第二話 好きです、騎士様
「好きです」
開口一番そう告げれば、騎士様はぎしりと音をたてて固まった。
街外れをひとりうろうろしているという情報を聞きつけて、探し回ったのだ。よくやったぞわたし。
ああでも、勝手に外出しないでっていう母様との約束は破っちゃった。ごめんなさい母様。
でも騎士様に会えれば絶対安全だから平気!
騎士様はなんとか処理が追いついたようで、ああ、とでも言いだしそうな素振りで辺りを見渡した。当然、周りに他の人影なんてない。
……まさかとは思うけど、他の誰かに向けて言ったと思ってるの。
誰の目を見て(目なんてなかったけど)言ったのか忘れてしまったの?
ちょっとむかついたわたしは、騎士様の腕に手を添え、真っ直ぐに見上げた。
「騎士様のことが、好きです」
再び、騎士様はぎしりと固まる。
慌てたように手を顔の前で数回振ると、手のひらをこちらに向けた。なんの意味があるのか分からずに、ぼんやり見ていると、騎士様は走り去ってしまった。
え、ちょっと、なんで逃げるの!?
行動の意図が読めない。仕方ない、追おう。
帽子を深く被り直し、ドレスのスカートの裾をたくしあげて、走り出した。
□■
「はっ、はっ、……はぁあ……」
も、もう、駄目……。十メートル弱を走って、息があがった。スカートから手を離し、帽子を浅く被り直す。
やっぱり騎士のエンブレムは伊達じゃなかった。基礎体力が違う。
……ああ、本当に息が苦しい。ドレスが重いから、余計に走りづらかった。こんな服で来るんじゃなかった。
呼吸が整わないだろうかと、通路の壁に手を添えて、少しうなだれた。
暫くそうしていると、ガシャガシャと金属がぶつかるような音が断続的に聞こえてきた。
なんとなく聞き覚えがある気がして、顔をあげると、すぐそこに騎士様がいた。
「……あ、騎士様。よかった……」
若干乱れた髪を慌てて直して、汗をぬぐった。
騎士様がなにかを伝えようと腕を動かす。甲冑同士がぶつかって、ガシャガシャと音をたてた。
走るポーズをしたり、胸元を押さえたり、
騎士様は深くうなだれた。
ううん、なんかよく分からないけど、間違えたみたい。
凝視していると、ドツボにはまったのか騎士様の頭が徐々に落ちていく。
ああ、あんまりうなだれると、頭のアーメットヘルム、落ちますよ。
そわそわしていると、騎士様ははっとすると、手に握りしめていたメモ帳のようなものに、羽ペンのようなもので書き始めた。
その手の動かし方がやたらと可愛かったので、わたしは騎士様を黙って見つめる。い、癒される……。
暫く見惚れていると、騎士様はわたしにメモ帳を見せつけてきた。
戸惑いがちなところも良い。小動物を彷彿とさせる。図体は大きいけども。
騎士様が見せてきた紙には、丁寧な字で、“俺が怖くないのか?”と書いてあった。
ええと、それ、今更すぎですよ。
「騎士様は、私が誰かを害したわけじゃないのに、私を殺しますか」
金属音をうるさく鳴らしながら、騎士様は一生懸命手を振って否定した。
「なら、ちっとも怖くありません」
精一杯のかわいい笑顔を見せると、騎士様は困ったような素振りを見せた。
騎士様は、また少し考えながらメモ帳に書いた。
“俺は化け物だ”
突き放すように、騎士様は腕を伸ばし、数歩後ろに下がった。
化け物って、ねえ。
「どうしてそう思うんです」
“分かっているだろう”
「……もし首のことを言っているのなら、検討違いですよ」
わたしは胸を張った。
「残念ながら、わたしにとってそんなことは問題にはなりませんから!」
騎士様はとうとう困惑したようだった。
なにかを書いては消してを繰り返している。
騎士様は、意を決したかのように勢い込んでメモ帳を見せてきた。
“俺は頭がない。けれど生きている。剣も持つ。人を殺せる。”
「ええそうですね。でも、あなたはわたしの命の恩人です。恩人を化け物呼ばわりする人がありますか」
“今までたくさん居た”
そう書いた騎士様は、少し肩を落としたようにみえる。わあ、可愛い。
「なら、わたしがそんな馬鹿に見えますか」
問えば、騎士様はなにかを書くより早く手をぶんぶん振った。
「でしょう? なら信じてください」
アーメットヘルムの、この辺に目がありそうだな、という所をみつめる。
“わかった”
ひどく弱々しい字で、騎士様はそう返してきた。