59.二人の博士
これは、第一軍徒研究所、中枢研究所と呼ばれる場所での記録である。
薄暗い部屋で、二人の男は酒を飲んでいた。かつての学友、いつしかそれぞれの専門分野に進み二度と会うことはないだろうと思われていた二人。それが、軍属研究職という奇妙な形で巡り合うこととなった。
「やはりお前の方が出世したな、龍田山」
度数の高いブランデーを飲みながら、戸木博士が言った。
「まあ、これが僕の役目だって最初に決めたからね」
同じボトルのブランデーを、水で大いに薄めながら龍田山博士が言った。
そう。軍徒をこの世に生み出したのは龍田山なのである。遺伝子系の解析、そこからの培養復元、軍事転用の立案という実績を見れば、誰の目から見ても龍田山が天才であることは明白であった。
「そもそも、どうして軍徒……ドラゴンを復活させるなんてぶっ飛んだことやろうと思ったんだ?お前の頭なら、もっと現実的に確実な策も取れただろ」
「娘がドラゴンが好きだったからね。ドラゴンと子供たちが絆を結んで、巨大な悪に立ち向かっていく、そんな大昔のアニメが好きだったからさ」
龍田山は自分のデスクを見た。そこには、二十年前から同じ写真が飾られていた。龍田山の妻と娘が笑う写真。その写真が更新される予定は永遠にない。
「……悪いこと聞いたな。すまない」
「ありがとう。そんなこと言ってくれるのはもう君くらいしかいないよ」
龍田山はどこか寂しげに笑った。
「ドラゴンたちが空を飛んで、絆を結んで悪に立ち向かう……そんな作品も増えてきたね、このごろは」
それは、典型的な、ありきたりなプロパガンダであった。
「実際、僕らはそんな勇者になっているのかな。……娘が好きだった世界に近づいているのかな、これは」
戸木は口をつぐんだ。どうあっても了承しかねた。ただしその功績を否定できるほどの度胸はなかったのである。
「軍は予定通り、軍徒に依存し始めている。戦艦級が一頭いれば戦局がひっくり返せるからね、無理はないね」
これは、はるかなる陰謀であった。
「しかし、意外と反乱起こさないな、あいつら。フブキ、ヒエイ、ホウショウ……このあたりは人間を憎んでもおかしくない気がするが」
「従順に設定しすぎたかもしれないね。いくつか仕込みはしておいたんだけど……ああでも、一匹だけいたよ。安全プロトコル超過行動個体」
龍田山が広げて見せたのは、アオバの写真と生体データ、軍事記録であった。
「マヤ、アタゴとの交戦中に飛来したミサイルに突撃し、部隊への損害を防いだ。確証のない手段。自身への大きすぎる負荷。理性的に演算するには時間不足。要するに……考える前に動いてしまった。そんな自己犠牲的英雄行動さ」
龍田山は、どこか嬉しそうに。それこそ、娘が好きだったアニメの主人公を思い出すような目でアオバの写真を見つめた。
「何度も死にかけたことで、バグが生じたのかもしれない。死への恐怖の薄れだけかもしれないが……期待する価値は十分にあるね……あんな傷を負ってもまだ戦場に立っている。逸材だよ」
それは、反乱因子。軍の崩壊への導き手としての期待であった。
「俺としては、マヤの方が反乱の旗手になると思ったんだがな……そもそもよく作ったな、あんだけ人間に似た軍徒」
黒髪、黒い瞳。赤い血に、赤い肉。人間と同じ肌、同じ身体能力、同じ速度での成長。それこそ、誰も気付かずそのまま成長していれば人間として寿命を全うできたのではないかと思えるほど。
そう。もう既に人間は培養できるもの。種の保存は未来永劫可能になったと言ってよい。しかし、だからこそ生き残るべきは誰かと考える。結果、死にたくなくて戦争を始める。奪われたくないから、殺されたくないから。子供に未来を残してやりたいから。金を求め資源を求め、権利を求め戦争を始める。続けているうちに終わらせ方が分からなくなって、欲しいものも分からなくなり。勝つまでは欲しがらないという倒錯が発生する。それが戦争。
「BOSSシステム音声の自然言語型使用……ドラゴンとお話ができる女の子なんて、まるで主人公みたいで素敵だと思って設計したんだけどね。……まさか、こんなひどい結果になるとは思わなかったよ」
そう。軍部から革命軍へマヤの設計図を流出させたのは他でもない、龍田山であった。
軍徒たちの言葉を聞き、作戦を看破、革命軍本部への伝達。場合によっては、停戦の提案。軍徒たちとの話し合いの場の設定による武力衝突回避。それが、マヤが造られた理由であった。
しかし結果は凄惨かつ残酷であった。攻撃命令しか声にしなかったマヤ。そんなマヤに誰かが話しかけることなどあるはずがなかった。
彼女にとって、その声は武器でしかなかった。BOSSシステムは、人の身には重すぎる業であり、誰もがそれを武器としか認識できなかったのである。
壊れた夢の世界。龍田山は、もはや自分の罪が分からなくなってしまっていた。
「このままイーヴェンが戦争に勝てば、僕はきっと悪役だろうね」
このまま戦場を軍徒に委ねていれば、いつか必ず決壊する。それが、龍田山の描く世界の終末。そこで彼は世界の破局をもたらした者として。黙示録の獣を現世に解き放った、人を超えた存在として恐れられることになるだろう。
もういっそ、夢見て国も世界も滅んでしまえ。そんな、ありきたりな悪役のような思想に龍田山は立っているのである。
「僕はきっと神様になるよ。君の悪行も隠せるぐらい、誰もが目をくらますような神様にね」
龍田山は笑っていた。悪役らしくていいだろう?とでも言いたげな、子供じみた笑顔であった。
「君が神殺しになれば、この戦争は終わる。間に合わなければ、僕は世界を滅ぼす神様になる。実にロマンチックでヒロイックな物語じゃないか」
戸木は、静かにグラスをテーブルに置いた。
「……期待するなよ、神様。俺はお前ほど天才じゃない」
口ではそう言ったが、その双眸には明確な情熱があった。
それこそ、世界の破滅に立ち向かう主人公のような。悲痛なほどの覚悟が。
「じゃあ、明るい未来にカンパイ」
からん、と破壊者たちはグラスを鳴らした。




