花の乙女にご用心!
うつくしい はな には とげが あるらしい
おとめ も そうかも
男なんて皆同じね。
頭の中で考えていることといえば、卑猥な事ばかりだわ。
私の前に座っているサラリーマンもスポーツ新聞を広げてイヤらしい記事を読みふけっているし、右隣で吊り革に掴まっている男子生徒も私の胸元やスカートの裾をチラチラ横目で見てくるし、左隣で吊り革に掴まっている茶髪の男にいたっては大声で電話の向こうの相手に昨日の情事の様子を事細かに説明しているし。
『ちょっとお兄さん、車内は通話禁止ですわよ』
なんて、後々の彼の人生に大いに役立つ忠告を授けてさしあげたいけれど、今はそれどころではないの。
そう。
今の時点で最も問題なのは――
私のお尻を撫でまわしている、背後の男。
ああ、朝からなんて不快な思いをさせてくれる男なのかしら。
確かにいくら触っても減るものではないけれど、思春期の乙女のお尻というのはそれはそれで大事なもので――そう、例えばジョブズの全財産と引き換えにすると言われたって、容易に二時間は躊躇するくらい貴重で価値のあるものなのよ。
なのに、もう。
振り向いて一発ひっぱたいてやりたいけれど、こう混雑していてはそれもままならないし、結局のところ痴漢か私が降りる駅まで我慢するしかないのだわ。
ええ、いいの。
思うさま、お触りなさいな。
きっとご家庭でも奥さまに冷たくされていらっしゃるのね?
そこに私のような若くて美しい女子高生が現れて、あなたの目の前に立って無防備な後ろ姿を晒していたものだから、つい矢も楯もたまらなくなってこのような行為に及んだのでしょう?
ほんの出来心なのよね。
いいわ、咎めはしません。
私も声を出さないで、あなたの悲しい独り遊びに付き合ってあげるわ。
あら、いやだわ。
男の吐息が、首にかかるほど近い。
え?
何か囁いてきた?
「……き、君も好きなのかい?こ、こういうこと……」
まあ、なんて下品な質問!
恥知らずにも程があるわ。
「ね、ね、お金あげるからさ、ふ、二人で、良いところ行こうか?」
お金?
いくら?
アメリカの国防予算と同じくらい?
『良いところ』って何処かしら?
熱海?
オーストラリア?
「ね、ね……」
いやだわ、もう。
そんなに密着しないでいただきたいわ。
これはそろそろ制裁が必要ね。
純潔を一途に守っている乙女でも殿方の弱点は知っていてよ。
覚悟なさい、女の敵!
私が拳を握りしめ、裏拳の準備をした時――
(お嬢さん、お嬢さん……)
どこからか、囁き声が……
あどけない子供の声だわ。
あなたは誰?
(僕は『痴漢撃退の精』です)
まあ、素敵。
とても良いタイミングだわ。
(そうでしょう。お困りだと思って)
ええ。お願いするわ、妖精さん。
(お任せください。どうします?
①:痴漢の指がちぎれ飛ぶ
②:痴漢の肋骨が適度にへし折れる
③:痴漢の心停止
お嬢さん、どうぞ選んでください)
そうねえ……これは一考の余地があるわ。
①は可哀想ね。もしも指がちぎれてしまったら今後の生活がとても不便になってしまうでしょうし。
③も駄目。死なせてしまっては遺されたご家族が気の毒だわ。
そうね、やっぱり②が良いかしら。
『適度に』という言葉も思いやりを感じるし、気に入ったわ。
(②ですね。分かりました……)
などと、やりとりをしている間に――
『次は学園前。学園前です。お降りの方はお忘れ物の無いよう……』
あら、もう着いたのね。
お名残惜しいけれど、これで私達の関係もお終いよ、痴漢さん。
私はするりと電車を降りる。
男は慌てて私を追おうとして――
「う、うげぼぼあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
まあ……ひどい悲鳴。
大げさな人ね。
でも、自業自得よ。
乙女はいつだって素敵な妖精さん達に守られているの。
その柔肌に触れるのはブラックマンバと素手で格闘するより危険なことよ。
殿方の皆様、ご用心。
私は騒然とする駅の構内を抜けて改札を出る。
ああ、今日は良い天気。
とても素敵ね。