第一話 出会い
「あ」
と思った瞬間にはもう、目の前に男が倒れていた。
中途半端に切れた首からは血がとめどなく溢れ出ている。僅かに泡立つ赤の奥にのぞく白いものは、骨だろうか。
力強い手が、私を庇うように伸びてくる。さっきの男を殺した人だ。
ちらりと見えた騎士の身分を示すエンブレムが、赤く染まっているのが見えた。
怖くない、わけではないけれど。
なんとなく、この男の剣は、わたしを殺すことはないだろうと確信した。唇を強く噛みしめて、大人しく彼の背に寄り添うように立つと、甲冑がひそやかに音をたてた。
細長い剣が、闇夜の中、静かに煌めく。
低い呻き声と、重い荷物を落としたような音が続いく。すぐにまた辺りは静かになった。
自分の心臓の音だけが、バクバクと五月蝿く響いている。なぜだか涙が出そうだ。
甲冑男はわたしを見もせずに、剣を構え、右足を軽く引いた。
男は短く息を吐くと、敵の間合いに一歩で詰め寄った。慌てる敵の突きを細く鋭い剣で軽々と逸らし、ついでとばかりに鎖かたびらの継ぎ目から相手の心臓を一突きにした。
流れるように剣を抜き、ぐるんと大きく回して剣をしまった彼は、月光に照らされて。
昔、どこかで読んだ詩の一片が脳裏を掠める。白銀の騎士を讃える、流麗な詩は、幻想的でどこか現実味を帯びなかった。けれど、あの騎士とはきっと、今目の前にいる彼のことだったんだ……。
状況も考えずに見惚れて立ち尽くす私のもとへ、彼はゆっくりと近づいてきた。
血は未だ私の視界の端に残っているのに、もう、彼以外の全てが気にならない。
血は恐ろしいし、甲冑男の剣の強さはある種の異様さがある。──はずなのに。
甲冑に跳ねた返り血さえも、彼を讃えているように見えた。
甲冑男――いいえ、騎士様は、戸惑いがちに手を差し伸べる。けれどその手が血に汚れていることに気付くと、慌ててその手を引っ込めようとした。
私はその手を掴み、大丈夫と伝えるようににっこり笑った。正直大丈夫ではないけれど、だって、こうでもしないと手がつなげない。
騎士様は戸惑いがちに、それでもしっかりとエスコートをして、一番近い街の広場まで連れてきてくれた。ここからなら家も近い。
「あのっ、ありがとうございます!」
立ち去ろうとする彼にはっとして、お礼を言った。
「騎士様、お名前を、お名前を教えてください! 後日、きちんとお礼に伺います!」
彼に再度触ろうとした私の手は、やんわり退けられる。騎士様は綺麗なお辞儀をした。
そんな、もう去ってしまうの?
私に名前さえも告げずに!
「待って!」
反射的に腕を掴むと、彼の頭を守る鎧、アーメットヘルムがぐらりと揺れ、地面に落ちた。
「え……?」
アーメットヘルムの中には何も入っていない。そして、目の前にいる彼の首の上にも、何も乗っていなかった。
「あ、たま……」
強い目眩を感じて、私はそのまま意識を失った。
□■
「んん、」
目を開ければ、両親が私の顔を覗き込んでいた。
ゆっくりと瞬きをすると、母様は感激したように目を潤ませ、父様はほっと息を吐き出した。
母様は涙を一粒こぼすと、可憐な仕草でそれを拭った。父様も、穏やかに微笑んでいる。
ぼんやりする頭のまま、辺りを見回す。
あれ、なんで自室にいるの? 私はたしか、ええと……。
「騎士様がね、お前を警吏のところまで運んでくれたんだそうだ」
「本当に心配したのよ。警吏に届け出はしても、なかなか動いてくれないし……もう勝手に外出しては駄目よ」
眉を下げて、父様は私の頭を撫でる。母様は私を抱きしめてくれた。
心配をかけた二人には申し訳ないけれど、私は胸が高鳴るのを感じていた。
騎士様が、私を。
異様なまでの強さと、月下の美しい甲冑姿が鮮明に蘇る。ぎこちないエスコートを思い出して、頬がじわりと熱くなった。
ねえ、この気持ち、きっとそう。
「私、恋をしたんだ……」
思わず言えば、母様は嬉しそうな悲鳴をあげた。