8.夜が続いたら
任務が終わり、輸送艦に戻った五頭。アオバたちのような新型収容母艦ではないため、中のだだっ広い……軍徒基準では狭いともいえる……スペースで一同待機の形である。
「ねーね、フルタカ、ツバキ、ちゃんとできてた?」
フルタカの隣にちょこんと座ったツバキが問いかけた。マツ型15番艦であり、サクラと同様に幼い雰囲気を帯びていた。
「ええ、よくできていました。いつもありがとうございます」
よしよし、とフルタカはツバキの頭を翼腕の掌でやさしく撫でた。
「一つ疑問なのだが。貴様の出撃前のアレは、本当に必要なのか?前にアオバ隊に出向したとき、あちらはやっていなかったぞ」
機翼を外し、いくらかリラックスした体勢でイスズが問うた。勝色のその背には機翼装着用の連結爪だけがあり、どこか物足りないような見た目である。
「我は言うように指示を受けていますが、アオバは受けていないのでしょう。対照実験というものかもしれません」
フルタカの言葉に無言で首肯するノカゼ。ミネカゼ型13番艦だが、ミネカゼより口数が少ないタイプであった。
「この水上の重力感苦手でござる……体が重いのでござる」
長い尾を狭い艦内で丸めるイゴウ……紺青色の竜。下肢がないため腰を下ろすこともできず、プランクのような体勢を取り続けなければならず。潜水型設計ということもあり、活動は基本水中。水からあがるのはなかなかに苦痛であった。
「ボスの指示ですから……寄生虫対策、でしたか」
「左様にござる。海底で寝ていたら、いつの間にか尾にウネウネと張り付いておりましてな。あれは気持ち悪かったでござる」
映像が脳内でフラッシュバックし、イゴウは精神的ダメージを食らった。
「逆に何故寄生しようと思ったのだその虫ども。どう見ても不味かろうに」
「味の問題ではないと思いますよ、イスズ」
軍徒の血液は生物のそれと異なる。黒色、かつ重油のような異臭から、あからさまに毒物と感じられるそれ。迂闊に摂取すれば、練り込まれた化学物質で体に害が及ぶのだが。イスズの論点は少しズレていた。
「イゴウの尻尾っておいしいのかな?ね、ノカゼはどう思うー?」
「該当データ無し。断定不可能。実食を提案」
じ、とイゴウの尾を見るノカゼ。口数は少ないが、大人しい性格かと問われれば決してそんなことはなく。知的好奇心に忠実なタイプであった。
「やめておけ。腹を壊すぞ」
「イスズ殿、その前に某の身を心配してほしいのでござる」
ツバキは、今度はイスズの方を見た。
「ね、イスズ。子守唄歌ってよー、このあいだのやつー」
「何故吾輩なのだ。楽譜データはフルタカも持っているだろう」
「フルタカはちょっと音痴だからねー、雄叫びならともかく、歌声ならイスズの方が好きー」
「……つい、力が入ってしまうといいますか。そうですね、イスズの声が好き、というのは我も同感です」
すり、と半歩寄ってイスズの背に翼の端を触れさせるフルタカ。覗き込むその顔は、歌ってください、と言わぬままに訴えており。その上目遣いにイスズは目をそらした。見ていたら心拍に乱れが生じると判断したためである。
「……二分だけだぞ」
渋々、といった表情でイスズは了承した。
その口元から、ゆるやかに旋律が流れ。艦のエンジン音をやわらかく打ち消すその調べに、ツバキたちだけではなく人の兵までもが聴き入った。
これが、この輸送艦の嗜好の一つであり、フルタカ隊が大気中に多少雑談していても黙認されている理由でもある。
ツバキ、イゴウ、ノカゼの呼吸サイクルが睡眠状態に移行したことを確認し、イスズはフルタカへと向き直る。
「貴様だって、その気になればまともに歌えるだろう。何故そうしない?」
「あら、バレてましたか」
ふふ、とフルタカは小さく笑う。
「君の声を聴きたいからです。こうでもしないと、君は歌ってくれませんから……こんな悪い子は、嫌いですか?」
声音はひそめられたままに、小悪魔的な悪戯心を滲ませていた。
別に、他の者に聞かれるのが恥ずかしいだけで。みなが眠った後、聴くのが貴様だけなら……と言おうとイスズが口を開いたところで。急激に、強烈な眠気が二頭を襲った。
「また時間切れですね、残念」
設定された就寝時間に入り、強制的に体が睡眠状態へと移行されていく。
「おやすみなさい、イスズ」
「……ああ」
半ば気を失うような形で、二頭はその場で眠りに落ちた。
夜通し語り明かせたら。その声に一晩中包まれたらどんなに幸せだろう、と。二頭は淡い願いを抱いたのだった。




