんなすごいメルは、情報を集めるのが上手い。 私は静かに耳をそばだてた。
「まず、首無し騎士は死人です。これは間違いありません。生前、といっても数百年前ですが、その頃は地上最強の戦士と呼ばれたとか呼ばないとか。最近になって復活させられたらしいですね」
「数百年前に死んだのなら、お身体は腐っているんじゃないのかしら」
「あくまで噂ですから」
そう言われたら、まあ確かにそうだ。信憑性はあまり高くない。
メルはハーブティで喉を潤した。
「首を切られた理由は敗戦したからだとか、馬に踏まれてやむを得ずだとか、復活の時に術士が失敗してだとか、まあ色々ありますね」
「他には? なにかある?」
「ええ。今は喋ることが出来ず、人との関わりを極力避けていること。彼を復活させた術士は彼の手で死んだこと。ただの騎士だった頃は姫様付きだったこと。甲冑の手の甲に刻まれたエンブレムは、この国の団長クラスのものと同じだということ。生前の主人である姫を今なお愛していること。……くらいですかね」
メルの、何気なく放たれた言葉にがくりとうなだれる。
「そう……ありがとう、メル」
「いえ。……あの、御具合でも悪いのでは」
「違うわ、ありがとう。少し休むわね。手伝ってちょうだい」
笑顔で立ち上がって、寝着に着替えさせてもらうと、私はベッドに腰掛けて息を吐いた。
メルが分からないなりにも気遣わしげな視線を送ってくれたので、笑顔を返して手を振る。
「大丈夫よ。メル」
□■
メルが扉を閉じて去ってから、しばらくした。
重力に従うようにベッドに倒れて枕を抱き締めた。
「好きな人、いるんだ……」
しかも、相手はとっくの昔にお隠れになられた姫君。その存在は美化され、決して薄れることはないのだろう。
勝ち目、ないじゃんか。
「うー……」
枕に顔を押し付けて、零れる涙と嗚咽をごまかした。